抄録
障害をもつ人において社会復帰は大きなゴールのひとつだが,復帰後のケアも重要である.飼育下チンパンジーにおいても事故や病気で障害をもつ個体がいるが,群れ復帰やその後の福祉に関する知見はほとんどない.名古屋市東山動植物園には,筋肉の壊死により2013年2月に左上肢の肘から下を切断したオトナメスのチンパンジー,アキコがおり,同年5月に群れ復帰している.本発表では,アキコの切断手術前と群れ復帰後のチンパンジーたちの行動を比較し,アキコの障害をもつことによる行動の変化,周りにいるチンパンジーたちのアキコに対する行動の変化について調査し,ケアの方法について考察を試みた.対象となるチンパンジーは,オトナオス2個体,アキコを含むオトナメス4個体の計6個体である.2013年10月から5日間の行動を14:00~15:00に1分毎のスキャンサンプリングを用いて,目視による観察・データ収集をおこなった.収集した行動は,休息,移動,採食,社会行動,その他のカテゴリーに分類した.比較するデータには,同様の方法で得られた2010年10月からの18日分のデータを用いた.検定にはMann-Whitney's U検定を用いた.結果,アキコの移動と社会行動,特にグルーミングが有意に減少していた.また他の個体では,オトナメス1個体のみ採食が優位に増加していたが,ほかの4個体の行動に変化はなかった.アキコが他個体から受けたグルーミングの時間も変化はなかった.このことから,アキコの左前腕の喪失が,移動やグルーミングといった上肢を使う行動を困難にさせている可能性が示唆された.移動については飼育施設内のロープやステップを増設するなどのケアが必要だと考えられる.また,グルーミングの時間も減少したが,足を使うなどアキコ自身での工夫も見られており,長期的な観察も必要となってくると考えられる.また群れ内の他個体の行動にはほとんど影響がないことから,身体障害を持った個体でも社会復帰をおこなうことが可能であることが示唆された.