理学療法学
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ステートメント
低強度経頭蓋電気刺激の理学療法領域における使用に関する声明(2025年度版)
金子 文成石黒 幸治大西 秀明久保田 雅史髙橋 容子野嶌 一平松木 明好松田 雅弘森岡 周森 信彦
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2026 年 53 巻 2 号 p. 85-88

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要旨

近年,理学療法領域において,低強度経頭蓋電気刺激(low intensity transcranial electrical stimulation:以下,tES)をはじめとする非侵襲的脳刺激(non-invasive brain stimulation:以下,NIBS)を用いた研究が急増している。tESは神経可塑性を修飾し得る有望な手法であり,簡便かつ低コストで応用可能な点が注目される。一方で,適切な知識・訓練を欠いた使用は安全性や倫理面での問題を伴う。国内では日本臨床神経生理学会がNIBSの安全指針を公表しており,本委員会でもこれを踏まえ,理学療法領域におけるtESの安全で効果的な利用を啓発するために声明を発出した。本声明では,tESの定義や作用機序,刺激条件,リスク管理,倫理的留意点を整理するとともに,教育・トレーニングの体系化の必要性を提言した。今後は,理学療法士が責任ある実施者としてtESを安全に運用できるよう,国内外の学術団体と連携し,標準化された教育体制と実施指針の整備が求められる。

声明

近年,理学療法領域において,低強度経頭蓋電気刺激(low intensity transcranial electrical stimulation:以下,tES)や経頭蓋磁気刺激(transcranial magnetic stimulation:以下,TMS)などの非侵襲的脳刺激(non-invasive brain stimulation:以下,NIBS)を用いた研究が増加している。これらは神経可塑性を修飾し得る新たな治療的手段として注目される一方,十分な理解や訓練を欠いた使用はリスクを伴う。また,近年は「neuromodulation(神経変調法)」という広義の概念のもとで,tESを含む各種技術が議論される機会も増えている。

我が国においては,一般社団法人日本臨床神経生理学会がNIBSの安全性に関するガイドラインを公表するなど主導的な役割を担ってきた。これを踏まえ,「理学療法と非侵襲脳刺激に関する検討委員会」(以下,当委員会)では,設置当初から同学会より有識者を招聘し,公益社団法人日本理学療法士協会会員に対するNIBSに関する情報発信のあり方を検討してきた。近年は国際的にも理学療法士がNIBSの実施者として位置づけられ,使用に必要なトレーニング内容を示す指針も発表されている1

このような国内外の状況を踏まえると,今後は日本の理学療法領域においても,教育・トレーニングの体系化を通じて,研究および臨床場面でtESを適切に扱える体制を整備することが求められる。当委員会では,過去に理学療法領域におけるTMS使用に関する声明を発出してきた2。本声明はそれに引き続き,とくに汎用性の高い経頭蓋直流電気刺激(transcranial direct current stimulation:以下,tDCS)を中心に情報を整理し,tESの安全で効果的な利用を啓発することを目的とする。

低強度経頭蓋電気刺激(tES)の基礎情報

1. neuromodulation(神経変調法)の概念と歴史

neuromodulation(神経変調法)は,中枢・末梢・自律神経系に対し,電気的あるいは化学的手段で活動を調整する技術の総称である3。tESはその一つであり,2000年にNitscheとPaulusがtDCSによって運動野の興奮性を可逆的に変化させることを報告して以来4,研究が急速に拡大してきた。弱い電流による脳活動変調への関心自体は200年以上前から存在していたとされる5

2. tESの定義

tESは,刺激強度4 mA未満,1日60分以下,電極面積1~100 cm2,移送電荷7.2 C以下,周波数0~10 kHzで行う刺激方法と定義される6。頭皮上に電極を装着し,低強度の電流を流すことで非侵襲的に脳や脊髄の活動を調整する6

3. 作用機序の概要710

  • ・電場と膜電位:陽極刺激では膜電位が脱分極方向にシフトし興奮性が増大し,陰極刺激では過分極方向にシフトし興奮性が低下する。
  • ・神経伝達物質と可塑性:Ca2+チャネル活性化を介して神経伝達物質放出を調整し,長期増強(long-term potentiation:LTP)や長期抑圧(long-term depression:LTD)を誘導する。
  • ・脳波の同調(エントレインメント):経頭蓋交流電気刺激(transcranial alternating current stimulation:tACS)では周波数特異的な脳波活動の同期を促進する。
  • ・ネットワークレベルの影響:局所の変化が皮質間・皮質下ネットワークに波及する。
  • ・グリア細胞作用:炎症反応の調整や脳由来神経栄養因子(brain-derived neurotrophic factor:BDNF)の分泌促進に関与するとされる。

4. tESの種類と特徴4, 1115

様々な電気刺激法を表1に示す。

表1 低強度経頭蓋電気刺激の種類と特徴

tESの種類特徴
経頭蓋直流電気刺激 
transcranial direct current stimulation(tDCS)
直流電流で皮質脊髄路の興奮性を変化させる。陽極刺激で上昇し,陰極刺激で低下する。最も研究が多く行われている。
経頭蓋交流電気刺激 
transcranial alternating current stimulation(tACS)
交流電流により極性が周期的に反転する。直接的な興奮性変化は小さいが,脳波の同期を調整する。
律動的経頭蓋直流電気刺激 
oscillatory transcranial direct current stimulation(otDCS)
tDCSとtACSの特性を併せ持ち,膜電位と脳律動を同時に変調する。
経頭蓋ランダムノイズ刺激 
transcranial random noise stimulation(tRNS)
ランダムノイズ刺激を用いる。不快感が少なく盲検化が容易で,作業記憶の改善などに有効性が報告されている。
経頭蓋パルス電流刺激 
transcranial pulsed current stimulation(tPCS)
単相性または二相性のパルス波を用いる。
経皮的脊髄直流電気刺激 
transcutaneous spinal direct current stimulation(tsDCS)
脊髄に対する直流刺激を行う。遺伝性痙性対麻痺や多発性硬化症,起立性振戦などで平衡機能や振戦の改善が報告されている。

tESの実施にあたって

1. 実施体制と標準的刺激条件

臨床試験は医師の管理下で行われる。健常者を対象とした実験研究についても,経験のある研究者の指導下で行うべきである。近年の臨床研究で多く用いられる条件は,1–2 mA,20分間,25–35 cm2の電極面積であり,電荷密度は約343–960 C/m2である4。これは動物実験で病変を誘発する閾値(52,400 C/m216を大きく下回る。生じる電場は0.4–0.8 V/mであり,電気けいれん(痙攣)療法の約1/1000とされる6。皮膚損傷予防のため,電極は頭皮に十分に密着させ,スポンジ電極を用いる場合は生理食塩水で湿潤化する。

2. リスクと安全確保

tDCSの有害事象として,電極直下の皮膚損傷(火傷)が代表的である。これは陰極直下で水酸化物イオンが蓄積しアルカリ性環境を形成するためである。陽極直下では酸性物質が生成するが損傷は比較的少ない。臨床研究レベルで報告される有害事象は,チクチク感,軽度の痒み,発赤,時に吐き気・頭痛・疲労感などである。まれに痙攣発作が報告されるが因果関係は明らかでない17。健常人でも有害事象は起こり得るため,適切な知識と技術を持った者が実施する必要がある。また,tESは,簡便で低コスト,携帯性に優れた非侵襲的刺激技術であり,研究・臨床の両面で応用が拡大しつつある。ただし,その安全性は適切な条件と管理のもとでのみ担保される。したがって実際の運用にあたっては,標準的刺激条件やリスク管理を遵守する必要がある。

3. 倫理審査と法令・説明と同意

tESは日本国内において医療機器として承認されていない。したがって人を対象とする研究は所属機関の倫理審査委員会での承認が必須である。研究の性質によっては,特定臨床研究として臨床研究法に基づく手続きが必要となる。また「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針(令和5年改正)」を遵守し,研究目的・不確実性・リスク・個人情報保護を説明したうえで文書によるインフォームド・コンセントを得なければならない。

4. 自己製作商品の使用に関する注意

近年,科学的知識が一般にも普及するにつれ,個人が自己治療を目的に自作でtDCS装置を作成する事例や,安全性が未確認の市販機器の使用が懸念されている18。これらは効果や安全性が科学的に裏付けられておらず,強く推奨されない。tESは必ず専門家の指導とガイドラインの遵守のもとで実施されるべきである。

おわりに

理学療法領域において,tESは,臨床試験のみならず実験的に神経機能を探索的に検討したり,運動学習と一部脳領域機能との関連を解析したりする目的で使用されているようである。本声明は,そのような理学療法領域におけるtESの急速な普及に対応し,安全性・倫理性・科学的妥当性を担保するための共通基盤となる情報を示した。その目的は研究利用にとどまらず,臨床応用への発展を見据えて教育・トレーニングの体系化を進め,理学療法士が責任ある実施者として位置づけられる体制を築くことにある。今後は国内外の学術団体と連携し,標準化された教育プログラムや実施指針を整備することで,理学療法の臨床においてtESが適切に活用されることを期待する。

利益相反

本声明において開示する利益相反関係はない。

文献
 
© 2026 日本理学療法学会連合

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https://creativecommons.org/licenses/by/4.0/deed.ja
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