抄録
コウモリ類は,翼の形やエコーロケーション音声の構造といった機能形質を多様化させて様々な環境や空間に適応することで,哺乳類の中でも極めて高い多様性と広い分布域を有している.コウモリ類のみならず,対象となる分類群の空間分布ならびに群集構造のパターンとその形成プロセス・メカニズムを結びつけることは,哺乳類生態学の重要なテーマの一つである.
これまでに発表者は,多様性の高いコウモリ類群集の動態を説明するために,個体群ごとの空間分布と環境要因の関連性について,ハビタットの物理的空間構造や餌資源量,食性や機能形態など,様々な生態学的観点および空間スケールからアプローチしてきた.例えば,森林内の河川周辺を採餌場所として利用する種の場合,河川からの羽化水生昆虫の量が重要な空間分布要因であることが実験的に示された.また,森林の空間構造の改変に対する応答は撹乱の程度や対象とするコウモリ種によって変化することや,同所的に生息するコウモリ種の食性が大きく異なることなどを明らかにし,それらは各種の持つ機能形質によって説明されることが明らかになった.また,これまで全くの謎とされていたコテングコウモリの出産哺育生態や,ヤマコウモリの意外な食性など,空間分布特性を大きく反映していると考えられる生態も明らかにしてきた.一方で今後は,群集全体の空間分布パターンを解析し,そのパターンが形成されるためのプロセス・メカニズムを特定する,トップダウン型アプローチの研究も進めていく予定である.また,市民参加型の大規模長期モニタリングプロジェクトもスタートさせている.本講演では,これまでの研究成果と共に,今後の展望として,現在進行中の研究についても紹介したい.