抄録
サルが道具を使用出来るようになるまでの学習過程を解析し,道具使用に必要な感覚・運動の統合機序を明らかにすることを目的とした.道具としてピンセット(Pct:長さ100mm)をサルに使わせた.Pctの開口部に置いた 5mm角の餌(芋)を挟み取れるように訓練した後,餌を Pctから離し,先端を正確に餌の所まで運び摘めるまでの学習過程を,前・上・側面からビデオ撮影した手・頭の動きと眼球運動との関連から解析した.Pctを強制的に手に握らせて学習させたサルと,置いてある Pctを自分で操作し学習したサルでの比較を行った.
手に Pctを持たせた第一群のサルでは,数秒かけて先端を餌の方向に運ぶが,一度で餌に到達出来ない.はじめは一回で諦めていたが,試行を繰り返すと一度餌の近傍に置き再び持ち上げ餌に向かって下ろす.この動きを繰り返して先端位置の調整をしていた.特徴的なのは,手を動かしている時は目を餌や Pctに向けることが無い点である.Pctが餌の台についた後,はじめて目を向ける.再び Pctを持ち上げる時,視線を餌から離す.これを繰り返し Pctで正確に餌を掴むようになった.5日目からは一度で Pctの先端を餌の所に運び挟むことが出来るようになった.
はじめから自分で Pctを操作しなければならないサルでは,Pctを掴まず手掌で押すように餌の方に運んだ.しかし 5cmの距離であっても,小刻みに動かしては止めることを繰り返した.この学習過程でも,サルは手を動かしている間は Pctと餌を見ることはなく,止めた時に見る.そして再び目を離し,Pctを動かす.この過程を繰り返す.餌を見ながら操作するのは三日目になってからであった.
サルが手の代わりに初めて道具で物を操作する時,視覚はオンラインで動きを修正するためでは無く,手の動きに伴う道具作用部と操作対象物の位置関連を把握するための情報を得るために利用して,道具を身体図式の中に取り込んでいると考えられる.