抄録
【はじめに,目的】
歩行安定性の低下は転倒の発生原因である.そのため,理学療法
の臨床においては,歩行安定性を的確かつ簡便に測定する手法の
開発が求められている.近年,歩行安定性の評価ツールとして小
型センサの活用が推進されており,転倒経験者では歩行中の躍度
が低下することや,認知課題によって立位保持時の躍度が変化す
ることが明らかにされている.本研究では,認知負荷が歩行中の
体幹加速度および躍度に与える影響を明らかにすることを目的とし
た.
【方法】
健常若年者16名を対象とした.運動課題にはTimed Up and Go
(TUG),認知課題には減算課題を設定した.実験は,認知課題
単独条件から開始し,その後に認知課題と運動課題の同時遂行
条件(認知+運動条件),運動課題単独条件を実施した.測定順
序は,対象者間でカウンターバランスを取り,その影響を抑制した.
運動課題遂行中の体幹加速度と角速度を第3腰椎レベルに貼付
した小型センサ(TSND151, ATR-Promotions)により計測した.
データ解析では,小型センサから得られる加速度および角速度か
らTUGを起立から歩行開始相,往路,方向転換相,復路,方向
転換から着座相に相分けし,各相の所要時間を求めた.さらに,
加速度を時間微分することで躍度を求め,それぞれの相における
加速度と躍度のroot mean squareを統計解析に使用した.統計
解析にはIBM SPSS Statistics 29を使用し,運動課題単独条件
と認知+運動条件における各相の各パラメータに対して対応のある
t 検定を実施した(有意水準5%).
【倫理的配慮,説明と同意】
本研究はヘルシンキ宣言に基づき,対象者には事前に本研究の内
容について口頭および書面で説明し,同意を得た.
【結果】
認知課題が付加されることで,起立から歩行開始相と往路,方向
転換から着座相で有意な所要時間の延長が認められた.また,往
路と復路において前後方向,方向転換から着座相において有意な
加速度の減少が認められた.さらに,方向転換相を除いて左右方
向と上下方向に有意な躍度の減少が認められた.
【考察】
認知課題が付加されることで対象者には注意の配分が要求され
る.その結果,運動課題に向けられる注意資源が減少し,所要時
間に有意な延長が認められたと考えられる.また,運動課題に対
する注意資源が減少したことで,直進相および方向転換から着座
相において加速度が小さくなり,方向転換相を除いて躍度の減少
が生じたと考えられる.