抄録
2011年 12月 21日,京都市動物園に於いてニシゴリラの雄個体が誕生した.この個体は国内初の飼育下第 3世代となる個体であり,飼育下生まれの両親をもつゴリラとしても国内初であった.母親は出産直後より赤ん坊を抱き,正常な育児行動が見られたが,母乳の分泌が不十分だったため,脱水状態となり衰弱し,生命保護のために出産 5日目より人工哺育となった.これまでに霊長類では,人工哺育による繁殖の弊害が数々報告されている.我々は,欧米の動物園での人工哺育個体群れ復帰事例を参考に,京都市動物園に於ける導入計画を作成し実行した.復帰過程を 5段階に分け,各過程における時間的制限は設けずに進めた.最終的には 1年から 1年半で群れ復帰させることを目標とした.生後約 1か月で両親の過ごしている施設への馴致を開始し,生後約 2か月からほぼ毎日,両親と対面する時間を設けた.対面開始当初から両親とも赤ん坊に優しく接したため,数日後より檻越しでの直接接触も開始した.対面と直接接触は徐々に時間を延長したが,その後も,両親とも攻撃的な行動をとることはなかった.環境,両親への馴致は段階通り順調に経過し,生後約 8か月で赤ん坊を戻す個体を母個体と決定し,生後約 10.5か月から母個体との同居を開始した.同居当初の母個体は,戸惑うように,赤ん坊に対し距離を置いていたが,攻撃的な行動は見られなかった.赤ん坊も人間から離されたことによるパニックは示さなかった.同居 2日目,赤ん坊から母個体の腕にしがみつく行動をきっかけに,母子の距離は急速に縮まった.生後約 11.5か月で雄個体とも平和的に同居が可能となり,群れ復帰が完了した.今回の事例で最も重要な要因は,人工哺育に至る経緯が,育児放棄ではなく子どもの衰弱によるもので,母個体が母性行動を示していたことだと考えられる.また,視覚的接触がない期間が約 1か月と短かったことも,母性を呼び覚ます大きな要素だった思われる.