2019 年 32 巻 2 号 p. 29-41
本稿では,大学に通えないという主訴で来談した男子学生との面接過程を報告する。MSSMや風景構成法などのイメージの中に表現されたクライエントの姿は,当初「取り繕った」と表現された。現実世界に適応することを目標にした心理療法ではなく,クライエントの世界への接点をもち続けようとしたセラピストの姿勢が結果的に,クライエントの内的世界の変容につながった。面接の後半の風景構成法には,その変容が表された。自分のペースで自分でいられるようになっていく過程をセラピストが共に歩むことで,ありのままの自分との接点をつかむことができたのではないかと言える。