抄録
タイ北部のピサヌロークに位置するタム・パ・タ・ポン野生生物保護区にはアッサムモンキー(Macaca assamensis)が生息する。保護区の周辺の寺院や民家にはイヌ(Canis lupus familiaris)が飼育されている。このイヌ達はサルの群れに近づきサルを威嚇することがある。そこで現地のアッサムモンキーのAO群を対象に,イヌの威嚇時間やサルの反応を調べた。AO群はオトナオス2頭,オトナメス2頭,ワカモノメス5頭,アカンボウオス1頭の10頭で構成されていた。調査では群れを終日追跡し,サルの群れへイヌが威嚇をしに近寄った際,イヌの5m以内にいたサルの行動をビデオに記録し,行動を整理した。イヌの威嚇に対するサルの主な反応には,逃げる,威嚇する,叩く(叩こうとする),近寄る,観察する,木揺すり,声を出すといった行動があった。イヌがサルの5m以内に近づき,サルへ威嚇を始めてから威嚇をやめるまでの平均時間は1分以下だった。イヌが接近を開始した時に,サルがしていた主な行動には,残飯などのゴミ捨て場を漁る,地面を群れで移動する,サル同士の喧嘩で騒ぐなどがみられた。イヌの威嚇に対してサルは反撃や逃げるなどの反応はしていたものの,イヌの各威嚇時間は短く,サルに致命的な怪我を負わせることはなかった。一方で,本地域周辺で民家へ侵入したサルがイヌから致命傷を負った事例や,ネパールやインドの寺院でイヌがアカゲザルを殺した報告もある。そのため,集落が近くにある地域に生息するサルにとって,イヌとの関係は時に大きな危険も含むと考えられる。本研究では1群を対象に乾季に調査をしているため,今後さらに季節毎の観察時間や調査対象の群れを増やすことで,イヌに対してサルがどのような行動をするかをより明らかにすることができるだろう。