抄録
近世社会において庶民教育を支えた代表的機関として知られる「寺子屋」は、近年「手習塾」と呼称されることが多い。この呼称転換は、寺子屋は寺院教育との関連をイメージしやすいが、むしろ寺子屋は寺院教育から自立した庶民の学習活動のうえに成立した文字学習の場であるという性格の把握をふまえた動向である。本稿ではこの理解のうえ、伊予国を事例に手習塾と僧侶の関係について批判的に再検討した。その結果、伊予国で手習塾の師匠をつとめるのは、身分別では僧侶がもっとも多いこと、僧侶のなかでも寺僧、庵主、修験者、女性などの多様な者がそれをつとめたこと、寺院の二〜三ヵ寺のうち一ヵ寺は手習塾を開くことがあったことなどが明らかとなり、近世僧侶の手習塾への積極的関与状況が認められた。これをふまえ、寺子屋から手習塾への呼称転換は、近世僧侶が庶民教育に果たす役割の過小評価を導くものであってはならないことを主張した。