イノベーション・マネジメント
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研究ノート
日本型テリトーリオ形成の論理
―鹿児島県大隅の事例を手がかりに―
木村 純子二階堂 行宣佐野 嘉秀藤本 真
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2026 年 23 巻 p. 141-157

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要旨

本研究は、日本の地域振興モデルを模索し、特に農水産業を起点とした地域振興のあり方を検討する。イタリアのテリトーリオモデルを参考にしつつ、日本の農村の現状に即した日本型テリトーリオの構築を目指す。イタリアのテリトーリオモデルは、農村コミュニティと市場経済の交易層が相互に支え合い、地域の持続可能な発展を促進するボトムアップ型のアプローチを特徴とする。他方、日本では農村コミュニティが必ずしも確立しておらず、政策的支援も限定的であるため、イタリアのモデルをそのまま適用することは難しい。そこで本研究は、鹿児島県大隅地域を事例に、農水産物生産者と第2セクターのアクターとの協力関係や互酬的な取引関係に着目し、地域ブランドの形成やコミュニティ意識の醸成を通じた持続可能な地域発展の可能性を探る。政策的には、こうした自律的な地域農村コミュニティの支援、およびネットワーク形成や販路開拓の促進が重要であることが示唆される。

Abstract

This study explores the concept of territorio, a strategy for primary industry-centered rural development originating in Italy, and its applicability to Japan’s rural development. The territorio strategy in Italy is distinguished by a bottom-up approach that promotes sustainable rural development through the mutual support between local communities and those trading in the market economy.

By contrast, Japan is confronted with obstacles such as the restricted nature of governmental assistance and the dearth of well-established local communities for rural advancement, impeding its capacity to implement the territorio model in its entirety. The present study employs the Osumi area in Kagoshima Prefecture as a case study to explore a potential territorio strategy for Japan. This strategy underscores the significance of collaboration between agricultural producers and secondary sector (processing and distribution) actors in a reciprocal relationship. Such collaboration supports sustainable production, enhances local identity, and strengthens community. The study concludes that a bottom-up approach, focusing on economic activities and stakeholder networks, is crucial for developing a sustainable territorio model in Japan.

1.  はじめに

1.1  問題意識

本研究は、日本における地域振興のモデルを模索することを目的とする。とくに第1次産業を起点とする地域振興のあり方を検討する。

第1次産業は、日本の国内生産額を直接的・間接的に支えている。2022年の農業・食品セクターの国内生産額は114兆2,178億円で、全経済活動の1割に相当する。内訳は、農林漁業12兆7,087億円(11.1%)、食品製造業38兆3,806億円(33.6%)、関連流通業36兆3,580億円(31.8%)、外食産業21兆3,225億円(18.7%)である(農林水産省, 2024a)。

しかし、第1次産業の経営は苦しい。米や野菜のサプライチェーンでは、産地側、すなわち第1次産業でコスト割れが起き、赤字である(日本農業新聞, 2025a1)。食料危機の問題も深刻である。今後10年で、耕作地の6割は放棄地になるといわれる(日本農業新聞, 2025b2)。2024年現在、基幹的農業従事者は116万人で、うち8割が60歳以上である。さらに20年後にはわずか30万人になる(農林水産大臣年頭所感, 2025年1月1日)といった見通しもある。身近な例では、農家の減少のため、筆者らが所属する大学のPB商品ほうせい茶の茶葉の調達が困難になり、しばらく製造中止になっていた。日本の各地に第1次産業があり、そのおかげで関連産業と組織が成り立っていることから、国民が第1次産業従事者を運命共同体として認識し、支え合う仕組みを作らなければ、皆が沈んでいきかねないと警鐘を鳴らす識者もいる(鈴木, 2025)。

農村振興については、研究対象を第1次産業を起点とした産業に限定しても、研究の蓄積が厚い。日本では、地域に根ざした農業活動による農業の多面的機能に着目し、地域を振興させられるという主張が広まってきた(生源寺, 2013生源寺他, 2017)。シビック・アグリカルチャーを提唱したLyson(2004)を翻訳した北野収は、木村他(2022)を引用しながら、グローバル・フードシステムに対抗するローカル・フードシステムを整理した(北野, 2024)。鈴木(2022)は、日本の食料安全保障が脅かされていることを指摘し、輸入に依存せず安全・高品質な食料供給ができる地域資源循環農業を目指すことを提唱する。

EUでは、農業・農村の食料供給以外の社会的役割に着目し、共通農業政策(Common Agriculture Policy)の方針を、農業政策から農村政策に転換したこともあり、第1次産業を起点とする農村振興が推し進められている。たとえば、1992年、農産物の過剰生産を解決するため、支持価格(介入価格)を引き下げ、直接支払制度へ移行させた。EU加盟国の1つであるイタリアをみても、EUの補助金がなければ経営は赤字の中山間地域(条件不利地域)は多い。しかし、EUは単に農業という1つの産業の振興ではなく、農村の振興を農業の政策の柱にしている。景観を守るのは農家であり、非効率な農業の多機能性が価値になることが共有されている3

これに対して日本では、農業振興から農村振興へのシフトができていない。例えば2025年、農林水産省が中山間地域等直接支払制度における集落機能強化加算の廃止を公表した。農村の振興は農業を振興するためのものであり、住民の生活支援サービスに類するものは支援しないという国のスタンスは、地域や識者らを動揺させた(日本農業新聞, 2025c4小田切, 2025)。日本の農業政策は、「輸入した方が安いなら、輸入したらいい」という考え方があり、非効率を認めるようになっていない。

こうしたなか、本研究は、国際比較の視点を起点として、具体的にはイタリアでの地域振興に関するモデルである「テリトーリオ」に照らして、日本の地域の個性を踏まえて、新たなモデルを構築する。これにより、日本の地域の利点や課題を明確にするかたちで、日本の地域に根ざした実現可能性のある地域振興のモデルを提示できると考える。

1.2  「テリトーリオ」と農業

テリトーリオには2つの意味がある。「領域としてのテリトーリオ」と「プロセスとしてのテリトーリオ」である。すなわち、テリトーリオは空間的概念でありつつ、地域社会の内発的発展の可能性を説明する動態的概念でもある。

「領域としてのテリトーリオ」は、「社会経済的・文化的なアイデンティティを共有する空間の広がりとしての都市と農村の地域あるいは領域」を意味する(陣内, 2022)。ここでいう都市は、ナポリやローマといった都市ではなく、たとえ人口が1,000人にいたらない村でも人々が暮らすエリアの旧市街がある場合にこれを都市(アーバン)と呼び、その都市を取り囲む形で農村が広がる。この総体がテリトーリオである。

イタリアは、地理的領域によるテリトーリオが比較的明確である。たとえば、パルミジャーノ・レッジャーノは、指定された5つの町でしか作ってはいけないという法律で守られたチーズであるが、この領域がパルミジャーノ・レッジャーノのテリトーリオになっている。

テリトーリオと農業との関係は、どのように捉えられるだろうか。農業は、取引だけではなく、その地域の共有財を皆で使いつつ守るという二重構造になっている。テリトーリオの類似概念として、Marshall(1890/1920)やBecattini(1969)の産業集積論やPorter(1998)のクラスターがあるが、テリトーリオはクラスターよりも広い概念で、かつ地域の共有財を活用した内発的発展を説明する概念であることから、農業と地域との関係や、農業に基づく地域振興の形を示すのにより適していると言える5

また、テリトーリオと農業との関係に着目することで、農業の多機能性が現れる。景観(ランドスケープ)はテリトーリオの共有財である。日本では、都市景観については議論されてきたが、農業による景観あるいは農村の景観を価値あるものとしてあまり考えてこなかった。農村のランドスケープを守ることによって、観光地としての資産になるだけではなく、地域の住民やステークホルダーがそれに対して愛着を感じる、あるいはアイデンティティを持つことができるようになる。コミュニティのシンボルになる点で、景観や農業遺構は重要である。

なお、テリトーリオに根ざした農業は、6次産業化と同義ではない。特産品が、量販店やコンビニエンスストアのPB商品の原材料として用いられ商品化されることもあるが、だからといって農村の都市エリアは、人口が減り衰退が続くことから、6次産業化が必ずしもテリトーリオを活性化するわけではない。

イタリアでテリトーリオに着目する機運は、生産者から起こった。地元の中小規模の食品加工業者、すなわち2次セクターが、地域の持続可能性が我が社の持続可能性であると考えるようになったため、コストを内部化し、1次セクターの農家を守るようになった。たとえば、世界で最も美しい観光地の1つといわれるアマルフィ海岸の景観は農業が作っている。象徴的な段々畑で栽培されるブドウやレモンは、機械による収穫ができないため未だに手で摘み、ロバを使って収穫物を下ろしてくる。このような非効率な農業が、地域を守っている。2次セクターは、耕作放棄地を出さないように、農家と契約を結び、農産物を買取ることで所得を補償しつつ、景観を保全している。

消費者についても、1980年代にピエモンテ州で起こったスローフード運動を契機として、地域に根ざした農業活動を行う農家を支援するようになった。量販店では、テリトーリオというPOP(購買時点)広告があちらこちらで目につき、消費者が地域に根ざした農業によって作られた農産物・食品に対して付加価値を感じている。グローバルなフードサプライチェーンのオルタナティブとなるショート・フードサプライチェーンが確立され、キロメトロ・ゼロ(地産地消)が1つのブームになっている。零細生産者を支える連帯購入グループ(Gruppo di Acquisti Solidale: GAS)もあり、支部ごとにメンバーが注文を取りまとめ、生産者から農産物・食品を直接購買し分配するシステムもある。

さらに、イタリアでは、エノガストロノミア・ツーリズムが経済価値を生んでいる。エノはワインでガストロノミアは料理(美食)という意味で、エノガストロミアは造語である。2024年、イタリアで110万人の外国人観光客が食とワインを目的とした休暇を過ごし、3億6,500万ユーロを費やした。この10年間で、イタリアの食とワインを目的とした観光は176%成長したといわれる(TurismoDOP, 2025)。

そして、イタリアでの動きはヨーロッパ全体の農業政策にも波及した。2007年、EUは農業政策の方針を大きく変更し、地域間格差を減らし全ての地域がその潜在能力を最大限に活用することを目的としたテリトリアル・アジェンダを策定した6。2020年、テリトリアル・アジェンダ2030として改定し、各地域の地理的、人口動態的、社会的、経済的、環境的な特性を活かしながら持続可能な発展を目指す。農村については、共通農業政策によって、将来の見通しが不透明な地域、後れを取っている地域、深刻で永続的な自然的・人口的制約に直面する地域の振興を積極的に支援している(European Union, 2020)。

以上のように、イタリアは、いったんは近代化によって地域コミュニティの文化と共同性が衰退したが、1980年代、それらを再生・再構築する運動が、都市と農村で同時に起こった。イタリアのテリトーリオモデルは、EUの戦略としても評価され、地域イノベーションのベンチマークとなっている。日本も、近代化過程で共同性と地域の価値が低下し続け、地域社会そのものが消滅しようとしていることから、イタリアのテリトーリオ概念をモデルにすることで、地域社会の再生を構想できるものと考えられる。

もっとも、イタリアの場合は、12世紀に作られていたパルミジャーノ・レッジャーノチーズが、現在も同じ作り方で作られているということで、地理的にも歴史的にもテリトーリオが厳然と見えやすい。他方、日本は、それらを壊すことによって均一化・効率化することが国の発展に必要だと考えられ、積極的に壊してきたので、領域としてのテリトーリオを作りづらい。

日本は、1次セクターの農家に余力があまりないこともあり、2次セクターの地元の中小規模の食品加工業者が、テリトーリオを形成していく鍵になると考えられる。彼らが中心となって、農家と共に活動し、その活動プロセスの中に立ち表われるテリトーリオを作っていく。これは、テリトーリオの2つ目の意味であるプロセスとしてのテリトーリオである。そこでようやく日本もイタリアのような、輝くテリトーリオが作られていくのではないかと考えられる。

1.3  本研究の目的

本研究がイタリアのテリトーリオをモデル=準拠枠とする理由についてさらに詳しく検討していきたい。本研究ではテリトーリオを準拠枠とすることに以下のような4つの利点があると考える。

第1に、イタリアには、農業を起点とする地域振興モデルの成功例が多いためである。イタリアは、前述のように1980年代にパラダイムをシフトさせることに成功した。アメリカで起こった第3次農業革命、いわゆる緑の革命の単一栽培や工業化された農業モデルの限界を解決するために、地域の多様性や持続可能性を重視するようになった。環境、社会、経済の持続可能性を重視した農業モデルを構築し、地域の自然資源や文化的資源を活用して農家や地域住民が積極的に参加するボトムアップ型モデルで、農業だけでなく、観光、工芸、教育等の他セクターの活動を統合することで地域全体を振興しようとする(Toccaceli, 2015Bocchi, 2018)。

第2に、テリトーリオは持続可能な社会経済的エコシステムの構築を目指しているからである。社会経済的エコシステムは、経済活動が地域社会と結び付き、持続可能な形で資源を管理・再生しながら、共通利益を追求するシステムである。地域で、競争と協力を共存させる。競争は効率性や革新を促進し、協力は品質を維持し市場を安定化させる。2つの要素が共存することで、システム全体の持続可能性と競争力が高まる(Bertolini et al., 2020)。

第3に、テリトーリオが資本主義社会における市場経済とコミュニティとの関係を内包しているからである。イタリアは、第1次産業の市場経済が活発であり、同時に、コミュニティが強固である。農村は、基層としてのコミュニティと、上層としての市場経済との交易層から構成され(生源寺, 2013)、前者は農村、後者は都市の特徴をもつ社会と見ることができる。イタリアでは、農産物や文化的価値を生み出す農村のコニュニティが一方にあり、他方でツーリズム等をつうじて都市との交流のバランスがとれている(木村他, 2023)。

無論、イタリアでは、行政的な関与・支援が充実している点、農村社会の伝統に根ざしたコミュニティが成熟している点など、日本に適応する際に考慮に入れるべき前提条件の違いがある。しかしこうした違いを明確にしたうえで、日本におけるモデルを構築することで実践への貢献が期待できるとともに、比較の視点がない場合には明らかになりにくい発展モデルの重要な要素を明確にできるとも考えられる。

2.  テリトーリオモデル

2.1  テリトーリオモデルの特徴

日本の現実に基づくテリトーリオモデルを構想する上で、まずテリトーリオモデルの構成要素や特徴について理解しておく必要がある、木村・二階堂・佐野(2023)は、イタリアのテリトーリオモデルの特徴を次のように整理した(図1)。

図1 テリトーリオの二重構造

(出所)生源寺(2013)p164を元に筆者作成。

第1に、テリトーリオは、①上層としての市場経済との交易層と、②基層としてのコミュニティから構成されている(生源寺, 2013)。交易をつうじた都市との交流があることで、農村は経済的な発展の機会を得ている。

第2に、テリトーリオ戦略の実践には複数のアクターが関わる。農産品やその加工品の生産者や販売者のほか、異なるセクターである観光業者、地域コミュニティのリーダーや政策担当者などが、相互に関係しあいネットワークを形成している。

第3に、テリトーリオの基層となる農村のコミュニティでは、コモンズの精神が共有され、メンバー相互の信頼と紐帯、共有された社会規範(価値)などがこれを支えている。さらにはこれら共有の資源としてのコモンズを適切に共同で持続可能な管理をし、後の世代に継承しようとする意識も含まれる。こうしたコモンズの精神が成立することで、農村のコミュニティの凝集性が高まり、その安定的な存続が可能となる。

第4に、テリトーリオの②基層となるコミュニティと①上層としての交易層という2層構造が安定的に保たれ、地域の持続的な発展を可能とするためには、①交易層において重視される経済的価値(売上や収益の拡大など)と、②コミュニティにおいて重視される社会関係や環境などの非経済的・文化的価値という2つの価値がバランスよく両立される必要がある。経済的価値を重視して安易に効率化を目指し、それにより社会関係や景観などの物的環境、自然環境が損なわれるようでは、持続可能な地域の発展は望めない。

第5に、テリトーリオのアクターが当事者として活動にコミットし、コモンズの精神をもとに地域の資源や文化を活かすような活動は、集権的な管理のスタイルとは両立しがたい。テリトーリオの実践は、地域のアクターが自律的に意思決定と活動を行い、これを地方政府などが支援するボトムアップのアプローチを特徴とする。地域の分散型ネットワークのなかで実践される特徴をもつ。

以上のように、イタリアのテリトーリオは、内発的発展によって振興されている。それを支えるのは、ボトムアップの地域住民を含むステークホルダーの協力関係と、これに対する地方政府による政策的支援である。

2.2  日本に適用する際に考慮すべき条件の相違

上記のイタリアのテリトーリオ戦略の特徴は、そのままでは日本に適用しえない可能性がある。それぞれについて日本のコンテクストで検討する。

第1に、イタリアと同様に、日本の農村も、基層としてのコミュニティと、上層としての市場経済との交易層で構成されている。ただし日本の場合は、地域の事業者等による国内外の市場に向けた生産物・商品流通への取り組みなどの経済活動への着目がとりわけ重要と考える。交易に関わる取り組みが、これに関わる事業者等のアクターによる農水産物の地域資源としての価値の再認識につながり、地域ブランド化、さらには地域のアイデンティティ形成を促し、地域の持続的な経済発展の契機となるからである(木村・二階堂・佐野, 2023)。

第2に、日本も、テリトーリオの基層となる農村のコミュニティで、コモンズの精神が共有されることで、農村のコミュニティの凝集性が高まり、その安定的な存続が可能となる。イタリアと異なるのは、経済活動のなかで、農産物や漁業資源などの地域の産物の価値が発見・構築されて、これを支える社会関係や物的資源、自然環境の重要性があらためて認識され、テリトーリオにおけるコモンズの精神に準じた集合的な意識や規範が事後的に共有される点である。コミュニティないしコモンズの意識醸成の契機として、経済的活動の果たす役割がより大きい可能性がある。

第3に、したがって、テリトーリオの基層となるコミュニティと、上層としての交易層という2層構造を安定的に保つために、日本では、交易層における市場での活動が重要となる。なぜなら、イタリアのように、農村における確固とした伝統的なコミュニティが存在せず、市場において競争しつつも経済的な利害を共有する事業主および事業主からなる同業者団体の経済活動が、コミュニティの形成や再興を促すからである。

第4に、イタリアと同様に、日本も、複数のアクターが関わり、相互に関係しあいネットワークを形成していると考えられる。日本の実態を踏まえると、そうしたアクターの中でも、農家に加え、商品への加工を行う製造業の事業者、流通を担う卸売業・流通業者、農水産物を食材として仕入れ調理し提供する飲食店の事業者など、地域において農家と直接の取引を行ういわば第2セクターに位置する多様な産業・業種のアクターに着目する必要がある(図2)(木村・二階堂・佐野・藤本, 2024)。

図2 フード・バリューチェーン

(出所)木村・二階堂・佐野・藤本(2024)p130。

第5に、ネットワーク(あるいはテリトーリオ)のガバナンスは、主に当事者自身が担う。地域のアクターが自律的に意思決定と活動を行い、これを地方政府などが支援するボトムアップのアプローチである。地域の分散型ネットワークのなかで実践される特徴をもつ。EUに見られるような明確な農業政策の方針や対応する手厚い補助を欠く日本の文脈では、現在ある地域の自律的な活動を捉え、これを支援するかたちでのボトムアップの政策的な取り組みがいっそう重要であると考える。

以上の通り、日本では、交易をつうじて、地元地域や日本の市場、さらに世界の市場へと開かれた市場に向けた経済活動が、地域ブランドや地域アイデンティティの形成にとって重要な契機になると考えられる。すなわち、経済活動が、市場において互いに競争しつつ協力する事業主の共通利害の自覚を促し、同業者コミュティの基盤を提供するとともに、地域ブランドの形成に向けた共同の取り組みを促し、テリトーリオ内での取引や連携といったネットワークの形成、地域アイデンティティの形成を促す。いわば交易がコミュニティ形成の契機となるというプロセスが重要となる。

そうした交易の担い手となるのは、農業・漁業等のほか、関連する加工製造・流通・飲食・宿泊などを営む事業主やその業界団体といった幅広い業種のアクターである。個別事業主の事業範囲の拡大もある。「日本型テリトーリオ」の形成に向けては、そうした多様なアクターの自律的な活動やアクター間のネットワーク形成に向けた仲介や支援が欠かせない。

こうしたなか、とくに着目すべきは第2セクターの役割である。というのも日本は、テリトーリオ概念がイタリアほど発達していないため、Van der Ploeg et al.(2003)の、単機能型農業から多機能的農業へ踏み出すことが難しいと考えられるからである。農業従事者が、事業多角化としてのツーリズムや景観維持をイタリアほど展開できていないことは周知のとおりである。またイタリアのようにトップダウンの補助金に依存することもできない。

それゆえ地域の持続的発展のためには、地域に根ざした第2セクターの事業者による国内外の市場に向けた販路開拓等の経済活動への取組みが必須となる。取引に関わる事業者らのアクターが、農水産物は地域の共有財であるという価値を再認識し、地域のブランド化とアイデンティティ形成を促すことが、地域の持続的な経済発展の契機となると考えられる(木村他, 2023)。

さらには農水産物の生産を担い、こうした第2セクターのアクターと取引する生産者においても、交易圏における市場競争への積極的な参加が欠かせない。しかし同時に、交易に向けて持続的に地域に根差した品質の高い農水産物の生産が行われるためには、価格競争から低付加価値化に陥る生産者間の競争を抑え、またノウハウの共有をはかるうえで、生産者間の協力、いわばコミュナルな関係の維持が重要と考える。

そこで本研究は、とりわけ同地域の生産者の実践についても着目し、これを事例として、生産者間の競争と協力の関係に関する実態を分析する。分析をつうじて、高付加価値型のフード・バリューチェーンを起点で支える基盤とし、地域の農水産物生産者による持続可能な生産を可能とする生産者間の競争と協力の両立と、両立を可能にする条件について考察する。

3.  「大隅テリトーリオ」の想定

3.1  事例をつうじた「日本型テリトーリオ」の探求

以上の考察から、イタリアのテリトーリオモデルとの比較をもとに、日本における第一次産業を起点とする地域振興のあり方を検討するうえでは、イタリアのテリトーリオモデルのそのままの適用は効果的ではなく、一定の修正が必要と考えられた。すなわち、イタリアとは異なり、農村における確固とした伝統的なコミュニティが成立しておらず、また補助金等の政策的支援に制約があるなかで、「日本型テリトーリオ」では、地域のアクターとしての事業者が交易を志向し、事業活動の実践の中で動的にコミュニティが形成・維持される関係が重要と考える。

その際、農水産物を消費者につなぐフード・バリューチェーンにおいて、①その起点に位置して第一次産業に従事する生産者と、②地域内でこれらの生産者と取引を行い、農水産物を地域内外の市場につなぐ第2セクターに位置する加工業者や流通業者への着目が特に重要と考える。そこでここでは、大隅地域でのこれらのアクターの取り組みの事例をもとに、「日本型テリトーリオ」の一例としての「大隅テリトーリオ」の実践について、交易とコミュニティとの関係に焦点を当てて考察することとしたい。

3.2  「大隅テリトーリオ」の特徴

「大隅テリトーリオ」の範囲として調査対象とする地域は、鹿児島県大隅半島の4市5町(曽於市、垂水市、志布志市、鹿屋市、大崎町、東串良町、肝付町、錦江町、南大隅町)である(図3)。面積は2,541平方キロメートルである。2015年に238,064人いた人口は、2030年に194,748人にまで減少すると予測されている(大隅地域振興局, 2018)。大隅半島の中心である鹿屋市の総面積は448.15平方キロメートルで、人口は98,594人である(2023年10月現在)である。

図3 大隅半島の地図

(出所)Map-It マップイット 地図素材サイト7

鹿屋市の農業産出額(2023年)は、460億円であった(農林水産省, 2024b)。鹿屋で農業、林業、水産業に携わる従事者数の割合は、鹿児島県の水準よりも高いが、従事者数が減少していることが課題である。たとえば、鹿屋市の農家数は、20年前から約45%減少した(鹿屋市農林水産課, 2021)。大隅半島の第2次産業の製造品出荷額は、第1次産業に関連する飲料・たばこ・飼料製造業、および食料品製造業が上位を占めることから(鹿児島県大隅地域振興局, 2023)、第1次産業の衰退は、第2次産業の衰退を招く恐れがある。

3.3  生産者の経済活動における競争と協力

このような大隅地域における生産者の活動を見ると、交易とコミュニティの特徴にそれぞれ対応する競争と協力の2つの側面がともに確認できる。すなわち、生産者が市場競争に参加することで、生産へのインセンテブが保たれる一方で、生産者同士の過度な競争は避けられることで、生産者間の協力関係が成立し、生産や販売(出荷)に関わる情報やノウハウの共有がなされている。

すなわち生産者の事例として大和水産では、シラスウナギを購入し池で畜養したウナギの全量を大隅地区養まん漁業協同組合に出荷している。養鰻事業においては、生産者ごとのシラスウナギの仕入れ枠があり、同事例では単一の出荷先により出荷時単価がサイズ別に定められる。それゆえ生産者間の競争関係が強く意識されることはないとされる。「競争といっても、別に自分のとこの成績を維持しとけばいいから。人の邪魔をすることもない」(大和水産社長)。

こうしたなか事業の利益を支えるのは、コストを抑えつつ適切なサイズでウナギを出荷する高い養殖技術である。大和水産では、1980年代半ばに本格的に養鰻事業を開始するにあたり、楠田茂男氏(現在の大隅地区養まん漁業協同組合代表理事組合長)より技術提供を受け、事業を軌道に乗せている。地域の他の生産者(現在の同組合の理事層)にも、そうした例は多いとされる。現在も、大隅地区養まん漁業協同組合の青壮年部の活動などのなかで、地域の生産者との情報交換を行う機会があり、適宜、良い技術を導入している。「自分ちの池ではこうしてるっていうのがある中で、どっかがなんか新しいものをやって成績どうだったよつったらそれがこうちょっとずつ広がっていくかたち」(大和水産社長)とされる。生産者間の協力関係のもと養殖技術が共有されている。

サツマイモの生産者に関しては、大隅地域で、「大海酒造株式会社甘藷生産組合」(以下、「大海生産組合」と記す)に加盟し、同組合の代表を務める藏ヶ﨑俊光氏を事例とする。「大海生産組合」はサツマイモの供給について、焼酎メーカーである大海酒造株式会社(以下「大海酒造」)と契約を結んでいる、互いに近隣地域に所在する生産者(農家)の集合体であり、1990年代半ばに結成された。ただし藏ヶ﨑氏も大海酒造のほかにも1つ納入先があり、他の加盟生産者には3つ以上の納入先を持つケースもある。同氏によると、同組合に加盟する生産者は「ほかの農家よりもよいサツマイモを作りたい」「ほかの農家よりも多く納入したい」という思いがあり、生産者間には競争関係の性格が強いとされる。

こうしたなかでも、大海酒造の声がけによる年2回ほどの意見聴取・懇親会などのほか、農作業時の近隣の農家との日常的な会話などをつうじて、種芋植えつけの時期や肥料・農薬の使い方などのサツマイモ生産の技術に関わる情報交換が行われている。競争関係のもとにある生産者間の協力関係が確認できる。

茶の生産に関する事例としては、鹿屋茶を生産する西尾製茶株式会社を取り上げる。茶市場は縮小し、単価が下がる傾向にある。こうしたなか西尾製茶は、多様な製品の開発、小売販売の実施、新しい契約先の獲得などによる多様な販路の確保をはかる。厳しい市場競争に巻き込まれながらも、西尾製茶の三代目にあたる西尾仁一氏は、地域の茶の生産者同士は「ライバルではない」と断言する。鹿屋市茶業振興会のほか、鹿屋市茶業青年の会「緑萠会(りょくほうかい)」での活動などをつうじて、他の生産者に「教わったり、真似をさせてもらっている」(西尾氏)。具体的には、技術、機械の利便性、除草作業のアドバイスを得ている。

以上のように、事例とする生産者の直面する生産物市場での競争の程度は異なるものの、共通して、農水産物の生産の技術に関する情報共有が見られる。生産者間の協力関係が、生産者それぞれの生産技術を支え、事業としての利益確保を支えていると考えられる。とりわけ同じ地域の自然環境のもとで共通の農水産物を生産することは、地域の生産者に共通する生産技術の共有と向上に向けた情報交換に関わる協力関係の重要性を高める。協同組合や生産組合、振興会、自発的な研究会など、生産者同士の共同的な組織が、こうした生産者同士の協力関係を安定的に支える面があることも確認される。さらには、協力関係のもとで醸成・強化される地域の農水産物のブランドイメージも、生産者間の協力関係をさらに支える象徴的な基盤となると考えられる(木村・二階堂・佐野・藤本, 2025)。

3.4  第2セクターのアクターと生産者との互酬的関係

このような生産者と地域において直接的に取引を行い、仕入れた農水産物を加工するなどして付加価値をつけ、農水産物や製品を流通ルートに乗せる事業者は、フード・バリューチェーンにおける第2セクターのアクターと位置づけられる。われわれは、こうした地域内にある第2レイヤーのアクターの経済活動が、「日本型テリトーリオ」において、生産者の安定的な収益を支え、生産者間の協力関係を維持し、地域のブランドイメージや、食に関わる製品への消費者の信頼性を広く確保するうえで、重要な役割を果たすと考える。「大隅テリトーリオ」の想定のもと、こうした第2レイヤーの事例をもとに、この点について考察したい。

ここで第2セクターのアクターとして取り上げるのは、大隅地区養まん漁業協同組合、大海酒造、小鹿酒造株式会社(以下「小鹿酒造」)である。これら第2セクターのアクターにとり、地域の農水産物は、単に自社・自組織の商材や加工製品の原料というだけでなく、自社の商品の地域ブランド価値を支え、商品の品質・安全性に対する消費者からの信頼を獲得してロイヤルティを維持するうえで欠かせない要素となる。

大隅地区養まん漁業協同組合の事例では、1983年に、現在の主な取引先である日本生活協同組合連合会(生協)との取引が開始され8、品質とトレーサビリティ、産地にこだわる生協からの期待と要求に応えるべく、組合が生産者とともに、商品の品質の厳格な管理に努めている。同時に生協の側も、販売努力によって生産者の努力に応えるという関係が40年近く続いてきた。こうした取引関係のなかで、大隅産ウナギのブランドが国内の消費者に広く浸透してきた面がある。

大海酒造は、商品である焼酎の3割を県内、7割を県外に流通させている。同社の商品である焼酎には「薩摩焼酎」と表記し、主力の焼酎の商品名を「さつま大海」とするなど、地域の名称を明示し、地域ブランドとしての消費者への浸透をはかる。その裏付けとなるのは、原料となるサツマイモの地元の農家からの直接買い付けであり、自社が生産元を把握する安全な原材料をもとに焼酎を生産し、消費者の安心・安全への信頼の獲得につなげている。「会社案内」パンフレットには「私たちは、素材そのものに格別のこだわりを持ち、焼酎造りにも最も適した材料を、鹿屋の広大な大地に自ら育んでいます」とある。

同じく焼酎を生産する小鹿酒造の事例でも、鹿児島県産サツマイモを100%用いることにこだわった製品開発を行い、すべての製品に「鹿児島焼酎」と明記し、「地理的表示 薩摩」のロゴを用いている。同社は、小鹿農業生産組合(1994年11月設立のグループ会社)が管理・栽培する鹿児島県産サツマイモを100%使用していることを、同社製品の競争力の要とし、そのことをアピールするブランド展開を行ってきた。

このように、いずれの事例にも共通して、地域の農水産物は不可欠な資源であり、その安定供給なしに事業は存続できない。トレーサビリティに裏付けられた商品や原料の安全性や、地域の気候風土等に由来する商品の個性や品質は、地域ブランド価値の基盤となり、商品・製品の付加価値を高める。各事例とも、このような関係を前提として、商品に地域名を表示して地域ブランド価値の付加をはかっている。

それゆえ、こうした第2セクターのアクターにとり、原料や商品となる農水産物の安定的な供給と品質の維持は、事業にとって欠かせない前提となる。地域における生産者の数には限りがあり、選抜や置き換えをつうじて、良質な農水産物を得られるとはかぎらない。むしろ、第2レイヤーのアクターにとって、地域の生産者は、長期的な取引関係を築くべき対象となり、そうした関係のなかで、農水産物の安全性や品質、安定的な供給に向けて積極的に関与することも重要な選択肢となる。

そうした取り組みに関して、大隅地区養まん漁業協同組合では、組合員である生産者(調査時点で22生産者)の希望を踏まえて1ヵ月以上前から池上げ(出荷のためうなぎを養鰻池から引き上げる作業)の日程調整を進め、なるべく多くの池上げをはかるなどしている。また大隅地区養まん漁業協同組合は加工施設を持っており、うなぎのシーズンである夏以外の時期もうなぎを加工・保存して、次のシーズンに出荷することができるため、値崩れを起こすことなく、組合員からうなぎを買い入れることができる。大海酒造では、生産者に対して、仕入れたいサツマイモの量や収穫時期について依頼をかけて作付け計画に反映してもらう。その代わり、依頼した量を全て買い上げ、生産者の安定的な収入に貢献する等の取り組みを行う。小鹿酒造は、既述した農業法人の小鹿農業生産組合をつうじて、契約農家が自社向けに生産されたサツマイモの全量の買い取りを行う。また、契約農家に対し、収穫量の多いサツマイモの品種の提供なども行い、農家の安定的な収入に寄与している。

大海酒造の事例に関しては既述のとおりサツマイモの供給について大海酒造と契約を結んでいる農家の集合体として、大海生産組合が結成されている。同組合は既述の小鹿農業生産組合とは異なり、大海酒造からの資本は入っていない。大海酒造に納入するサツマイモについては、同社の杜氏や製造担当者と話し合ったうえで栽培品種を決め、各品種の栽培量については、毎年2月ごろから、組合代表と組合加入農家(調査時点13軒)、大海酒造の話し合いをつうじ、焼酎の製造計画とサツマイモの収穫・納入計画をもとに決めている。大海生産組合は、大海酒造に加え、JA(農協)などへの納入も行うことで、安定した価格・納入量で納入できる契約先を複数確保し、組合加入農家の収入の安定化をはかっている。

小鹿酒造の事例では、既述した小鹿農業生産組合が、原料であるサツマイモの安定した確保に寄与している。同組合は、自らサツマイモの生産を行うほか、契約農家からの仕入れも行う。小鹿酒造は生産組合からのみサツマイモを仕入れる。70~80軒の契約農家に対して、作ったイモすべてを出荷できるよう、毎月、生産計画を立てて作ってもらい、契約変更時の補填も行う。契約農家の機械の故障や事故時の手助けを行う。小鹿酒造の協賛により、サツマイモが冷害で病気になったとき生産者にお見舞いを行ったこともある。このほか生産組合は勉強会を開催して、契約農家に対して病気対策や新しい農薬についての情報提供などの技術指導も行う。

以上のように、第2セクターのアクターに関して、大隅地区養まん漁業協同組合の場合は、事例組織自体が、生産者を組合員とする共同的組織である。また大海酒造では、契約農家の共同体である生産組合との関係をつうじて、契約農家との安定的な取引をはかっている。小鹿酒造の事例では、農業法人が契約農家に対して技術指導も含めた関与を行う。いずれも第2セクターのアクターは、生産者と直接的ないし間接的に、長期的で取引関係を維持している。そうしたなかで、生産者に対して技術指導や、時に収入補償も含めて、自社・自組織の生産・出荷計画を踏まえた農水産物の安定的な納入と、収入の安定を実現するよう関わっている。

第2セクターの事業者・組織と農水産物生産者のあいだには、それぞれが短期的な利益の極大化を追求するのでなく、長期的に経済的利益を分かち合う互酬的な取引関係が成立しているといえる。こうした互酬的な取引関係は、地域における農水産物の安定的な生産を支える。同時に、トレーサビリティをともなう食品の安全性と高品質な商品の流通を支えていると考えられる。

第2セクターのアクターにとって、自社の商品ないし原材料であり、地域ブランドの基盤ともなる地域の農水産物は事業に欠かせない資源であり、経済的利益の確保に向けて地域の農水産物生産者とのあいだに互酬的な取引関係を築くことに強い関心を持つ。それゆえ、第2レイヤーのアクターは、農水産物の生産を起点とするフード・バリューチェーンを地域において自律的に支える存在となりうると考えられる(木村・二階堂・佐野・藤本, 2024)。

4.  まとめ

本研究では、イタリアのテリトーリオモデルから示唆されるように、日本の農村振興を考えるうえでも、同モデルの基軸となる基層としての農村コミュニティと、上層としての市場経済の関係への着目が不可欠との認識を踏まえた。そのうえで、日本の農村の実態に即したモデルの提示に向けて、大隈地域の実践についての観察をもとに、日本版のテリトーリオの可能性について検討した。

イタリアと異なり、農村に確固としたコミュニティが確立していないこと、農村振興に関する政策的な手厚い支援がないことといった、日本の農村の条件を踏まえると、イタリアのテリトーリオモデルをそのまま日本の農村振興に適用することは効果的ではない。

条件の相違を踏まえると、日本においては、確固とした農村コミュニティを前提に、政府からの手厚い金銭的支援を得つつ、生産者が農水産物の流通や観光等への事業多角化を通じて一層の経済的な安定と生産の持続可能性を得ていくプロセスはたどりづらい。むしろ、農水産物の生産者と、生産者と直接取引を行う加工業者や同業者組合などの第2セクターに位置するアクターの経済活動が、地域ブランドの形成や、農産物資源の価値の再認識を促し、地域のアイデンティティや地域の自然環境に関するコモンズの意識、コミュニティ意識の醸成を促すといういわば現在進行形のプロセスを通じて、持続可能な地域発展がうながされると考えられる。

イタリアのテリトーリオモデルとの対比を試みると、日本版テリトーリオモデルでは、農村コミュニティが交易を支えるという関係よりも、交易が農村コミュニティを支えるプロセスが重要と考える。ただし、日本版のテリトーリオモデルでは、農水産物生産者だけでなく、地域において農水産物生産者と直接取引を行う第2セクターの経済活動にも位置付けを与える必要ある。

大隈地域における事例の観察から、農水産物の生産者間では、生産物の販売において競争関係にありながらも、農水産物の生産に関する技術の共有がはかられていた。地域の自然環境を共有するなか、共通の農水産物を生産することは、地域の生産者に共通する生産技術の共有と向上に向けた情報交換に関わる協力関係の重要性を高める。そうした生産者間の協力関係が、地域の農水産物の質の向上と安定的な供給を促すとともに、生産者の事業の安定にも寄与していると考えられる。

さらに第2セクターのアクターは、生産者に対して技術指導を行うほか、農水産物の安定的な納入による生産者の収入安定化にも取り組んでいる。第2セクターのアクターは、生産者の同業組合の主な取引先となることで、生産者間の共同を促したり、アクター自体が同業者組合であったりする。生産者の側も、第2セクターのアクターの生産計画に合わせた生産物の納入などに協力する。こうして両者の間には、短期的な利益の極大化とは異なる、長期的で互酬的な取引関係が築かれている。

このように、大隈地域では、農生産物の生産者間、および生産者と第2セクターのアクターとの間に形成されたコミュナルな関係が、持続的な農水産物の生産を支えている。第2セクターのアクターにとって、地域の農水産物は欠かせない商材や原料となるだけでなく、その品質は地域ブランドへの消費者からの信頼の基盤ともなる。それゆえ、質の高い農水産物の安定的な納入を得るうえで、自地域の農水産物生産者とのあいだに互酬的な取引関係を築くことに強い経済的利害を持つ。その結果としての生産者と第2セクターのアクターの安定的な取引関係を軸に、生産者の間でも生産技術などの面での協力関係が保たれ、両者を包含するコミュナルな社会関係、いわば「広域の地域農村コミュニティ」が成立していると考えられる。

政策的には、このような交易を起点とした生産者間および生産者と地域の事業者の間の自律的に形成された「地域農村コミュニティ」の存在や可能性を捉え、業種を超えた生産者間・事業者間のネットワークづくりや、販路開拓に向けた他の地域に向けての農水産物・加工商品の広報活動、農水産物・加工商品に焦点をあてたイベントの企画、セーフティネットとしての金銭的補助などを通じて、これを支援し、地域としてのアイデンティティの醸成につなげていくことが、日本型テリトーリオの一つの筋道と考える。

1  日本農業新聞(2025a)「米・野菜コスト構造産地側ほど赤字に」2025年2月25日付。

2  日本農業新聞(2025b)「農地6割耕作者不在の恐れ」2025年6月5日付。

3  ただし、イタリアも常に農業が推進され保護されてきたわけではない。1968年の労働運動の熱い秋、1977年のカウンター・カルチャー、鉛の時代、若者たちの農村移住といった時代を経て、再び農業への関心が高まっていった(須田, 近刊)。

4  日本農業新聞(2025c)「集落機能強化加算廃止に思う:疑いの目持ち続ける」2025年2月2日付。

5  伊藤他(2014)は、クラスターの枠組みでオランダのフードバレーが説明されている。

6  このアジェンダは2020年に「テリトリアル・アジェンダ2030」として改定された。

8  2025年9月の調査時点で組合による年間出荷額の半分は加工品が占めており、そのうちの9割が生協向けである。

参考文献
 
© 2026 法政大学イノベーション・マネジメント研究センター
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