2019 年 32 巻 2 号 p. 43-55
本稿では,透析患者との心理療法過程を報告し,身体機能の低下により,何もできない苦痛を訴えていたクライエントが,セラピストとの対話や描画,箱庭のイメージを介して成就した「何もしない」ことの意味を検討する。護られた豊かな内的世界に定位するイメージのプロセスと平行して,クライエントは日常生活や治療において主体的に変化していった。さらに,主体的になることと,身を委ねることの一致によって,「何もしない」ことに安らぐようになった。クライエントや場の状況に応じて面接を構造化することによって,心理療法の展開が促されることが示唆された。ただし,心的エネルギーの解放による過度の行動化で,身体に大きな負荷がかかる危険があり,枠の重要性を常に意識する必要があると思われる。