抄録
通常のチンパンジーの認知実験では、彼らが何も保持していない状態から実験が始まり、正解時に報酬が与えられるという手続きが取られている。しかし人間はこのような「不保持の状態から新たな何かを得る」という行動だけではなく、投資のように「保有する資産を増やす」という行動もとる。では、チンパンジーは「投資」をするのだろうか。このことを確かめるため、本研究では実験室にコインセンサーを導入し、実験開始時に彼らにコインを渡し、それを支払うことで課題が開始されるという環境を整えた。実験は2つおこなった。実験1では、一方のセンサー(vending sensor)にコインを支払うと報酬としてリンゴ片1個が排出され、もう一方のセンサー(investment sensor)にコインを支払うと、課題が呈示されたのち、正解時にリンゴ片1個が排出された。実験1は3個体を対象におこなわれ、うち2個体がvending sensorに対する選好を示した。なお、1個体がinvestment sensorに対する選好を示した原因を調べるために、両センサーの位置を交換した条件での実験もおこなった。これにより、位置選好ではなく、課題自体に対する選好が原因であることが確かめられている。続く実験2ではinvestment sensorの報酬が変更された。investment sensorにコインを支払うと課題が開始され、正解時に3枚のコインが報酬として与えられる。実験2は現在までに2個体を対象におこなわれている。ここで彼らが「投資」をするのなら、実験2ではinvestment sensorに対する選好を示すようになると考えられる。本条件下では、investment sensorにコインを支払い課題に正解することによってコインを増やすことが出来るため、結果としてより多くのリンゴ片を獲得することが可能なためである。しかし、現在まででinvestment sensorに対する選好を示す個体は確認できておらず、実験2でinvestment sensorに対する選好を示していた個体さえも実験2ではvending sensorに対する選好を示した。以上より、現在まででチンパンジーが「投資」をおこなうことを示唆する結果は得られていない。