イノベーション・マネジメント
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研究ノート
シンガポールにおける変わりゆく障害者の労働および雇用政策
佐野 竜平
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2025 年 22 巻 p. 261-272

詳細
要旨

シンガポールの障害者による労働および雇用政策は多岐に渡るが、障害者に関する基幹法による明確な障害の定義が存在するわけではない。シンガポール政府は「第4次イネーブリングマスタープラン(2022–2030))」を推進しており、障害者の労働および雇用にも力を入れている。国連・障害者人権条約に関する総括所見が2022年に発出され、労働および雇用政策のさらなる整備やシェルタードワークショップから開かれた労働市場への移行が勧告されている。

障害者雇用を促進する手立てには、イネーブリングマークを利用した実践やオープンドアプログラム(ODP)等がある。シェルタードワークショップの事例としては、MINDS(シンガポール知的障害者運動)やレインボーセンターの実践を分析し、議論している。今後のシンガポールにおける障害者の労働および雇用政策については、シェルタードワークショップが運営上の課題に直面するなど、同じく2022年に採択された「障害者の労働及び雇用の権利に関する一般的意見第8号」に沿った対応が求められている。

Abstract

Policies on work and employment for persons with disabilities in Singapore are wide-ranging, but there is no clear definition of disability within the foundational law concerning persons with disabilities. With the introduction of the Enabling Masterplan 2030 (2022–2030), the Government of Singapore has focused on work and employment for individuals with disabilities. However, the United Nations has issued concluding observations encouraging more inclusive work and employment policies in line with the Convention on the Rights of Persons with Disabilities (CRPD) and has advocated for a transition from sheltered workshops to an open labor market.

Singapore’s support for disability employment includes initiatives such as the Enabling Mark and the Open Door Programme. As examples of sheltered workshops, this paper examines MINDS (Movement for the Intellectually Disabled of Singapore) and the Rainbow Centre. Sheltered workshops in Singapore face challenges and are encouraged to more closely align with General comment No.8 on the right of persons with disabilities to work and employment.

1.  はじめに

シンガポールにおける障害者の労働および雇用政策については、近年注目が集まっている。確かに発展している面はあるものの、2024年現在、障害に関する法的で明確な定義はまだ存在しない。最新の障害者政策は「第4次イネーブリング・マスタープラン(2022–2030)」で示されているが、政府内外で横断的な観点から見ると一貫性が欠けているとも言われている。具体的な課題として、障害に関する表記や統計の整備に加え、障害者が働くシェルタードワークショップ(保護された環境での就労施設・事業所)の状況も含まれている。

本稿では、シンガポール国家社会福祉審議会の委員であり、現地で活動を行うStroke Support Stationのレナ・ンCEOへのインタビュー結果を中心に、シンガポール政府の政策文書や関連資料をレビューしながら、障害者の労働および雇用政策の現状について主に以下の3点に分けて深掘りする。

第1に、国連・障害者権利委員会が2022年にシンガポールに対して発出した総括所見および同じ2022年に採択された「障害者の労働及び雇用の権利に関する一般的意見第8号」を参照し、シンガポールにおける障害者の労働および雇用政策との関連性を論じる。

第2に、シンガポールの障害者支援計画に該当する「イネーブリング・マスタープラン」の変遷を整理し、その上で特に重度の障害者が働いているシェルタードワークショップや特別なニーズを持つ人向けの新たな雇用モデルに焦点を当てる。

第3に、就労継続支援B型事業所等で「福祉的就労」を行っている日本の事例を念頭に、シンガポールにおけるシェルタードワークショップの具体例を交えながら、障害者の労働および雇用政策の課題と今後の方向性を整理する。

2.  シンガポールによる障害者政策の現状

2.1  障害の定義

シンガポールの法律には、「障害」や「障害者」の明確な定義がない。そのため、障害者が権利保持者として社会参加することにつき、時に困難なことがあるという。シンガポール政府機関のSGイネーブルのウェブ上は、「身体障害」「感覚障害」「知的障害」「自閉スペクトラム症」の4つを障害として明示している。また、国連・障害者権利委員会からの勧告である総括所見の中で、精神障害について触れられている。いずれにせよ、依然として続く医学モデルからの脱却が今後の主流と言える。

実際、国別審査で障害者権利委員から出された「精神保健は障害の定義に関連するか?」という質問にあるように、精神科や一般病院で非自発的入院や本人が望まない医療が行われている現状がある。表1は、総括所見で提示された懸念・勧告事項のうち、障害の定義に関する内容を抜粋したものである。

表1 障害および障害者の定義に関して国連から出された懸念・勧告事項

懸念事項 ・国内の法律や政策が、障害の人権モデルを体系的に取り込んでおらず、大部分が医学的モデルを採用しており、機能障害を理由とする障害者への体系的な差別を生んでいること。
・障害者権利条約第1条に適合する正式な障害の定義が国内法制に存在せず、既存の評価・認証メカニズムが国内の障害関連法全体で調和されていないこと。
勧告事項 ・第3次イネーブリングマスタープランを含む既存の障害者関連法・政策をすべて見直し、そこから障害の医学モデルの名残をすべて取り除き、それらを全面的に障害者の人権モデルに基づくようにすること。
・知的障害者、精神障害者、自閉スペクトラム症者等すべての障害者の人権を守るために、国内法制度全体で法律上の障害の定義と評価・認証メカニズムを調和させること。

(出所)シンガポール初回審査の総括所見から抜粋(筆者翻訳)。

2.2  障害者の割合

シンガポールの人口は604万人である。そのうち、シンガポール国民は364万人であり、総人口の約4割を外国人が占めている。また、合計特殊出生率は0.97%と極めて低い。

シンガポールは既に高齢社会にあり、2030年までに障害者数の大幅な増加が予測されている。具体的には、65歳以上の人口が2030年には24%以上となり、超高齢社会に達すると見込まれている。

障害者の福祉や雇用に関する政策は社会・家族開発省を中心に進められているものの、正式な障害者の割合は公表されていない。一方で、推定される障害者の割合は年代ごとに示されており、学生全体の2.1%、18歳から49歳の居住者で3.4%、そして50歳以上の居住者で13.3%とされている。

2.3  障害者計画

2007年に開始された「イネーブリングマスタープラン(EMP)」はいわゆる障害者計画に該当するもので、シンガポールの障害者の生活の質を向上させるための戦略的枠組みである。EMPは、アクセシビリティの向上、社会的包摂の促進、および雇用機会の拡大という3つの主要な分野に焦点を当てている。国連・障害者権利委員会は、第3次EMP(2017年–2022年)および第4次EMP(2022年–2030年)の策定について肯定的な評価を表明している。表2はこれまでのEMPのポイントをまとめたものである。

表2 イネーブリングマスタープラン(EMP)の変遷

開始年次 主な内容
2007 第1次。公共空間、交通機関、建物をよりアクセスしやすくすることに重点。特別支援教育のための資源と障害者雇用の意識向上のための取り組み含む。
2012 第2次。中央集約型の職業紹介機関を通じた強化された職業支援サービス。企業への財政的インセンティブや社会的企業に対する助成金あり。
2017 第3次。社会的企業としてのシェルタードワークショップの運営を奨励。障害者によるシェルタードワークショップから開かれた労働市場への移行を強力に推進。
2022 第4次。これまでのEMPを土台としつつ、障害者権利条約の国別審査を経て、シンガポールとして2030年までに達成すべき諸取組を明示。

(出所)EMPを元に筆者作成。

2.4  障害者の労働および雇用政策

政府統計(2022年–2023年)によれば、15歳から64歳までの就労年齢層にある障害者の雇用率は31.4%に達している。一方で、労働市場外にある割合は65.7%を占め、求職中で職に就いていない割合は3.0%となっている。また、シンガポールは障害者の雇用率を2030年までに40%に引き上げる目標を掲げており、過去の実績として28.2%(2018年–2019年)、30.1%(2020年–2021年)と徐々に増加している。この数字には自営業者も含まれており、日本のように障害者雇用促進法に基づく民間企業等への雇用率のみでカウントしていない点には留意が必要となっている。

国連・障害者権利委員会はこうした現状に対し、持続可能な開発目標(SDGs)のターゲット8.5「2030年までに、若者や障害者を含むすべての男性及び女性の、完全かつ生産的な雇用及び働きがいのある人間らしい仕事、ならびに同一価値の労働についての同一賃金を達成する。」を想起した上で、総括所見を通じて表3のような懸念・勧告事項を発出した。

表3 障害者の労働および雇用に関して国連から出された懸念・勧告事項

懸念事項 ・障害者の失業率が比較的高く、低賃金に留まる障害者雇用が不当に多いこと。障害者がシェルタードワークショップに隔離されていること。
・公平で革新的な雇用慣行のための政労使連合には、障害の定義や間接差別に関する明確かつ適切な理解がなく、実施と監視のための効果的なメカニズムが欠如していること。
・ODPの下で資源が配分されているにも関わらず、障害者雇用を促進する措置は、知的障害者、精神障害者、自閉スペクトラム症者にとって、他の者と平等に開かれた労働市場へのアクセスを確保するには不十分であること。
・雇用請求裁判の管轄が主に給与関連および不当解雇の請求に限定されており、障害者に関連する労働法違反を報告するためのアクセス可能な秘密厳守の手続が存在しないこと。
・障害者雇用を躊躇する雇用主の意識的障壁、事業主間の認識不足、障害者に対する合理的配慮やユニバーサルデザインの提供に消極的であること。
勧告事項 ・障害者が開かれた労働市場で労働及び雇用にアクセスでき、他の者との平等を基礎として民間および公共の職場環境に含まれることを保証するために必要な法律と期限のある政策および基準を採択すること。シェルタードワークショップを根絶していくこと。
・特に脱施設化プロセスに参加している障害者、自閉スペクトラム症者、知的障害者、精神障害者に対する長期的な支援を提供するため、ODPを拡充すること。
・障害者が開かれた労働市場で労働および雇用にアクセスでき、他の者との平等を基礎として民間および公共の職場環境に含まれることを保証するために必要な法律と期限のある政策および基準を採択し、シェルタードワークショップを根絶していくこと。
・障害の包括的な定義の確立、直接的および間接的差別の禁止、合理的配慮の拒否を差別の一形態として認識することを含め、公平で革新的な雇用慣行のための政労使連合の包括的な見直しを行い、実施と監視、不遵守の場合の救済のための効果的なメカニズムを確立すること。
・特に脱施設化プロセスに参加している障害者、自閉スペクトラム症者、知的障害者、精神障害者に対する長期的な支援を提供するため、ODPを拡充すること。
・障害者の労働および雇用における権利侵害に関するすべての申し立てに対する雇用請求権裁判の管轄を拡大し、そのような侵害を報告するためのアクセス可能で秘密厳守のメカニズムを確立すること。
・民間および公共の雇用者間にある意識的障壁に対処し、すべての労働環境においてユニバーサルデザインを適用すること。

(出所)シンガポール初回審査の総括所見から抜粋(筆者翻訳)。

政策の深まりを期待しつつも実践における隙間や不十分な点を指摘した上記の勧告を受けて、特に新型コロナウイルスの流行後における障害者の労働および雇用促進のため、シンガポール政府は多岐にわたる施策を導入した(表4)。政府機関であるSGイネーブルがその中心的役割を担っている。

表4 障害者の労働および雇用に関する近年導入された政策

政策名 ポイント
イネーブリングマーク 2020年に導入された制度。障害者雇用における優れた実績を持つ組織を全国的に認定する枠組み。障害者の雇用を通じて、組織がポジティブな企業イメージ構築を促進。先進的な組織をロールモデルとして、雇用者が包括的な労働力を構築するための実践を深めるよう奨励。組織が包括的な雇用慣行を改善する際に、情報提供および支援を実施。
オープンドア
プログラム
(ODP)
社会・家族開発省とワークフォース・シンガポールが資金提供する取り組み。障害者の雇用、訓練、職場のインクルージョンを推進。具体的な支援内容には、ジョブ・リデザイン奨励金、研修費用補助、職業紹介および就職支援サービスを含む。シンガポールに登録された企業や組織のみ、ODPの雇用主として登録可能。雇用主は、ニーズを評価し、障害者に適した職務を特定。職務内容と職場環境が整った段階で、障害者が幅広い職務を遂行すること可能。
イネーブリング
雇用クレジット
(EEC)
2025年までの期間限定政策。月収約40万円以下の障害者を雇用する事業主に対し、給与の20%(最大約4万円)を補填。特に長期未就労者に対しては、雇用開始後9カ月間の追加補填が可能。対象はシンガポール市民および永住する障害者で、年齢は13歳以上。
インクルーシブ
ビジネス・
プログラム
障害者が20%以上を占める企業を対象に、HDB(集合住宅)の一部を割り当て、賃料の優遇措置(初期3年間30%割引、3年間の更新可能)を提供。雇用主は、ODPの雇用主として登録。SG Enableにビジネスと採用計画を常に情報共有。
イネーブリング
アカデミー
2022年に開始。生涯学習を支援することで、障害者が学び続けながら働けるインクルーシブな環境づくり。コンサルティングおよび研修を提供。障害を持つ消費者にサービスをより良く提供するために、組織が市場シェアを拡大し、より包括的な組織となることを助言。自社の製品およびサービスのアクセシビリティをどのように見直すか、現場スタッフが障害を持つ消費者とどのように対応するか指導。

(出所)SGイネーブル資料や現地関係者への聞き取りを参考に筆者作成。

「シェルタードワークショップ」は、一般就労や生産労働の場ではしばしば困難を抱える障害者に雇用や職業訓練を提供し、シンプルな作業工程や役割分担を通じて貴重な経験を積みながら一般就労を目指す場である。類似のものに「デイアクティビティセンター」があるが、これは認知能力、社会性、コミュニケーション能力、言語能力、運動能力の発達を促すプログラムを提供し、理学療法や作業療法も行う場でもある。開かれた労働市場やシェルタードワークショップでの就労が困難な障害者を対象としている。2024年時点で、シンガポールには計8カ所のシェルタードワークショップがあり、総定員は1,700人である。日本においては、デイアクティビティセンター(生活介護事業所に相当)が32カ所に計1,800人の定員を備えている。2023年末時点で、シェルタードワークショップには約190人、デイアクティビティセンターには約250人が利用待機中であり、いずれも定員の1割以上が利用を希望している現状が示されている。

第4次EMPに基づき、障害者の主流の雇用への統合を推進する政策が進められているが、多くの課題が残されている。例えば、国連障害者権利委員会が2022年に発表した「障害者の労働及び雇用の権利に関する一般的意見第8号」では、シェルタードワークショップの推奨は必ずしもされていない。日本においては、障害者総合支援法に基づく「就労継続支援B型事業所」として位置づけられている一方で、シンガポールでは重度の知的障害や発達障害を持つ人々にとって重要な施策とされている。シンガポール政府は第4次EMPに沿ってシェルタードワークショップの数を増やす方針を取っていないが、2030年までに既存の受入能力を27%増加させる計画である。これらの傾向から、シンガポールは今後もシェルタードワークショップの役割を重視していくと予測される。

なお、障害者権利委員会によって採択された「障害者の労働及び雇用の権利に関する一般的意見第8号(2022年)」のパラグラフ15も見逃せない。この条項では「共同所有され民主的に管理されているものを含む、障害者が運営・主導する雇用事業が、公正かつ良好な労働条件を提供する場合には、分離された雇用と見なしてはならない」という例外規定を明示している。シェルタードワークショップに関連する全国団体である「全国社会就労センター協議会(SELP)」などもこのパラグラフ15について勉強会を重ねている。

2.5  最低賃金

シンガポールの民間企業等で働く従業員(障害者含む)に最低賃金の制度は適用されていない。言い換えれば、上記の障害者雇用率の換算に最低賃金は考慮されておらず、障害者の給与・賃金・工賃の実態は明らかにされていない。

一方、シンガポールには、漸進的賃金モデル(PWM)という事実上の最低賃金を規定する制度が2014年から導入されている。給与水準の低い業界を念頭に強制的に待遇を改善し、所得格差を縮小している。雇用側にとっては、コスト増になりうる。2024年から業種を横断した制度に改善され、所得下位20%の労働者の94%が適用の対象になっている。民間企業等で働く障害者はこの対象になりうる立場にあり、所得保障の仕組みが今後強化されると期待されている。

なお、現時点でPWMはシェルタードワークショップに適用されてはいない。

3.  シェルタードワークショップ事例の分析

シンガポールでは歴史的に、シェルタードワークショップが障害者に就労機会を提供し、社会参加を促進する役割を担ってきた。8カ所のシェルタードワークショップが運営されており、障害者が様々な業務に従事している。対象は18歳以上のシンガポール市民または永住権保持者であり、身体障害(先天的)、知的障害(IQ70未満)、感覚障害(聴覚障害・視覚障害)、発達障害(自閉スペクトラム症など)、または重複障害(複数の障害が組み合わさったもの)があると診断された人が参加可能となっている。後天的な障害を持つ場合、個別に検討・アセスメントが実施されることになっている。ここで、2つの現場実践事例について、シェルタードワークショップが直面する様々な運営上の課題および所得保障と市場の変化について分析する。

3.1  MINDS(シンガポール知的障害者運動)

MINDSは、1970年代に最初のシェルタードワークショップを設立し、教育期を終えた障害者の職業人生を支援する場を提供している。設立当初は軽作業のみに重点を置いていたが、時を経て社会とつながりのある、より有意義な就労機会を提供するように進化した。

1980年代、シンガポール航空と連携し、MINDSは利用者がヘッドホンのリサイクルや清掃などの作業に従事できるようになり、画期的に変化した。このパートナーシップにより、1,000人以上の障害者が収入を得るようになった。このモデルは、シェルタードワークショップが単なる社会参加だけでなく、収入を得るという経済的な機会も提供できる可能性を示した。

前述のように、現在MINDSのようなシェルタードワークショップでは、賃金を保障する政策は存在していない。様々な補償制度が存在するのは事実だが、全員が利用できるわけではない。また、開かれた労働市場ではなかなか定着しきれない障害者がシェルタードワークショップを利用する場合、費用負担が発生する場合もある。

例として、MINDSがシンガポール航空との契約を失った際の教訓が挙げられる。「近代化と障害者の仕事づくりには常にジレンマがある」とレナ・ンCEOは話す。

具体的には、連携してきたシンガポール航空が使い捨てのイヤフォンに切り替えたため、MINDSは契約を失ったことである。確かに、自分のイヤホンを使用する人が増えており、航空会社がイヤホンを提供する必要が減少してしまった。MINDSは機内で回収されたイヤホンを再び利用するプロジェクトに参画していたため、変更方針は障害者の収入に大きな影響を与えた。

そこでMINDSは、イヤホンの委託作業への依存を減らし、社会企業としての役割を増大させるという戦略変更を実施した。具体的には、「イヤホン」事業について、特に重い障害のある方に配慮し、事業を継続することとした。「社会企業」とは、ビジネス市場での需要に基づいて商品を作成・販売する取り組みであり、75%をMINDSが所有し、25%をビジネスパートナーと協力して運営する形態を指す。「一般労働市場」とは、民間企業等の雇用主と協力し、障害に配慮した労働環境で働く障害者が該当する。「施設外就労」は、シェルタードワークショップから出て民間企業等の現場に派遣される障害者を示唆している。図1は、MINDSによるこうした変革を図式化したものであり、シンガポールにおけるシェルタードワークショップの過去・現在・未来の方向性を提示するものである。

図1 MINDSによる変革

(出所)MINDS資料やレナ・ンCEOへの聞き取りを参考に筆者作成。

3.2  レインボーセンター

従来のシェルタードワークショップの限界を認識し、新しい雇用アプローチが登場している。施設外就労は確かに一定の成功を収めているが、重度の自閉スペクトラム症を持つ人々にとっては、騒がしい環境や刺激の多い環境で困難を伴うことがある。

レインボーセンターは、重度の自閉スペクトラム症を持つ人々に合わせた在宅雇用機会を提供する「マイクロビジネスアカデミー(MBA)」プログラムを導入した。原則2年間となっている同プログラムは、感覚的および認知的なニーズに対応しながら、慣れ親しんだ低刺激の環境で働くことを可能にする包括的なアプローチを重視している。MBAプログラムには、ビジネスプランの開発や介護技術研修など、興味に合わせた有意義な仕事に参加できるような包括的な支援が含まれている(表5図2)。

表5 MBAプログラムの4段階

段階 ポイント
発見 一連のワークショップを通じてビジネスアイデアを開発
試行 ビジネスアイデアの実現可能性を試し、障害のある家族に合った仕事のコーチとしての役割を適用
持続 ビジネスを立ち上げ、持続するための基本的なビジネススキルを習得
ネットワーク コミュニティから支援を継続的に受けるため、家族ネットワークに参加

(出所)レインボーセンター資料を参考に筆者作成。

図2 レインボーセンターによるMBAプログラム(2年間)のプロセス

(出所)レナ・ンCEOへの聞き取りを参考に筆者作成。

これはあくまで個人中心の段階的な支援を提供するものである。障害者が家族による支援付きのカスタマイズされた仕事と継続的な雇用を提供することを目的としている。条件としては、希望する障害者は学校を卒業していること、ビジネスで活かせる何らかのスキルを持っている必要がある。家族については、同プログラムに参加し、当該障害者と共にビジネスに取り組むための時間を捻出できる成人が少なくとも1人いることとなっている。

4.  ディスカッション

4.1  障害者の労働および雇用と包摂性

近年、障害者の労働および雇用と包摂性の概念は変化しており、COVID-19の影響を受けた現代社会においては、その取り組みも多様化している。特に「物理的な接触や対面の交流が必ずしも必要ではない」という認識が広がっており、レインボーセンターによるマイクロビジネスアカデミー(MBA)のような取り組みが新たな社会参加の形を模索している。これにより、特別なニーズを持つ人々の社会参加が促進される一方で、ビジネスが真に社会に価値を提供しているのかという疑問が浮かび上がる。特に、顧客が提供される製品やサービスに本当に価値を見出しているのか、それとも単に同情や慈善活動の一環として利用されているのか、その境界は非常に微妙である。

本研究ノートでは、包摂性が果たすべき役割について議論を深める一助を目指している。MBAの参加者たちは、単に慈善的な取組みに依存するのではなく、実際の市場ニーズに基づいた製品を販売することが求められている。実際、シンガポールにおいて障害者が作成した商品が、多くの家庭で需要を得ている事例が増えている。障害を持つ個人が実際に収入を得られるような環境を引き続き整えることが欠かせない。

また、包摂性を評価するための基準として、物理的環境、情報へのアクセス、政策との整合性、人間が持つべき態度という4つの視点を提案したい。これらの視点を通じて、実際にどの程度、各取り組みが包摂的であるかを判断することができると考える。特に、親が子どもとの良好な関係を築くことができていない場合、その家庭がMBAのような取り組みに参加することが適切であるかどうかは慎重に検討されるべきである。

さらに、経済的な面も重要である。最低賃金制度の欠如や市場での適切な価格設定は、障害者の経済的自立に直結している。シンガポールの実例においても、MBAでは障害者が適正な価格で製品を販売することを奨励し、実際にその収益が彼らの生活を支える基盤となることが求められている。

最終的に、障害インクルーシブ(包摂的)なビジネスとは、「単に物理的な障壁を取り除くことだけではなく、社会全体の意識の変革を促すもの」と言えるだろう。障害者やその家族に対する支援が、単なる施しや同情に基づくものではなく、社会的な価値の創出と個人の尊厳を重んじたものであることが今後の課題となるだろう。

4.2  シンガポールならではのモデル

ここでは、シェルタードワークショップのあり方を検討すると同時に、シェルタードワークショップに依存しないモデルの利点について議論したい。これは、2022年に国連・障害者権利委員会から発出された総括所見への対応を求められている日本にも共通する論点であり、シンガポールによるシェルタードワークショップの政策・実践モデルから学ぶ点は少なくない(図3)。

図3 シンガポール政府の視点から見た近年のシェルタードワークショップ政策・実践

(出所)レナ・ンCEOへの聞き取りを参考に筆者作成。

まず、シェルタードワークショップについては、第2次EMPおよび第3次EMPにおいて拡大しない方針が明確に示されており、できる限り多くの障害者が開かれた労働市場へ移行することが推奨されている。確かに、人件費や資源が高騰しているシンガポールにおいて、土地の取得や建物のコストを考慮すると、シェルタードワークショップを新たに建設する必要性は低下している。しかし、現実には、重度の障害児は特別支援学校に通い、18歳になるとシェルタードワークショップのような支援のある労働環境に身を置くことが多い。一般的意見第8号パラグラフ82に沿って「シェルタードワークショップを段階的に廃止すること」が求められているとシンガポール政府も認識しているが、現実にはシェルタードワークショップが多岐にわたる支援を必要とする障害者のコミュニティにおける居場所としての役割を果たしている。

また、新型コロナウイルスの流行により明らかになったことだが、「在宅での作業により物理的な作業空間が不要となること」をシンガポールの人々は歓迎する傾向にある。このモデルでは、待機リストの概念もなく、障害者やその家族に応じたカスタマイズされたトレーニングを提供することが可能である。障害者が自分のペースで学び、興味に基づいて成長できることは望ましいとされている。

さらに、MBAプログラム実施の資金は24ヶ月間に限定され、恒久的な財源に依存する必要がない。この点は、シンガポール政府から見ても、持続可能な資金計画の観点から重要である。また、障害の種類によっては、このモデルは移動負担を軽減し、障害者の収入を増加させる可能性がある。社会参加が減少する点はトレードオフとなるが、移動距離やスペースが限られたシンガポールの特性から、社会参加が著しく制限されるわけではないとの意見もある。

総じて、シンガポールにおける障害者の労働および雇用モデルは、従来のシェルタードワークショップが抱えるスペースの制約を解消し、他の国や地域に展開可能な解決策を提示するものと言える。この論点をどのように理解し、今後の障害者の労働および雇用政策に反映させるかが問われている。シンガポールは、一般的意見第8号と総括所見をほぼ同時期に受けており、シェルタードワークショップの未来を左右する重要な分岐点に立たされている。今後の研究においては、このようなモデルの実践的適用とその効果をより一層検証することは不可欠になるだろう。

5.  まとめ

本研究ノートでは、シンガポールにおける障害者の労働および雇用に関する政策と実践の最新情報を整理した。また、現地でのフィールド訪問や有識者インタビューを通じて得た情報に基づいて、シンガポール独自の柔軟なアプローチについて批判的検討を行った。

シンガポールのシェルタードワークショップや「マイクロビジネスアカデミー(MBA)」プログラムといったモデルは、社会の包摂性を促進する一方で、普遍的な適用にはいくつかの課題を抱えている。障害者の多様で変化するニーズを認識し、彼らの労働と雇用を真に評価する環境の育成が求められる点が特に重要である。この点に関し、レナ・ンCEOが述べた「シェルタードワークショップを単なる隔離された環境として廃止するのではなく、限られたリソースを効果的に活用する視点を持つことが重要である」というコメントが特に印象的だった。

ところで、2025年1月段階で審議中の職場公正法は、障害者の差別防止と公正な雇用機会の確保を目指す内容を内包している。特に「職場での障害を理由とする差別の禁止」や「障害者への適切な配慮」などに関する勧告が含まれている。雇用の全段階における差別を禁止するもので、障害者の労働および雇用のさらなる充実につながり、障害者を含むすべての人が労働や雇用を通じて意義ある社会参加を果たすことが期待されている。

こうした最新事情を把握しながら障害当事者やその団体・研究者等と交流しつつ、シンガポールにおける障害者の労働および雇用政策の変革や進展に引き続き注目していきたい。

参考文献
  • MINDS (2024) Annual Report 2023–2024.
  • Ministry of Manpower (2024) Tripartite Committee on Workplace Fairness Final Report “BUILDING FAIRER & MORE HARMONIOUS WORKPLACES”.
  • Ministry of Social and Family Development (2017) Third Enabling Masterplan (2017–2021).
  • Ministry of Social and Family Development (2022) Enabling Masterplan 2030 (2022–2030).
  • 佐野竜平(2022)「総括所見にみるアジア諸国の障害者事情:シンガポール」、新ノーマライゼーション、日本障害者リハビリテーション協会。
  • 佐野竜平、日詰正文(2024)「シンガポールにおける知的・発達障害者政策の現状と課題」、国立のぞみの園紀要、国立重度知的障害者総合施設のぞみの園。
  • 佐野竜平、松井亮輔、佐藤久夫(2022)「障害者の労働及び雇用の権利に関する一般的意見第8号」、障害者権利条約と世界の国々(JD仮訳)、日本障害者協議会。
  • Shermaine Ang (2024) Adult disability sector service providers flag persistent issues as demand grows, The Straits Times. https://www.straitstimes.com/singapore/adult-disability-sector-service-providers-flag-persistent-issues-as-demand-grows
  • United Nations Committee on the Rights of Persons with Disabilities (2022) Concluding observations on the initial report of Singapore. https://tbinternet.ohchr.org/_layouts/15/treatybodyexternal/Download.aspx?symbolno=CRPD%2FC%2FSGP%2FCO%2F1&Lang=en
 
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