抄録
生物多様性条約に規定される動物資源をみてみると,野生動物とともに動物愛護法のもとに飼育動物(生殖が管理されているという意味では家畜)がある.また飼育動物は法律用語としての産業動物,家庭動物,実験動物,展示動物に分けられ,野生動物との間に一線が引かれているようである.
飼育動物の現状を概観してみると,それぞれに社会の変容の様を反映しているようにみえる.1)産業動物の例では,和牛の 1品種の黒毛和種が松坂牛や飛騨牛といったブランド牛のように脂肪交雑で高い評価を受ける.脂肪交雑を主にした育種は黒毛和種の遺伝的変異性を低下させ,在来品種の駆逐に貢献した.乳用種でみればほぼホルスタインに一元化され繁殖障害に直面している.2)家庭動物をみると,1200万頭のイヌと 950万頭のネコが飼養され,年間 30万頭の殺処分があり,また治療費に悩まされる.それでも「いやし」と「きずな」を動物に求め,飽くなきペットブームが一人世帯と高齢化社会の中で広がっている.3)実験動物は科学目的で利用される動物である.いまや極度の近親交配と生殖統御が行われ,遺伝子改変動物の作出華やかな時代であるが,種レベルの多様性という点では劣化が起きている.4)展示動物では,もはや野生からの収奪は許されず,飼育下での繁殖に依存するが,繁殖がうまくいけば余剰動物問題に直面する.近親交配の弊害に目を奪われ,繁殖制限となれば,世代の継承に赤信号がつく.生涯飼育に頭が固まれば,老齢個体の扱いに悩まされることになる.
衣食住を動物に頼るヒトと言う種は畜産動物を作り出し,脳の進化からくる精神的不安と孤独を逃れるためにペットを求め,知的欲求と教育・研究という名目で実験動物を作り出し,一般家庭では飼育困難な動物を内在化するために動物園/水族館を持つことになった.こうした飼育動物の世界は,もともとは野生動物であった動物がヒトによって改変され,ヒトの要求によって作り替えられた動物世界ということになる.同じ野生集団から出発しても,人間にじゃれつく集団(品種)と恐怖し攻撃的な集団(品種)を育成できる事実がそれを証明している.無価値から価値あるものへの転化の可能性を示す野生動物の飼育動物化,つまり育種という思想は,動物をみる新しい境地に運んでいってくれるように思える.
動物を利用して文化を享受してきた人間社会は,一方で,動物利用を否定する動物権利論者を生み出している.動物がかわいいという心情は,かわいそう,といった哀れみの心に転化するが,それを基盤に,一定の賛同者をあつめている.彼らからみれば,動物飼育を認めるような動物愛護論者や動物福祉論者は時には敵対者となる.ヒトによる非ヒト動物の支配であり,隷属化ということになり,許されざる事象ということになる.
未来への展望を語るには,人間を知り,動物を理解する形での「食物連鎖」から「生命連鎖」へ展開する自然の叡智に学ぶしかない.パキスタンで女性教育を否定するタリバンに狙撃された 16歳のマララさんは,貧困,差別,テロは無知によるものだ,その最も有効で最大の武器は教育と訴えている.動物と人間との軋轢の解決には,ホモサピエンスの特権とも言える頭脳の活性化が最も重要であり,それが鍛えられるのは教育と学習によってである.