本稿の目的は、企業合併・統合後における、製品イノベーションを促進し、成長につながる企業再編に関する示唆を得ることである。企業は合理化の過程で検索範囲を限定させることにより、製品イノベーションの機会が低下する。しかし、企業合併・統合によって検索範囲を拡大することは、持続的競争優位性を高める有効な手段である。一方で、経営統合に関する調整コストの増加が阻害要因となる。そこで、本稿のリサーチクエスチョンを「同業種間での企業合併・統合を実施した垂直統合企業が、効率的に外部知識を導入し、製品イノベーションによる企業成長を促すには、どのような企業再編があるのだろうか」と設定し、王子ホールディングスの事例分析を行った。
分析の結果、以下の示唆を得た。異なる出身企業の人材が「混ざり合う」組織体制を構築することで、合併企業および被合併企業の強みを活用した共創的な製品開発が行われ、製品イノベーションが促進される。また、川上と川下のバリューチェーンを伸ばし、それぞれで顧客に製品やサービスを提供する企業再編により、外部知識の導入が促進される。同時に、同一資源を活用したバリューチェーンを構築することで、社内のベクトルの一体化が進む。これらの手法を組み合わせることで、調整コストを低減しつつ、価値獲得と価値創造を通じた持続的競争優位性が高まる。
The aim of this paper is to provide insights into corporate restructuring that fosters product innovation and drives growth following merger and integration. Rationalization processes often restrict the scope of exploration, limiting innovation opportunities. Conversely, broadening scope through merger and integration with another company can enhance sustainable competitive advantage, though escalating adjustment costs during management integration can be an impediment. This paper sets the research question of: “What types of corporate restructuring enable vertically integrated companies, following merger and integration within the same industry, to efficiently incorporate external knowledge and promote growth through product innovation?”
The case study of Oji Holdings reveals that a “blended” organizational structure, integrating talent from diverse backgrounds, nurtures co-creative product development and innovation by harnessing the strengths of both merging entities. Additionally, restructuring that extends value chains both upstream and downstream, providing products and services to customers in each segment, facilitates external knowledge incorporation. Structuring value chains around shared resource utilization enhances internal alignment. These approaches collectively reduce adjustment costs and bolster sustainable competitive advantage through value acquisition and creation.
本稿では、企業合併・統合を通して、製品イノベーションを促進し、成長につながる企業再編に関する示唆を得ることを目的とする。
企業は、合理化の過程で、検索の範囲を限定させ、同質的な知識の蓄積による効率化をはかることで、可視性の高い価値次元を追求するようになり、製品イノベーションの機会が低下することが知られている(楠木・阿久津, 2006;貴志, 2014)。
この課題に対して、「企業合併・統合」などを契機とした知識創造プロセスによって検索の範囲を拡大させることが、持続的競争優位性を高める有効な手段とされている(槇谷, 2014)。しかしながら、企業合併・統合に関する先行研究から、合併・統合シナジーによる製品イノベーションを通じた企業成長に否定的な分析結果が大宗をなし、特に同業種間での合併・統合に課題があることが指摘されている(村上, 2008;村山, 2014)。これらは、企業合併・統合によって、調整コストが高まることが影響している(岩城, 2007;今野, 2007)。
つまり、企業合併・統合は、外部知識の導入には有効であるものの、異なる組織間の意思疎通を含めた、調整コストが高まることで、製品イノベーションにつながりにくいことが考えられる。
このことから、同業種間での企業合併・統合を通して、製品イノベーションを創出し、企業成長を実現した事例を分析することで、知識創造プロセスと製品イノベーションの関係を紐解き、調整コストを低減させる組織運営について、重要な示唆を得られる可能性がある。
したがって、「同業種間での企業合併・統合を実施した垂直統合企業が、効率的に外部知識を導入し、製品イノベーションによる企業成長を促すには、どのような企業再編があるのだろうか」というリサーチクエスチョンを設定し、事例分析と考察を進める。
本稿では、企業合併・統合後に製品イノベーションによる企業成長に成功した、王子ホールディングス(以下、王子製紙)の事例分析から、リサーチクエスチョンに対する仮説を提示する。本稿の構成として、第2節で、先行研究から問題意識を明らかにする。第3節では、研究方法と事例の選定について説明する。第4節で、王子製紙の企業合併・統合の目的とその成果を確認した後、組織形成および製品イノベーションの事例分析を実施する。第5節にて考察を実施し、第6節でまとめを述べる。
企業は、合理化の過程で、検索の範囲を限定させることで、製品イノベーションの機会が低下する。この課題に対して、企業合併・統合などを通して、検索の範囲を拡大させることが有効な手段であり、共通して成功につながる知識創造プロセスは、「外とのつながり」を持つこととされている(槇谷, 2014;加藤・市來, 2015)。
「外とのつながり」から、外部知識を導入するメカニズムとして、視察・非独占的ライセンス・R&D契約・共同開発・独占的ライセンス契約・ジョイントベンチャーなどと比較して、企業合併・統合が最もコミットメントが高く、ケイパビリティをフルに移転する可能性が高いことが示されている(Leonard-Barton, 1995)。
しかしながら、合併・統合は、規模の経済・範囲(業務多様化)の経済・時間の節約など、経営の効率化の源泉ともされている(岡部・関, 2006)。これら効率化を重視することで、製品イノベーションによる企業成長に関しては、期待した成果が得られていないのが実情である(津田, 2021)。加えて、企業変革についても、その多くが失敗に終わっている(Nguyen et al., 2022)。
これらを背景に、企業内の研究開発活動が製品の社内開発をリードし、その製品を同じ会社が流通させるという従来の垂直統合モデルに対するアンチテーゼとして、オープン・イノベーションと呼ばれる企業共同の形態が台頭し、伝統的な垂直統合型企業や系列ネットワークが得意とするリニア・イノベーションの体系への挑戦が行われている。しかし、それと同時に、中断することなく続いている石油化学企業であるエクソンモービルなどの垂直統合企業といった反例を一般化して、垂直統合の限界に対する批判と矛盾なく結び付けることができないでいるとされている(Chesbrough, 2003;立本, 2011)。
昨今では石油化学企業においても、導入されたイノベーションの多くが、外部から来ていることが報告されている(Perrons, 2014;Radnejad & Vredenburg, 2015;Lobov & Rybin, 2021)。しかしながら、企業内の研究開発活動が製品の社内開発をリードする垂直統合企業が、外部知識を導入するメカニズムは必ずしも明らかになっていない。
2.2 企業合併・統合と製品イノベーション「企業合併・統合」が業績に与える影響を論じた先行研究によると、村上(2008)は、製紙産業再編を分析し、コスト削減および価格修正などの合理化重視のスタンスが目立ち、収益性の改善が見られなかったことを指摘し、イノベーションを重視する経営転換の必要性に言及している。滝澤ら(2008)は、企業合併1590事例(1994‐2002年度)を分析し、製造業での同業種間合併において、優位性が確認されなかったことが述べられている。村山(2014, 2015)は、東海特殊製紙を含む9社の企業合併事例分析から、合併シナジーを活用したイノベーションが確認されなかったことを報告している。これは、同業種間の合併が多く、多様性を減少させながら生存する手段を選択した結果であることを指摘している。
芳賀・立本(2016)によると、文献調査から、企業合併・統合という戦略手段が企業にとって効果的であるということを説明できなかったと述べている。あわせて、水平型、または関連度の高い一部の企業合併・統合において、長期的な業績効果が認められた事例についても、定義および分類の曖昧さや、一致した結論を得られなかったことを指摘している。さらに、田淵(2023)は、日本の企業合併に関する文献調査を行い、合併の成果に否定的な分析結果が大宗をなすことを報告している。
このように、企業合併・統合の効果がみられないのは、調整コストの高さが影響している(岩城, 2007;今野, 2007)。つまり、知識創造の契機になりうる「企業合併・統合」によって業績を改善することは容易ではない。
2.3 リサーチクエスチョンこれまで示した先行研究の課題として、垂直統合企業が、外部知識を導入するメカニズムは必ずしも明らかになっていない。さらに、成功事例の希少性から、企業合併・統合を通して、製品イノベーションを促進させるメカニズムも十分に解明されていない。特に業績改善が困難とされている、同業種間での企業合併・統合を通して、製品イノベーションを促進し、企業成長を実現するための体系的な理論が不足している。
そこで、本稿では、「同業種間での企業合併・統合を実施した垂直統合企業が、効率的に外部知識を導入し、製品イノベーションによる企業成長を促すには、どのような企業再編があるのだろうか」というリサーチクエスチョンを設定した。
本稿では、企業合併・統合を通して、製品イノベーションを促進し、成長につながる企業再編に関する示唆を得ることを目的に、従来提示されていないリサーチクエスチョンに対する仮説を導くため、事例の定性分析を実施する。事例分析には、1次資料(著作・論文・特許・インタビュー)および2次資料(新聞・書籍)を用いることで、客観性を担保する(Yin, 1994)。
3.2 事例の選定企業合併・統合は、外部知識を導入する有効な手段であるものの、その実情は合理化に偏重しており、イノベーションを重視した経営へ転換する必要がある。なかでも、成熟産業においては、需要の縮小にともなう設備過剰による供給力過剰が顕在化したことで、不振企業を巻き込んだ過剰能力の削減を目的とした合併・統合事例が多く、製品イノベーションにつながりにくい(土井, 2002;岡部・関, 2006)。
これら成熟産業の中で、人々の生活を下支えしている製紙産業もその例にもれず、過当競争と過剰設備能力といった、業界構造的問題への改革を目的とし、1993年以降から大型合併期が始まったが(田淵, 2022)、国内生産量が継続的に減少しており、産業や企業の成長の方向が見通しにくい状況にある。
国内製紙産業を牽引する代表的な総合製紙会社が、王子製紙および日本製紙である。これら2社の企業合併・統合効果に関して、1990年から2011年までを対象とした分析では、生産効率と費用効率の両面で改善が確認されており、成功的な事例として報告されている(上田, 2015)。一方、2020年まで対象を拡大した分析では、規模の経済および範囲の経済の機能が確認されなかったことが報告されている(上田, 2022)。
これは、デジタル化の進展に加え、2007年以降に顕在化した世界金融危機および2011年に発生した東日本大震災による影響によって、国内洋紙生産量が、2010年の1680万トンから、2022年には1136万トンまで減少したことで、それぞれの機能を喪失したことが考えられる。
1990年代以降、王子製紙は、神崎製紙・本州製紙・森紙業などを合併し、日本製紙(旧十條製紙)は、山陽国策パルプ・大昭和製紙などを合併することで、両社ともに洋紙事業と板紙事業を兼ね備えた総合製紙会社となった。これら王子製紙および日本製紙の売上高は、2009年度は両社ともに約1兆1千億円であった。しかし、2022年度では、王子製紙の売上高が1兆7066億円(営業利益率5.0%)まで成長したのとは対照的に、日本製紙は1兆1526億円(同▲2.3%)と微増にとどまっている(図1)。
(出所)各社有価証券報告書をもとに筆者作成。
国内紙消費量が減少するなかで、日本製紙は、洋紙・板紙製造および販売に注力する戦略を採用し、紙製造・販売の川下にあたる段ボール加工事業(段ボールシート製造業・段ボール製函製造業)については、他社との業務提携を選択した。また、川上にあたる海外植林事業については、不採算植林地を売却することで、2012年の15.9万haから、2022年には7万haまで縮小させた。
一方、王子製紙は、1990年代の企業合併・統合後から、紙製造・販売に加えて、川上である植林事業、および川下である段ボール加工事業への展開といった、垂直統合を推し進めた。その過程で、製品イノベーションを創出することで、企業成長をとげた。
本稿では、企業合併・統合後に製品イノベーションによる企業成長に成功した、王子製紙の事例分析を行い、リサーチクエスチョンに対する仮説を提示する。また、比較事例として、第4節の事例分析および第5節の考察において、特許などの一部指標に、日本製紙も取り上げる。
事例分析対象として、王子製紙を選択した理由は、(1)同業種間での企業合併・統合後に、製品イノベーションを起こすことで企業成長をとげた特徴的な事例であること、(2)なかでも成熟期を迎えた製紙産業において、製品イノベーションを通じた事業転換に成功した事例であること、(3)1次資料および2次資料の情報量から、客観性の担保が可能であること、の3点である。
1990年代に入ってから、国内の景気低迷に加え、円高傾向が進み、北米・北欧・中国からの輸入紙が攻勢を強めることが予想され、過当競争になりがちな業界の体質を改める必要があった(王子製紙株式会社, 2001;Bouwens et al., 2018)。王子製紙においても、1993年に、塗工紙等の高付加価値製品に代表される技術開発力と高い営業力をもつ神崎製紙との合併を行った。1996年に、板紙事業を強みとし、海外植林のパイオニアである本州製紙の合併を行ったことで、洋紙・板紙事業を持つ総合製紙会社となった。さらに2005年には、国内段ボール製造において10%もの高い市場占有率をもつ森紙業を買収することで、段ボール加工事業の川下展開を進め、国内段ボール市場の約3割を獲得することに成功した。
加えて、1980年代以前は、パルプ資源確保に注力した植林事業展開であったのに対して、1990年代以降は環境意識の高まりによって社会的なニーズも変化した。王子製紙は、1993年に「環境に関する基本方針」を制定し、「森のリサイクル」と「紙のリサイクル」を行動目標として掲げた。森のリサイクルとなる植林事業においては、成長が早いユーカリなどの広葉樹に着目し、海外での植林面積の拡大を開始し(王子製紙株式会社, 2001)、2022年には27.9万haまで増加させた。その結果、海外産チップの自給率(換算値)を4割まで向上させた。
つまり、王子製紙の1990年代から2000年代の企業合併・統合には、衰退が予想された洋紙事業を、植林事業や段ボールを含む板紙事業で補完する狙いがあった。このような川上・川下展開による垂直統合化によって、主力事業を、洋紙(機能材・印刷情報メディア)から、植林(資源環境ビジネス)および段ボール(生活産業資材)1に転換することに成功した(図2)。
(注)組織変更に伴い事業セグメントは2012年から変更されており、2011年以前のデータについては、関連性の高い事業セグメントと連結した。洋紙事業は、機能材および印刷情報メディアセグメントの合算値とした。段ボール事業は、生活産業資材セグメントに含まれる。植林事業は、資源環境ビジネスセグメントに含まれ、主にパルプ外販(2022年度売上高2401億円)とバイオマス発電事業(同320億円(計算値))によって売上高が増加した。
(出所)王子製紙有価証券報告書をもとに筆者作成。
次項から、企業合併・統合後の組織体制、王子製紙の植林事業(川上展開)および段ボール事業(川下展開)の製品イノベーションの分析結果を示す。
4.2 王子製紙の合併企業・被合併企業間での「混ざり合う」組織体制まず、企業合併・統合後の研究開発・生産・営業組織を確認する。1993年の神崎製紙合併後、各層での人材交流を目的に、2120名の人事異動を実施し、「人心の一体化」をはかった。その後、1995年には戦略的かつ迅速な研究開発を目指して、関係会社を含めた4つの研究所を統合し、プロジェクト別(機能別・研究分野別)な組織に変革させた。
1996年の本州製紙合併後も、プロジェクト別組織を維持しながら、生産部門での人心の一体化をはかるため、旧新王子製紙の呉工場の工場長に本州製紙の寺沢道夫常務を充て、旧本州製紙の江戸川工場の工場長に旧新王子製紙の江川浩二参与を充てた。
1998年には、新規ユーザー開拓を含めた販売体制の強化を目的に、研究開発部門と同様に、営業組織がプロジェクト別の体制に移行した。これら組織再編に加えて、企業合併により1万2649人まで増加した人員を、1998年から2000年の3年間で約3割(3502名)を削減し、9147人までスリム化した(王子製紙株式会社, 2001)。
その後も、動的な研究開発組織への改革を目的として、2002年に拠点集約を行い、研究者同士の連携を深めるほか、研究と知的財産部門の融合を進めた。つまり、動的なプロジェクト別組織体制の構築により、研究開発・生産・営業の組織間および人間間の相互作用が促進されたと言える(児玉, 2019)。
次いで、企業合併・統合後の役員組織を確認する。同社役員の出身企業は、2005年度から2010年度までは、王子製紙および本州製紙出身者に限られていた。一方、2011年度以降は、王子製紙出身者が大きく減少し、本州製紙・日本パルプ工業2・神崎製紙出身者によって構成され、多様性が確保された経営陣に変化した。さらに、外部登用も増加傾向で、2019年度以降は約5割を占めている(図3)。企業合併・統合後は、合併企業が主導権を持つことで、再編が円滑に進むとされており(中村, 2003)、2011年度での経営陣の多様化は、成長軌道に乗ったタイミングを考慮したものと考えられる(図1)。また、矢嶋進社長(社長在任期間:2015–2019年)は本州製紙出身で、加来正年社長(同2019–2022年)は日本パルプ工業出身である。なお、2012年から、各事業における経営責任の明確化および意思決定の迅速化を目的に、王子製紙グループは純粋持株会社制に移行した。
(注)王子製紙の外部機関から入社2年以内に役員登用されたケース(1件)については、外部登用に分類した。日本製紙では、2014年度以降は大昭和製紙出身者が確認されず、2017年度以降は国策パルプ出身者も確認されない。
(出所)各社有価証券報告書をもとに筆者作成。
つまり、王子製紙は、1993年以降の企業合併後に、組織内部のすべての階層において、出身企業が異なる多様な人材が、「混ざり合う」組織体制の構築に成功したと言える3。
ここで日本製紙役員組織について確認すると、外部登用が同様に増加傾向で、2018年度以降は約4割となっている。一方、外部登用を除くと、2005年から継続的に合併企業である十條製紙出身者が約7割を占め、2020年以降その割合が約8割まで高まっている(図3)。また、日本製紙歴代社長は十條製紙出身者に限られている。
4.3 王子製紙の植林事業(川上展開)の製品イノベーション植林に関する特許調査によると(分析対象出願期間:1993‐2020年)、王子製紙から72件(内共同出願特許出願12件(16%)、共同出願人数12機関)出願されており、早生樹やエリートツリーへの技術投資を行っていた。その出願特許の12件(16%)に、王子製紙に加えて、神崎製紙や本州製紙出身の発明者等が含まれており、社外との協業に加えて、社内においても複数の企業出身者による共創的な製品開発が行われていた。なお、日本製紙に関する特許調査によると(分析対象出願期間:1993‐2020年)、同技術領域では48件(内共同出願特許出願7件(14%)、共同出願人数3機関)出願されており、合併企業間での共創的な特許数は3件(6%)と限られていた。
つまり、王子製紙の合併企業間の共創は、前項で示した通り、合併企業および被合併企業が「混ざり合う」組織体制構築の成果であると言える。
植林事業から得られる森林資源の活用を目的として、2004年からバイオマスに関する特許出願(同48件、共同出願特許2件)を進めた。このように、植林事業を拡大させた同社は2006年に、木材資源の価値を最大限に引き出す「総合林産業を目指す」ことを宣言しており、事業転換を強く意識していたことがうかがえる(神田, 2006)。
2013年から、パルプ外販および電力販売(太陽光発電・バイオマス発電)を本格的に開始し、成長分野の一つである漢方薬ビジネスに着目した組織改編を実施した。その他、セルロースを高純度で取り出した溶解パルプや副生成物であるヘミセルロースから石油代替として期待されるフルフラール製造技術開発を進めた。2014年には、森林資源研究所(三重県鈴鹿市)の跡地に、ドーム状の植物工場6棟を建設した。さらに、環境意識の高まりから、バイオマス発電への注目が高まるなかで、2015年からインドネシアにおいて、バイオマス燃料向けにPKS(アブラヤシからヤシ油を抽出した後に残る殻)の調達を進めた。
更なる森林資源の高付加価値化を目的に、2017年からポスト炭素繊維として注目される、セルロースナノファイバー(CNF)において、ガラスと同等の透明度を持つCNFシートを、既存の製紙設備を改良することで量産化した。さらに、2024年度から、10年以上前から積み上げた自社技術を用い、既存設備を転用することで、木材からバイオエタノールの生産を予定している。
これら森林資源やエネルギーの多段階(カスケード)利用により、王子製紙の2021年度の産業廃棄物有効利用率4は、国内99.1%(2013年度96.6%)、海外89.1%(同84.9%)まで向上した。
4.4 王子製紙の段ボール事業(川下展開)の製品イノベーション段ボールを主体とした国内板紙需要は、2000年以降から生産量が継続的に減少した。一方、2010年から再び成長軌道に乗り、2010年の生産量1098万トンから、2022年では1239万トンまで増加しており、今後も増加が見込まれている。この再成長は、インターネットの普及と電子商取引の拡大に相まって、加工食品および通販宅配需要の増加に起因している。
特に、加工食品については、小売店の人件費削減等を背景に、段ボール自体に販売促進機能が求められるようになったニーズに対応して、2010年から「シェルフレディパッケージ(販売促進機能をもち、すぐに店頭陳列が可能な輸送包装)」が新たに市場導入されたことが、この産業成長に大きく貢献している。このシェルフレディパッケージは、品出し・陳列作業を約1/5に効率化できるため(玉置, 2019)、段ボールによって小売店でのサービスを補助するという、サプライチェーンの川下展開によって、「段ボール産業の境界線の拡張」に成功した製品イノベーションである。
このシェルフレディパッケージに関する特許調査によると(分析対象出願期間:1996‐2020年)、王子製紙は、(i)塗工加工および設計改良による表示機能の拡充(印刷デザインがきれい)(出願数53件)、(ii)組立・開封・分解効率の向上(組み立てやすい)(同40件)、(iii)収容自由度および安定性の向上(入れやすく運びやすい)(同37件)、の3分野へ積極的な技術投資を行っていた。
これらは、パッケージングにおける、「ブランドの識別・記述的および説得的情報の伝達」「製品消費の簡便化・家庭内保管の容易化」「製品輸送および保護の支援」に該当し(徳山, 2004)、サプライチェーンの川下展開により、段ボールがパッケージングとしての機能全体を担うようになった。
なかでも、シェルフレディパッケージの販売促進機能には、「(i)印刷デザインがきれい」であることが重要な要素であり、王子製紙が印刷デザインに直接貢献する外装用ライナー原紙の国内最大手である強みを活かした、他社との差別化戦略であった。
これら特許の発明者を分析したところ、1996年から2000年では、王子製紙と本州製紙出身者が主体的に特許出願(11件)を行っていた。一方、2001年から2005年では、上記2社に加えて、新王子製紙・福岡製紙・神崎製紙出身の技術者らも加わって技術開発(17件)が進められた。さらに、2006年から2010年では、神崎製紙出身者が主体的に特許出願(16件)を行っていた。2011年から2015年では、企業合併・統合からの時間経過もあり、王子製紙出身者が主体的に開発(9件)していた。つまり、段ボール事業の製品イノベーションに関しても、社外との協業に加え、社内でも複数の企業出身者による共創的な製品開発が行われていた(図4)。この製品開発によって、知識の移転と活用が可能となった。
(注)該当特許数は53件(1996–2000年11件、2001–2005年17件、2006–2010年16件、2011–2015年9件)であった。
(出所)特許公開広報をもとに筆者作成。
なお、日本製紙に関する特許調査によると(分析対象出願期間:1996‐2020年)、同技術領域での特許出願は9件(技術分野(i)1件、(ii)7件、(iii)1件)で、合併企業間での共創的な特許出願は確認されなかった。このように特許数自体が限られているのは、段ボール加工事業は、他社との業務提携を選択したことに起因していると言える5。
商品ごとに最適化するシェルフレディパッケージに代表されるように、物流形態が少品種大量生産から、多品種少量生産へと移行することで(中井ら, 2018)、段ボール加工の調整コストが増加する。この課題に対応するため、王子製紙では、「グループ一貫体制の総合包装ソリューション」として、包装コンサルティングから始まり、原紙の開発・加工、包装設計やシステム開発提案、生産まで幅広く対応しており、段ボール事業の上流から下流まで、外部とのネットワークの強化を進めている6。加えて、「従来は顧客窓口が資材部門であったが、現在では顧客営業部門やマーケティング部門とのタイアップも進め、ニーズの把握を進めている」ことが述べられており7、組織全体で円滑に外部知識を導入することで、段ボール加工に関する調整コストの増加を抑制していたことが考えられる。
これまでの分析結果から、王子製紙は、企業合併・統合後に、組織内部のすべての階層が「混ざり合う」組織体制を構築することで、合併企業および被合併企業間の意思疎通を含めた、調整コストの高まりを抑制したことが考えられる。その後、外部知識の導入を促進することで、製品イノベーションに成功し、企業成長を実現したと言える。
まず、「混ざり合う」組織体制には、1993年の「人心の一体化」から始まり、1995年からのプロジェクト別組織への転換、1998年から2000年の大規模な人員整理、2001年からの共創的な製品開発(図4)、2011年からの役員の多様性向上など(図3)、約20年の歳月を要している。さらに、各事業セグメントの従業員数も、その事業成長に合わせて変化させてきた8。
この組織形成過程は、「知識や能力などを移転するだけではなく、不必要なものは破壊し、その上で新しいものが創造されていく」組織間学習であったと言える(Haspeslagh & Jemison, 1991;中村, 2003)。
このような組織成立には、相互関係を構築することが課題になる(Porter, 1985)。王子製紙は、世界的に環境意識が高まるなかで、2006年に、「総合林産業をグループ全体で目指す」ことを宣言し、合併企業および被合併企業の強みを最大限活用しながら、森林資源循環に貢献するバリューチェーンを形成することで、社内のベクトルの「一体化」を向上させ(森, 2008)、相互関係の構築にも成功したことが考えられる。
次いで、外部知識の導入が促進されたメカニズムについて考察する。垂直統合の分類として、製品やサービスの顧客とダイレクトに接触する方向に進む場合は、「前方垂直統合」と呼ばれる。反対に、顧客から遠ざかる方向に進む場合は、「後方垂直統合」と呼ばれる(Barney, 2002)。通常、川上展開が後方垂直統合、川下展開が前方垂直統合と捉えられる。これは、〔川上展開⇔川下展開〕と〔後方垂直統合⇔前方垂直統合〕とが同軸となるからである。
しかしながら、王子製紙の場合は、川上展開を進めた際に、自社製品用の原材料として活用するのみならず、外部顧客への製品やサービスとして活用することで、顧客とダイレクトに接触する方向に進んだ。これにより、一見矛盾するが、川上展開を前方垂直統合に転換した。つまり、王子製紙が新たに構築したバリューチェーンは、川上展開および川下展開の両方が、前方垂直統合である。これは、王子製紙の〔川上展開⇔川下展開〕と〔後方垂直統合⇔前方垂直統合〕とが交軸となったことによる(図5)。
(注)王子製紙の従来のバリューチェーンは、〔川上展開⇔川下展開〕と〔後方垂直統合⇔前方垂直統合〕とが同軸であった。一方、企業合併・統合後は、川上と川下の両方にバリューチェーンを伸ばしつつ、それぞれで顧客へ製品やサービスを提供する企業再編により、〔川上展開⇔川下展開〕と〔後方垂直統合⇔前方垂直統合〕とが交軸となった。
(出所)王子製紙統合報告書をもとに筆者作成。
この論拠として、王子製紙の「営業利益」と「国内紙生産量」の相関係数(r)を確認すると、1980–1990年=0.76、1990–2000年=0.54、2000–2010年=−0.20、2010–2022年=−0.53と、事業転換によって両者に正の相関が失われた。これは、「新たなマーケット(図5)」を創造したことで、王子製紙のバリューチェーンの〔川上展開⇔川下展開〕と〔後方垂直統合⇔前方垂直統合〕とが交軸となったことを支持していると言える。
一方、日本製紙の「営業利益」と「国内紙生産量」の相関係数(r)は、1980–1990年=0.67、1990–2000年=0.53、2000–2010年=0.44、2010–2022年=0.56と、依然として両者に中程度の正の相関が確認される(Guilford, 1956)。これは、国内紙製造・販売が主たる事業であり、「従来のマーケット(図5)」がその対象だと言える。つまり、日本製紙のバリューチェーンの〔川上展開⇔川下展開〕と〔後方垂直統合⇔前方垂直統合〕とが同軸となっていると言える9。
王子製紙のバリューチェーンは、森林資源活用を軸として、[川上]植林→生産用電力発電10→チップ製造→パルプ製造→紙製造→加工[川下]となる。1990年以降の企業合併・統合後に、合併企業および被合併企業の強みを最大限活用することで11、森林資源やエネルギーの多段階(カスケード)利用等による関連多角化を進めた。
つまり、川上と川下の両方にバリューチェーンを伸ばしつつ、それぞれで顧客へ製品やサービスを提供する企業再編により、外部知識の取り込みが円滑化され、調整コストの高まりが抑制されたと言える。あわせて、この同一資源活用を軸としたバリューチェーンは、多角化によって資源有効利用率が向上するため、低コスト化と高付加価値化の両立が可能となる。
なお、このような同一資源活用を軸としたバリューチェーンは、石油化学企業にも当てはまる(Barney, 2002)。つまり、中断することなく続いている石油化学企業であるエクソンモービルなどの垂直統合企業にも共通点が見いだせる可能性がある。
これまで述べた、「混ざり合う組織形成」と「製品イノベーションによる森林資源活用を軸としたバリューチェーン形成」とは、相互連鎖的な関係を持っていることが考えられる。つまり、王子製紙は、企業合併・統合を起点として、これらの形成を通じた企業再編によって、調整コストの高まりを抑制しつつ、価値獲得と価値創造の両立に成功し、持続的競争優位性を獲得したと言える。
事業多角化には、必要な専門性を有する人材の増強が不可欠となるが、適切な人材の確保は容易ではない。一方、企業合併・統合後は、効率化を進めることで、多様な専門性を有する人材が余剰化する。つまり、企業合併・統合は、組織内の余剰資源を活用した事業多角化を追求する好機と捉えられる。
本稿では、「同業種間での企業合併・統合を実施した垂直統合企業が、効率的に外部知識を導入し、製品イノベーションによる企業成長を促すには、どのような企業再編があるのだろうか」というリサーチクエスチョンを設定し、王子製紙の企業合併・統合後の知識創造プロセスと製品イノベーションの関係性、および調整コストを低減させる組織運営に関する事例分析を行った。
その結果、企業合併・統合後に、出身企業が異なる人材が、「混ざり合う」組織体制を構築することで、合併企業および被合併企業の強みを活用する共創的な製品開発が行われ、製品イノベーションが促進されることを指摘した。さらに、川上と川下の両方にバリューチェーンを伸ばしつつ、それぞれで顧客へ製品やサービスを提供する企業再編により、外部知識の導入が促進されることを指摘した。あわせて、同一資源活用を軸としたバリューチェーンを構築することで、社内のベクトルの「一体化」が形成されることを指摘した。これらを組み合わせることで、調整コストの高まりを抑制しつつ、価値獲得と価値創造を通じた持続的競争優位性が高まることを指摘した。
この事例は、企業が新たな製品イノベーションを起こして企業成長をとげるために、どのような企業再編をすればよいか、そのヒントを示唆してくれるものである。
今後の課題として、「混ざり合う」組織形成を可能にした社内(内部)要因および社外(外部)要因を明確にする必要がある。あわせて、王子製紙以外の事例分析を行うことで、より精緻かつ俯瞰的な企業合併・統合を通じた製品イノベーションと企業成長メカニズムの提示に向けて、考察を深めていくことが求められる。