抄録
他者間の社会的関係性の理解には,観察された行動から他者の意図や因果関係を推論する過程がともなう.またこのような推論は無生物な対象に対しても機能することが知られている.たとえば複数の幾何学図形の運動を観察することによって,一方が逃避し他方がそれを追跡しているという「追跡運動」の知覚が生じる(社会的帰属,Heider & Simmel, 1944).この認知機能の神経基盤とその進化を検討するうえで,ヒトとヒト以外の霊長類との相違を明らかにすることは不可欠であるが,ヒト以外の霊長類を対象とした研究はきわめて少ない.そこで本研究では社会的帰属の典型例である追跡運動の知覚について,リスザル(Saimiri sciureus)を対象に検討した. 実験 1ではリスザル7頭を用い,2つの対象からなる 2種の運動(「追跡」と「ランダム」)の弁別を訓練した.訓練の結果,6頭が追跡とランダム運動を弁別可能となった.続く般化テストでは,訓練とは異なるそれら 2種の動画と,二対象の運動方向が常に等しい「クローン」運動を呈示した.このとき,すべてのサルで新奇の追跡とランダム運動への般化がみられ,このうち 3頭が追跡とクローンを弁別した.実験 2では,実験 1で新奇刺激に般化しなかった 3頭にこれら 2つの刺激の弁別を訓練 -テストした.その結果,3頭すべてが弁別可能となり,そのうち 1頭は新奇刺激に般化が認められた.本研究の結果から,リスザル 4頭が追跡運動とランダム/クローン運動を弁別していたことが示された.対象間の軌跡の類似性は,「クローン」>「追跡」>「ランダム」の順に高く,サルはクローンと追跡運動とを弁別していたことから,追跡とランダム運動の弁別に軌跡の類似性以外の手がかりを用いていることが示唆された.すなわちリスザルは運動情報から社会的関係性を認識していたことが推測される.今後,どのような運動特性が弁別に関与していたのか,その詳細を検討する必要がある.