宗教研究
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論文
  • 『マタイ受難曲』を中心に
    下田 和宣
    2020 年 94 巻 3 号 p. 1-23
    発行日: 2020年
    公開日: 2021/03/30
    ジャーナル フリー

    ブルーメンベルクの仕事の核心として、独自の現象学的人間学があるということは近年とくに注目されている。とはいえ彼の思想をすべて人間学へと還元しようとするのはその特異な歴史記述の意義を看過してしまうことにつながる。そこで本論文では後期の宗教論である『マタイ受難曲』(一九八八年)を取り上げ、その中心となる「受容」という事柄に着目する。受容という現象を成立させるのは原体験からの距離化である。そこで生成する空白の「わからなさ」こそ、その埋め合わせへと駆り立てるものである。ブルーメンベルクが問題とするのはそこで成立するような宗教経験なのである。本論文はさらにこの問題が、彼の「隠喩学」によって取り組まれてきた課題であることを明らかにする。そこから、起源/受容の位階関係を逆転させ、変容において成立する宗教的根源性へと思考を開くその試みを、ブルーメンベルク独自の宗教哲学として定式化する。

  • フランツ・クサーヴァー・ヴィットの教会音楽論
    清水 康宏
    2020 年 94 巻 3 号 p. 25-48
    発行日: 2020年
    公開日: 2021/03/30
    ジャーナル フリー

    本稿では、総ドイツ・セシリア協会の創立者F・X・ヴィットの教会音楽論、特にウィーン古典派三巨匠のミサ曲に対する評価に注目し、彼の考える「教会的」「非教会的」というものの意味を検討する。彼はハイドンとモーツァルトのミサ曲が持つ通俗性を「非教会的」とし、単純な形式のミサ曲が持つ「崇高なもの」を「教会的」なものの重要な要素とした。しかしベートーヴェンのミサ曲に対しては、これとは異なった見方がなされている。彼はこの作曲家のミサ曲の「非教会的」な面を指摘しつつも、そこに宗教的な崇高さを見ていた。この作曲家の《ミサ・ソレムニス》は「未来のミサ曲」であり、「一つの普遍的教会へとまとめられた人類による賛歌」である。彼は現実の個々の教会を超越した「カトリック(普遍)教会」のためのミサ曲という意味で、この楽曲が「教会の概念」や「礼拝の範囲」を超え出ていると考えていたのではないか。彼はしばしば“伝統崇拝者”と言われるが、実際は礼拝や教会音楽のあり方について「未来」も見据えながら模索していたのである。

  • アメリカ・プロテスタント界の『宣教再考』論争
    木村 智
    2020 年 94 巻 3 号 p. 49-73
    発行日: 2020年
    公開日: 2021/03/30
    ジャーナル フリー

    アメリカにおいて二〇世紀前半は、移民排斥や神学的保守主義の台頭によってアジアの宗教への風当たりが厳しい時代だったと言われる。しかし本稿では、非教派雑誌『クリスチャン・センチュリー』の分析を通して、当時のアメリカのプロテスタント教養層が、変動するグローバルな情勢(世俗主義の台頭や海外宣教の変容)を見極めながら宗教間の関係性をダイナミックに再定義していったことを指摘する。確かに一九一〇年代の同誌では、キリスト教の真理の包括性・優越性が自明視されており、他宗教はキリスト教によって置換ないし根絶されるものだという考えが根強かった。しかしこの論調は一九三〇年代前半までには勢いを失う。特に同誌が、他宗教への寛容さで知られる報告書『宣教再考』(一九三二年)を擁護する論陣を張ったことは極めて示唆に富む。これは同誌においてキリスト教の真理の優越性を擁護する熱意が衰え、宗教間対話・協力の模索が始まったことを意味している。

  • 牧野 静
    2020 年 94 巻 3 号 p. 75-97
    発行日: 2020年
    公開日: 2021/03/30
    ジャーナル フリー

    本論文は、宮沢賢治(一八九六―一九三三)が、妹トシ(一八九八―一九二二)の死に際して、国柱会の典礼をまとめた『妙行正軌』に従って追善を行おうとしたという見通しのもと、考察を行う。

    賢治はトシの通夜と葬儀に参列していない。これは『妙行正軌』が異教他宗の儀礼への参加を禁じていたためであり、賢治が国柱会会員としてのアイデンティティを強く保持していたことの証左である。次に、賢治がトシの死以前から『日蓮聖人御遺文』を手掛かりに法華経による死者の追善を主題とした創作を行おうとしていたことを確認した。そうして、賢治が『日蓮聖人御遺文』中の転生観に影響を受けつつ、トシの死後の行方を主題とする創作を行うも、トシの行方に確証が持てない過程を概観した。そののち、妹の死を経た兄が「すべてのいきもののほんたうの幸福」を追い求めるべきだとする物語である〔手紙四〕を配ったことも、『妙行正軌』の定める「教書」としての追善を意図したものだったと検証した。

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