抄録
近年,越境大気汚染が大きな社会問題となっているが,森林生態系における物質循環,渓流水質形成過程を解明するには,その発生源の推定が重要な課題の一つである。ここでは,硫黄酸化物について中国大陸に近い琵琶湖北部の2森林流域を選定し流域に沈着し流出する硫酸イオン(SO42-)の起源を検討するために降水と渓流水のSO42- と硫黄安定同位体比(δ34S)を測定した。1990 年以降の降水中のSO42-,nss-δ34Sは,朽木(2.16mg L-1; +5.28 ‰),摺墨(2.27 mg L-1; +5.89 ‰)共に差はなかったが,渓流水中のSO42-,nss-δ34S は朽木(1.60 mg L-1; +2.14 ‰)と摺墨(6.58 mg L-1; -3.97 ‰)では大きく異なった。これは,森林流域では大気降下物中の成分が渓流水中に至る間には樹冠と土壌があるが,そこに捕捉される乾性降下物の多寡により渓流水質に差が生じた結果と考えられた。樹冠の乏しい朽木渓流群では中国大陸からの汚染物質,針葉樹の密な樹冠をもつ摺墨渓流群では中国大陸からの汚染物質の影響よりも近傍を通過する道路からの影響を強く受けた渓流水中nss-δ34Sの値となったと考えられた。