2023 年 20 巻 p. 85-100
近年、中小企業の国際化が進むに伴い、関連する研究が蓄積されている。しかしながら、2010年以降の先行研究をレビューし、現在の到達点と今後の課題について論じたものは少ない。
そこで、本稿では、2010年以降に公表された日本中小企業の国際化に関する先行研究を中心にレビューを行い、中小企業の国際化研究の現状と課題を示すことを試みた。その結果、以下の2点を明らかにした。
第一に、中小企業の海外進出に着目した研究をみると、研究の焦点が変化している。具体的には、①海外市場開拓、②非製造業、③急進的な国際化(ボーングローバル企業)、④越境ECやトランスナショナル創業などの多様な進出形態に着目した研究がみられる。
第二に、中小企業における海外進出後に着目した研究をみても、研究の焦点が変化している。具体的には、①海外子会社における販売などの新たな機能の獲得、②外国人人材の活用など、海外子会社のマネジメント、③日本国内拠点にプラスの影響を及ぼすルートの解明に着目した研究がみられる。
2010年以降、中小企業の国際化は大きく変化している。中小企業の海外進出および海外進出後の変化について、引き続きさらなる深堀が必要と考える。
In this paper, we review the sparse studies on the internationalization of Japanese SMEs published since 2010 and attempt to demonstrate the current status of research on the internationalization of SMEs and issues arising therein. The following points emerge.
Firstly, looking at studies on the overseas expansion of SMEs, the focus of research is changing. Specifically, papers look at diverse modes of internationalization, such as (1) overseas market development, (2) non-manufacturing industries, (3) “born global” companies, and (4) cross-border e-commerce and transnational startups.
Secondly, the focus of research has changed even if we look at the papers on SMEs after overseas expansion. Specifically, (1) acquisition of new functions such as sales at overseas subsidiaries, (2) management of overseas subsidiaries such as deployment of foreign staff, and (3) highlighting of routes that have a positive impact on operations in Japan.
近年、輸出や海外直接投資といった中小企業の国際化が進んでいる。中小企業による海外への直接輸出比率をみると、1997年度の16.4%から、2018年度には21.4%にまで増加した。海外直接投資比率をみても、1997年度の8.6%から、2018年度には15.0%に増加している(中小企業庁, 2021)。少子化に伴う日本国内の市場縮小や、新興国をはじめとする海外市場の拡大が、主な理由である。
中小企業の国際化が進むに伴い、関連する研究が蓄積されている。中小企業の国際化に関しては、松永(2003)が1990年代の先行研究を、寺岡(2013)が2000年代の先行研究をレビューしている1。それらは、1990年から2009年にかけての先行研究を整理し、その到達点と課題を整理した点に意義がある。
一方で、松永(2003)や寺岡(2013)が取り上げた以降の先行研究、すなわち2010年以降の先行研究をレビューしたうえで、中小企業の国際化研究に関する現在の到達点と今後の課題について論じたものは少ない。丹下(2015a)では、2010年以降の先行研究をレビューし、現状と課題を整理しているものの、当該論文の発行年である2015年以降の研究については、分析できていない。
そこで、本稿では、2010年以降に公表された日本中小企業の国際化に関する先行研究をレビューすることで、中小企業の国際化に関する研究の到達点と今後の課題を明らかにする。特に、2010年以降に公表された日本中小企業の国際化に関する先行研究を、前述の松永(2003)や寺岡(2013)のレビュー論文や、統計データと対比させることで、2010年以降における中小企業の国際化研究がどのように変化しているのかを明らかにするとともに、残された課題を示す2。
本稿の構成は、以下のとおりである。
2.では、主に、中小企業の海外進出に着目して、先行研究をレビューする。特に、①進出目的、②進出業種、③国際化プロセス、④進出形態といった4つの視点から整理することで、先行研究の到達点と今後の研究課題を明らかにする。
3.では、主に、中小企業の海外進出後に着目し、先行研究をレビューする。特に、①海外子会社の機能、②海外子会社のマネジメント、③日本国内拠点への影響といった3つの視点から、先行研究を整理し、今後の研究課題を明らかにする。4.では、本稿の結論と課題について述べる。
なお、本稿における「国際化」の定義には、海外直接投資だけでなく、輸出や生産委託、技術供与も含むこととする。
1.2 先行研究レビューの方法本稿では、大木(2013)を参考に、先行研究レビューを行った。
まず、文献の選択基準については、「2010年以降における日本中小企業の国際化研究がどのように変化しているのかを明らかにする」という本稿の目的に従い、言語は日本語で、発行年が2010年以降の文献に限定した。次に、選択基準をもとに、文献検索サイト「CiNii Articles」にて「中小企業 国際化」などの検索式を用いて文献データベース検索を行った。
文献データベース検索以外の検索方法としては、①日本中小企業学会ホームページより『日本中小企業学会論集』のなかから、関連がありそうな論文を抽出、②入手した文献の引用文献のなかから、関連がありそうな論文を抽出した。
これらの結果、先行研究レビューの対象となる論文として、176本を抽出し、レビューを実施した。以下、先行研究レビューの結果を、①中小企業の海外進出に着目した研究、②中小企業の海外進出後に着目した研究に分類して示す。
本章では、主に、中小企業の海外進出に着目して、先行研究をレビューする。特に、①目的、②業種、③国際化プロセス、④形態といった4つの視点から整理することで、先行研究の到達点と今後の研究課題を明らかにする。
2.1 目的:生産から販売へ1990年代から2000年代にかけての中小企業の国際化に関する研究は、製造業かつ生産機能に着目するものがほとんどであった。松永(2003)は、1990年代における中小企業のグローバリゼーションに関する先行研究をレビューし、その研究対象が主として製造業に限られている点を指摘している。2000年代における中小企業とグローバリゼーションに関する研究をレビューした寺岡(2013)をみても、そこで取り上げられる多くの論文が現地生産など、生産面に関するものが多い3。
そうした背景として、中小企業の国際化、特に海外直接投資では、製造業を中心に、生産目的での進出が多かった点が指摘できる。親会社の海外への生産移管に伴い、中小企業は、みずからも海外に進出したり、海外の安価な労働力を活用し、生産コスト低減を図ったりといったケースである。そのため、中小企業の海外拠点は、日本の「分工場」として位置づけられ、生産機能のみを有する場合が多かったといえる。
一方、2010年代に入ると、中小企業の海外進出目的は、生産から販売へと変化する。表1は、中小企業が海外直接投資を決定した際のポイントの推移を示したものである。これを見ると、04年には31.2%と高い割合を示していた「良質で安価な労働力が確保できる」と回答する企業が、11年には27.2%と減少している。一方で、「現地の製品需要が旺盛又は今後の需要が見込まれる」と回答した企業の割合が04年の29.3%から11年には49.0%にまで増加している。中小企業による海外直接投資の目的が、生産コスト低減から市場開拓へとその中心が移っていることがわかる(丹下, 2016)。
年 | 2004 | 2005 | 2006 | 2007 | 2008 | 2009 | 2010 | 2011 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
良質で安価な労働力が確保できる | 31.2 | 19.9 | 22.8 | 26.3 | 27.7 | 20.4 | 28.4 | 27.2 |
現地の製品需要が旺盛又は今後の需要が見込まれる | 29.3 | 28.7 | 30.4 | 31.6 | 33.2 | 39.5 | 45.5 | 49.0 |
納入先を含む、他の日系企業の進出実績がある | 23.7 | 17.0 | 18.5 | 20.6 | 21.1 | 16.4 | 25.5 | 30.1 |
(注)1.国内本社が、中小企業基本法に定義する中小企業者と判定された企業を集計している。
2.2011年度に回答の割合の高い上位3項目について表示している。
(出所)中小企業庁『2012年版中小企業白書』304ページ
(資料)経済産業省「海外事業活動基本調査」
こうした動きを踏まえて、2010年以降になると、中小企業の海外市場開拓に関する研究が見られるようになる。そうした研究には、特定の財、そして特定の市場に焦点を当てて、海外市場開拓に向けたマーケティング戦略を分析したものが多くみられる。
消費財に焦点を当てた研究としては、丹下(2012)、丹下(2013)がある。丹下(2012)は、中小消費財メーカーによる中国など新興国市場開拓に向けたマーケティング戦略を明らかにしている。3社の事例研究から、中小企業の新興国マーケティング戦略にみられる特徴として、①ニッチ市場に先行して高付加価値製品を投入、②日本と同じ製品(コンセプト)をあえて投入、③日本製であることをアピール、④流通に積極的に関与し、提供品質をコントロール、の4点を指摘している。
丹下(2013)では、中小消費財メーカーによる欧州市場開拓に向けたマーケティング戦略を明らかにしている。そこでは、欧州市場開拓を実現した要因として、①現地向けに製品を一部改良あるいは新製品を開発することで、デザインをはじめとする現地のニーズに対応、②高価格戦略を採用、③国際展示会の活用や場を設定しての地道な啓蒙活動、現地専門家の活用といった点が事例研究から明らかにされている。
中間財に焦点を当てた研究としては、丹下(2015b)がある。丹下(2015b)では、中小自動車部品メーカーによる中国市場開拓に向けた戦略を明らかにしている。3社の事例研究から、以下の2点を指摘する。第一に、製品戦略については、①設計や仕様を変更し、先進国向けよりも品質を若干下げた製品を投入、②先進国向けと同等品質の製品を投入する二つの方向がみられた点である。第二に、経営資源については、海外企業のもつ経営資源が重要な役割を果たしている。すなわち、事例企業は、合弁先の現地企業や第三国企業、買収先の第三国企業といった海外企業の経営資源を活用することで、中国自動車メーカーとの取引を実現している。
足立・楠本(2017)は、財の種類別に輸出の継続要因を明らかにしている。「日系企業への輸出比率の高い中間財輸出企業においては、日系企業から高い品質を求められるとともに、厳しい競争環境のなかでの輸出となるため、製商品の独自性やアフターフォローにまで広く気を配らないと収益をあげにくい構造となっている」とし、「最終財輸出企業においては、現地での商売のやり方をしっかりと会得して、現地のユーザーに求められるものは何か、現地の人々はどういったビジネスを行っているかを知ることが肝要である」としている。
こうした先行研究からは、中小企業は海外市場開拓において、財の種類や販売先国の市場ニーズに応じたマーケティング戦略を採用することが有効であることがわかる。
中小企業の海外市場開拓は、マーケティング戦略だけでなく、戦略を率先して実践する経営者に依存するところも大きい。そのため、先行研究では、海外市場開拓と経営者の行動との関係に着目した研究も多くみられる。
山本・名取(2014a)では、主に経営者の企業家活動に着目し、中小製造業がどのように国際化を実現したのか、そのプロセスを分析している。国際化を果たした中小製造業の経営者は、「過去の意思決定の経験」「ネットワーク」「組織構築」によって高めた企業家志向性(EO:Entrepreneurial Orientation)を「国際的企業家志向性(IEO:International Entrepreneurial Orientation)」に転化することで、国際化を実現していることを明らかにしている。そして、転化の要因として外部環境の変化を指摘する。これは、国際化プロセスにおける経営者の行動を説明した点に貢献がある。
山本・名取(2014b)では、「市場志向性」と「輸出市場志向性」、「学習志向性」の概念を活用することで、経営者の企業家活動=企業家要因の観点から、山本・名取(2014a)で提示された分析視点を拡張している。
海外市場開拓においては、日本国内とは異なる顧客ニーズや市場環境をどのように学習していくのかといった点も論点となる。大田(2018)は、日本の中小繊維企業の事例研究によって、国際化に伴う不確実性に中小企業がどのように対応し、対象市場国のネットワークに参入するのかを、学習に注目して明らかにしている。中小企業は、輸出の着想から展示会への出展に至る過程で、市場や国際化に通じた国内外の同業者・関連業者から、競合、商品開発、輸出、出展、そして標的市場について学習していた。対象国市場への参入に際し、中小企業は、代理商・卸売商や展示会といった市場仲介者を利用する。また、展示会を活用し、競合や顧客などの理解を深めている。
こうした研究からは、中小企業の海外市場開拓においては、経営者の行動や学習も重要であることがわかる。
国内外のパートナーとの連携についても、指摘がなされている。張(2012)は、中小零細食品企業の海外販路開拓事例を分析し、①公設機関や大学など外部資源活用による商品開発、②現地代理店や輸入業者との連携が重要な点を指摘する。丹下(2016)でも、海外企業の活用が海外市場開拓では重要なことを明らかにしている。足立・楠本(2017)も輸出から撤退した企業の特徴から「直接現地ユーザーとのつながりを強めたり、あるいは信頼できる国内外のパートナー企業をなるべく早く確保したりすることが有用であることがわかった」としている。
以上のように、中小企業の国際化目的は、生産から販売へとシフトしている。それに伴い、海外市場開拓に焦点を当てた先行研究がみられる。こうした研究においては、中小企業が海外市場開拓に取り組むうえでのマーケティング戦略や経営者の行動、学習プロセス、パートナーとの連携の重要性といった点が明らかにされつつある。
しかしながら、先行研究では、中小企業が海外市場開拓に取り組むうえで、パートナーの探索や関係構築をどのように行えばよいかが十分には明らかにされていない。前述の張(2012)や丹下(2016)、足立・楠本(2017)では、国内外のパートナーとの連携の重要性が指摘されているが、パートナーをどのように探索すればよいのか、またパートナーとの関係構築をどのように行えばよいかについては、深堀されていない。特に、海外市場開拓においては、現地の状況を十分に理解する海外パートナーの探索や関係構築について、十分に分析する必要があるだろう。この点を明らかにすることは、中小企業の国際化目的が生産から海外市場開拓へとシフトが進む中で、多くの中小企業にとって重要と考える。
2.2 業種:製造業から非製造業へ2.1で述べたように、中小企業の国際化、特に海外直接投資については、製造業による生産目的での進出が多い。そのため、中小企業の国際化に関する研究は、製造業を対象とするものがほとんどであった。
松永(2003)は、1990年代における中小企業とグローバリゼーションに関する先行研究をレビューし、サービス業や商業に関する研究蓄積が少ない点を指摘している。そのうえで、「今後はITによるグローバリゼーシヨンの急速な進展とともにサービス業と商業(その大半は中小企業が占める)に関する研究が重要になると思われる」と述べている。
実際、近年は、非製造業中小企業の海外進出も盛んになっている。中小企業庁(2016)では、規模別・業種別に見た直接投資企業数の推移を分析している。これをみると、直接投資企業数は、中小卸売業が2001年の1,019社から2014年には1,406社に増加している。中小小売業者は、2001年の125社から2014年には129社に、その他中小企業4も2001年の986社から2014年には1,590社に増加している。これを踏まえて、中小企業庁(2016)は、「従来の製造業を中心とした直接投資だけではなく、小売業、サービス業をはじめとした様々な業種の中小企業が直接投資を開始していることが推測される」としている。
こうした動きを踏まえて、2010年以降、非製造業中小企業の海外進出に着目した研究もみられる。日本政策金融公庫総合研究所(2014)では、中小サービス業による海外直接投資の現状を分析したうえで、問題点として、①途上国における外資への参入規制、②就労ビザの取得が難しいため、日本人スタッフの派遣に制限がある、③所得水準や生活習慣の違いへの対応といった点を指摘している。
遠山(2019)は、自動車中古部品卸売業による直接輸出ビジネスモデルがどのような要素から成立しているか、そこからどのような特徴が導出されたかを分析している。
関(2019)は、カンボジアにおいて、飲食ビジネスを手がけている日系中小企業のケースを考察し、マネジャー自身に日本での斯業経験がなくとも、現地での飲食事業の成長を促すことが可能であることや、事業展開先の国の選択が「たまたま」カンボジアという国に滞在することをつうじて、カンボジアの社会にかかわることになり、その結果として、カンボジアの社会との接点を創造しようとしている点を明らかにしている。
このように、近年は、非製造業中小企業の海外進出に着目した研究もみられる。一方で、「サービス業に従事する日本の中小企業の国際化の議論は、これまでほとんどなされていなかった」と関(2019)が指摘するように、非製造業中小企業の国際化に関する研究は、十分とはいえず、さらなる研究が求められている分野である。
特に、非製造業のなかでも、美容業や教育業など、顧客への提供品質が、特に「ヒト」に依存するような、狭義のサービス業の研究をさらに深めていく必要がある。先行研究では、飲食店や小売店などが多く取り上げられている。こうした業種では、顧客への提供品質は「ヒト」だけに依存するのではなく、提供する商品の品質も重要となる。一方で、美容業や教育業などは、顧客に提供するものがサービスのみであるため、その提供品質は特に「ヒト」に依存する。そうした業種において、文化や習慣の異なる現地人材をどのように採用し、どのように教育すればよいのか、明らかにすることが求められる。
2.3 国際化プロセス:ボーングローバル企業の出現従来、企業の国際化プロセスは、ウプサラモデルに代表されるような、漸進的・段階的なアプローチが一般的であると論じられてきた。こうしたモデルでは、企業の国際市場展開は、まず本国市場での活動を通じて国内での優位性を獲得し、代理店を介した間接輸出に続き、海外販売ないしはマーケティング子会社の設立後、最終的に国外での生産といった段階に至る国際化プロセスに従うとされてきた(森田, 2014)。
近年になると、そうしたプロセスとは異なり、本国市場における優位性を獲得するより前に、早期に海外市場に参入するケースがみられるようになった。そうした企業の国際化プロセスは、これまでの漸進的・段階的なアプローチでは、説明が難しい(森田, 2014)。そのため、欧米を中心とした国際経営研究においては、そうした企業をボーングローバル企業(BGC)と称して、多くの研究が蓄積されている。
このような流れを踏まえて、2010年前後を境に、日本でもBGCに関する研究が進んできた。中村(2013)は、「これまでわが国の市場は北欧諸国などとは異なり内需が大きいため、ベンチャー企業や中小企業で創業時もしくは2・3年以内に国際事業を展開するケースはほとんど見当たらなかった」としたうえで、テラモーターズ社とジオ・サーチ社の2社を取り上げて、創業者の国際的起業家精神、早期国際化、持続的競争優位性等を中心に分析している。
諏訪(2019)は、高度成長期における日本のBGCの事例分析によって、従来指摘されてきたボーングローバル企業の成長要因や競争優位の源泉の再検討を行っている。その結果、「内在する資源による強さの発揮として、限定された経営資源をニッチ市場で展開したこと、内外のニッチ市場でNo.1となるよう研究開発を進めることを基軸に据えた上で、技術力と製品力だけでとどまらず、アフターサービスの充実まで含めた一連の過程を含めたNo.1を追求したこと、情報を積極的に活用することで成長に導くための外部資源を吸収する仕組みを形成しえたこと」を、ボーングローバル中堅企業の成長要因として指摘している。また、先行研究では、海外経験のある経営者特性などの重要性に焦点が当てられていたが、必ずしも海外経験が豊富ではない経営者でも、条件次第でBGCとして発展してきているといった点を明らかにしている。
このように、日本においてもBGCに関する研究蓄積が進んできたが、先行研究には課題も存在する。例えば、BGCにおける業種の広がりと理論の適用可能性について、さらに検証が必要と考える。村瀬(2018)は、「これまでBGCをはじめ、早期に海外進出する企業に関する様々な研究がなされてきたが、そのなかで共通していえることは、北欧諸国を中心に出現するケースが多く、その大半は輸出事業あるいは情報技術、エレクトロニクス、バイオテクノロジーといった知識・技術集約型産業であった」と指摘する。そのうえで、サービス産業におけるボーングローバル企業の出現可能性と競争優位について検討している。嶋(2016)もBGC研究について、日本では、製造業に研究が偏っている点を指摘している。今後は、サービス産業など、非製造業のBGC研究なども必要となるだろう。
2.4 形態:越境EC、トランスナショナル創業の出現前述のように、従来、企業の国際化プロセスは、代理店を介した間接輸出に続き、海外販売ないしはマーケティング子会社の設立後、最終的に国外での生産といった段階に至る国際化プロセスに従うとされてきた(森田, 2014)。
近年では、こうした各段階にみられる進出形態とは異なる進出形態に着目した研究もみられ始めている。
第一に、情報技術の進展に伴い発展してきた越境ECに着目した研究である。竹内(2014)は、「海外直接投資や輸出は、『コストがかかる』『代理店を探すのが難しい』など、ハードルが高いと考える中小企業も多い。そこで、注目されるのが『越境EC』である」と述べる。そのうえで、越境ECのメリットとして、直接投資に比べて費用も時間もかからない、商圏が特定の地域に限られることもないといった点を指摘する。一方で、代金回収や法的リスクなどのデメリットも指摘したうえで、「これらのリスクは知識があればコントロールできるものであり、適切に対処することで越境ECの利点を十分に享受することができる」とし、中小企業にとっての越境ECの重要性を指摘している。
竹内(2018)では、近年拡大する中国向け越境ECについて、「中国の越境ECは、その規模と成長性を考えると、中小企業にとっても魅力的な市場である。また、さまざまなサービスが提供されており、参入自体は必ずしも難しくはない。しかし、競争も激しく、中小企業が自力で成果をあげることは難しい。どのプラットフォームを使うか、プロモーションをどの事業者に依頼するかなど、パートナー選びがきわめて重要である」と指摘する。近年では、ライブコマースなど、新たなプロモーション手法も登場している。中小企業が単独でそうした手法に対応することは容易ではないだろう。越境ECのメリット・デメリットを踏まえたうえで、対応することが中小企業には求められている。
第二に、トランスナショナル創業に関する研究である。播磨(2019)は、国境を越え、2カ国以上のリソースを動員し、特別な経済・社会価値を生み出し、新たなつながりを生み出す起業家を「トランスナショナル起業家」と定義する。トランスナショナル起業家は特異な強みと弱みを持つが、その特徴は多様であること、創業に至るメカニズム、社会・地域に与える影響なども、多層的・多面的に考える必要があることなどを明らかにしている。そして、日本でも、海外で創業する日本人起業家や多様なバックグラウンドを持つ外国人起業家といった、トランスナショナル起業家の経済的役割を考えていく必要があり、そのことが日本における創業エコシステムのさらなる強化にもつながる可能性を指摘している。
佐脇(2019)は、タイ・マレーシアの11人の日本人起業家を対象に、調査研究を行っている。そこでは、日本人起業家がイノベーションを起こして成功していることや、徹底した現地化や第三国への海外展開を図っているといった点を明らかにしている。
以上のように、近年は越境EC、トランスナショナル創業など、新たな進出形態に着目した研究が蓄積されはじめている。一方で、中小企業による海外進出形態は、さらなる多様化がみられる。例えば、連携体による海外輸出への取り組みである。地方の同業者が連携して統一ブランドを構築して、海外輸出に取り組むといった動きが国内各地でみられる。越境ECが発達した現在において、地方の中小企業はなぜ単独ではなく、連携して輸出に取り組むのか、明らかにしていく必要があるだろう。
また、日本国内で伝統的な「のれん分け」を海外進出に活用する「越境のれん分け」といった動きもみられる。なぜこうした企業は、海外直接投資や輸出、フランチャイズではなく、「越境のれん分け」という進出形態を選択しているのか、分析することも重要だろう。
さらには、日本の中小企業のなかにも、海外企業に対してM&Aを実施することで、国際化をはかるといった事例も現れている。経営資源に乏しい中小企業が、文化も慣習も異なる海外企業に対して、なぜM&Aを行い、どのように成功させているのか、研究を蓄積する必要がある。
本章では、主に、中小企業の海外進出後に着目し、先行研究をレビューする。特に、①海外子会社の機能、②海外子会社のマネジメント、③日本国内拠点への影響といった3つの視点から、先行研究を整理し、今後の研究課題を明らかにする5。
3.1 海外子会社の機能:販売機能の拡大2.1および2.2で示したように、1990年代から2000年代にかけての中小企業の国際化に関する研究は、製造業かつ生産機能に着目するものがほとんどであった。これは、中小製造業の海外子会社の多くが生産機能を有するにとどまっており、取引先への販売や製品開発については、日本本社が行うことが多かったためである。
しかしながら、近年は、海外子会社の販売先が変化している。進出当初、海外子会社の販売先は、日本の本社や親会社など、日本への輸出が多かった。その後、海外子会社の販売先は、現地に進出した日系企業へと拡大する。近年になると、欧米系企業や地場企業へと販売先はさらに拡大している。
こうした動きを反映して、海外子会社の販売機能に着目した研究がみられる。弘中(2018)は、マレーシアに進出した中小企業が、日系企業だけでなく、ローカル企業を含めた海外の企業に販売先を拡大することで、長期にわたり存続していることを明らかにしている。そのうえで、海外展開する中小企業が目指すべきは、販売先を現地の日系企業に限定せず、国際競争力のある企業を顧客として開拓する「販売の国際化」であり、それが売上をより安定させることにつながるとしている。丹下(2015b)では、中国において、地場企業への販路開拓を実現するためには、合弁先などの海外企業と連携することが有効であることを明らかにしている。
海外子会社における販売分野の多様化に着目した研究もみられる。海外子会社において、既存製品をこれまでと異なる市場で販売したり、新事業に参入したりといった取り組みである。岸田他(2021)は、中国に進出した中小企業が、日本本社では未経験であった自動車関連分野において、新たな販路開拓に取り組んだことが、海外拠点の存続につながったことを明らかにしている。兼村(2019)は、東アジアでの新事業展開が、リスクや困難を抱える日本に比べて有利な環境にあるとする。東アジアには、需要がありながらも供給業者が不足する「未充足の需要分野」があるため、海外拠点を有する中小企業は、そうした機会に「気づく」ことで、これまでとは異なる新事業展開を行うことが可能となる。
海外子会社の機能を変化させることは、海外子会社の長期存続につながるとする研究もみられる。丹下(2017)は、事例研究から、海外拠点の販売先や生産品目、生産プロセス、現地の機能などを外部環境に応じて変化させることが、海外拠点を長期にわたり存続させる要因であることを探索的に明らかにしている。
このように、中小企業は、海外子会社の販売機能を拡大することで、海外子会社の存続を図っている。そうした動きに連動し、海外子会社の販売機能に着目した研究もみられるようになってきている。
一方で、先行研究には課題もみられる。海外子会社の機能拡大に関する研究は、販売面にとどまっており、それ以外の機能拡大に関する研究は依然として少ない。例えば、海外子会社の開発機能に関する研究は、大企業を中心に研究がみられるものの、中小企業に関する研究は少ない。中小企業の多くが現地で開発まで手掛けているケースが少ないことが影響していると考える。
海外子会社におけるサービス機能の強化に関する研究も求められる。大企業では、「製造業のサービス化」として、研究が蓄積されてはじめているものの、中小企業の海外子会社におけるサービス化への動きは、十分には研究されていない。海外子会社におけるサービスの提供など、新たな動きを分析する必要があるだろう。
3.2 海外子会社のマネジメント:外国人材の活用大企業を対象とした国際経営研究では、近年、海外子会社を単なる分工場ではなく、「優位性を生み出す主体」として見直している(大木, 2016)。そうした流れを反映して、中小企業の海外子会社のマネジメントに着目した研究が進み始めている。
特に、現地人材の活用に着目した研究が多くみられる。丹下(2017)は、海外拠点を長期にわたり存続させるためには、現地国籍の人材を現地責任者や幹部に登用するなど、現地人材を積極的に活用することが有効と主張する。弘中(2018)も、マネジメントの国際化の第一ステップは、ローカル社員の登用であり、特に、営業については、早急に強化すべきであるとしている。
現地人材活用の必要性は、今後、さらに強まる可能性が指摘されている。兼村(2020)は、新型コロナ渦においても、日系中小企業が海外拠点で雇用を維持している事実を指摘する。そのうえで、こうした動きは、日系中小企業への現地での評価を高め、現地人材の定着を促すことから、海外拠点において「人の現地化」が進む可能性を指摘する。海外展開する中小企業からは、「日本から経営者や決裁者が現地に赴いて判断することができないため、現地への権限移譲を行う必要が出てきている」といった声も聞こえており、こうした点からも、現地人材の活用が進むものと考える。
もちろん、現地人材の活用は容易ではない。弘中・寺澤(2020)によると、中小企業の海外拠点における組織マネジメントの課題は、職務や目標、部署での協力関係、望ましいコミュニケーション手段などにおいて、日本人管理者と現地従業員との間に認識の相違がある点である。そのため、日本人管理者の異文化適応が重要であり、派遣前に異文化理解力を高めるための研修を行う必要性を指摘している。中小企業は、こうした研究成果を取り入れながら、日本人管理者の異文化適応を促すとともに、現地人材の活用を進めることが、今後は必要と考える。
今後の研究課題としては、国際経営研究が指摘する海外子会社を「優位性を生み出す主体」とするには、中小企業においてどのようなマネジメントが必要なのか、さらに深堀して明らかにする必要がある。丹下(2017)では、海外子会社が主導してイノベーションを実現した中小企業の事例研究から、海外子会社への権限移譲がその実現要因であることを明らかにしている。前述の外国人材活用に関する研究は、海外子会社の自律したマネジメントに向けた一つの方向性ではあるが、海外子会社が「優位性を生み出す主体」となるためには、海外子会社への権限移譲や海外子会社の経営者の役割、さらには日本本社の経営者の役割にも着目した研究などが必要と考える。
3.3 日本国内拠点への影響中小企業の国際化、特に海外直接投資と日本国内拠点への影響に関する研究は、「産業空洞化」議論にみられるように、以前は、国内事業に対するマイナス面に着目した研究が多くみられた(丹下, 2015a)。
2010年代になると、こうした状況は変化する。中小企業庁(2012)や日本政策金融公庫総合研究所(2012)などによって、中小企業の海外直接投資は、日本国内拠点にプラスの効果を及ぼすとの研究が発表されるようになった。竹内(2013)はこうした先行研究について、「海外展開が企業の成長手段、すなわち日本経済の成長手段として有効であることが示されたのであり、海外展開を政府が推進する理論的根拠となった」と指摘する。
一方で、「中小企業の海外展開による国内業績向上のロジックについては、粗い議論がなされてきた」と浜松(2013)が指摘するように、海外展開がどのような経路で国内事業に波及するのか、そのプロセスについては、十分に明らかにされてこなかった。そうしたプロセスについては、浜松(2013)や山藤(2014)、藤井(2013)、藤井(2014)などによって、明らかになってきている6。
浜松(2013)は、長野県諏訪地域の海外展開企業を対象に、事例研究を行い、国内事業への効果波及プロセスを明らかにしている。海外展開による国内業績への効果を直接的効果と間接的効果に分類して分析している。直接的効果としては、「グローバル受注」「営業拠点機能」「利益移転」の3つをあげ、海外拠点を設立すると自動的に得ることができる直接的効果のインパクトはそれほど大きくないとする。一方で、海外展開によって生まれた生産能力余剰と危機感により、自社で顧客開拓、技術蓄積を実行する能力の向上をもたらす「触媒的効果」があると主張する。
こうした浜松(2013)の主張に対し、山藤(2014)は反論し、浜松(2013)が限定的であるとした3つの直接的効果が日本の中小企業の国内事業の維持・拡大に貢献していることを事例研究によって示している。3つの直接的効果のうち、特に「営業拠点機能」については、「海外拠点の顧客の紹介により、国内拠点の顧客が増加すること」を「ブーメラン効果」と定義して、その効果を強調している。
藤井(2013)は、海外直接投資が国内事業のどのような要素に変化をもたらすのかを分析し、四つのパターンに整理した。①労働集約的な業務を海外へと移管し、国内は製品企画やマーケティングなど知識集約的な業務に特化することで、企画力や営業力が高まるパターン、②海外での取引をきっかけに国内事業の評価や営業力が向上するパターン、③海外での勤務機会の存在が従業員の士気の向上や採用のしやすさにつながるパターン、④国内とは異なる経営環境に足を踏み入れたことでイノベーションが起き、品質管理体制の改善や製品・サービスのラインアップの拡大などにつながるパターン、の四つである。
丹下(2015a)は、そうした先行研究を踏まえたうえで、中小企業の海外直接投資が日本国内拠点の業績向上につながるプロセスは、他にも想定される点を指摘している。特に、Trimble and Govindarajan(2012)が提示したリバース・イノベーション7の概念が中小企業においても起こりうる可能性を提示している。
近年では、そうした点についても研究が蓄積されている。Tange(2014)は、事例研究によって、リバース・イノベーションが日本の中小企業においても起きていることを明らかにしている。吉田(2019)は、詳細な事例研究をもとに、海外現地発イノベーションのプロセスを明らかにしている。中小企業は、現地適応マーケティングによって新たな優位性を現地集積から能動的に獲得し、日本から持ち込む強みと融合することで、現地発イノベーションを起こしていくとしている。そのためには、アントレナーシップの発揮と、現地人材の育成が重要としている。吉田・山口(2021)は、現地発イノベーションの生成過程と、地域活性化につながるプロセスを探索的に明らかにしている。現地発イノベーションは、吉田(2019)が明らかにした企業だけでなく、組合でも有効な点を指摘している。
以上のように、中小企業の国際化における日本国内拠点への影響については、プラスの効果が得られるとの研究が多くみられる。そして、国内拠点の業績向上につながるプロセスについて、多様な側面から研究が蓄積されてきている。
一方で、課題も存在する。日本中小企業におけるリバース・イノベーションは、いまだ少数にとどまっている。国際化する多くの中小企業では、リバース・イノベーションは起きていないのが現状である。なぜ日本の中小企業では、海外子会社でのイノベーションを日本国内に取り込むことができていないのか、どのようにすれば、日本国内にも取り込むことができるのか、こうした点について、さらなる深堀が求められる。
本稿では、2010年以降に公表された日本中小企業の国際化に関する先行研究を中心にレビューを行った。それによって、中小企業の国際化研究がどのように変化しているのかを明らかにするとともに、残された課題を示すことを試みた。その結果、以下の3点を明らかにした。
第一に、中小企業における海外進出の変化に伴い、研究の着眼点も変化している。すなわち、①目的:生産から販売へ、②業種:製造業から非製造業へ、③国際化プロセス:漸進的・段階的なモデルからボーングローバル企業へ、④形態:海外直接投資などから、越境ECやトランスナショナル創業といった新たな形態へ、といった変化がみられる。
第二に、中小企業における海外進出後についても、その変化に伴い、研究の着眼点が変化している。すなわち、①海外子会社の機能:生産機能から販売機能へ、②海外子会社のマネジメント:外国人人材のマネジメントへの着目、③日本国内拠点への影響:マイナスの影響から、プラスの影響に着目した研究へ、といった変化がみられる。
第三に、中小企業の海外進出および海外進出後の変化については、さらなる深堀が求められている。各節では、今後の研究課題について言及した。
本稿の意義として、2010年以降にみられた中小企業の国際化の変化に伴い、研究がどのように変化しているのかを明らかにしたことがあげられる。また、先行研究の到達点と、残された課題を提示したことも本稿の貢献である。
一方で、本稿には課題も存在する。第一に、本稿では、大企業を中心とした国際経営研究のレビューを十分に行うことができていない。今後、各項目における研究課題を明らかにしていくうえでは、大企業を中心とした国際経営研究の知見を活用していくことが重要と考える。大企業向けのマネジメント理論が中小企業の国際化ではどう修正されるのか、明らかにする必要があるだろう。
第二に、本稿では取り上げなかった論点についても、明らかにする必要がある。例えば、海外進出に関しては、進出国の変化といった動きもある。海外進出後に関しては、海外からの撤退といった動きもある。本稿では、研究の重要度や紙幅の関係を踏まえて、こうした論点については取り上げていない。こうした点についても明らかにする必要がある。
以上を踏まえて、各節で指摘した先行研究の課題を解決していくべく、今後も研究を進めていきたい。