抄録
【目的】
靴には,関節の安定性を保ち外力による衝撃を緩衝する機能を有
している.しかし靴の機能は靴底のすり減りと共に低下する.一
般的に,歩行は踵外側から接地するため靴底の踵外側部に局所的
な摩耗が起こり,靴底に傾斜を生じさせる.摩耗した靴を履き続
ける事で,歩行時の身体制御に影響し,前額面上での股関節モー
メントに影響を与える可能性がある.近年の前向き研究によれば,
股関節累積負荷(立脚期の股関節内・外転モーメントインパルスと
1日の歩数の積)が変形性股関節症のリスクファクターであると報告
されている.しかし,靴底の摩耗が股関節内・外転モーメントイン
パルスに与える影響については明らかになっていない.そこで本研
究は, 靴底の摩耗が股関節内・外転モーメントインパルスに与える
影響について明らかにすることを目的とした.
【方法】
対象は,健常成人15名30脚とし,計測機器は8台の赤外線カメラ
から構成された三次元動作解析装置と,6枚の床反力計を使用し
た.実験靴は,先行研究を元に作成し,靴底踵外側部が摩耗した
摩耗条件,靴底が平坦の通常条件の2条件を用意した.計測課題
は摩耗条件・通常条件それぞれの靴を着用した自由速度での歩行
とした.
歩行計測によって得られたデータから股関節内・外転モーメント
インパルスを計算し,対応のあるt検定にて2条件の差を比較した.
統計解析はEZR Verl.40を使用した.
【倫理的配慮】
本研究は,所属施設の倫理委員会の承認を得たから実施した.
【結果】
摩耗条件が通常条件と比較し,股関節内・外転モーメントインパ
ルスが有意に増加していた(p<0.01).また,初期接地(以下IC)
直後の股関節内転モーメントインパルスが摩耗条件で有意に増加
していた(p<0.01).
【考察】
本研究の結果より,靴底の摩耗は股関節内・外転モーメントイン
パルスを増加させることが示唆された.これは,靴底摩耗による
足底面に生じた傾斜によりIC直後に下腿が外側方向へと力が働
く.この下腿の外側傾斜に対してIC直後の股関節内転モーメント
インパルスを高めることで代償し,前額面上での安定性を確保した
と推察する.以上のことより,股関節内転モーメントインパルスが
増大し,立脚期中の股関節内・外転モーメントインパルスが増大し
たと考えられる.よって,靴底の摩耗は股関節内・外転モーメント
インパルスを増加させ,股関節累積負荷を増加させる可能性が示
唆された.