旧世界ザルには,種子や果実食傾向の強いオナガザル亜科,複雑な胃をもち葉食傾向の強いコロブス亜科が含まれる。一部の葉には毒性を示す二次代謝産物が含まれていることがあり,これらの物質は舌で発現する苦味受容体(TAS2R)により受容されている。葉食性のコロブス亜科では,オナガザル亜科とは異なる苦味感覚を有することが推測されるが,両者の苦味感覚に関する知見は乏しい。本研究では,コロブス亜科およびオナガザル亜科を対象として全ての苦味受容体遺伝子(TAS2R)の配列解析を行い,両者の苦味感覚の進化様式を比較した。インドネシアの野生ジャワルトン,霊長類研究所飼育のニホンザルおよびアカゲザル各8個体を対象にして全TAS2Rの配列を決定した。ジャワルトンは23種類のTAS2Rをもち,アカゲザル(29種類)やニホンザル(28種類)と比べてやや少なかった。同義置換,非同義置換サイトの塩基多様度比を求め,TAS2Rに働いた自然選択傾向を調べたところ,ヒト科との分岐以前から持つ,,古いタイプのTAS2Rに対してはコロブス亜科・オナガザル亜科のどちらにも機能を保存するような浄化選択が働いていた。ヒトやチンパンジーのTAS2Rでは保存的傾向はなくむしろ機能の多様化や中立的進化傾向が報告されているため,これはオナガザル科特異的に生じた苦味受容体遺伝子の適応進化だと考えられる。旧世界ザル独自のTAS2Rに対してはどちらの亜科でも保存的傾向が見られず,選択圧が緩和していることが示唆された。これらの結果を両者の採食特徴と比較することで,旧世界ザルにおける食性進化に伴う苦味感覚の進化を考察する。