事故には,きっかけ(トリガー)となる誘因と背景にあって根本的原因ともなる素因とがある.転倒事故には,素因として構造系そのものに不安定要素が含まれている場合が多い.相継いで発生しているクレーン,杭打機そしてジャッキ等の転倒事故に内在する素因として,座屈に類する構造不安定要素が背景にあるとすれば予測が難しく,そしてその素因を取り除かない限り転倒事故はなくならない. 通常,転倒といえば水平力や偏心力等の作用による転倒モーメントと自重による抵抗モーメントの比較という明解な検討プロセスになる.これまでの転倒事故の原因調査では,ほとんどの場合転倒モーメントの発生原因の究明に重点が置かれ,構造系が不安定の場合の検討はあまりしてこられなかった.しかし,不安定な構造系では,水平力も偏心もない鉛直荷重だけでも転倒し得るという可能性を考えることになる.このような転倒モーメントがゼロでも構造物は転倒するというケースは,想定外として転倒事故に対する盲点となりやすい.ここでは,過去に起こったジャッキ転倒による橋桁落下の事故例について原因を分析し,転倒モーメントだけではなく構造不安定が素因であるとしてその理論的根拠を明らかにし,転倒のメカニズムを解明する.