抄録
2012年知床半島では,夏期に極度に痩せたヒグマがメディアで報道され話題となるなど,夏期の食物不足の深刻さが窺える状況であった.斜里町・羅臼町におけるヒグマの目撃数・駆除数は例年の約2倍近くとなり,特に 8月に目撃数・駆除数がピークとなったことは例年にない特徴であった.また,親とはぐれたであろう当歳子や,餓死とみられる死体が夏期に複数確認されたことは,例年以上に夏期の死亡率が高かったことを推測させた.これらの原因として,カラフトマスの遡上が 8月末まで遅れたことや,ハイマツ等の実りが悪かったことが考えられるが,因果関係の有無については今後検証する必要がある.知床半島先端付近に位置するルシャ地区において実施しているヒグマ個体追跡調査においても同様の状況が見てとれた.同地区に定住している成獣メスの体型を追跡すると,7月初旬までは多くの個体が軽度に肥満していたが,8月に入ると急激に削痩し,そのうちの一頭は 8月末に死体で発見された.カラフトマスの遡上が始まった 9月以降は体型が回復し,10月には全個体が充分に肥満した状態となった.成獣メスの連れ子数を追跡した結果,当歳もしくは一歳齢の子を連れた個体(全 8頭)のすべてが 7月から 9月にかけて子の数を減らしたことが明らかとなった.2011年ではこのような事例は全 9頭中 1例のみしか認められなかったことから,2012年の連れ子の離別率は顕著に高かったといえる.さらに同地区ではこれまで多くの個体が 2年周期の繁殖サイクルを示す傾向にあったが,2012年は一歳齢を連れた成獣メスが例年に比べて多く,3年周期の繁殖サイクルを示す傾向にあった.このようなことから,知床半島先端部ではカラフトマスをはじめとした夏期の食物の豊凶が,ヒグマの生存率や繁殖率に大きく影響を与えていることが示唆された.尚,本研究はダイキン工業寄付事業の一環として行われたものである.