イノベーション・マネジメント
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査読付き研究ノート
バイオテクノロジーを用いた新薬開発のイノベーションプロセス
―なぜ、新薬市場は小規模化するのか―
山崎 挙央
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2024 年 21 巻 p. 161-177

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要旨

昨今開発される新薬は、バイオ薬や分子標的薬といった新しい類型の製品に移行している一方で、その新薬の適応市場は小規模化する傾向がある。バイオ/分子標的薬開発への移行は、医薬品企業にとっては、開発・製造コストが嵩み、高いスイッチング・コストや高い開発結果の不確実性というリスクをとる必要がある。それにもかかわらず、開発された新薬の適応市場が小規模化するということは、製品開発イノベーションの一般的な概念からは一見矛盾する。

直近、約20年の肺癌領域の新薬開発の事例を調べると、技術の社会的形成論に沿った「治療標的の具体化」、「バイオ・分子標的薬の登場」、「適応力患者の限定」という3つの局面の相互関係の中で開発が進み、「臨床的価値の向上」という条件を満たして創薬されるという新薬開発プロセスの変化が明らかになった。「新薬市場の小規模化」という現象は、新薬開発プロセスの一つの局面として捉えることができる。

Abstract

New drug development in recent years has shifted to new types of compounds, such as biopharmaceuticals and molecular-target drugs, but the market size for these types of drugs tends to be smaller. The transition to biopharmaceuticals and molecular-target drugs development is a high-risk choice, with high development and manufacturing costs, significantly higher switching costs, yet no less development uncertainty. Nonetheless, it seems to contradict the general concept of product innovation that the market size for new drugs should be smaller.

An examination of drug development cases in the field of lung cancer over the last 20 years reveals change in the drug development process whereby drug development proceeds in the interaction of the three trends: more precise therapeutic targets, the emergence of biopharmaceuticals and molecular-target drugs, and the limitation of patient indication, in line with the social shaping of technology, when the condition of increased clinical value is met. The downsizing of new drug markets can be viewed as one aspect of the drug development process.

1.  はじめに

本論は、新薬開発と、その適応市場の規模との関係性について、新薬開発プロセスの視点で論ずるものである。

医薬品産業における最も重要なイノベーションの一つは、新薬開発である。開発された新薬は、臨床試験等の客観的データに基づいて、従来の治療法に比べて優位な臨床的価値を示すことで、規制当局より製造販売の承認を得る。その後、新しい標準治療として浸透することで、患者ならびに市場に対して治療レベルの向上という利益を提供する。同時に、新薬の開発企業は経済的利益をある一定期間享受する。厚生労働省(2021)は、「医薬品産業は知識・技術集約型産業であり、その発展には革新的創薬という絶え間ない投資とチャレンジによる科学技術の向上とイノベーションの実現が不可欠で、そうした医薬品産業の健全な維持・発展は、我が国の医療水準を向上させるとともに、産業・経済の発展に寄与する。」としている。この様に、医薬品産業においては、新薬開発が医療における新しい価値を創出するとともに、社会そして開発企業に経済的効果をもたらすとされてきた。

一方で、直近10年間の医薬品産業の新薬開発の変遷において、興味深い現象が見られる(表1)。

表1 医薬品売上と適応患者数(2010年度、2020年度)1,2

2010年 2020年
成分 売上(億円) 主適応症 適応患者数(千人) 成分 売上(億円) 主適応症 適応患者数(千人)
1 低分子薬 1,375 高血圧 9,937 1 バイオ薬 1,183 がん(胃、大腸、肺、乳腺) 885
2 低分子薬 1,292 高血圧 9,937 2 バイオ薬 988 がん(胃、肺癌) 338
3 低分子薬 1,279 アルツハイマー病 562 3 分子標的薬 951 EGFR陽性非小細胞性肺癌 68
4 低分子薬 1,083 脂質異常症 2,205 4 低分子薬 833 逆流性食道炎 12,530
5 低分子薬 900 鎮痛 5 低分子薬 822 高血圧 9,937
6 低分子薬 874 高血圧 9,937 6 バイオ薬 815 がん(腸、肺、肝、乳腺) 745
7 低分子薬 825 高血圧 9,937 7 低分子薬 797 血管塞栓症(心疾患) 1,732
8 低分子薬 782 逆流性食道炎 12,530 8 低分子薬 778 逆流性食道炎 12,530
9 低分子薬 758 逆流性食道炎 12,530 9 低分子薬 774 血管塞栓症(心疾患) 1,732
10 中分子薬 752 前立腺癌 200 10 低分子薬 653 浮腫を伴う心不全 10,000
平均 992 7,531 平均 859 5,050

(出所)注釈1の資料より筆者作成。

2001年以降、医薬品産業は大きな変革期を迎えた。その一つが、新薬開発プロセスの変革であった。1980年代から始まったバイオサイエンスの進歩は、病態メカニズムの解明と、それに伴う治療標的と分子生物学的作用メカニズムの同定を進めた。また、遺伝子組み換え技術を応用した各種バイオ薬の創出、バイオアッセイ系の構築、デジタル情報処理技術と連動したバイオインフォマティックスの発展(原, 2006)など、いわゆる「バイオテクノロジー」を用いた新しいタイプの新薬創出が進んだ。

2010年、日本の医薬品の売上高上位10製品のうち9製品3は「低分子薬」とよばれる分子量500程度の低分子有機化合物であった。それら薬は主に高血圧、脂質異常症(高脂血症)や逆流性食道炎といった、適応患者が100万人単位から1,000万人を超える「慢性疾患」とも呼ばれる対象患者の多い疾患が対象であった。「低分子薬」は、ペニシリン開発を契機に始まった20世紀の代表的な医薬品の類型で、感染症、そして今日の様な慢性疾患の治療レベルの向上に大きく貢献し(日本薬学会, 2015)、最終的に社会ならびに開発企業に大きな経済的効果をもたらした。

2020年になると、バイオテクノロジーを用いた「バイオ薬」もしくは「分子標的薬」と呼ばれる製品4製品が、売上の上位を占める様になった。バイオ薬もしくは分子標的薬とよばれる新しい類型の医薬品の開発は、特定のがんや心疾患といった今まで十分な治療法が得られていなかった領域の治療レベルを向上させた。その一方で、そうした領域の適応患者数は、1万人単位から多くて100万人単位の小規模になっている4。この様に、新薬開発は新たな治療価値を創出する一方で、その対象患者数は小規模化するという、それまでの経済効果とは相反する傾向がみられる様になった。

経済産業省(2013)は、「低分子薬では約200億円から300億円の開発コストが、バイオ医薬品に移行することで約500億円から1,000億円とさらに大きなものになる。」としており、新しい医薬品を開発・製造するにはコストがより嵩むのが現状である。

また、低分子薬とバイオ薬/分子標的薬といった新タイプの医薬品では、その機能と開発・製造技術は大きく異なる。

低分子薬は、分子量500程度の化学合成薬である。低分子であるため経口摂取をはじめさまざまな剤形での製剤化が可能である。一方で、分子量は小さく、構造は比較的単純であるため、副作用や薬の耐性化といった課題は、薬理作用の増強と常に表裏一体にある。開発プロセスは、生薬や漢方薬の様に天然に存在するものからターゲットとする疾患に効く活性成分を単離・同定し、それをリード化合物として、その機能(有効性や安全性)を増強する様に合成展開し、薬理活性を組織・細胞レベルの疾患モデルで都度確認しながら最適化していく5。製造面では、化学合成品であるため大量生産も可能で比較的低コストで量産できる。

一方、新類型の医薬品であるバイオ薬と分子標的薬には共通の機能がある。それは病気の原因とされるある特定の標的分子に特異的に作用する様にデザインされて開発されている点である。そのため、標的分子と他の生体内分子との微妙な違いを区別できる高い選択性と、強い薬理作用といった高次機能を兼ね備えている必要がある。分子標的薬は、低分子薬と同様の分子量500程度の化学合成薬であるが、その開発プロセスは大きく異なる。天然物由来成分をリードとせず、最初から治療標的分子を特定・分析して、ドラックデザイン技術を活用してその標的分子に特異的に作用する化合物をゼロから合成、もしくは化合物ライブラリーからHTS技術6を用いて効率的にスクリーニングする手法で開発する。もう一つのバイオ薬は、ホルモン物質、シグナル伝達物質、免疫反応を司る抗体など、生体内の生理活性物質を模した遺伝子組み替えタンパク製剤7である。それらは、開発しようとする疾患の標的分子を特定するところまでは分子標的薬と同様だが、その標的分子に特異的に作用する物質を遺伝子レベルでデザインして、タンパク製剤として開発・製造する点が大きく異なる。標的分子に特異的に作用する様に、あらかじめデザインされたタンパク質をコードする様に組み換えた遺伝子を生物の細胞中に挿入し、その生物を培養し、その埋め込んだ遺伝子を転写・翻訳させて、得られたタンパク質の薬理活性を確認し、最適化するまでこのプロセスを繰り返していくのである。バイオ薬はタンパク製剤のため、投与経路は代謝の影響を受けにくい静脈投与が基本で製剤型には限りがある上、化学合成反応による大量生産が出来ないため、製造コストも高くなる。

この様に機能も開発・製造技術も異なるバイオ薬や分子標的薬への移行は、従来のリソースや、規模の経済、経験の経済といった経路依存性に基づくメリットは継承され難く、いわゆるスイッチングコストは大きいものとなる。

さらに、バイオ薬や分子標的薬の開発の予見性は、従来の新薬開発と比べて必ずしも改善している訳ではない。創薬におけるビジネスモデルが低分子薬からバイオ薬や分子標的薬といった新しいものへ変化する中で、その成功確率は、0.008%(2000~2004年度)から0.004%(2010~2014年度)へと低下している(内閣府政策統括官, 2017)。厚生労働省(2021)は、「先進的な医療領域は遺伝子レベルの研究や高分子化など、複雑性と研究開発の難易度や専門性が高まっている」としている。Pisano(2006)は、「一般的に医薬品開発にはコストと時間がかかり、新薬として上市される確率も低い極めて不確実性の高い領域で、それは低分子薬からバイオ薬開発に移行しても同様」と論じている。藤本・安本(2000)が述べる「医薬品産業の特徴である製品開発における不確実性の高さ」は、たとえ新薬開発の科学技術が進んでも続いているのである。

すなわち、昨今の医薬品開発企業は、新薬を開発するために、開発・製造原価が高く、スイッチングコストの大きい、それにも関わらず開発の不確実性は高いというリスクをとった上で、開発される新薬の市場は小規模化するリスクまでも取ることになる。このことは、「最終的に社会に広く受け入れられることで、経済的成果をもたらす」とするイノベーションの概念(清水・青島, 2012)からは一見矛盾している。

本論では、「なぜ、バイオテクノロジーを用いて開発される新薬の市場は小規模化するのか。」を問いとして、開発される新薬だけでなく新薬の適応市場にも焦点をあてて論じる。

2.  先行研究

製品開発のイノベーション・モデルには大きく3つある。一つは、リニア・モデル(線形モデル)と呼ばれる科学(研究)を上流とする一方向的、決定論的なイノベーションモデルである(Kline & Rosenberg, 1986)。研究で生み出された技術情報が、開発、製造、マーケティングへと順次受け渡されていく逐次的なプロセスとして捉えている(青木, 1992永田, 2021)。Freeman(1996)は、「その起源はBush(1945)によって1945年7月に米国大統領宛に提出した報告書“Science: The Endless Frontier”が、科学、技術、イノベーションのリニア・モデルを紹介したことに端を発する。」として、その中で「基礎科学における発見は、結果的として技術開発を促し、やがて新製品や新プロセスを市場に登場させていく流れを作っていく。」としている(Rothwell, 1985)。こうした理論的根拠を基に、米国を中心として世界各国が科学に対して巨額投資が行われる様になった。

新薬開発も、このリニア・モデルに沿った逐次的なプロセスを基本的な考え方として、その最上流にある科学技術の振興に各国注力をしている。米国ではNIH(アメリカ国立衛生研究所)が設立され医療政策1980年代から国家的プロジェクトとして行われてきた(野城, 2016)。本邦においても、いわゆる「日本版NIH」と称したAMED(日本医療研究開発機構)の設立は、科学振興による新薬開発のインセンティブ強化策となった(草間・目黒, 2016)。

2つ目のモデルが、「連鎖モデル(Chain-linked Model)」と呼ばれる。決定論的なイノベーションプロセスである点はリニア・モデルと同様だが、情報フローが双方向的で多様なフィードバック・ループを備えるモデルである(Kline & Rosenberg, 1986Kline, 1990)。連鎖モデルは「研究」、「知識」、および「業務」の3つのプロセスのフローを表す階層からなっており、各階層は各段階で複雑な相互関係を持っていることで、リニア・モデルにおける最上流の科学(研究)だけでなく、様々な段階がイノベーションの起点となり得ることを示している8

3つ目のモデルとして、原(2002)は、相互の関係性という点で連鎖モデルに沿いながらも、非決定論的な視座にたった捉え方をしている。医薬品の研究開発プロセスは「技術の社会的形成」アプローチに基づいて4つの局面(化合物の形成、適応領域の形成、組織内権威の獲得、市場の形成)で構成され、それぞれに異なる人的アクター、物的存在、制度的・構造的要因が関与し、それらは相互作用と相互依存の関係にあり社会的に形成されるとしている。さらに、原(2006)は、あくまでも暫定的・仮説的な考察であるとした上で、バイオインフォマティクス時代の到来は、「分子生物学的作用メカニズムの形成」という5つ目の局面を加えて、これら局面の相互作用と相互依存の関係の中で医薬品が開発されると考察している。

2000年以降、新たな技術を用いた新薬が登場するだけでなく、新薬開発の中心的な治療対象患者(顧客・市場)も大きく変わる中で生じたのが「なぜ、バイオテクノロジーを用いて開発される新薬の市場は小規模化するのか。」という問いである。したがって、原(2006, 2007)の技術の社会的形成論のうち、「分子生物学的作用メカニズムの形成」、「化合物の形成」、「適応領域の形成」の3つの局面に沿って、この問いを明らかにしていく。

3.  本論の枠組み

新薬開発には、適応患者を対象に客観的な臨床的価値の向上が条件になる(図1:新薬開発 臨床的価値の向上)。その開発プロセスにおいては、対象とする病態メカニズムに関わる治療標的の特定、その治療標的に作用する化合物の特定、その治療標的に依拠する適応患者の特定、といった要素が相互に関係している。

図1 新薬開発のイノベーションプロセスの枠組み

(出所)筆者作成。

「分子生物学的作用メカニズムの形成」

科学の進歩によって、病態メカニズムがより詳細に解明される様になった。歴史的に病態は、患者の外に現れる「症状」を標的としていた。その後「症状」の原因となる臓器や組織レベルでの解明と治療標的の特定が進み、現在では病態メカニズムに関わる生体内の分子が特定され、それら分子の作用メカニズムレベルで新薬の開発が可能となった(図1「治療標的の具体化」)。

「化合物の形成」

科学技術の進歩は、薬の成分となる化合物を、天然物由来のリード化合物から合成展開された低分子で比較的単純な有機化合物から、バイオテクノロジーを用いてデザインされた分子標的薬や遺伝子組み換えタンパクを素材とするバイオ薬といった、高分子で複雑、かつ高次機能を兼ね備えた新薬を開発することを可能にした。(図1「バイオ・分子標的薬の登場」)。

「適応領域の形成」

病態メカニズムが詳細に解明されることで、それまで同じ病名で括られていた患者も、そのメカニズムの違いによって細分化され、開発された新薬の臨床的価値は細分化された適応領域毎に限定される(図1:「適応患者の限定」)。

具体化した治療標的に対する新薬開発は、生体内で無数に存在する治療標的分子の違いを精巧に見極めて、対象となる治療標的に特異的に作用することができる高次機能を持った化合物が必要になる。新しい類型のバイオ・分子標的薬の登場はそれを可能にした。また、治療標的が具体化されたことで、従来の適応症の定義をより分子生物学的作用メカニズムに沿って細分化し、治療標的別に開発される新薬の適応患者を限定した。治療標的特異的に開発されたバイオ・分子標的薬は、治療標的に依存した患者に限定した臨床試験を実施し、従来薬に対して臨床的価値の向上を示す。

この様に、「治療標的の具体化」、「バイオ・分子標的薬の登場」、「適応患者の限定」が相互に関係することで新薬が開発される(図1)。

4.  リサーチ・デザイン

前節の枠組みを、以下3つの項目で検証する。

検証1:開発される新薬は、低分子薬からバイオ薬もしくは分子標的薬に移行している。

検証2:開発される新薬の治療標的は、病態メカニズムに関わる具体的な生体内分子に変化している。

検証3:具体的な治療標的に対して開発される新薬は、従来薬の適応患者よりもその規模は小さくなり、一方で、従来薬以上の臨床的価値が示されている。

4.1  リサーチの範囲

肺癌治療薬開発を研究題材とすることの妥当性を、以下3つの点で述べる。第一は、肺癌治療薬開発の市場ニーズの大きさである。堀田(2022)によると、2019年のがん全体の年間罹患数は999,075人で、2020年死亡数は378,385人と報告されており、日本人の2人に1人が罹患する可能性のある国民的疾患である。その中でも、肺癌は2020年時点で年間罹患者数が126,548人で臓器別第2位、年間死亡者数が75,585人で臓器別第1位という状況である。第二は、新薬開発技術の進展にある。がん領域の薬の起源は比較的古く、1950年代のナイトロジェン・マスタード誘導体のナイトロミンに遡る。その一方、分子標的薬やバイオ薬といった新技術による新薬開発も進んでいる領域でもある。第三は、医薬品企業の取り組み状況である。肺癌領域の治療薬は2020年の売上上位10製品のうち4製品、がんの治療薬全てが肺癌領域に適応症に持つ。さらにそれらを開発する企業は「メガ・ファーマ」と呼ばれる売上高3兆円を超えるグローバル企業である。

4.2  リサーチの方法

本稿は、デスクトップ・リサーチを基本とする。

調査対象は、2000年から2021年の間に日本の肺癌領域で承認・発売された新薬を対象とする。ただし、検証対象は一次治療薬の適応をもつものに限定して、他の薬物治療後の再発もしくは不耐容にのみ承認された薬剤は除外する9。対象新薬のデータは、各製品の添付文書、インタビューフォーム、および関連する学術論文等より入手する。

収集したデータを、2つの類型別(低分子薬か、バイオ薬もしくは分子標的薬)に、新薬の発売年10、疾患特異的な標的分子11の有無、適応患者規模、そして新薬の既存薬に対する臨床的効果について比較する。

適応患者規模は、「小細胞肺癌(SCLC)」、「非小細胞肺癌(NSCLC)」12といった2000年までの肺癌治療薬の適応患者規模をそれぞれ100%として、EGFR等の治療標的の発現患者の比率や、PD-L1の発現強度別の患者比率を各種文献から引用し、それを基準値の100%に掛け合わせた百分率で示す。

新薬の既存薬に対する臨床的効果の違いについては、PFS-HR(Progression Free Survival – Hazard Ratio)を各種文献から引用する。PFS-HRは、無増悪生存率のハザード比を意味する。「臨床的価値」の指標の一つとして、「がんの増悪を引き起こした患者比率が、既存薬に比べてどれくらい低いか。」を数値化している13。すなわち、PFS-HRが低値である程、「既存治療に比べて増悪リスクが低い」ことを意味しており、臨床的価値が向上していることになる。PFS-HRは、薬物による第一次治療薬として新薬承認の必要条件の一つであり、それらは科学雑誌にて公知となっているので、その文献値を引用する。

また、分子標的薬とバイオ薬のそれぞれの事例を取り上げ、前節で示した本論の枠組みを定性的に検証する。その際、主な検証資料として、各製品のインタビューフォーム、並びに臨床試験成績を示した文献を引用とする。

5.  結果

2000年から2021年の期間に、肺癌全身薬物療法の一次治療薬として22製品が開発された。このうち、低分子薬が4製品、分子標的薬が11製品、バイオ薬が7製品であった。

なお、低分子薬の新薬開発が4製品と少ないことから、統計的分析結果についてその信頼性は必ずしも高くなく、定性的な考察にとどめた。

また、バイオ薬として開発された5製品は、既存の低分子薬との併用療法のみで開発されているため適応患者規模、およびPFS-HRについては解析対象から除外した。

5.1  肺癌領域の新薬類型の移行(表2
表2 2000年から2021年の肺癌領域の新薬の開発状況14,15

医薬品類型 一般名 承認年 標的分子 適応患者規模 PFS-HR
低分子薬 ノギテカン 2000 100% 1.03
低分子薬 アムルビシン 2002 100% 1.07
低分子薬 ペメトレキセド 2007 100% 0.95
低分子薬 ナブパクリタキセル 2010 100% 0.90
分子標的薬 ゲフィチニブ 2002 EGFR 53% 0.48
分子標的薬 エルロチニブ 2007 EGFR 53% 0.25
分子標的薬 クリゾチニブ 2012 ALK 4% 0.43
ROS1 1% 0.20
分子標的薬 アレクチニブ 2014 ALK 4% 0.15
分子標的薬 アファチニブ 2014 EGFR 53% 0.44
分子標的薬 セリチニブ 2016 ALK 4% 0.55
分子標的薬 オシメリチニブ 2016 EGFR 53% 0.17
分子標的薬 ロルラチニブ 2018 ALK 4% 0.12
分子標的薬 エヌトレクチニブ 2019 ROS1 1% 0.20
分子標的薬 ダコミチニブ 2019 EGFR 53% 0.26
分子標的薬 ブリガチニブ 2021 ALK 4% 0.21
バイオ薬 ニボルマブ 2015 PD-1 28% 1.07
バイオ薬 ペムブロリズマブ 2016 PD-1 28% 0.50
バイオ薬 ベバシズマブ 2007 VEGFR Not Applicable
バイオ薬 イピリムマブ 2015 CTLA4
バイオ薬 アテゾリズマブ 2018 PD-L1
バイオ薬 デュルマルマブ 2018 PD-L1
バイオ薬 ネシツムマブ 2019 EGFR

(出所)注釈14の資料、および各製品の添付文書、インタビューフォームより筆者作成。

4製品の低分子薬の発売年は、2000年から初期10年に分布しており、2010年以降には新薬開発はされなかった。一方、バイオ薬、および分子標的薬の発売年の中央値は2016年(2002~2021)であった。すなわち、2000年から2021年の肺癌領域における新薬開発が、低分子薬からバイオ薬もしくは分子標的薬に移行する傾向がみられた。

5.2  肺癌領域の新薬の治療標的の具体化(表2

低分子薬の4製品は、いずれも従来のがん化学療法剤と同様、DNAもしくは染色体を標的として、その合成、複製、分裂に直接作用して殺細胞効果を発揮する。この殺細胞効果はがん細胞のみならず活発に分化・増殖をする正常細胞にも作用することから、がんの根源に関わる病態メカニズムとその具体的な治療標的には至っていない。

一方、分子標的薬11製品のうち、5製品はEGFRを治療標的とする新薬である。EGFRは正常細胞にも発現しており、その機能は正常細胞の分化・増殖を司る生体内の増殖シグナル受容体である。しかし、その遺伝子に変異が生じると、本来の制御された機能から逸脱して恒常的に細胞増殖シグナルを発信する様になり、細胞を「がん化」させてしまう。したがって、EGFRはがん化のメカニズムを司る具体的な治療標的となる。その他、4製品がALK、1製品がROS1、残り1製品がALKとROS1の両方を治療標的とする新薬であった。ALKやROS1も遺伝子異常によってがん化のメカニズムを司る具体的な治療標的である。

バイオ薬の7製品のうち、ニボルマブとペムブロリズマブの2製品はPD-1、アテゾリズマブとデュルマルマブの2製品はPD-L1、イピリムマブはCTLA4を治療標的としている。これら3種類の治療標的は、がん細胞と生体内の免疫細胞との応答を制御しており、これらを治療標的とした治療法は「がん免疫療法」とよばれ、従来のがん細胞及びそのがん化メカニズムを制御する標的分子に直接作用する医薬品とは異なる手法として2014年以降に広く新薬開発が進んだ。

以上より、開発されたバイオ薬および分子標的薬の18製品全てが、がん化のメカニズムを制御する具体的な治療標的に特異的に作用するように開発された。一方で、4製品の低分子薬は、DNAや染色体といった細胞レベルの治療標的に対して開発された。

5.3  肺癌領域の新薬開発と適応患者規模および臨床的価値(表2

低分子薬の新薬4製品の適応症は、従来と同様に小細胞肺癌(SCLC)もしくは非小細胞肺癌(NSCLC)であるため、適応患者規模は100%とされる。一方、臨床的価値の指標であるPFS-HRの中央値は0.99(0.90~1.07)と既存薬と同程度の効果であった16

2002年に発売されたゲフィチニブは、EGFR遺伝子変異タンパク分子を標的とした分子標的薬である。日本におけるEGFR遺伝子変異のNSCLC患者に占める割合は53%と報告されている(Saito et al., 2016)。ゲフィチニブのPFS-HRは、標準療法である低分子薬の併用療法に対して0.48(95% CI, 0.36–0.64, P<0.001)と有意に増悪リスクを軽減、すなわち臨床的価値を高めた(Mok et al., 2009)。ゲフィチニブを含むEGFRを標的とする分子標的薬の5製品はいずれも、治療開始前に患者のがん細胞を採取、その遺伝子検査を行いEGFR遺伝子変異が確認された患者を適応とする。すなわち、治療対象患者はNSCLC患者の53%に限定されるが、PFS-HRの中央値は0.26(0.17~0.48)で、それまでの治療に比べて増悪リスクが4分の1に軽減された。

バイオ薬および分子標的薬の新薬13製品(14適応)全体では、適応患者規模は従来のSCLCもしくはNSCLCの中央値は16%(0.01~0.53)に限定され、PFS-HRの中央値は0.25(0.12~1.07)と従来の治療法より増悪リスクが4分の1に軽減、すなわち臨床的付加価値が示された。

5.4  分子標的薬ならびにバイオ薬での事例17

(1)  分子標的薬:ゲフィチニブ

1980年以降、分子生物学の進歩に伴い、癌の増殖、血管新生、浸潤および転移を制御する特異的な分子が同定された。アストラゼネカ社は、固形癌細胞に過剰発現し癌の増殖シグナル伝達の起点となるEGFRに着目し、約1,500種類にものぼる自社化合物についてヒト癌A431株由来のEGFR標品を用いてスクリーニングを行った。その結果、ゲフィチニブ(商品名:イレッサ®)を見いだした(分子標的薬の登場)。第I相臨床試験で非小細胞肺癌患者に奏効例を認めたことで、化学療法による既治療の進行非小細胞肺癌患者を対象とした第II相臨床試に進んだ。その結果、進行非小細胞肺癌における本剤の有用性が確認されたことから、これまでの二次治療薬としての臨床試験データをもって、2002年7月、「手術不能又は再発非小細胞肺癌」の一次治療薬としての適応承認を取得した。この段階では、適応患者の限定はされずEGFRに関わらず全ての非小細胞肺癌の患者が治療の適応対象となった。なお、この時点では、標的分子EGFRの具体的な分子生物学的作用メカニズム、およびゲフィチニブの抗腫瘍効果の詳細な機序については十分には明らかにはなっていなかった。その後、NSCLC患者全体を対象に一次治療の標準治療法との直接比較が行われたが、臨床的有用性を示す1つの指標であるOverall Survival(全生存期間)の延長という有意な臨床効果は示せなかった(武田・西尾, 2006)。

2004年にゲフィチニブ奏効例においてEGFR遺伝子変異が報告され、これら変異を有する腫瘍はEGFRの下流シグナル伝達が亢進しNSCLCの癌増殖を促進させるドライバー変異であることが科学的に明らかとなった(治療標的の具体化)。そして、EGFR遺伝子変異陽性患者を対象限定して第III相臨床試験を行ったところ、ゲフィチニブは、カルボプラチン+パクリタキセル併用という標準治療に対してPFS-HRが、0.48(95% CI, 0.36–0.64, P<0.001)と有意に増悪リスクを軽減した(適応患者の限定、臨床的価値の向上)。その一方で、EGFR野生型NSCLC患者つまりEGFR遺伝子異常が原因ではないNSCLC患者では、PFS-HRが2.85(95% CI, 2.05–3.98, P<0.001)と逆に有意差をもって増悪リスクを上げる結果となった(Mok et al., 2009)。

2011年11月、本剤の適応は「EGFR遺伝子変異陽性の手術不能又は再発非小細胞肺癌」と変更して再承認された。なお、日本人NSCLCにおけるEGFR遺伝子変異型の割合は53%と最も適応患者の多い治療標的である(Saito et al., 2016)。

(2)  バイオ薬:ニボルマブとペムブロリズマブ

PD-1(Programmed cell death-1)は、活性化したリンパ球及び骨髄系細胞に発現する受容体で、抗原提示細胞に発現するPD-1リガンド(PD-L1及びPD-L2)と結合し、リンパ球に抑制性シグナルを伝達してリンパ球の活性化状態を負に調節する生体内の免疫調整メカニズムの一つである。このメカニズムは、がん細胞がT細胞免疫監視機構から逃れるために利用する主な免疫制御スイッチとなっている。PD-1のリガンドであるPD-L1は正常組織ではわずかに発現する一方、多くのがん細胞ではT細胞の働きを抑えるほど過剰に発現しており、PD-L1の高発現は腎細胞癌、膵臓癌、肝細胞癌、卵巣癌、非小細胞肺癌などの様々な臨床がんで認められ、生存率との逆相関性が報告されており、予後不良因子であることが示唆されている。このことから、PD-1, PD-L1といった「免疫チェックポイント」分子を標的とした治療薬の開発は、がん免疫機能を賦活化させることでがん種を問わず抗腫瘍効果を発揮する「がん免疫治療法」として手術、放射線、従来の抗がん剤治療に次ぐ「第4の治療法」として期待が高まった(治療標的の具体化)。ニボルマブ(商品名:オプジーボ®)は、小野薬品工業株式会社とブリストル・マイヤーズ・スクイブ社が開発したヒトPD-1に対するヒト型IgG4モノクローナル抗体、すなわちバイオ薬である(バイオ薬の登場)。ニボルマブは、PD-1とPD-L1との結合阻害することにより、がん抗原特異的なT細胞の活性化及びがん細胞に対する細胞傷害活性を増強することで持続的な抗腫瘍効果を示すことが確認された。2015年12月、化学療法歴を有する切除不能な進行・再発の非小細胞肺癌(NSCLC)、すなわち二次治療としての適応を取得する。なお、適応対象は標的分子のPD-1の発現状況に限らず全てのプラチナ製剤を含む化学療法歴を有するNSCLC患者であった。しかし、PD-L1の発現強度別の層別解析を行うと、PD-L1発現強度が10%より高い患者群のPFS-HRが0.52(95% CI, 0.37–0.75)であった(適応患者の限定、臨床的価値の向上)。一方、PD-L1発現強度が1%未満の患者群のPFS-HRは1.19(95% CI, 0.88–1.61)と逆の臨床的価値が示された(Borghaei et al., 2015)。

化学療法未治療のNSCLC患者でPD-L1発現強度5%以上の患者に限定して既存の標準治療法との直接比較試験を行なったところ、PFS-HR:1.15(95% CI, 0.91–1.45; P=0.25)と有意な臨床的効果が得られなかった。さらに、PD-L1発現強度50%以上の患者に限定して層別解析をしても1.07と臨床的効果は確認されなかった(Carbone et al., 201718。その後、ニボルマブは単剤での肺癌一次治療の臨床開発から、既存の抗がん剤もしくはイピリムマブとの併用療法の開発に軌道修正した。

ペムブロリズマブ(商品名:キートルーダ®)は、ニボルマブと同様、「免疫チェックポイント」分子を標的としたがん免疫療法で、PD-1とPD-L1およびPD-L2との結合を直接阻害するヒト化IgG4モノクローナル抗体である(バイオ薬の登場)。化学療法未治療のNSCLC患者でPD-L1発現強度が≧50%の患者に限定して標準治療である化学療法と比較したところ、PFS-HR=0.50(95% CI, 0.37–0.68; P<0.001)と有意差をもって臨床的価値の向上が示された(Reck et al., 2016)。この結果、ペムブロリズマブは2016年12月に「PD-L1陽性の切除不能な進行・再発の非小細胞肺癌」としてプラチナ製剤未治療(いわゆる一次治療)からの適応が承認された(適応患者の限定、臨床的価値の向上)。なおPD-L1発現強度50%以上の患者割合は上記の臨床試験のスクリーニングでは30%であった。

以上、ゲフィチニブ、ニボルマブ、ペムブロリズマブの3つの事例より、EGFRやPD-1/PD-L1など、がん化メカニズムを制御する「具体的な治療標的」、それらに特異的に作用する「バイオ・分子標的薬の登場」、そして治療標的に起因する「適応患者の限定」の3つの局面が相互に関係する中で開発が進み、最終的に新薬の条件である「臨床的価値の向上」を示すことで新薬として承認されるという、新しい新薬開発プロセスが具体的に確認された。

6.  結論・考察

2001年から2021年の肺癌治療の新薬開発の変遷を分析することで、「なぜ、バイオテクノロジーを用いて開発される新薬の市場は小規模化するのか。」の問いに対する本論の枠組みが検証された。

新薬開発の治療標的は、分子生物学的作用メカニズムのレベルで具体化した。同時に、化合物の形成は、低分子からバイオ薬や分子標的薬といったより高次な機能を備える化合物へと変化した。これら新しいタイプの化合物は、具体化した治療標的に特異的に作用する高次な機能を備えており、適合的に創薬することで、新薬としての臨床的価値の向上を図ることができる様になった。その一方で、その新薬の適応は、治療標的の分子生物学的作用メカニズムに依拠した患者のみに限定することになった。

すなわち、「新薬市場の小規模化」という現象は、新薬開発プロセスがリニア・モデルに沿って逐次的、決定論的に進んだ結果ではなく、社会的形成論に基づく「適応患者の限定」という相互関係の中で進む研究開発プロセスの一つの局面と捉えることができる。

原(2006, 2007)は、バイオインフォマティクスが、「分子生物学的作用メカニズムの形成」という局面を加えた医薬品開発の社会的形成論において、研究開発プロセス、組織、戦略を変化させることを暫定的・仮説的に考察している。その考察の中で、医薬品の市場性についても、「作用メカニズムの明確化が進むにつれて市場での選好の多様性が縮減する。」「医薬品の市場を特定化するため、市場が相対的に狭くなる可能性がある。」と述べている。本論は、2000年から約20年の肺癌領域の新薬開発を具体的な検討事例として、原(2006, 2007)の論理を進めて、「新薬市場の小規模化」そのものが、新薬開発プロセスの一つの局面を構成していることを明らかにしたことに新たな価値がある。

2000年までは、病態メカニズムが臓器、組織、細胞レベルで解明が進んで、それに適合的な低分子薬を中心とした新薬開発が飛躍的に進んだ。結果、感染症領域における抗菌剤や抗生剤の開発、慢性疾患領域における高血圧や高脂血症薬の開発など、大規模な市場のアンメット・メディカルニーズを満たすことで、国民全体に及ぶ臨床的価値と約10兆円の年間国内売上に達するほどの経済的効果を生み出してきた。すなわち、「臓器・組織・細胞レベルの治療標的」、「低分子薬開発技術の持続的向上」、「大規模な適応患者」といった3つの局面での新薬開発プロセスが進んでいたと言える。そのため、最先端の科学技術情報に基づき、最適な低分子薬を創出していれば、新薬としての「臨床的価値」とともに、「大規模適応市場の獲得」という経済的効果も享受できていたのである。

しかし、臨床的価値が高く優れた医薬品が、大規模適応市場に十分に開発された2001年以降、新薬開発は、これまでの適応患者規模が大きく、臓器・組織・細胞といった、ある意味「粗い」レベルで定義された疾患領域から、「がん」などの既存薬では未だ十分な臨床的価値の得られない領域や一部の患者群、もしくは市場規模が小さいため医薬品企業の新薬開発優先度が低い希少疾患領域といった「細かい」レベルで定義された疾患領域に移行した。科学技術の進歩は、こうした領域へも病態メカニズムの解明と治療標的の同定をすすめ、同時に、その治療標的に特異的に作用するバイオ薬や分子標的薬といった新しい類型の製品も提供した。すなわち、「分子生物学的作用メカニズムレベルの治療標的」、「バイオ・分子標的薬の登場」、「限定された小規模な適応患者」といった3つの局面が相互作用する中で、新薬が開発されるようになったのである。

7.  今後の課題

本論では、「新薬市場の小規模化」を新薬開発プロセスの一つの局面として捉えて、新薬開発プロセスの変化を論じてきた。しかし、開発される新薬がバイオ薬といった低分子薬とは性質の異なる類型へ移行したこと(化合物の形成)で、市場の定義自体が変わること(市場の形成)との関係性については論じていない。さらに、新薬開発期間とそれに伴う先行者優位の期間の短縮化、大型M&Aによるグローバルレベルでの事業展開、IT技術との連携による製造・販売・流通の変化および参入障壁の低下、医療・薬価政策の変更等、実際に起きている事象についても、「市場の形成」、「組織内権威の獲得」といった局面も踏まえて、明らかにする余地が残っている。

さらには、「どうして医薬品企業は、新薬開発という選択を重視して来られたのか。今後も取り続けられるのか。」について、企業の戦略・組織も視野に入れた医薬品ビジネスイノベーションとして、明らかにすることも今後の研究課題である。

1  下記の資料を用いて執筆者作成:

- AnswersNews>ランキング>【2021年度 国内医薬品売上高ランキング】今年もトップ3は「キイトルーダ」「オプジーボ」「タグリッソ」「テセントリク」など大幅増:https://answers.ten-navi.com/pharmanews/23443/

- 厚生労働省統計情報・白書 平成29年(2017)患者調査の概況推計患者数:https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/kanja/17/dl/01.pdf

- 沢田・藤原(2018)

- 前立腺がん治療・小線源療法|ブラキ・サポート:https://brachy.jp/

- ミクス Online【資料】2010年度(10年4月~11年3月)の国内医療用医薬品市場:https://www.mixonline.jp/tabid55.html?artid=40839&page=2

2  「適応患者数」は、その疾患名で規定される1年間の患者罹患数もしくは治療患者数とする。

3  中分子薬:分子量は1,300近くあるペプチドアナログであるが、生体内ホルモンを模した有機合成化合物であり、その開発・製法技術は低分子薬と同じ類型と位置付けることができる。

4  希少疾患と呼ばれる領域にも新薬が開発される様になったが、その年間治療患者数は、数十人、数百人といったレベルである。

5  低分子薬の開発にも近年、ハイスループット・スクリーニング(HTS)や、酵素などの標的分子レベルでの構造活性相関の解析やアッセイ系の導入等、新薬開発の効率化において必ずしもバイオ技術から隔絶されているわけではなく、分子標的薬の研究・開発プロセスと重なる部分はある。

6  HTS技術:High-Throughput Screening技術の略称。多くの化合物について生化学的あるいは物理化学的な評価を実施し、創薬の標的分子に対して目的の活性を持つ化合物(ヒット化合物)を短期間で効率的に選抜する方法。

7  人工的に細胞そのものを改変して治療に応用した「細胞治療」という類型もある。

8  Kline & Rothenberg(1986)の連鎖モデルのフィードバックは、製品開発プロセスにおいて生じる課題や創造的アイデアを製品開発工程間もしくは科学との知識境界面(KITS: The Knowledge Interface of Technology and Science)へのフィードバックを強調している。

9  前治療からの再発もしくは不耐容に承認された薬剤、いわゆる「二次治療薬」の効果は一次治療の影響を多分に受けるだけでなく、がんがより増悪・進行しているため薬剤効果が十分に発揮できない。

10  添付文書の発売日は、製品としての発売日のため、必ずしも一次治療の適応取得日とは一致しない事例がある。

11  肺癌領域における治療標的の定義は、2000年頃までに、病気としての「がん」から臓器としての「肺癌」を経て、細胞・組織型に基づいた「小細胞肺癌(SCLC)」、「非小細胞肺癌(NSCLC)」に大別され治療される様になった。さらに2000年以降は「がんの分子生物学的作用メカニズム」とそれにあった新薬開発が進み、ALK(anaplastic lymphoma kinase:未分化リンパ腫キナーゼ)、EGFR(epidermal growth factor receptor:上皮成長因子受容体)、PD-1(Programmed death receptor-1:免疫チェックポイント受容体1)、PD-L1(Programmed cell Death 1-Ligand 1:免疫チェックポイント受容体基質1)、ROS1(c-ros oncogene 1:c-ROSがん原遺伝子1キナーゼ)、VEGFR(vascular endothelial growth factor receptor:血管内皮細胞増殖因子受容体)、CTLA4(Cytotoxic T-lymphocyte-associated protein 4:細胞傷害性Tリンパ球抗原4)といった治療標的分子の遺伝子変異もしくは過剰発現して得られた分子が治療標的となった。

12  日本人の肺癌患者の内訳は、SCLCが9.4%、NSCLCが90.6%と報告されている(Kobayashi T. et al., 2023)。非小細胞肺癌(NSCLC)はさらに非扁平上皮非小細胞肺癌(non-squamous. NSCLC)と扁平上皮非小細胞肺癌(squamous NSCLC)に細分化される。また、NSCLCとSCLCの区分の他に腺がん(adenocarcinoma)と大細胞がん(large cell carcinoma)に細分類されているが本稿ではこれらの細分化は行わない。

13  PFS以外の評価項目には、患者の治療による生存期間の延長を評価するOS(Overall Survival:全生存期間)、対象腫瘍の画像面積の縮小率を評価するORR(Overall Response Rate:全奏功率)などがある。

15  ニボルマブとペムブロリズマブ以外のバイオ薬5製品は、単剤ではなく他の抗がん剤との併用療法で一次治療の開発が行われた。そのため、検証3では除外しており、残ったバイオ薬2製品、分子標的薬11製品(12適応)で進める。

16  新薬として承認されたのは、従来薬に比して安全性および認容性の向上が主な理由である。

17  医薬品インタビューフォームを参照:

- 抗悪性腫瘍剤/上皮成長因子受容体(EGFR)チロシンキナーゼ阻害剤 ゲフィチニブ錠 イレッサ®錠250mg 日本標準商品分類番号 874291

- 抗悪性腫瘍剤/ヒト型抗ヒトPD-1 モノクローナル抗体 ニボルマブ(遺伝子組換え)製剤 オプジーボ®点滴静注20mg、オプジーボ®点滴静注100mg、オプジーボ®点滴静注120mg、オプジーボ®点滴静注240mg 日本標準商品分類番号874291

- 抗悪性腫瘍剤/ヒト型抗ヒトPD-1 モノクローナル抗体 ペムブロリズマブ(遺伝子組換え)製剤 キイトルーダ®点滴静注20mg、キイトルーダ®点滴静注100mg 日本標準商品分類番号 874291

18  レトロスペクティブな解析(50%以上の発現強度をもつ患者群が40%と少ない上、2群間の割り付けもアンバランスであった。)

参考文献
 
© 2024 法政大学イノベーション・マネジメント研究センター
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