洛北史学
Online ISSN : 2436-519X
Print ISSN : 1345-5281
論説
洪大容の対外認識について
その中国体験に即して
中 純夫
著者情報
ジャーナル フリー

2019 年 21 巻 p. 1-18

詳細
抄録

洪大容の「毉山問答」には「天の立場から見れば、人と物とに貴賤はない」「章甫委貌(殷周の冠)も文身雕題(東夷南蛮の刺青)も等しく習俗であり、天の立場から見れば華夷内外の区別はない、華夷は一つである。」との実翁(架空の登場人物)の発言が見られる。これらは華夷の区別を相対化するものとして注目されてきた。洪大容の実地の中国体験に即してその対外認識を検証してみると、清朝皇帝や清朝統治下の中国の風俗に対する肯定的好意的評価、当代中国の諸 技術の先進性に対する注目等、確かに清朝中国を夷狄視し腥膻視するステレオタイプな中国観とは無縁な眼差しを看取できる。ただその一方で、礼節の埒外にある人々に対してはこれを禽獣視し、また弁髪は自身にとって到底受け入れ難いものだとの認識を示している。これらは一見する限り、先の実翁の発言と相容れないものである。ただ翻って「毉山問答」の根底にある万物斉同思想の内実を検討してみるに、それは他者と価値観を共有することでも他者の価値観を違和感なく受容することでもなく、自他の価値観をともに多様な価値観のうちの一つとして相対化する態度である。従って実翁の発言は洪大容の実地の中国体験に即した華夷観念とも矛盾するものではなく、洪大容自身の対外認識を示すものとして位置づけることができるのである。

著者関連情報
© 2019 洛北史学会
次の記事
feedback
Top