イノベーション・マネジメント
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査読付き投稿論文
構想力とオープンイノベーションによる市場創造
―経営資源劣位企業における新製品開発の事例研究―
廣澤 祐
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2026 年 23 巻 p. 85-102

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要旨

本論文は、経営資源が相対的に乏しい中小企業やベンチャー企業でも、独自の構想力を発揮し、優れた製品コンセプトに基づいた製品開発を実現することで、新たな市場カテゴリを生み出し得ることを明らかにすることを目的としている。具体的には、資源制約下にあるベンチャー企業が、外部のODM(Original Design Manufacturing)メーカーとの協働を通じて新たな製品コンセプトを創出し、市場カテゴリを変革したプロセスを検証した。本研究では、そのプロセスを可視化するために、ヘアケア市場において「ボタニカルシャンプー」という新たな製品カテゴリを確立し、短期間でシェアを急拡大させた株式会社I-neのヘアケアブランド「ボタニスト」の事例を分析する。本研究では、I-neがボタニストを上市するまでに実現した、(1)革新的な製品コンセプトの創出と柔軟な再構築、(2)技術的に有力なODMパートナーを含む外部連携による資源の動員、(3)製品コンセプトに基づいた製品設計と意思決定の三つの行為とそのメカニズムに焦点を当てる。これについて、構想ドリブン・モデルや社会的形成・構成、オープンイノベーションなどの理論に基づいた製品開発アプローチなどの先行研究との関連を検討した。結果として、経営資源の乏しさが、むしろ柔軟な発想と迅速な対応を促し、創造的な製品コンセプトの創出や自社の能力の再解釈による新たな手段の構築など、大手企業にはない革新的アプローチを実現できる可能性が示唆される。

Abstract

This paper aims to demonstrate that even small and medium-sized enterprises (SMEs) and startups with relatively limited resources can create new market categories by exercising their unique conceptual abilities and developing products based on superior product concepts. Specifically, it examines the process by which a resource-constrained startup created a new product concept and transformed a market category through collaboration with an external Original Design Manufacturing (ODM) partner.

The case of I-ne’s hair care brand “Botanist,” which pioneered the new “botanical shampoo” category and rapidly expanded its market share, is analysed. The study focuses on three key actions in bringing the product to market: (1) the creation and flexible reconstruction of an innovative product concept, (2) mobilization of resources through external collaborations, including with technically superior ODM partners, and (3) product design and decision-making guided by the product concept.

This process is examined in relation to previous research on product development approaches, including those based on concept-driven models, social constructionism and open innovation. The results suggest that a lack of resources can foster flexible thinking and rapid response. This may enable innovative approaches unavailable to large corporations, such as the creation of creative product concepts and the discovery of new methods by reinterpreting internal capabilities.

1.  はじめに:論文の目的、問いの背景と問題意識

本論文は、製品開発に関わる経営資源が劣位にある中小・ベンチャーのような企業が、どのように革新的な製品を開発し、市場に変化をもたらすのか、その要件とプロセスを明らかにすることを目的とする。資源制約のある企業が、既存市場の枠組みに捉われず、革新的な製品の構想をどのように創出し、製品化を実現するのか、また、その市場浸透の際、いかにして技術的資源劣位を補い、市場構造の転換を実現するのか分析する。最終的に、外部との相互作用が革新的な製品の創出と浸透に寄与することを示す。

経営戦略論において、経営資源は重要な要素として位置付けられてきた。例えば、リソース・ベースト・ビュー(以下、RBV)では、企業の競争優位の源泉を経営資源と捉え、優位性は主に経営資源の多寡に起因する(Rumelt, 1984Barney, 1986, 1991Teece et al., 1994)。また、製品開発研究においても、経営資源、特に独自のコア技術は、競争優位の源泉になる(Helfat, 1997Cockburn et al., 2000)。したがって、豊富な経営資源、特に技術や市場情報の保有は、企業が製品開発を進める上で有効であると考えられてきた。

一方、近年の研究では、基盤技術などの技術的優位性を持たない企業であっても、独自の思考枠組やマインドセットによって生まれる革新的な製品アイデアによって競争優位性を構築する場合があることが示されている(山﨑, 2017)。実際、経営資源で劣位にある企業が、新製品や新市場を創出し、既存の優位企業を凌駕する事例はしばしば生じている。

こうした問題意識に基づき、本論文では、ヘアケア市場における価格帯構成比の大きな変化という市場構造の転換の現象に着目し、そうした事象を引き起こすきっかけとなった事例として株式会社I-ne(以下、I-ne)のヘアケアブランド「ボタニスト」の製品開発プロセスと市場投入の過程について分析する。ボタニストは、それまで1,000円未満が主流だった市販のヘアケア市場に1,400円の価格で参入し、「ボタニカル」という新たな製品カテゴリの創出と、市場全体の価格構造を変化させるきっかけとなった製品である。

本論文の構成は以下の通りである。まず、先行研究を概観し本研究の課題を明確化する。次に、研究方法と分析対象となる事例を示し、事例の詳細な記述と分析結果に基づいた考察を行う。最後に、結論として製品コンセプトという構想の力と、それに基づいた外部リソース活用による製品開発の可能性と限界を浮き彫りにし、今後の研究の展開を示す。

2.  先行研究の検討

本節では、初めに既存の製品開発研究の整理を行い、次項で構想力がイノベーションの方向性を定めるという構想ドリブン・モデルを確認する。第三項では構想を具現化する手段として、オープンイノベーション(以下、OI)研究について概観し、最後に、本論文の主題である、経営資源劣位の企業の製品開発に関する問題意識と分析視点を提示する。

2.1  既存の製品開発プロセス研究:問題解決サイクル型と社会的形成・構成型の研究

製品開発には常に不確実性が伴う(Reid & Brentani, 2004宮尾, 2016a, 2016b)。その対処法をめぐる研究は大きく二つの潮流に分けられる。

第一が、Clark and Fujimoto(1991)に代表される問題解決サイクル型である。これは、製品開発を一種の情報処理活動と捉え、事前の市場調査や顧客ニーズ分析を通じて不確実性を低減し、効率的な開発を目指すものである1。既存の問題解決サイクル型研究は、潤沢な市場情報や技術などの経営資源を保有する資源優位企業を暗黙の前提としている。しかし、市場構造そのものを変えるような革新的な製品開発において、事後的に形成される市場の情報を事前に入手するのは不可能であり、本質的な矛盾がある(宮尾, 2016a)。

第二は、Pinch and Bijker(1987)Williams and Edge(1996)の議論を応用し、この矛盾に応えようとする技術の社会的形成・構成型の研究である2。これらは、不確実性を不可避とし、製品開発における多様な行為主体の相互作用を通じて、製品コンセプトや技術の解釈が動的に形成・収斂されると捉える(米山・加藤, 2001加藤, 2011宮尾, 2016a, 2016b陰山・竹内, 2018)。この視座は、より柔軟で広範な現象を説明しうる。

ただ、社会的形成・構成型は、製品開発や市場の合意形成における相互作用のプロセスを精緻に記述する点に優れる一方、製品開発や市場の合意形成プロセスの起点となる原動力や、推進を促す手段については、未だ議論の余地がある。なぜなら、その研究対象の多くが、技術や市場情報などの資源に恵まれた企業に偏っている。そのため、製品開発の起点について、多義性のある技術といった豊富な経営資源の存在が前提とされがちである。

以上から、イノベーションの起点を、前者は市場情報に、後者は技術に求める傾向があり、どちらも資源優位が暗黙の前提にある。そのため、製品開発の基盤となる技術や経験、市場情報を持たない資源劣位の企業が、いかにして革新的な製品を構想し、市場を創造するのかというプロセス全体を十分に説明するには至っていない。本論文は、この理論的ギャップに対し、イノベーションの起点を構想に求める視点からアプローチする。

2.2  イノベーションの起点としての「構想ドリブン・モデル」

沼上(1989)によれば、イノベーションの源泉をめぐって、「市場ニーズ」が技術開発を牽引するか、「技術」の内的論理が市場を創造するか、議論が対立してきた。つまり、イノベーションの具体的な内容やその出現タイミングを規定する「焦点化装置」、すなわちイノベーションの源泉・起点が、技術と市場どちらにあるかという対立的な議論である。

しかし、沼上(1989)は、どちらも市場や技術を企業の外部に客観的に存在する所与の前提とする点で限界を抱えていることを指摘し、企業が自ら創造する構想こそが焦点化装置になるとする「構想ドリブン・モデル」を提示した。沼上(1989)は、企業が既存の技術や市場の定義に対して意図的に「定義不均衡」を生み出すことがイノベーションを促進すると示唆している。沼上(1989)が提唱した定義不均衡とは、技術的相互依存関係の定義が異なる状態である。つまり、技術や製品、その繋がりの定義に対して、企業や組織といった各行為主体の間に生じるモノの見方や認識のズレを指す。構想ドリブン・モデルは、異なる定義を持つ主体間の相互作用を通じて、既存の定義が揺さぶられ、定義不均衡を解消しようとするプロセスの中から、新たな視点や解釈が創出されるとしている。

したがって、構想という焦点化装置がイノベーションの起点となり、異なる行為主体の相互作用の中で生じる構想の定義不均衡の解消こそがイノベーションを推進するのである。

しかし、構想ドリブン・モデルは、構想が異なる行為主体との相互作用の中で、具体的にどのように変容し、当初の意図を超えた形へと発展するのか、共創のプロセスやその具体化の手段については、十分に説明しているわけではない。

2.3  資源制約の克服と製品開発の推進手段としてのオープンイノベーション(OI)

資源劣位の企業が構想を具現化するには、外部からの資源調達が必要不可欠である。特に、経営資源に乏しいSME(Small and Medium Enterprise)では、外部ネットワークを効率的に活用することで、自社に不足する資源や能力を外部から補完してイノベーションを実現しようとするインバウンド型OIが重要となる(Radziwon & Bogers, 2019)。このような、企業の境界を越えて知識やアイデアをやり取りするOIは、現代のイノベーション論における中心的なパラダイムとなっている(Bogers et al., 20193

しかし、既存研究ではSMEのOIが軽視されており重要な研究課題だと指摘されている(van de Vrande et al., 2009Lee et al., 2010Radziwon & Bogers, 2019)。さらに、従来のOI研究は、分析対象がハイテク産業や経営資源豊富な大企業に偏っており、連携の形態や効果に焦点が当たりがちという指摘もある(West & Bogers, 2014Bogers et al., 2018Dahlander et al., 2021)。つまり、連携の内部で何が起きているのか、プロセスやメカニズムについては、十分に解明されていない。

したがって、OIという外部連携の手段や体制のもとで、いかに独自性の高い価値が創造されるのか、そのプロセスやメカニズムにこそ目を向ける必要がある。

2.4  本論文の分析枠組み:構想起点・OI推進型の革新的製品創出プロセス

以上のように、社会的形成・構成型の製品開発の視点は重要な視座を与えてくれるものの、資源劣位の企業における革新的製品開発のプロセスを十分には説明しきれないという課題を明らかにした。その上で、この課題に答えうる理論として、構想ドリブン・モデルとOIを確認した。各理論は資源劣位企業の市場創造プロセスの一側面を説明する上で有効であることは示唆されるものの、単独ではプロセス全体を捉えきれない点を示した。

そこで本論文は、製品開発の基盤となる技術的な知識や経験を持たない企業が、どのように革新的な製品開発と市場浸透を実現するのかという問題意識に基づき研究を進める。本論文の核心は、資源劣位企業が生み出した構想を起点に焦点化装置が規定され、OIによって製品開発が推し進められる中で、異なる行為主体同士の相互作用の中で生じる定義不均衡の解消が、全く新しいコンセプトの創出と製品の具現化を促すという点にある。

そこで、本論文は特定の単一モデルに依拠するものではなく、一般的な多段的製品開発プロセスモデルを念頭に置きつつ、資源劣位企業に特有のプロセスを説明するために、構想ドリブン・モデル、OI、社会的構成・形成の理論を統合した「構想起点・OI推進型の製品開発プロセス」を分析枠組みとして提示する。

Cooper(1994)のステージゲート・モデルに代表される一般的な製品開発プロセスは、アイデア創出・予備調査・ビジネスケース作成・開発・テストと検証と多段的である。そこで、製品開発プロセスについて、アイデア創出を起点、予備調査やビジネスケース作成を推進、開発やテストと検証を具現化という3段階で捉え直した。その上で、経営資源劣位企業の革新的な製品開発のプロセスについて、構想による起点、OIによる推進、社会的構成・形成による具現化という独自の枠組みを提示した。まず、段階1の構想による起点は、既存市場の常識に捉われない独自の「構想」が提示されることで、それが焦点化装置となり、資源劣位企業は製品の具現化のために必要不可欠な技術の外部調達という方針が定まる。これがイノベーションの起点および原動力となる。

次に、段階2はOIによる推進である。製品開発を推し進めるには、自社に欠けている技術や資源を調達する必要があるため外部組織との連携が不可欠である。そこで、インバウンド型OIによる外部連携が製品開発推進の動力源となる。これにより、資源制約を乗り越え、構想実現のための実行力を確保する。

段階3は、社会的構成・形成による具現化である。ここで沼上(1989)の定義不均衡が重要な役割を果たす。独自の構想を持つ行為主体と、専門的な技術を持つ行為主体との間の認識のズレを解消する必要がある。異なる前提や定義を持つ行為主体の相互作用を通じて、構想と技術の間に生じる定義不均衡を解消することが、当初の意図を超えた新たな製品コンセプトへの動的な再定義と革新性の創出に繋がる。そのためには、構想から生じる多様な解釈に対して、現実的な技術を収斂させる社会的形成・構成プロセスが重要となる。

以下の図1は、先行研究で確認した2つの既存の製品開発研究と、本論文が提示する「構想起点・OI推進型の製品開発プロセス」の3つの比較を表したものである。

図1 構想起点・OI推進型の製品開発プロセス

(出所)筆者作成。

資源劣位企業がいかにして外部資源を活用し、創造的な製品の創出と市場浸透を実現するのか、という問いに対して、このプロセスは、資源劣位企業のイノベーションにおけるWhy、What、Howを統合的に表す仮説である。

3.  研究方法

3.1  研究方法の選択

本論文は、前節で提示した分析枠組みを検証するために、ヘアケア市場とI-neのボタニストを対象とした分析を行う。ボタニストは2015年に初めてヘアケア市場に参入し、わずか1年で市場シェアの約5%を獲得し、既存の大手企業のブランドをおしのけて市場第5位を獲得した実績を持つ。

現象のプロセス解明には事例研究が適切であり、現象の成り立ちや因果関係の繋がりを分析することが可能となる(Yin, 1994沼上, 20004

3.2  分析の枠組み

本論文の先行研究と分析枠組みに基づき、以下の3つの観点から分析する。

①技術知識や経験、市場情報を持たない企業が、どのようにして革新的な製品コンセプトを創出したか。

②技術や知識を持たない製品開発の行為主体と、製品設計を行う専門家のどのような相互作用を経て最終的な製品化に至ったのか。

③革新的な製品の市場投入がどのように市場の構造転換を促したか。

3.3  事例の選択

事例の調査方法は、事例の当事者への面談調査を主に行った。ただし、当事者インタビューではバイアスが入りやすいため、新聞記事や雑誌記事・IR公表資料・ニュースリリースなどの公開情報と照合し、複数の情報源を用いてトライアンギュレーションを図った。

面談調査は本事例に関わる以下の主要な6名の人物に行った。

第一に、行為主体であるI-neについては、執行役員CPO(Chief Product Officer)兼、価値創造研究室長の藤岡礼記氏(以下、藤岡)(2024年11月26日15時~16時に実施)5と、執行役員CDMO(Chief Digital Marketing Officer)伊藤翔哉氏(以下、伊藤)である(2025年3月6日14時~15時に実施)6

第二に、ボタニストの製造委託先から、日華化学株式会社代表取締役副社長執行役員COO(Chief Operating Officer)兼化粧品部門長デミコスメティクスカンパニープレジデント兼営業統括本部長の龍村和久氏(以下、龍村)(2025年2月17日10時~11時、同年7月28日15時~16時に2度実施)7に加えて、山田製薬株式会社代表取締役社長の堀田清孝氏、当時のボタニストの開発・製造に関わった同社社員の国府田亘氏および吉田治彦氏である(以下、堀田・国府田・吉田)(2025年8月19日14時~15時に実施)8

インタビューは、事前に質問事項を大まかに決めておき、話し手とのやり取りの中で、重要な点の詳細を尋ねていくという半構造化インタビューを実施した。

4.  株式会社I-neの概要とヘアケア市場の概観

I-neは2007年に設立され、モバイル通販で様々な分野の商品の販売を手掛けてきた。その後、デジタルマーケティングやEC(電子商取引)の知見を活かし、ヘアアイロンブランドなどを中心にODM(Original Design Manufacturing)やOEM(Original Equipment Manufacturing)によるモノづくりと販売を開始した9

2015年にボタニカルヘアケアブランド「BOTANIST(ボタニスト)」を発売し、シャンプーを中心とした化粧品市場への進出と企業成長を実現し、2020年9月に東証マザーズへと上場を果たした。同社は2014年に売上29.3億円、営業利益5,400万円から2023年には売上416.4億円、営業利益47.4億円へと高い成長を実現している。

本論文で扱うヘアケア市場は主にシャンプー(頭髪用洗浄剤)10市場について分析する。2013年から2023年の国内シャンプー市場は、販売数量が横ばい、販売金額は微増傾向である11。シャンプー使用率が90%を超える国内市場は数量増加による市場成長は難しい12。そのため、各社は数量シェアを下げずに価格プレミアムを上げ、金額シェアを高める活動が重要となる。

表1はブランド別市場シェアの順位である。シャンプー市場は多くのブランドが存在し、トップシェアブランドでもシェア10%程度という非常に競争の激しい市場である。ボタニストは2015年の上市からわずか1年で上位シェアを獲得し、それを維持し続けている。

表1 ヘアケア市場ブランド別シェアの一覧

単位:百万円/% 2020 2019 2018 2017 2016 2015 2014 2013
ブランド名 メーカー 販売高 シェア 販売高 シェア 販売高 シェア 販売高 シェア 販売高 シェア 販売高 シェア 販売高 シェア 販売高 シェア
ラックス ユニリーバ・ジャパン 25,050 10.1% 25,400 10.0% 25,150 10.1% 25,100 10.0% 24,400 9.9% 24,000 10.0% 22,950 9.1% 25,350 11.1%
パンテーン P&G 20,900 8.4% 21,150 8.3% 21,000 8.4% 21,100 8.4% 21,800 8.8% 21,750 9.0% 21,950 8.7% 22,750 10.0%
TSUBAKI 資生堂 12,150 4.9% 14,150 5.5% 15,600 6.2% 15,850 6.3% 15,950 6.4% 16,000 6.6% 19,700 7.8% 20,200 8.8%
メリット 花王 11,400 4.6% 12,650 5.0% 12,500 5.0% 12,450 5.0% 12,200 4.9% 12,100 5.0% 11,400 4.5% 11,550 5.1%
アジエンス 花王 11,400 4.6% 12,200 4.8% 12,800 5.1% 13,350 5.3% 13,500 5.5% 13,300 5.5% 13,150 5.2% 13,000 5.7%
ボタニスト I-ne 10,450 4.2% 10,450 4.1% 10,150 4.1% 12,450 5.0% 12,500 5.1% 4,000 1.7% 0 0.0% 0 0.0%
いち髪 クラシエホームプロダクツ 10,400 4.2% 10,250 4.0% 10,050 4.0% 9,800 3.9% 9,400 3.8% 8,900 3.7% 8,150 3.2% 6,900 3.0%
エッセンシャル 花王 9,150 3.7% 9,300 3.6% 9,400 3.8% 9,700 3.9% 9,900 4.0% 9,700 4.0% 9,350 3.7% 8,450 3.7%
ジュレーム コーセーコスメポート 7,650 3.1% 7,900 3.1% 7,800 3.1% 7,500 3.0% 7,200 2.9% 5,900 2.5% 4,200 1.7% 4,200 1.8%

(出所)TPCマーケティングリサーチ『頭髪化粧品の市場分析調査(2015, 2017, 2018, 2021)』を基に、筆者作成13

図2は市場の販売価格帯の推移である。ボタニストが登場する2015年以前は、市販のシャンプーの価格は1,000円以下が主流だった。しかし、ボタニストが発売された2015年と2020年を比較すると、1,000–2,000円未満の価格帯の割合が大幅に伸長しており、ボタニストの登場が市場の価格帯構成比を大きく塗り替えたことがわかる。

図2 シャンプー市場の販売価格帯の推移

(出所)富士経済『化粧品マーケティング要覧2023 No.2』と『化粧品マーケティング要覧2016 No.2』を基に、筆者作成14

次節は、ヘアケア市場におけるボタニストの革新について、二次情報と製品開発に関わる主要人物へのインタビューに基づき、製品開発プロセスの詳細と成功要因を分析する。

5.  事例分析:ボタニストが起こしたヘアケア市場における革新

5.1  ヘアケア市場におけるボタニストの特殊性と位置付け

本項では、ヘアケア市場におけるボタニストの特異性について技術的観点で説明する。

I-neが展開する「ボタニスト」は、シャンプー・トリートメントそれぞれ売価1,400円(税別)で2015年に発売された製品である。使用されている成分は主にアミノ酸系界面活性剤が中心かつシリコンフリーの設計となっており、低刺激でマイルドな洗浄力とサラサラとした軽い仕上がりが特徴で、植物由来成分を多く含む処方である。I-neはこのような植物由来の自然派志向の製品設計を「ボタニカル」と名付けて市場に参入し、ヘアケア市場で新たな製品カテゴリ形成のきっかけを創った。

辻野(2023)によれば、シャンプーの基本機能は毛髪や頭皮の汚れを落とすことで、中でも主要な成分は石けん系、高級アルコール系、アミノ酸系の3つの界面活性剤である。シャンプーが一般に普及した1980年代から、配合の際の汎用性が高く差異を出しやすい点と、コスト効率が高く大量生産が可能という点から、市販品は高級アルコール系が主流である。一方、アミノ酸系は、配合の調整が難しく、成分も高価である。そのため、ヘアサロンや専門店などで取り扱われることが多く、市販店での流通は限定的だった。

したがって、ヘアケア市場では市販のシャンプーは高級アルコール系シャンプーで設計されているのが一般的だという暗黙的な規範が存在していた。

ボタニストはこうした不文律を打ち破り、市販のヘアケア市場へ、アミノ酸系シャンプーを標準価格よりも安く供給し、急激なシェアの獲得と市場平均価格の上昇を実現した。

ボタニストの上市以降、その急激なシェア上昇に対応すべく、大手企業が追随する形でボタニカル製品を多数展開した。週刊粧業刊行のC&Tによれば、ボタニストの発売以後、2018年にはボタニカル製品は450個まで増加している15。これによって、ボタニカルという製品カテゴリの認知率も高まり、製品カテゴリとして定着していった。

ただ、辻野(2023)によれば、ボタニカルシャンプーには明確な定義や厳密な基準が存在しない。類似カテゴリとして、オーガニックシャンプーが存在するが、両者は決定的に異なる概念である。前者は、植物由来成分を多く取り入れたものとされる一方、後者は世界的な認証水準のある厳格な製品カテゴリである16。「ボタニカルシャンプーはオーガニックシャンプーより基準があいまいなため、極端に言えば植物由来成分が少しでも入っていればボタニカルシャンプーと名乗ることもできる」(辻野, 2023)。

ボタニストは、アミノ酸系界面活性剤を主成分とした製品設計を根拠に、ボタニカルは「低刺激で肌や髪への負担が少なく、環境にもやさしい」という意味づけを行い、単なる植物由来の一般シャンプーとは一線を画しつつ、オーガニック認証シャンプーほど厳格ではない、という独自のポジションを打ち出し、新たな製品カテゴリを創出した。

5.2  ボタニカルシャンプー「ボタニスト」の製品開発プロセス

本節では、収集した資料やデータ、インタビューからボタニストの製品開発プロセスのできごとについて、時間軸にそって整理し、開発ストーリーを再構築した。

5.2.1  着想:市場選択と自己の経験への内省による製品のメタファー化

先述の通り、I-neは創業以来、化粧品類、アパレル、健康食品など様々な商品の通信販売事業を手掛け、2012年に自社ブランドのヘアアイロン「サロニア」を販売した。しかし、市場規模の小さなヘアアイロンだけでは、さらなる成長は見込めないという閉塞感から、同社は参入障壁が比較的低く、かつ市場規模の大きなカテゴリへの参入を考えた。

2014年、I-neは参入しやすく将来性があるヘアケア市場に着目し、製品開発を開始した。しかし、参入当時、同社のメンバーの中に、ヘアケア市場やシャンプー技術に詳しい者はおらず、市場調査のための資源も潤沢にあるわけではなかった。藤岡によれば、当時、会社として研究開発投資や研究開発人材の獲得などは行っておらず、総従業員数は50名程度、その中でヘアケアの研究開発スタッフや技術スタッフは1人もいなかった。

そのため、I-ne社長の大西をはじめ、藤岡や伊藤などの役員メンバーは、オンライン上に存在する消費者の口コミや製品レビューを確認することから市場を認識する作業を始め、それにより多くの消費者が特にこだわりもなくブランド選択している事実に気づいた。

同社のメンバーは、自分自身も含む一般人の感覚として、良いシャンプーとはどのような製品かについて議論した。その結果、一つのメタファーとして「サロンで売られているシャンプー」という表現が生まれた。当時、市販品には、サロン販売品と同等の品質(高価な原材料や洗浄後の仕上がり感)を実現するシャンプーはほとんど存在しなかった。製品開発担当の藤岡は、サロンシャンプーと同等以上の品質を製造するには、その技術力のあるODMメーカーの協力を獲得することが必須だと考えた。しかしこの時点では、それ以上の具体的な方法や、前提となる製品コンセプトの詳細も固まっていない状態だった。

5.2.2  製品コンセプト創出:自身の知識と経験に基づくメタファーの変換

そこで藤岡は具体的な製品コンセプトの検討を始めた。サロン品質のシャンプーというメタファーをどのように製品コンセプトに落とし込み、ODMメーカーへオーダーすべきか思案する中で、藤岡が着目したのは数年前から続くノンシリコンブームだった17

藤岡が製品コンセプトの模索を始めた2014年、ヘアケア市場では2011年から始まったノンシリコンブームの渦中にあり、株式会社ジャパンゲートウェイが展開するノンシリコンシャンプー「レヴール」と大手のシリコン入り既存ブランドが激しく対立していた。

藤岡は、この対立に巻き込まれない、異なる路線で戦う必要があると感じ、「シリコンへの賛否両論とは異なる軸で、サロン品のような高品質のシャンプーを作れないか」と検討を進めた。熟慮の末、サロンと言えばオーガニックという連想から、藤岡が着眼したのは「オーガニックシャンプー」だった。しかし、これは難易度の高いものであった。界面活性剤やヘアケア製品に関する各種の規制やルールについて明るくなかった藤岡は、オーガニックシャンプーについて自身で学習していく中で、これには厳しい認証水準を満たす必要があり、その取扱いのハードルが高いことに気づいた。

しかし、藤岡はオーガニック路線の製品コンセプトの方針を諦めたくはなかった。そこで、厳正なオーガニックには固執せず、オーガニックを「自然と科学の融合というニュアンス」程度に表現できる製品コンセプトを模索した。

その結果、藤岡が仮説的に設定した製品コンセプトは「オーガニック認証のような厳正さは必要ないが、植物由来といったエビデンスはきちんと担保しつつ、自然と科学の融合を端的に表すシャンプー」という「機能性オーガニックシャンプー」である。

藤岡が機能性という言葉を着想した背景には、先述のEC事業での異分野の経験と知識があった。2014年当時、食品業界では、栄養機能食品に続く機能性表示食品の導入検討が進んでおり、これを把握していた藤岡は、この異分野の「機能性」というコンセプトを新しいシャンプーにも応用したのであった。

5.2.3  製品コンセプトの否定:専門家の常識との対立と製品コンセプトの限界の認識

機能性オーガニックシャンプーという製品コンセプトの輪郭を定めた藤岡は、製品開発パートナーになりうるODMメーカーの探索を進めた。藤岡は、サロン品に匹敵する高品質なシャンプーの製造実績を持つ候補企業から10社を選択して訪問し、当時の市場の主流価格である1,000円以下の売価設定で、製品コンセプトに沿った開発を依頼した。

しかし、半数のメーカーからは厳しい対応が返ってきた。ある企業は「それはこの世にあり得ないものを作りたいと同義です」、別の企業は「オーガニックシャンプーは認証が必要で、使用可能な成分も定められており、現時点の技術では不可能」と藤岡に言った。

残り半数のメーカーは、まずは好意的であった。藤岡が機能性オーガニックシャンプーの「ニュアンス」を語ると、メーカーは、藤岡がヘアケア技術の素人だということも理解した上で、藤岡が求めているものを読み取ろうとしてくれた。最終的に、山田製薬がパートナー企業に選ばれた18。同社はサロン向け製品の製造・販売経験から、アミノ酸系シャンプーの開発・製造に強みを持ち、I-neの力強い支援者となった。

5.2.4  製品コンセプトの再定義:専門家との相互作用と異分野の探索による知識の拡張

当時、ヘアケア製品に関して実績や経験を何も持たないI-neに対して、山田製薬が好意的であった理由の背後には、日華化学および山田製薬の側の戦略的構想もあった。

日華化学の化粧品全体の統括を担う龍村は以下のように語っている。1995年、日華化学は医薬品参入を企図して山田製薬を買収したものの有効に活用できずにいた。2004年に山田製薬の改革を任された龍村は、同社を化粧品分工場化し医薬品事業から撤退した上で、医薬品GMP(Good Manufacturing Practice)水準の設備を強みに高品質な化粧品専門ODMメーカーへの転身を図った。改革断行後の2012年頃、化粧品受託製造市場は右肩上がりに成長しODM・OEMの需要は高まっていた19。山田製薬がI-neから打診を受けた2014年は化粧品ODMメーカーとして体制が整い始めたタイミングであり、同社が本格的にODMの受託強化に向けた投資に踏み出そうとしていた時であった。龍村は「I-ne社はODM強化の戦略を打ち出した時の初期段階のお客様で、山田製薬はODM業界で全然認知もなく、きちんと注力してリソースを張り、事業として確立しようと発信した直後に相談を頂いたので、戦略意図とご相談のタイミングが良かった」と語る。

藤岡の機能性オーガニックシャンプーという製品コンセプトを立脚点に、処方検討が進められた。処方検討の際、山田製薬の吉田から、植物由来というコンセプトが具体的にどのような便益や機能を実現しうるのか、また、それぞれの便益や機能に関連する成分や基剤の特徴ついての技術レクチャーが行われ、複数の処方の方向性が提示された。

技術的な基礎知識や基剤特徴、成分などの解説を受けた藤岡は、機能性とはいえ明確な規定が既に存在する「オーガニック」を用いた製品コンセプトを、そのまま市場へ投入することのハードルの高さを再認識した。そこで、藤岡は山田製薬のレクチャーと処方の方向性を基に、機能性オーガニックの代替となる製品コンセプトの探索を進めた。

藤岡が代替案の探索を始めた同時期、藤岡の家族が花粉症対策でボタニカル処方と銘打った漢方薬を常用しているのを知り、藤岡は医薬品業界におけるボタニカルに着目した。また、同時期の2014年6月、日本コカ・コーラ株式会社の爽健美茶は発売20周年を機にブランドコンセプトを「ボタニカル飲料」に変更し、大規模なキャンペーンを展開していた。コカ・コーラは、ボタニカルという言葉は「植物の」を表し、「植物の力を五感で取り入れ活力を得る」という意味で幅広い分野で用いられていると言及していた20

これを知った藤岡は「植物由来をボタニカルと表現するのが異分野で一般的ならば、ヘアケアにも応用できる」と考え、「機能性オーガニック」に代わる「ボタニカル」という製品コンセプトに行き着いた。これを基に、I-neと山田製薬は再度、処方検討を行った。山田製薬は複数の処方とそれぞれの特徴や詳細の説明とともに提案し、新たな製品コンセプトと処方のすり合わせが進められた。最終的に、ボタニカルというコンセプトを体現する便益として、髪のダメージケアやアンチエイジングといった機能を有しながら、環境へのやさしさも担保できる処方の方針に定まり、約30万種の植物の中から厳選した植物成分由来の原料をバランスよく組み合わせたアミノ酸系シャンプーが完成した。

以上のように、藤岡は素人ならではの自由な発想を起点としつつ、ヘアケアの技術と知識を持つ山田製薬の助言を受けながら製品開発を進めた。その過程で、情報探索を拡張し、異分野の知識を参考にすることで新たな製品コンセプト「ボタニカル」を創出した。

ボタニカルシャンプーのコンセプトをI-neの役員会議で説明した際、社長の大西による即断が後押しとなり、製品化が進められたが、当初目標の売価1,000円以下という目標は達成できずにいた。やはり植物由来の原料を組み合わせたアミノ酸系シャンプーをその価格帯で実現するのは困難であることが、山田製薬からも提言されていた。

5.2.5  決断と製品化:製品コンセプトと製品設計のすり合わせ

価格の課題に対して、藤岡は原材料以外の製造コスト削減を検討した。その最大の工夫が製品への透明容器の採用である。これはコスト削減の観点だけでなく、製品コンセプトとブランディングの一貫性の視点からも生じている。容器検討の際、ブランディング担当役員から、ボタニストは生活に溶け込むように、手書き風のフォントや透明なボトルといったシンプルなデザインに統一したいという意見が出たのである。

しかし、山田製薬の国府田をはじめ、容器検討の関係者は透明容器に大反対した21。透明容器はクレームの原因になりやすく、どのメーカーでも扱わない業界の不文律だった。

最終的に、I-neの意向に沿って透明ボトルで安定性試験を行った結果、大きな問題は生じなかった。既存の市販シャンプーはカラフルなボトルが一般的で、むしろ、透明容器は意図せず目立つパッケージとなった。I-neは業界の不文律に縛られず、製品コンセプトを拠り所とした意思決定によって、パッケージにおいても業界革新を起こした。

製造コストを減らす手は尽くしたものの、結局1,000円未満での製品化は実現できなかった。しかし、品質を下げてまで安くする選択をしたくなかった藤岡は、この状況を前向きに捉え直し、1,000–2,000円の価格帯の高品質なシャンプーが市販市場にほとんどない現状をチャンスと考えた。1,000円以上の価格は市販品の平均売価を大きく上回るものの、通常、2,000円以上の高品質シャンプーが1,000円台で手に入るならば、消費者はついてくると考え、最終的に1,400円の決断を下した。

こうして製品は完成したものの、次に生じた課題は市場投入におけるチャネル選択である。ヘアケア製品の販売実績がない無名のI-neの新製品を取り扱ってくれる小売店はほとんどない。そこで、同社は培ってきた通信販売の経験が発揮できるAmazonや楽天市場といったECを販売戦略の中心に据えて2015年1月にボタニストの販売を開始した。

当時、EC市場のヘアケア製品は育毛・養毛のようなコンプレックス商材や男性向けシャンプーが主流だった。販売責任者の伊藤は「当時のECにはヘアケア市場が存在しないという見方もできたが、ヘアケア以外のECの状況やリアル店のヘアケア購入者への調査を行った結果、ECでヘアケアを買いたくない理由は特になく、考えたことすらないという反応でした。ECでヘアケアを売ることの非合理的な理由はなく、挑戦する人がいなかっただけではないか、と仮説を立て、その上で、どういう販売戦略と投資を行えば売上が伸びるか、ECプラットフォーマーとも議論を重ねて対策しました。」と語った。

当時、既存の市販市場で強力な市場地位を保有する大手のブランドは、ECチャネルへ注力していなかった。その理由は大きく二つある。第一に、従来の市販品の平均的な1,000円未満の売価設定では、配送によって生じるコストが高く利益率が下がる上に、規模の経済も発揮しにくく、チャネルとしての優先度が低い点である。第二に、大手既存小売店との関係性から、ECという新しいチャネルへ積極投資を行い難いという点だ22

ボタニストが発売された当時のEC市場ではボタニストと直接競合するブランドが少なく、発売からわずか一ヶ月後、楽天市場総合売上ランキングやAmazonシャンプー新商品情報ランキングなどでデイリーランキング1位を獲得した。その実績を受けて、バラエティショップやドラッグストアなどの取扱が徐々に拡大していった。2015年12月には楽天年間総合グランプリを獲得し、累計販売本数320万本を超えるヒットとなった。

このECの実績が、従来チャネルへの交渉における強力な武器となった。しかも、従来の1,000円未満の商品と比べ、1.5倍から2倍の売価設定のボタニストは単品利益額が高く収益性が高い点も小売店にとって魅力となった。伊藤は「実績が出始めてからは卸売業の方々のご支援や推奨の力も大きかった」と話す。

結果、藤岡の予想通り、1,400円の高価格でもボタニストは市場で受け入れられた。

その後、大手企業の既存ブランドがボタニカル製品を多数発売し、ヘアケア市場でボタニカルカテゴリは定着した。その影響で1,000–2,000円の価格帯のシャンプーが市場に増加し、市場が活性化され、中高価格のハイプレミアム市場という構造が生まれた。

6.  考察、結論、今後の課題

6.1  考察

第二節で提示した「構想による起点→OIによる推進→社会的構成・形成による具現化」のプロセスは、I-neのボタニストの市場創造プロセスを整合的に説明することができる。

第1段階はプロセスの起点となる独自の構想である。I-neは、市場や顧客の客観的な分析からではなく「サロン品質のシャンプーを市販市場へ」という経営層の構想から着手した。この構想は「機能性オーガニックシャンプー」という具体的な初期コンセプトへと結実し、これが焦点化装置となって専門家であるODMメーカーの探索へと繋がった。

第2段階はOIという外部連携手段による推進である。I-neは自社にない製造技術という資源制約を認識し、構想を実現するためにODMメーカー複数社へ相談した。これはインバウンド型OIの実践に他ならず、製品開発を推し進める原動力となった。

パートナーとなった山田製薬がI-neに積極的に協力した理由の一つは、同社がODM事業を本格的に強化しようとしていた戦略的タイミングと合致したためでもあった。山田製薬側の視点から言えば、同社はアウトバウンド型OIの事業としてODMの実績を確立したいという戦略的意図があった。これによって、I-neの初期の構想が一見すると無謀なものであっても、山田製薬が関係を断ち切らず、代替案を模索し続けるインセンティブとして機能した。これは、OIの関係が成立するためには、パートナー双方に戦略的合理性や戦略的利害の一致が重要であることを示している。

第3段階は社会的形成・構成による新たな製品コンセプトの創出と製品の具現化である。山田製薬の技術説明をきっかけに「機能性オーガニック」コンセプトの実現が困難であることを認識した結果、異分野における「ボタニカル」という解釈を取り込むことで「ボタニカルシャンプー」という新たなコンセプトへ再解釈された。これは、「素人」のI-neによる製品コンセプトの提示に対して、「専門家」の山田製薬という異なる社会集団が技術説明や処方提案で応えるという相互作用が行われていた。ここでは、当初の製品コンセプトの実現には難易度が高いという合意が生じ、製品コンセプトの再定義という条件変更がI-neによって行われた。これが山田製薬にとってもインプットとなり、同社の技術的探索が拡張したことで、処方設計の幅が広がり前進した。これは相互作用を通じて製品の解釈を社会的に再構成し収斂したプロセスとして理解できる。また、相互作用の中で定義不均衡が生じ、それを解消することで新たなコンセプトを創出し処方設計の道筋を示した過程は、構想ドリブン・モデルの妥当性も示している。このコンセプトの動的な再定義こそ、本研究が捉えようとする相互作用の核心的メカニズムである。

加えて、本事例においては、市場導入時点において、卸売業という流通における外部専門家の知見獲得という、もう一つのインバウンド型OIがあった。I-neは技術や市場情報などの資源を有していないものの、EC運用という異なる分野の経験を有していた。これは革新的なコンセプトの創出や製品開発時点では効力を発揮したわけではなく、既存市場でも重要視されていなかった。

しかし、市場浸透政策の段階で、EC運用能力を発揮した限定的な市場での実績は、市場構成の大半を占める店頭流通への配荷に、大きな影響力を持つ卸売業への説得材料として機能した。この実績を契機に卸売業から多くの助言を得ながら、I-neは急激に配荷店を増やした。ECの運用能力自体が市場構造を変化させたわけではないが、ECが流通交渉の起点となり、新たな協力者の獲得に繋がった。

つまり、既存市場とI-neにはEC運用能力という経営資源の非対称性が存在しており、同社はこの能力を、卸売業の説得という異なる用途へと逆用した。すなわち、経営資源の非対称性は、再解釈によって新たな用途や効力を生み出す可能性を示唆している。

6.2  本論文の貢献

本論文の学術的貢献は、以下の二点に集約される。

第一に、資源劣位企業のイノベーションプロセスを説明する枠組みを提示した点である。本論文は、構想ドリブン・モデル、OI、技術の社会的構成・形成という三つの理論を「構想による起点→OIによる推進→社会的構成・形成による具現化」の一連のプロセスとして架橋した。この枠組みの理論的価値は、単なる理論の統合に留まらず、プロセスの中核をなす「構想」が持つ二重の機能を解明したことにある。すなわち、構想は、外部の技術資源探索を開始させる触媒としての起因的機能と、その後の協働プロセス全体を方向づける規律としての機能を同時に果たしており、その動的なメカニズムを明らかにした。

第二に、SMEを対象としたOI研究の文脈で新たな理論的視点を提供した点である。従来のOI研究が連携の動機や成果に焦点を当てがちなのに対し、本論文は社会的構成・形成の概念と接続することで、連携内部でいかにして創造的価値が生まれるのかというプロセスに焦点を当てた。その上で、資源劣位企業の構想と外部専門家の技術との間に生じる定義不均衡をめぐる相互作用こそが、当初の意図を超えた創造的な製品コンセプトの創出を可能にしたことを、ミクロレベルの相互作用分析を通じて具体的に示した。

6.3  研究上の限界と課題

本論文で示した革新的な製品コンセプトの創出と市場の構造転換に関するプロセスは、経営資源が乏しい企業の製品開発における一定の示唆になる。また本プロセスは経営資源劣位の企業に限定されずに適応しうる可能性を秘めているが、本研究は単一事例研究であり、その一般化可能性には慎重な検討が必要である。本論文が示したメカニズムが有効に機能するためには、いくつかの条件が存在する可能性がある。例えば、I-neの構想への協力が、自社の戦略的意図と合致していたパートナー(山田製薬)が存在したことや、大手企業が本格的に参入していなかったECという当時の新興チャネルで実績を出せたことなど、成功の理由として環境要因の影響も少なくない可能性がある。事例の偶有性や境界条件の精緻化を行うためにも、今後、複数の事例研究や比較研究が求められる。

さらに、革新的な製品コンセプト確立までの過程において、異分野の知識の探索や統合を成立させるための諸条件や、企業・組織間相互作用の詳細とその成立に必要な諸条件などについては、さらなる検討の余地が残されており、これらは今後の研究課題としたい。

1  Clark and Fujimoto(1991)以降、この分野の研究が進展し様々なモデルが提示された(Wheelwright & Clark, 1992;Krishnan et al., 1997;Thomke, 1998;Thomke & Fujimoto, 2000)。特にCooper(1994 2011)のステージ・ゲートは実践的だとして多くの企業で採用された。

2  技術的な人工物は、多様な社会集団によって解釈が変化する「解釈の柔軟性」を持つ。社会集団間の相互作用は、解釈を徐々に収斂させ一つの支配的な意味に安定化させる(Bijker and Law, 1992)。

3  社外から知識を取り込むインバウンド(アウトサイド・イン)と社内の知識を外部で事業化するアウトバウンド(インサイド・アウト)、両者を統合したカップルドの3類型ある(Mazzola et al., 2012)。

4  Yin(1994)によれば、事象をほとんど制御できない現在の現象に焦点がある場合、事例研究は適切な方法である。また、沼上(2000)は、メカニズム解明のためには、主として個別事例研究を用いた行為システムとして社会システムを記述すべきだと指摘している。ゆえに、事例研究を通じて行為者の行為の詳細や意図を解釈し、メカニズムを解明することが適切であると考えられる。

5  藤岡は2008年からI-neに在籍し、I-neが展開している製品のコンセプト策定、製品開発、サプライチェーンマネジメントなど製品に関わる全ての工程に関わる人物である。

6  伊藤は2011年にI-neに入社し、ボタニストの販売戦略の実行を担うことで、市場浸透に貢献した。

7  龍村はボタニスト開発時のODMパートナーの山田製薬の親会社、日華化学グループの化粧品事業全体の責任者であり、技術を持たないI-neが製品開発を進める上で必要不可欠な存在である。

8  堀田は2014年当時、日華化学デミコスメティクス化粧品製造部長を務めていた。吉田は同社デミコスメティクスカンパニー化粧品研究部主席(現:デミコスメティクスカンパニー化粧品研究部お客様相談室室長)として、日華化学からの出向期間中に当時の研究開発担当としてボタニストの処方の提案や設計に関わっていた。国府田は当時、山田製薬株式会社品質保証室室長(現:同社営業部販売支援室室長)として、同社の信頼性保証部にて薬事や容器検討に関わった。

9  ODMは、委託元が保有するブランドに対して、製品の設計と生産を受託する製造業態を指し、OEMは委託元のブランドで設計された製品の製造のみを受託する製造委託形態を指す。

10  「シャンプー」と「リンス・コンディショナー」は明確な定義が定められておらず、厚生労働省が所管の薬機法(医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律)では、頭髪用化粧品は頭髪用洗浄剤(シャンプーなど)、頭髪用仕上剤(リンス、コンディショナーなど)とされている。

11  富士経済『化粧品マーケティング要覧2023 No.2』より

12  日本リサーチセンター(2013)「シャンプー・ヘアケア製品についての調査」

13  本分析において重要な2016年から2020年までのブランド別シェアが入手不可能だったため、TPCマーケティングによる頭髪化粧品の市場分析調査を代替した。

14  2017年から2022年の化粧品マーケティング要覧No.2が入手困難のため、データは2013年から2015年と2020年から2022年の期間しか記載がないが、本論文の主張を支える根拠として使用した。

15  『化粧品・トイレタリーの専門誌C&T』2019年1月号(No.178号)

16  欧州ではCOSMOS認証、米国ではUSDA認証という厳しい認証基準が設けられている。どちらも世界的な認知と信頼性のある認証である。日本では、農林水産省による有機JASマークが相当する。

17  シリコンは髪をコーティングし、ツヤだしや指通りを良くする効果を持つ成分。President Online「“ノンシリコン”の火付け役が4年で潰れたワケ」https://president.jp/articles/-/29938(最終アクセス:2025年1月3日)

18  同社は1910年から日本薬局方(医薬品の規格基準書)に収載されている医薬品の製造販売を開始し、1973年には化粧品の開発も手掛けている。1995年に日華化学株式会社に買収された。

19  『週刊粧業』2021年2月22日号。

20  日本コカ・コーラ株式会社「プレスリリース(2014年5/20)」https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000058.000003508.html(最終アクセス:2025年3月16日)

21  I-ne社長の大西洋平氏のnoteでも言及されている:https://note.com/yoheionishi_ine/n/na8848f5a966a(最終アクセス:2025年1月3日)。

22  経済産業省「平成26年度電子商取引に関する市場調査」P53によれば2014年の化粧品・医薬品のEC化率は4.18%である。また、同省の「令和3年4月化粧品産業ビジョン」P4では化粧品メーカーの一般的なコスト構造は、原価率25%、販促費20%、物流費5%、人件費15%と示されている。ECは配送やプラットフォーム利用料に関わる販促費、物流費、人件費が上昇するため、一般のコスト構造よりもマーケティング費や利益が圧迫されることになる。実際、公正取引委員会「消費者向けeコマースの取引実態に関する調査報告書平成31年1月」でECの積極投資は難しいと示されている。

参考文献
 
© 2026 法政大学イノベーション・マネジメント研究センター
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