抄録
ニホンザルは雑食性動物で、主に果実や木の実、花、昆虫などを採食し、季節によって多様な食物を利用する。しかしながら、日本のいくつかの地域では、ニホンザルの笹への高い依存性が確認されている。例えば、屋久島山頂部のニホンザルは4月から10月までヤクシマヤダケ(Pseudosasa Owatarii)を利用する。同様に、長野県上高地のニホンザルは、冬に雪の上のクマイザサ(Sasa senanensis)を利用する。竹や笹は高繊維、低栄養の食物であり、多くの種類の竹には、植物の二次防御化学物質であるシアン化合物が含まれている。シアン化合物はミトコンドリア内のチトクロム酸化酵素に結合し、酸素の利用を阻害する。シアン化合物は多くの哺乳類にとっては致死性の毒であり、低濃度であっても長期的な接触によって甲状腺機能の障害などが引き起こされる可能性が示唆されている。したがって笹食をするニホンザルでは、二次代謝物質への防御に関連する遺伝子の適応進化が起きている可能性がある。本研究では、笹を食べるニホンザル集団を研究対象とする。2022年夏に屋久島において、山頂の笹原の個体群から3個体、山中部から1個体、低地林から3個体の糞サンプルを集めた。2023年冬には、上高地の笹食をする個体群から3個体の糞サンプルを集めた。長野県の比較対象として、地獄谷野猿公園で餌付けされた3個体の糞を集めた。糞表面のスワブからサルのDNAを抽出・濃縮し、キャプチャーシークエンジング法によってサルのエクソーム(全タンパクコード領域)配列を決定した。二次代謝物防御に関連する苦味受容体や解毒代謝酵素の遺伝子の塩基配列を決定して、笹食に強く依存する地域とそうでない地域の比較(適応進化の検出)や、ともに笹食をする屋久島山頂部と上高地の間での比較(平行・収斂進化の検出)を報告する。