抄録
これまでの研究で,ツキノワグマを対象に体毛を用いた生息密度推定を行う際の遺伝子マーカーの選択やその適切な組み合わせ,またそれらを用いた分析フローが確立されてきた.ヒグマで実施する際にもこのような基礎研究は必須であるが,ツキノワグマで開発された分析フローが比較的大規模な調査(約 600 km2,245トラップ)を対象としているのに対して北海道のヒグマで実施可能な調査規模は中程度(約 250 km2,50トラップ程度)であり,精度の高い推定のためにより事実に即したデータの処理(取捨選択や同一個体とする基準)が必要である.本研究では,既存研究で明らかになったヒグマに関する適切な遺伝子マーカーとその組み合わせを用い,新たに分析フローを確立するとともに,フローに従った試料分析結果を用いて空間明示型モデルによる生息密度推定を行うことを目的とした.2012年度に,上ノ国町内の道有林渡島西部管理区に設置した 51基のヘア・トラップを用いて709試料を回収した.このうちヒグマ毛根が確認された 538試料を対象に 3組(9座位の遺伝子マーカー)のマルチプレックス PCRを実施し,分析を行った.得られたデータを用いて,精度の高い個体識別を目的とした分析波形の判読およびデータ採用に係わる基準について検討した.また,架空の個体創出による過大推定を軽減する目的で,ツキノワグマを対象とした分析フローで採用された同型接合体過多の試料に関する採用基準の見直しを行った.これらの過程を経て作成した分析フローに従ってデータセットを作成したところ, 60頭(オス 27頭,メス 33頭)のヒグマを識別することができた.フローを適応しない場合と比較して識別個体数が 5頭(オス 3頭,メス 2頭)減少し,架空個体の誤認による過剰推定を抑制できる事が期待された.現在,これらの結果を用いて空間明示型モデルによる生息密度推定を実施中である.