霊長類研究 Supplement
第36回日本霊長類学会大会
セッションID: C04
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口頭発表
農地への依存はニホンザルの種子散布機能を低下させる
辻 大和海老原 寛立脇 隆文清野 紘典
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抄録

森林生態系における霊長類の役割のひとつに種子散布が挙げられる。霊長類の種子散布に関するこれまでの知見は、野生個体群を対象とした研究で得られたものである。近年、日本各地でニホンザル(Macaca fuscata) による農作物被害が深刻化している。農地への依存が、サル本来の土地利用様式や食性を変えることは以前から指摘されてきたが、それが彼らの種子散布特性に与える影響は、これまでほとんど評価されていない。われわれは、2019年から2020年にかけて愛知県豊川市で野外調査を実施し、サルの糞に含まれる種子の内容を評価するとともに、GPSテレメトリー装着個体の位置情報と給餌実験のデータ(Tsuji et al. 2010, J. Zool.)を組み合わせて、飲み込まれた種子の散布距離を推定した。豊川市のサルの糞からは、年を通じて種子が出現した(計18樹種)。糞一個ありの種子数・種子の健全率は他地域と同程度で、この地域のサルが他地域と同様に飲み込み型の種子散布を行っていると推測されたが、糞一個当たりの樹種多様性(年平均1.4 ± 0.7種)は、他地域よりも低かった。種子の出現頻度が高かったヤマモモ (Morella rubra) をモデル植物として、種子の散布距離を推定したところ、平均値は1 ~2.5km(最大:約6km)と、島嶼部(金華山・屋久島)で得られた値よりも長く、本土地域のサルはツキノワグマに次ぐ長距離散布していることがわかった。糞は、耕作地や植林地などヤマモモの生育地(広葉樹林)以外の場所で多く排泄される傾向、また採食場所よりも集落に近い場所で排泄される傾向があった。 農地への過度の依存は、散布者としてのサルの役割をゆがめている可能性がある。したがって、駆除を含めた適切なサル対策は、彼らの持つ生態学的機能の維持、生態系管理の面からも必要と思われる。

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© 2020 日本霊長類学会
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