2026 年 32 巻 p. 439-444
令和6年奥能登豪雨では複数の河川において土砂・洪水氾濫が発生した.本豪雨の約半年前には,令和6年能登半島地震が発生しており,本豪雨では崩壊地の多かった河川にて多量の土砂流入が生じたと考えられる.しかしながら,奥能登地域では,豪雨後の河道内の堆積・侵食傾向が河川ごとに大きく異なっていた.塚田川では橋梁による低水路埋没に伴い,新規流路形成など大規模な流路変動が生じた.崩壊割合の最も大きかった鈴屋川では上流側のみ河道閉塞に伴う大規模流路変動が確認されたが,それより下流側の低水路は河床上昇から次第に河床低下傾向へと変化した.南志見川では,氾濫は生じたものの,低水路の大半は侵食傾向を示した.本結果は,多量の土砂流入があっても大規模流路変動へと至らず,むしろ出水規模の大きさにて侵食卓越となりやすい河川特性が存在することを示すものである.塚田川は古第四紀火成岩,鈴屋と南志見川は第三紀の火成岩や珪質泥岩から主に構成され,後者は軽く,容易に破砕・細粒化する石礫であった.地質条件の違いが大規模土砂供給時の流路変動特性を異ならせた可能性が示唆された.