抄録
岩手県の北上高地の山間部には多くの牧草地が存在する.その中には,経営困難となり採草・放牧を断念した牧草地もあり,シカにとって利用しやすい環境となっている.加えて福島第一原子力発電所事故による放射能汚染によりそのような環境がさらに増加してきている.本研究では,その放棄牧草地のシカによる利用実態を明らかにするために,北上高地の山間部に位置し採草・放牧等の管理が行われていない牧草地を対象に調査を行うことで,出没個体数の時間的変化とその季節変化を明らかにすることを目的とした.調査は,日中は目視による観察を行い,夜間は暗視装置を用いた観察を行っている.1週間の中で 24時間分の観察を行い,それを月に 4回~ 5回行うことで,1日の中で出没個体数の時間的変化及び月ごとの変化を測定している.
2013年 5月に 3回の予備調査を行い,6月から本調査を開始した.雪解け直後の 5月の予備調査では,約 10haの圃場の中の観察可能範囲に最大で一度に 124頭のシカがカウントされた.6月の調査ではその数は急激に減少し,一度にカウントされる個体数は最大 47頭まで低下した.1日の中では,日の出から日没にかけての日中において出没が多く,日没から日の出までの夜間において出没が少ない傾向が見られた.人の利用がなく,人の生活圏から遠い環境にある牧草地では,シカの草地利用は日中に多くなる可能性が示唆された.また,牧草地が雪解け直後には有効な餌資源供給地として機能している可能性も示唆された.
長くシカによる食圧を受け続けた牧草地の草本は種構成が大きく変化している可能性があり,5月から 6月にかけて急激に出没個体数が減少したことには,牧草地の状態がかかわっている可能性も考えられる.そのため,現在同時進行中の牧草地の草本種構成の変化およびシカが好む草本種を調査により,シカによる放棄牧草地の利用の実態について考察していくことを予定している.