2024 年 51 巻 4 号 p. 112-118
【目的】頚部痛では頚部関節位置覚(Joint Position Sense:以下,JPS)やバランス能力の低下が認められると報告され,徒手療法や運動療法の複合的治療が推奨される。本研究は運動療法と椎間関節自然滑走法(Natural Apophyseal Glides:以下,NAGs)の併用がJPSおよび重心動揺に与える影響を調査した。【方法】対象は健常成人男女29名とし,NAGs+モーターコントロールエクササイズ(Motor Control Exercise:以下,MCE)群,頚部振動刺激+MCE群,Sham NAGs+MCE群の3群へ無作為に分けた。介入前後でRelocation testによるJPSの誤差数値,頚部関節可動域,重心動揺検査の矩形面積,重心動揺検査頚部回旋条件中の頚部側屈角度を測定した。【結果】Relocation testでは介入前後による効果が認められ,NAGs+MCE群は左右回旋ともにJPSの誤差数値が有意に低下し,頚部振動刺激+MCE群は右回旋のみ有意に低下していた。【結論】NAGsによる介入はJPSを向上させる一助となる可能性が示唆された。
Objective: Neck pain is reported to be associated with decreased cervical Joint Position Sense (JPS) and balance impairment. This study aimed to investigate the effects of Natural Apophyseal Glides (NAGs) and exercise therapy on JPS and center of gravity sway.
Method: The subjects were 29 healthy adult males and females randomly divided into three groups: the NAGs+Motor Control Exercise (MCE) group, the cervical vibration stimulation+MCE group, and the Sham NAGs+MCE group. The measures were the error value of the JPS by relocation test, Cervical Range of Motion, a rectangular area in the gravity sway test, and the neck lateral flexion angle during the neck rotation condition of the gravity sway test, which was measured before and after the intervention.
Result: The results showed that the NAGs+MCE group had significantly lower JPS error values for both the right and left rotations. In comparison, the cervical vibration stimulation+MCE group had significantly lower values only for the right rotation. However, there were no significant differences among the groups in the items of the gravity sway test.
Conclusion: This suggests that intervention with NAGs improves JPS but has no effect on gravity sway.
頚部痛は諸外国における有病率が平均37.2%,生涯有病率が平均48.5%であると報告されている1)。本邦においても令和元年度に厚生労働省が実施した国民生活基礎調査による頚部痛・肩こりの有訴率が男性では2位(人口千人当たり57.2人),女性では1位(人口千人当たり113.8人)と報告され2),一般的な筋骨格系障害の1つである。
また,頚部痛や頚部外傷性症候群の患者は頚部受容体からの異常な求心性入力により関節位置覚(Joint Position Sense:以下,JPS)の低下が有意に認められると報告されている3)4)。頚部におけるJPSは,頭頚部の動作後に自らの頭頚部を元の位置へ戻す能力を指し,JPSは深部感覚の一つとして,筋や靭帯,関節包に存在する固有受容器により感知される。また,位置感覚制御を司る主要因は筋紡錘であり5),後頚部においては,四肢の筋と比較して高密度であり,筋紡錘が連なっている数も多く,求心神経線維は静的な筋の長さに応答するII群線維が多いことから,位置情報を伝える役割があるとされている6)。このように密度や形態が他部位と大きく異なっているという特徴もあることから,頚部からの求心性入力は平衡系と深く関与していると考えられている6)。Abdelkaderら7)は,頚部筋の疲労を誘発した結果として頚部固有感覚と姿勢安定性が低下したことが報告している。また,頚部痛を有する高齢者は健常者と比較してバランスや歩行能力の低下を認め8),バランス障害を認める大学生に対して頚部固有感覚トレーニングを実施した結果,静的バランスやJPSの改善を認めている9)。これらの先行研究により,JPSは姿勢制御システムに関与することが示唆されている。
Corpら10)による,ヨーロッパ8ヶ国の頚部痛ガイドラインレビューでは,頚部に対する治療は運動療法や徒手療法の複合的治療を推奨していると報告している。頚部に対する運動療法としては,頭頚部屈曲運動による頚部深部屈筋の賦活や,視覚的フィードバックを使用した頚部固有感覚トレーニングが実施されている。Jullら3)は,頭頚部屈曲運動と固有感覚トレーニングのいずれも疼痛の軽減や頚部のJPS向上に効果的であると報告している。また,頚部に対する徒手療法としては,関節モビライゼーションが実施されている。関節モビライゼーションは関節包内運動に対する治療手技であるが,局所的な生理的メカニズムだけでなく,脊髄の疼痛抑制経路や脳幹からの下降性抑制経路に影響を与えることや11),運動ニューロン過活動抑制効果を認めることが報告されている12)。これらのことから,関節包内運動のみならず神経系を介して筋活動にも影響を与えることが示唆されている。
運動療法や頚椎関節モビライゼーションによるJPSの影響を調査した報告はあるが,椎間関節自然滑走法(Natural Apophyseal Glides:以下,NAGs)を用いた研究は渉猟する限り見当たらない。NAGsは第2頚椎から第7頚椎の椎間関節に用いるマリガンコンセプトの関節モビライゼーションテクニックの一つである13)。マリガンコンセプトでは立位や座位といった抗重力下でのテクニックが多くあり,NAGsも座位で実施されるため,脊柱後弯により臥位をとることが困難な高齢者などにも容易に実施が出来る。NAGsを実施した効果として即時的に関与する関節可動性を向上させることや14),自覚的疼痛および頚部機能障害度の改善が報告され15),関節モビライゼーションと同様に実施されている。頚部の機能として重要なJPSについての報告はないが,容易に実施可能なNAGsにおいても,頚椎関節モビライゼーション同様の効果が期待出来る。そこで,本研究の目的は,運動療法とNAGsの併用がJPSおよび重心動揺に与える影響を調査することとした。
研究対象は,30–50代の健常成人男女31名とした。Alahmariら16)によると,年齢が上がるほど頚部JPSの誤差が生じることを報告しており,そのためJPSの誤差が生じ始めている可能性がある30代から50代を対象として募集した。包含基準は頚椎疾患の既往歴がなく,視覚・聴覚・前庭障害のない者とした。また,Abdelkaderら7)の報告に準じ,測定項目であるRelocation testにて3回の誤差数値が平均7 cm以内であった場合は除外とし,その結果2名が除外された。最終的な研究対象者は29名であった。
本研究は,東京都立大学荒川キャンパス研究倫理委員会の承認(承認番号:21065)を得て実施した。
2. 測定手順対象者を封筒法による準ランダム化により以下の3群:NAGs+モーターコントロールエクササイズ(Motor Control Exercise:以下,MCE)群,頚部振動刺激+MCE群,Sham NAGs(偽操作)+MCE群に分けた。頚部振動刺激群は関節包内運動を伴わず筋紡錘のみに刺激を与えるため,Sham NAGs+MCE群はNAGsによる実際の操作の有無による結果の比較をするために設定した。
介入前評価としてRelocation test,頚部関節可動域測定(Cervical Range of Motion:以下,CROM),重心動揺検査を実施した。その後,各群の介入を実施し,介入後評価を介入前と同様に実施した。評価はいずれも介入者とは別の盲検化された理学療法士1名が実施した。
3. 測定項目JPSの測定としてRelocation testを実施した。椅子座位の対象者は頭頂部にレーザーポインターが付いた帽子を装着した(図1A)。対象者の90 cm前方の壁に光を投射させ,安静座位のレーザーが示す点を開始点とした。対象者は閉眼した状態で頚部を最大回旋した位置で静止し,閉眼を維持したまま自覚的開始点まで戻す動作を行った。対象者が自覚的開始点に戻したことを宣言することで,評価者が自覚的開始点に印を付け,開始点と自覚的開始点の距離を測定した。測定は,開始点から自覚的開始点までの横軸と縦軸の距離とした。誤差の測定終了後に対象者は開眼し,レーザーの光を開始点に戻した。この動作を同側方向に3回繰り返し,その後,反対方向も同様に3回繰り返して実施した。開始点から自覚的開始点の直線距離(c)を縦軸(a)と横軸(b)の距離を使用し,の式から算出した(図1B)。算出した値の平均値を誤差数値の代表値とした。
A:Relocation test開始姿勢.頭頂部にレーザーポインターを装着し,90 cm前方の壁に光を投射. B:Relocation test測定距離.開始点から自覚的開始点の直線距離(c)を縦軸(a)と横軸(b)の距離を使用し,の式から算出. C:重心動揺検査中の頚部側屈角度測定.頭頂部にデジタル角度計を付けた帽子を装着.
CROMは日本整形外科学会の関節可動域測定法に準じて,椅子座位にて電子角度計(伊藤超短波株式会社製,easy angle)を使用して屈曲,伸展,左右側屈,左右回旋可動域を各3回測定し,平均値を代表値とした。
重心動揺検査は重心動揺計(アニマ社製,G-620)を用いて,矩形面積を測定した。測定は①安静立位(開眼・閉眼:以下,安静立位条件),②立位頚部左右回旋を各2回(開眼・閉眼:以下,頚部回旋条件)の4条件で,測定時間は各10秒間とした。頚部回旋条件は,頚部回旋動作中の立位安定性を測定することを目的とした。頚部回旋速度は60BPMのメトロノームで2拍の間に各回旋方向を1回行うように実施した。また,頚部回旋条件では頚部回旋動作の質を確認するために,頭頂部にデジタル角度計(シンワ測定株式会社製,デジタルアングルメーターミニ)を付けた帽子を装着し(図1C),デジタルビデオカメラ(SONY社製,HDR-CX470)2台で回旋中の頚部側屈角度を左右から録画した。頚部最大回旋時の最大値を頚部側屈角度の代表値とした。
4. 介入介入時間は,3群全て合計10分間とした。
1)NAGs介入は背もたれのある椅子座位とした。介入者が椅子座位の対象者の前外側に立ち,介入者の小指中節骨を対象者の椎間関節の上位椎体棘突起に当て,もう一方の手で関節面に合わせて前上方へ滑り運動を加えることで関節モビライゼーションを実施した(図2A)。対象部位は第2頚椎から第7頚椎の椎間関節とし,各分節で10回3セット実施した。介入は,マリガンコンセプトの認定資格保有者1名が実施した。
A:NAGs介入方法.椅子座位で関節モビライゼーションを実施. B:頚部振動刺激介入方法.中位頚椎近傍の左右後頚部筋に対する振動刺激. C:MCE. 前方の壁に書かれた∞のマークにレーザーの光が沿うように動かすエクササイズ.
介入は椅子座位とした。マッサージ器具(THRIVE製,MD-001-W)を用いて,対象者の中位頚椎近傍の左右後頚部筋へ振動刺激を与えた(図2B)。筋紡錘への適刺激である約110 Hzの振動とし6),振動刺激時間は左右各30秒とした。
3)Sham NAGs介入はNAGsと同様に背もたれのある椅子座位としたが,関節モビライゼーションは実施せず,NAGsと同様の分節の皮膚に介入者の小指ともう一方の手の母指が触れるのみとし,各10秒3セット実施した。
4)MCEMCEはRelocation testに準じた方法で実施した。椅子座位の対象者は頭頂部にレーザーポインターが付いた帽子を装着し,90 cm前方の壁に光を投射した。次に,閉眼した状態で頚部最大回旋させ,自覚的開始点まで戻す動作を行わせた。自覚的開始点まで戻した時点で開眼することで,誤差を視覚的フィードバックとして確認しながら実施した。エクササイズは左右各1分間とした。
さらに,同様の肢位にて対象者の前方の壁に書かれた∞のマークにレーザーの光が沿うように動かすエクササイズを行わせた(図2C)。対象者には「出来るだけ正確に,なおかつ速く」と指示をした。エクササイズは時計回りと反時計回りの各方向1分間とした。
5. 統計解析統計解析は,介入前後および3群間を要因とした二元配置分散分析を行い,事後検定としてScheffeによる多重比較を行った。有意水準は5%とし,SPSS Statistics 26.0(IBM社製)を用いた。
各群対象者の基本属性を表1に示す。
NAGs群(n=10) | 振動刺激群(n=10) | Sham NAGs群(n=9) | |
---|---|---|---|
年(歳) | 41.4±9.8 | 39.6±8.3 | 38.1±7.9 |
平均値±標準偏差.
反復測定二元配置分散分析による各項目の結果と多重比較法による各項目の結果を表2に示す。Relocation test,重心動揺検査における頚部回旋条件中頚部側屈角度において介入前後に全ての項目で主効果を認め,重心動揺検査における矩形面積では開眼安静立位のみ主効果を認めた。また,頚部関節可動域の右側屈,重心動揺検査における頚部回旋条件中頚部側屈角度の開眼左回旋と閉眼左回旋において交互作用を認めた。
介入前 | 介入後 | 介入 | 群 | 交互作用 | |||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
主効果 | F | P | |||||||
Relocation test(cm) | 右 | NAGs+MCE | 14.6±4.2 | 7.4±1.8a | <0.01 | 0.48 | 3.22 | 0.06 | |
頚部振動刺激+MCE | 15.5±7.3 | 10.2±4.2a | |||||||
Sham NAGs+MCE | 11.7±5.0 | 10.4±3.6 | |||||||
左 | NAGs+MCE | 14.6±6.1 | 8.9±3.4a | <0.01 | 0.41 | 2.22 | 0.13 | ||
頚部振動刺激+MCE | 15.0±4.2 | 12.1±3.5 | |||||||
Sham NAGs+MCE | 13.7±4.6 | 13.3±4.0 | |||||||
CROM(°) | 屈曲 | NAGs+MCE | 52.3±9.9 | 55.6±10.5 | 0.42 | 0.90 | 1.60 | 0.22 | |
頚部振動刺激+MCE | 53.5±6.5 | 51.5±7.2 | |||||||
Sham NAGs+MCE | 51.7±12.1 | 52.7±9.8 | |||||||
伸展 | NAGs+MCE | 69.7±11.5 | 72.9±10.5 | 0.20 | 0.46 | 1.13 | 0.34 | ||
頚部振動刺激+MCE | 69.8±6.1 | 72.3±7.9 | |||||||
Sham NAGs+MCE | 67.1±9.3 | 66.1±11.2 | |||||||
右側屈 | NAGs+MCE | 37.4±9.7 | 40.4±7.6b | 0.72 | 0.86 | 4.93 | 0.02 | ||
頚部振動刺激+MCE | 41.6±7.9 | 39.2±8.6 | |||||||
Sham NAGs+MCE | 39.2±6.4 | 37.9±7.5 | |||||||
左側屈 | NAGs+MCE | 41.6±7.6 | 41.9±7.9 | 0.67 | 0.61 | 0.13 | 0.88 | ||
頚部振動刺激+MCE | 42.6±8.1 | 41.6±9.2 | |||||||
Sham NAGs+MCE | 39.5±3.8 | 38.8±6.5 | |||||||
右回旋 | NAGs+MCE | 71.7±7.8 | 70.5±9.2 | 0.22 | 0.45 | 0.08 | 0.92 | ||
頚部振動刺激+MCE | 66.6±10.3 | 66.0±9.3 | |||||||
Sham NAGs+MCE | 67.7±8.3 | 66.2±10.6 | |||||||
左回旋 | NAGs+MCE | 69.5±8.4 | 71.3±7.8 | 0.97 | 0.47 | 0.55 | 0.58 | ||
頚部振動刺激+MCE | 67.7±10.1 | 67.5±10.1 | |||||||
Sham NAGs+MCE | 66.4±7.9 | 65.0±9.3 | |||||||
重心動揺検査 矩形面積 (cm2) | 条件① | 開眼 | NAGs+MCE | 1.49±0.8 | 1.90±0.8 | 0.04 | 0.95 | 0.04 | 0.96 |
頚部振動刺激+MCE | 1.56±0.7 | 1.99±1.8 | |||||||
Sham NAGs+MCE | 1.56±0.6 | 2.10±1.4 | |||||||
閉眼 | NAGs+MCE | 4.60±3.5 | 4.72±2.8 | 0.97 | 0.34 | 0.12 | 0.89 | ||
頚部振動刺激+MCE | 3.36±2.2 | 3.60±3.4 | |||||||
Sham NAGs+MCE | 3.52±2.0 | 3.08±1.5 | |||||||
条件② | 開眼 | NAGs+MCE | 3.23±1.8 | 4.05±3.2 | 0.21 | 0.79 | 0.66 | 0.53 | |
頚部振動刺激+MCE | 3.30±2.3 | 3.16±2.1 | |||||||
Sham NAGs+MCE | 3.45±2.1 | 4.37±2.8 | |||||||
閉眼 | NAGs+MCE | 5.07±4.7 | 5.86±3.8 | 0.23 | 0.80 | 0.52 | 0.60 | ||
頚部振動刺激+MCE | 3.87±2.5 | 5.99±7.5 | |||||||
Sham NAGs+MCE | 4.21±2.8 | 4.33±2.6 | |||||||
重心動揺検査 条件② 頚部側屈 角度(°) | 開眼 | 右 | NAGs+MCE | 7.1±3.4 | 4.6±2.6a | <0.01 | 0.65 | 2.06 | 0.15 |
頚部振動刺激+MCE | 6.4±3.6 | 4.6±1.5b | |||||||
Sham NAGs+MCE | 5.0±2.4 | 4.7±1.7 | |||||||
左 | NAGs+MCE | 7.0±3.9 | 4.5±2.5a | <0.01 | 0.51 | 5.38 | 0.01 | ||
頚部振動刺激+MCE | 5.1±1.6 | 4.2±1.7 | |||||||
Sham NAGs+MCE | 5.0±1.1 | 4.6±1.8 | |||||||
閉眼 | 右 | NAGs+MCE | 8.0±3.6 | 5.7±3.1b | 0.03 | 0.43 | 1.44 | 0.26 | |
頚部振動刺激+MCE | 6.4±4.2 | 4.7±1.7 | |||||||
Sham NAGs+MCE | 5.3±2.8 | 5.4±2.6 | |||||||
左 | NAGs+MCE | 8.5±5.8 | 5.3±3.0a | <0.01 | 0.28 | 4.93 | 0.02 | ||
頚部振動刺激+MCE | 5.9±1.8 | 4.4±1.5b | |||||||
Sham NAGs+MCE | 4.9±2.4 | 5.0±2.1 |
CROM: Cervical Range of Motion, NAGs: Natural apophyseal glides, MCE: Motor Control Exercise.
平均値±標準偏差.条件①:安静立位条件,条件②:頚部回旋条件.
a: <0.01, 介入前vs介入後,b: <0.05, 介入前vs介入後.
多重比較法の結果,NAGs+MCE群では,Relocation testの右回旋と左回旋(p<0.01),頚部関節可動域の右側屈(p<0.05),重心動揺検査における頚部回旋条件中頚部側屈角度の開眼右回旋と開眼左回旋(p<0.01),閉眼右回旋(p<0.05)と閉眼左回旋(p<0.01)で有意差を認めた。
頚部振動刺激+MCE群では,Relocation testの右回旋(p<0.01),重心動揺検査における頚部回旋条件中頚部側屈角度の開眼右回旋(p<0.05),閉眼左回旋(p<0.05)で有意差を認めた。
Sham NAGs+MCE群では,いずれの項目も有意差を認めなかった。
Abdelkaderら7)の研究では,Relocation testにおいてJPSの誤差が7 cm以内,もしくは水平角度4.5°以内を正常値としている。また,Alahmariら16)は,17–70歳までの頚部JPSを調査した結果,年齢が上がるほどJPSの誤差は増加していると報告した。さらに,Zafarら17)は,健常男性を対象に姿勢変化による頚部JPSの影響を調査した結果,頭部前方肢位(Forward Head Posture:以下,FHP)などの不良姿勢が筋骨格系の機能不全を引き起こし,頚部JPSを低下させると報告した。そのため本研究の対象は,JPSの誤差が生じ始めている可能性がある30代から50代とした。また,Relocation testの正常値は,JPSの誤差を7 cm以内とした。Relocation testのJPS誤差を測定する方法としてビデオカメラを設置し,度数を用いる研究があるが,臨床においてビデオカメラの設置や度数の解析は困難な場合が多いため,本研究では臨床で簡易的に可能な距離を用いて算出した。対象は頚部疾患の既往歴が無い者としたが,正常値としていたJPSの誤差による除外は31名中2名であった。これは,加齢的変化に加え,スマートフォンやパソコンが普及した現代社会においてFHPは一般的に認められる状態であり,本研究の対象者は日常的にデスクワークをしている者が多く,頚部痛を有さなくとも不良姿勢により頚部の筋機能不全が生じ,JPSが低下している群であった可能性が考えられる。そのため,二次元動作解析ソフトを使用して脊柱アライメントを測定するなどの姿勢に対する評価が必要であったかもしれない。
森園6)によると,位置感覚制御を司る主要因は筋紡錘であると報告している。しかし,Ianuzziら18)は,脊椎における椎間関節の関節包は固有感覚機能を有し,生理的運動時に機能していると報告しており,JPSは筋や関節包に存在する固有受容器により感知されると考えられている。また,関節包に対するテクニックとして関節モビライゼーションが用いられるが,Sterlingら19)は,筋電図を用いて頚部モビライゼーション後に頚部表層屈筋の活動低下や,頚部深部屈筋の機能向上を認め,Vicenzinoら20)は,頚部モビライゼーション後に握力が向上したと報告しており,関節包内運動のみならず筋活動にも影響を与えることが示唆されている。さらに,関節モビライゼーションがJPSへ与える影響として,Gong21)は,頚椎マニュピレーション後に各分節の可動性が生じ,関節包や深層筋の固有感覚が刺激されることでJPSが向上したと報告している。本研究の結果から,関節モビライゼーションテクニックであるNAGsの介入は,Gong21)による報告と同様に,介入後のJPSが有意に向上しており,関節モビライゼーションとして同様の効果があることが示唆される。また,筋紡錘のみに刺激を与えることを目的とした頚部振動刺激+MCE群においても,右回旋のみではあるが介入後のJPSが有意に向上していた。これらはNAGsによる介入も関節包内運動だけでなく,固有受容器を介して筋活動にも影響を与える可能性を示唆している。以上のことより,NAGsは頚部JPSを向上させる介入となることが示唆され,椅子座位にて実施可能な頚部JPSへの介入となり得る。また,NAGsは関節モビライゼーションテクニックのため,筋紡錘のみに刺激を与える振動刺激と比較して,JPSの向上だけでなく関節可動域向上の可能性が期待出来る点が優位であると考えられる。
頚部関節可動域は,本研究の結果ではNAGs+MCE群の右側屈のみ有意差を認め,残り全ての項目においては介入前後の差を認めなかった。NAGsによる関節モビライゼーションにより右側屈のみ可動域が向上している原因として,本研究の対象者は健常者であり,介入前の頚部可動域が日本整形外科学会の参考可動域より同等以上であったため,関節による可動域制限が少ない対象に対する介入であったことが,その他全ての項目で有意差を認めなかったことに影響していると考えられる。
本研究では,重心動揺検査を安静立位条件と頚部回旋条件左右2回反復をそれぞれ開眼と閉眼の4条件で10秒間実施した。高齢者では歩行や方向転換時に転倒のリスクがあり22),方向転換時には頭頚部の回旋が先行した後に体幹の回旋が出現しているとされている23)。そのため,頚部回旋条件を実施し,対象者の頭頂部にデジタル角度計を装着し,頚部回旋動作中の頚部側屈角度を測定することで回旋動作の質を確認した。本研究の結果では,重心動揺検査における矩形面積では各群で介入前後の有意差を認めなかった。これは,重心動揺検査の取り込み時間を10秒と通常よりも短く設定したことが関係している可能性がある。五島24)によると,取り込み時間は60秒を基準として,60秒起立困難な場合30秒の取り込みを行うと述べている。そのため,本研究における10秒の取り込み時間では,検査中の動揺が1度でも出現した場合に結果へ大きく影響を与えた可能性がある。しかし,頚部回旋条件中の頚部側屈角度においてはNAGs+MCE群では開眼右回旋,開眼左回旋,閉眼右回旋,閉眼左回旋に有意差を認め,頚部振動刺激+MCE群では開眼右回旋,閉眼左回旋で介入前後の有意差を認めた。Honakerら25)は,動的な頭部傾斜により姿勢安定性が低下すると報告し,立位安定性を保つ上で頭部の運動制御が必要であり,頚部からの求心性入力の役割として頚部のJPSが重要であると述べている。そのため,本研究においてもNAGsや頚部振動刺激が頚部の関節包や筋紡錘に存在する固有受容器を刺激した後にMCEを行ったことで,求心性入力の役割となる頚部のJPSが向上し,頚部回旋動作における動的な頭頚部の運動制御機能が向上したと考えられる。
しかし,本研究は全体の対象者が29名であったため,今後さらに対象者を増やして検討していく必要がある。また,本研究は健常成人男女のみを対象としており,頚部痛者との比較が行えていない。したがって今後の研究では,頚部痛者を含めた介入前後の効果や,介入群間における介入効果の検討をしていく必要があると考える。
Relocation testにおいては介入前後の効果が有意に認められ,NAGs+MCE群では左右回旋ともにJPSの誤差が有意に低下し,頚部振動刺激+MCE群は右回旋のみ有意に低下した。しかし,重心動揺検査の矩形面積における有意差は認められなかった。NAGsは椅子座位により実施可能な関節モビライゼーションテクニックという点から臨床応用が容易であり,臨床においてJPSを向上させる一助になることが示唆された。
本研究を行うにあたりご協力いただきました対象者,東京都立大学関係者の方々に深く感謝申し上げます。
本研究において開示すべき利益相反はない。