甲殻類の研究
Online ISSN : 2433-0108
ISSN-L : 0287-3478
相模湾西域で採集された共生蝦について
鈴木 博
著者情報
ジャーナル フリー

1971 年 4.5 巻 p. 92-122

詳細
抄録

二枚貝と共棲するエビの種類は日本沿岸ではあまり多くたく,カクレエビ(Conchodytes nipponensis(de HAAN),C.tridacnae PETERS, Anchistus Anchistus misakiensis YOKOYA, A.pectinis KEMPなどが知られているにすぎない。筆者は真鶴臨海実験所付近の海から下記のような5種類(うち3種類は新種)の二枚貝と共棲するエビをしらべる機会を得た。1.カクレニビConchodytes nipponensis(de HAAN) 体は背腹にやや扁平で,一般に第5腹筋以下は腹側へ折り曲げられていて背面からみえない。額角はあまり長くなく触角柄を越えない。また額角を側面からみると,前方へ向ってゆるやかに下垂し,その先端は切断された形になっている。大顎に内肢がなく臼歯状部及び犬歯状部がある。犬歯状部の先端にある鋸状歯の数は従来4個とされていたが,筆者の標本ではこの数は4〜7個で一定せず,しかも左右の大顎でその数は相違している。第1,第2胸脚は鉗脚で,後者は大きい。第3胸脚以下は互に類似し,指節には2個の鈎がある。この指節の基部腹縁は隆起し,その先端に小突起を有することがある。尾節は襖形で,その両側縁近くに3対の,先端には2対の棘がある。雌は雄にくらべて体が大きく,筆者の扱った標本では雌の頭胸甲の長さは最も大きいもので8.29mm,雄では7.68mmであった。雄では第2鉗脚(第2胸脚)が雌のものより大きく,第2腹肢の内肢には雄性突起がある。生時の体はうすい黄褐色の地に小さい赤と白の班点が散在している。この属のエビは今までに世界で4種-C.nipponensis, C. biunguiculatus, C. tridacnae. C.monodactylus-が知られている。このエビは本邦本州以南に産し,希な種類ではない。宿主としてタイラギ,イタヤガイなどの二枚貝が知られている。筆者の扱ったエビは,すべてイタヤガイの外套腔から採集された。同じ宿主に棲むエビの数や性は一定していない。標本5♂♂,3♀♀計8個体のうち,2♀♀(抱卵個体),2♂♂はそれぞれ雌雄一対で,2♂♂は同じ宿主に,他の2♂♂はそれぞれ別の宿主から発見された。2.Platypontonia pterostreae新種 体は背腹に扁平である。額角は非常に短かく。その先端は背面からみると尖り,側面からみるとその上下両端は鈎状に尖り,下側のものは上方へ曲っている。頭胸甲には触角棘があり,前側角は尖っている。尾節の背面には2対の比較的長い棘,後縁には3対の棘がある。第2触角は比較的短かく,頭胸甲の長さに等しいか,それよりも短かい。大顎には内肢を欠き,犬歯状部の先端にある鋸状歯の数は左右の大顎で相違し,左では5個,右では4個である。第3顎脚は歩脚状で細い毛で被われ,鞭鰓(副肢)がある。第1,第2胸脚は鉗脚で,後者は大きく,咬合面に2歯がある。第3胸脚以下は互に類似し,指節は単純で長く,毛で被われている。生時体は半透明で,比較的大きい赤色の斑点と帯が体と付属肢にあり,美しいエビである。このエビは真鶴半島と初島の沖で,ドレッヂにより採集された二枚貝,カキツバタの外套腔から発見された。雌雄1対で同一の宿主に棲むとはかぎらない。この属はBruce(1968)によって設定された。この属の特徴は-1.体が背腹に扁平, 2.額角が非常に短かい, 3.第2小顎の内葉が2叉していない, 4.第3顎脚に関節鰓か鞭鰓がある, 5.第2胸脚(鉗脚)はあまり大きくなく,左右相称である-などである。3.Anchistus pectinis KEMP 体は背腹にやや扁平である。額角は側扁され,上下両縁には歯を有しない。額角の先端に2小棘を有するが,不明瞭の場合もある。額角の長さは第1触角の柄部を越えることがある。頭胸甲には触角棘があり,前側角はまるいか尖る。尾節の背面には2対,後縁には3対の棘がある。大顎はY字形で内肢を欠き,犬歯状部先端の歯は3〜5個があるが,左右の大顎でその数が異なることが多い。第3顎脚は歩脚状で,1個の関節鰓を有する。第1,第2胸脚は鉗脚であるが,後者が大きく,大きさは左右不相称,不動指の咬合面には1個の大きい歯があり,可動指では1個の小歯とそれに続く3〜5個の鋸状歯がある。第3胸脚以下の形態は互に類似し,やや太く指節は鈎状で基部に1小棘を有することがある。生時体は半透明で紫色に縁どられた赤い斑点が体や付属肢にあり,触角柄の先端部,尾節及び尾肢の後縁は紫色で前種と同じように美しいエビである。このエビはニコバル諸島(印度)で始めて発見されている。日本ではFujino&Miyake(1967)が和歌山・福岡両県の海から報告している。宿主はイタヤガイが知られていたが,ツキヒガイとも共棲することがわかった。このエビもかたらずしも雌雄1対で棲んでいるとはかぎらない。相模湾から報告されているツキヒガイと共棲するエビA.misakiensisはこのエビの若い時期のものと思われる。4.Paranchistus spondylis新種 体は背腹にやや扁平で,体の表面は滑らかである。額角は側扁され,その先端は第2触角の第2節に達し,上縁に4,下縁に1個の歯がある。頭胸甲には1個の触角歯と,関節した1個の肝上棘があり,前側角は尖る。尾節の長さはその幅の5.5倍で,背面には2対後縁には3対の棘がある。大顎は内肢を欠きY字形で,犬歯状部の先端には,右の大顎で3個,左の大顎で4個の歯がある。第3顎脚は歩脚状で1個の関節鰓がある。第1,第2胸脚は鉗脚である。前者は細く左右相称で,鉗の咬合面は滑らかである。後者は左鉗脚がやや大きく,可動指の咬合面には1個の大きい歯があり,不動指には1個のやや大きい歯とそれに続く細かい鋸状歯が並ぶ。第3胸脚以下は互に類似した形態である。それらの指節は2叉した鈎となり角質の細かい突起が密生している。生時の体は半透明で,赤色の細かい斑点が体と付属肢に散在している。Paranchistus属はHOLTHUIS(1952)により設定され,3種類-P.biunguiculatus(BORRADAIL),P.ornatus HOLTHURS, P.nobili HOLTHUIS-が知られていた。またこの属はAnchistus属に類似する。両属の重要な相違点は,Paranchistus属は肝上棘を有することである。このエビは実験所付近の岩礁に着生する二枚貝,ウミギクの外套腔から発見された。5.Aretopsis manazuruensis新種 体はかなり側扁されている。額角はあまり長くなく,第1触角柄の第1節をわずかに越す。また額角は側扁され背腹に幅が広く,先端はにぶく尖り,背隆起線がある。眼柄は短かく,眼の一部は頭胸甲によって被われている。頭胸甲には眼下棘があるが退化的で,前側角はまるい。尾節の背面には2対,後縁には1対の棘がある。大顎には内肢があり,犬歯状部先端には12個の鋸状歯がある。第3顎脚は歩脚状で副肢を有する。第1,第2胸脚は鉗脚である。前者は大きく,鉗の先は交叉し,鉗の咬合面には細かい鋸状歯が並び,掌部腹縁は隆起して2〜3歯を生じていて,可動指は常に腹側に保たれ,Athanas属のエビに似ている。後者は細く,腕節は5節からなる。第3胸脚以下の指節は2叉した鈎となり,前節の腹縁には多くの棘が並ぶ。第3,第4胸脚の座節には可動の1棘がある。第5歩脚の前節の腹縁には毛の束がある。側鰓は第4胸節に2個,第5・第6・第8胸節に各々1個ずつある。糸鰓は第1〜第3胸脚に各々1個ずつある。外肢は胸脚では,第1・第2胸脚に各々1個ずつを有する。体は生時淡黄色の地に,幅の広い赤色の帯が体の両側面にあり,その帯の中に黄色の斑点が散在する。第1〜第5腹筋の正中線上には赤色の斑点がある。第1胸脚(鉗脚)は深赤色で,その掌部の側面に黄色の帯がある。第2胸脚以下は淡黄赤色である。このエビは真鶴臨海実験所付近の岩礁に生棲するオニヤドカリが背負っていたサザエの貝殻の中から発見された。Aretopsis属はde Man(1910)により設定され,今までに2種類-A.amabilis de MAN, A.aegyptiaca. RAMADANが知られていた。日本からは前者がMIYAKE&MIYA(1967)により琉球から報告されている。

著者関連情報
© 1971 日本甲殻類学会
前の記事 次の記事
feedback
Top