産業衛生学雑誌
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総説
産業安全保健における参加型アプローチの概念分析
吉川 悦子
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2013 年 55 巻 2 号 p. 45-52

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Abstract

目的:本研究の目的は,産業安全保健分野における「参加型アプローチ(participatory approach)」の概念が持つ特徴を明らかにすることと,この概念の産業安全保健における活用可能性を検討することである.方法:Rodgersの概念分析の手法に基づき,文献の中で参加型アプローチがどのように使われているかについて,属性,先行要件,帰結を抽出した.参加型アプローチに関して記述されている国内外の39文献を分析対象とした.結果:産業安全保健における参加型アプローチの属性として,【事業者と労働者が主体的に関与】,【良好実践を基盤に対策指向の低コストで多領域改善に焦点】,【合意形成を重視するプロセス】,【ネットワークを活用】が抽出された.また,先行要件として,【職場に存在するリスク】,【産業安全保健活動の困難性】,【職場や労働者の特性】,【職場のニーズ】であった.帰結として,【産業安全保健活動の促進】,【自主管理の強化】,【安全・健康な職場の実現】,【生産性やQOL向上への貢献】が導かれた.結論:産業安全保健における参加型アプローチは,『産業安全保健活動の促進や自主的な職場環境改善の継続を目指し,事業者と労働者が主体的に関与して,既存のネットワークを活用しながら行う,良好実践を基盤にした対策指向の低コストで多領域改善に焦点をあてた,労働者の合意形成を重視するプロセスである.』と定義した.事業者と労働者の自主的な産業安全保健を促進する上で,参加型アプローチにおける専門職の役割を明確化し,幅広い視点での評価体系を構築する必要性が示唆された.

I. はじめに

急速な産業構造の変化と就労形態の多様化,社会経済活動のグローバル化の中でわが国の産業社会は大きな変革期が訪れており,長引く経済不況や労働に対する価値観の多様化に伴う労働者のストレスおよび健康障害が深刻な問題となっている1).そのため,職域における安全・健康リスクの低減と,すべての労働者が安全で健康な労働生活を営む方法を支える産業安全保健のあり方が改めて問われている2).国際労働機関(International Labour Organization,以下,ILO)の国際労働基準第155号条約および第161号条約では,法規準拠型から,事業者が労働者の協力のもとに自身の事業場のニーズにあわせた自主対応型保健活動への変換が推奨され,労働災害・作業関連疾患の予防,快適職場形成,安全文化育成を目標にした労働安全衛生マネジメントシステムの自主導入が広がっている3, 4)

こうした動きの中で注目されているのが,参加型・自主対応型で行う産業安全保健活動の進展である.これは,各職場ですでに実践されている良好実践(グッドプラクティス)をベースに,企業や職場単位で改善計画を作成し,労働者が主体的にリスク評価,リスク低減や職場環境改善の取り組みを行うことである2, 5).この方法論は,1980年代にILOの現地支援プロジェクト(労働安全衛生活動推進と生産性向上を目指したトレーニングプログラム)のプロジェクトメンバーが開発し6),これまでに全世界で様々な業種や健康課題に対して広く活用されている7,8,9,10).一例をあげると,ILOが全世界で展開している労働現場での産業安全保健トレーニングプログラムである,中小企業における職場環境改善のためのワイズ(WISE, Work Improvement in Small Enterprises)プログラム11),農業労働分野における仕事・家庭生活環境改善のためのウィンド(WIND, Work Improvement in Neighbourhood Development)プログラム12),小規模建設業を対象としたウィスコン(WISCON, Work Improvement in Small Construction Sites)プログラム13)等があり,その他,国際労働財団がアジア各国で展開している,労働組合のイニシアティブによる参加型実践重視の労働安全衛生改善トレーニングプログラム,ポジティブ(POSITIVE: Participation-Oriented Safety Improvements by Trade-Union InitiatiVE)プログラム14)や,英国安全衛生庁(HSE)の労働者参加プログラム15),国際標準化機構(ISO)の筋骨格系障害予防に関する技術仕様書(ISO/TS20646)16)等,いずれも労働者参加を基本とした自主的な産業安全保健を進めるプログラムとして浸透している.

一方,これらの取り組みの中で共通用語として使われている「参加型アプローチ」の概念の中で,特に「参加型」の用語の持つ意味は幅広く多様であり,さまざまな学問領域で明確に定義されないまま使用されている場合が多い.当事者がその活動の過程において何かしらの意見を述べることを参加型手法17)と呼んでいるものや,健康教育等の場でロールプレイを取り入れたもの18),また,体験型の演習や参加者同士のグループ討議をプログラムに組み込んだものを参加型あるいは参加型介入(または学習)19, 20)とするものもあり,「参加型」という用語は,統一した見解ではなく概念が曖昧なまま使用されている現状にある.ChinnとKramerは,概念のことを「体験を様々な面から思考し組み立てた精神的構造物である」と定義し,概念の意味を生み出す過程は,意味の側面を意識的で伝達可能な認識に持っていくことであると述べている21).また,概念を分析することにより,その用語を使用する人たちが同じことについて話せるように,実践において乱用された,あるいは曖昧なまま広まっている概念を明確に定義することにも役立つことが指摘されており22),概念が曖昧なまま使用されている「参加型」という用語を含む「参加型アプローチ」の概念を明確にすることで,「参加型アプローチ」の概念の基本的な理解をもたらし,産業保健・産業看護分野の参加型を活用する方策を検討する上で重要な示唆をもたらすと考える.

そこで本研究では,産業安全保健分野における「参加型アプローチ(participatory approach)」の概念が持つ特徴を明らかにすることと,この概念が産業安全保健にどのように活用できるかを検討することを目的とした.

II.研究方法

産業安全保健分野における「参加型アプローチ」は,産業構造の変遷や経済の変化,労働者の価値観といった時代背景により変化しており,つまり,文脈と時間に応じて変化してきている用語である.このような広く抽象的な概念の特徴をわかりやすく把握するために,Rodgerdsが提唱した概念分析の手法である革新的方法23)を用いた.この方法は,概念を時間や状況に応じて変化するものととらえ,言葉の性質や使われ方に焦点をあて,その概念が文献のなかでどのように用いられているかを読み取り,その概念を構成する要素を抽出することで,概念の特性を明らかにしようとするものである.

1. データ収集方法

産業安全保健における参加型アプローチの使われ方をみるために,PubMed, CHINAL, 医中誌Web版 ver.5(以下,医中誌)を用いて,1990年から2012年の間に発表された日本語,英語の文献を検索した.当初,医中誌において「参加型アプローチ」「参加型介入」「参加型手法」といったキーワードを用い検索を実施したが,文献がそれぞれ数件しか検索されなかったため,“参加型” and “産業保健(or 労働衛生)”で,原著論文として検索された32件(和文10件,英文22件)のうち,産業保健分野での参加型アプローチについて記述のある24件(和文7件,英文16件)と,PubMed, CHINALにおいて,キーワードを“participatory approach”and “occupational health or workplace”として検索した抄録つきの原著論文で入手可能なもの43件のうち,参加型アプローチについて記載のないものや,医中誌での検索と重複した文献を除いた 13件を抽出し,分析過程でランドマークとなる論文を加えて,最終的に,計39文献(和文7件,英文32件)を対象とした.

2. データ分析方法

データ分析は,Rodgersの概念分析の方法23)に従い実施した.「参加型アプローチ」の用語に注目しながら対象文献を精読し,概念を構成する特性である「属性」,概念に先立ち生じる出来事「先行要件」,概念が発生した結果として生じる「帰結」に関する記述を生データのまま抽出して,コード表に入力した.それらのデータごとにラベルをつけてコード化し,共通性と類似性に基づいてカテゴリー化した.概念モデルは,分析から抽出された,「属性」,「先行要件」,「帰結」から文脈を考慮しながら作成を試みた.分析過程では,参加型アプローチの実践経験のある研究者や概念分析に精通した研究者にスーパーバイズを受けた.

III.結 果

概念分析の結果,「参加型アプローチ」の属性として4つのカテゴリー,先行要件として4つのカテゴリー,帰結として4つのカテゴリーが抽出された,以下,カテゴリーを【 】で,それを構成するサブカテゴリーを< >として示す.

1. 参加型アプローチの属性

【事業者と労働者が主体的に関与】,【良好実践を基盤に対策指向の低コストで多領域改善に焦点】,【合意形成を重視するプロセス】,【ネットワークを活用】の4つの属性が抽出された.

1) 事業者と労働者が主体的に関与

【事業者と労働者が主体的に関与】は,<労働者が参加>,<労働者の主体性形成>,<事業者と労働者双方の関与>の3つのサブカテゴリーから構成された.

参加型アプローチでは,労働者参加の仕組みが重視されており24),問題解決に必要な関係者が参加して26, 27),労働者自身が健康課題や優先課題を特定し8, 27),職場環境改善活動を継続するのも労働者自身9)であり,<労働者が参加>することが前提とされていた.その中で,取り組みの主役は労働者であり28),労働者が主体的に関与8)し,積極的に参加する29)ことで<労働者の主体性形成>をしていた.同時に,<事業者と労働者双方の関与>9)についても述べられており,事業者と労働者による協働9, 29)で,安全と健康に関する改善を同定し31),活動を計画実施する26, 30)等,経営層の積極的な参画32)の重要性が指摘されていた.

2) 良好事例を基盤に対策指向の低コストで多領域改善に焦点

【良好実践を基盤に対策指向の低コストで多領域改善に焦点】は,<良好実践を基盤>,<対策指向>,<低コストで多領域の改善に焦点>,<アクションチェックリストの活用>の4つのサブカテゴリーから構成された.

<良好事例を基盤>については,多くの文献で共通して記述されていた24, 33,34,35,36,37,38,39, 41).また,問題解決指向24, 37)で,実行可能な改善に注目する33, 36),<対策指向>型のアプローチ38, 40, 41)の側面や,<低コストですでに実践されている多領域の職場環境改善に焦点>31, 40)をあて,実効的なアクションを促進する41)側面が含まれていた.これらの取り組みには,<アクションチェックリストの活用>40,41,42)が共通して述べられていた.

3) 合意形成を重視するプロセス

【合意形成を重視するプロセス】は,<グループ討議での合意形成>,<一連のプロセス>,<PDCAサイクル>の3つのサブカテゴリーで構成された.

参加型アプローチでは,労働者同士のグループ討議38, 41, 44)により,ボトムアップでの合意形成41, 45)を促進する等,<グループ討議での合意形成>が必須の段階として述べられていた.これらの段階は単発で行われるのではなく,効果的なプロセスとして30)意思決定から評価に至るまで8)の<一連のプロセス>で展開45)されていた.さらにこれらのプロセスは一方向ではなく,心理社会的リスク等の職場の安全と健康に関する継続的な改善24, 26, 31, 42)における実効的で持続的なリスク低減対策35, 36)として,<PDCAサイクル>45)のような循環型のサイクルであるという特徴もみられた.

4) ネットワークを活用

【ネットワークを活用】は,<既存のコミュニティのネットワークを活用>のサブカテゴリーから構成されており,コミュニティにすでにあるネットワークを活用31, 32)し,現地の適切な資源36, 41),たとえば草の根レベルのネットワーク31)やフォーマルな資源との組み合わせ46)等さまざまなバリエーションでのネットワークを活用する状況が述べられていた.

2. 参加型アプローチの先行要件

参加型アプローチの先行要件として,【職場に存在するリスク】,【産業安全保健活動の困難性】,【職場や労働者の特性】,【職場のニーズ】の4つのカテゴリーが抽出された.

1) 職場に存在するリスク

【職場に存在するリスク】には,労働災害の発生のリスク46)や多重・多面な心身両面にわたるストレス要因38),筋骨格系障害発生リスク26, 39)等の労働者の<安全と健康に影響を及ぼすリスク>33)の側面と,危険有害作業9)や危険有害要因へのばく露27),さらにその危険有害要因の多様化,複合化28)による<多種多様な危険有害要因>の側面が含まれていた.リスクだけでなく,職業性疾病や作業関連疾患の発生27, 29),労働災害が頻発する25, 29)等,<仕事に関連した事故や疾病の発生>も述べられていた.

2) 産業安全保健活動の困難性

【産業安全保健活動の困難性】は,<不十分な作業条件や環境>9, 33)や産業保健サービスの浸透や展開が十分ではなく31, 36, 42),<リソースや仕組みが不足>30, 43)していること,産業保健安全に対する<労働者の認識や知識の不足>9, 25)が含まれていた.

3) 職場や労働者の特性

【職場や労働者の特性】は,中小規模事業場9, 31, 32,33,34,35,36)や家内工業や自営業9, 25, 30, 31, 33, 35, 36)等の<小規模職場>の特性や看護労働39),女性労働者27)等の<労働者の特性>の側面があり,参加型アプローチの取り組みに結びつくきっかけとなっていた.

4) 職場のニーズ

【職場のニーズ】は,<職場が目指す方向性>,<予防対策の必要性の認知>,<職場での仕組みづくりの必要性>,<自主的な取り組みを進める必要性>で構成された.

職場ストレスの低減を目指す34),安全と健康リスクを低減する35),QOLと生産性向上を目指す46, 47)等の<職場が目指す方向性>が示され,その実現のためには組織全体にアプローチする予防策44)等<予防対策の必要性の認知>36, 48)が参加型アプローチを始める際に関係していた.また,労使参加による包括的な安全・健康リスクマネジメント9, 24)といった<職場での仕組みづくりの必要性>や,職場での<自主的な取り組みを進める必要性>8, 24, 30)も参加型アプローチにつながっていた.

3. 参加型アプローチの帰結

帰結には,【産業安全保健活動の促進】,【自主管理の強化】,【安全・健康な職場の実現】,【生産性やQOL向上への貢献】の4つのカテゴリーが抽出された.

1) 産業安全保健活動の促進

【産業安全保健活動の促進】では,参加型アプローチを進めるための職場の特性や業種に特化したアクションチェックリスト等<トレーニングプログラムやツールの開発>11, 30, 38, 40, 46)や,<産業安全保健に関するプログラムの導入>8, 9, 24, 42, 46)がなされた.また,産業安全保健活動を促進するステークホルダーのひとつとして<労働組合の積極的な参加>9)が進んだ.

2) 自主管理の強化

【自主管理の強化】は,安全と健康に関する<職場の自主性形成>8, 24, 27, 31)がなされ,労働者と事業者の<自主的な改善を促進>25, 36)し,事業者・労働者と専門家や行政,コミュニティとの<ネットワーク構築>28, 45, 46),また,このネットワークを活用した<継続的な職場改善の仕組み>40, 46)が形成された.

3) 安全・健康な職場の実現

【安全・健康な職場の実現】では,参加型アプローチを通じて,<労働者の安全と健康に対する知識と態度が変化>し24, 25),<作業環境や作業条件等の職場環境改善が実施>され9, 31, 33, 35, 39, 40, 46),ターゲットとしていた健康課題がメンタルヘルス対策であれば,職場のコミュニケーションの改善43),職場のストレス軽減44)等の<メンタルヘルスの向上>がもたらされていた.そして,身体症状の軽減や<作業関連疾患の減少>26, 29, 45),<労働災害の減少>26, 29, 33, 36, 37)等危険状態からの回復としてのポジティブな成果につながっていた.

4) 生産性やQOL向上への貢献

さらに最終的な帰結として,<職務満足度の向上>34, 48)や<生産性の向上>47),<労働者のQOLの向上>47)といった【生産性やQOL向上への貢献】へと導かれていた.

4. 概念モデル

属性として抽出されたカテゴリー【事業者と労働者が主体的に関与】,【良好実践を基盤に対策指向の低コストで多領域改善に焦点】,【合意形成を重視するプロセス】,【ネットワークを活用】を軸として,データの文脈を考慮しながら構築された概念モデルをFig.1に示す.

Fig. 1.

 Conceptual model of participatory approach.

IV.考 察

1. 参加型アプローチの概念と定義

産業安全保健分野での参加型アプローチの主体はあくまで職場で働く労働者であり,事業者と労働者が主体的に関与することが重視されていた.労働安全マネジメントシステムガイドラインでも,事業者が労働者の協力を得て職場の安全と健康を促進する活動が重視されており3),労働者参加が進んでいる職場ほど産業安全保健の仕組みは充実している49)との指摘もある.また,事業者や労働者が主体的に取り組みを進めるためには,現場にすでに存在している資源やネットワークをうまく活用しながら,先行要件として示された【職場・労働者の特徴】や【職場のニーズ】を考慮していくことが重要であると考える.また,参加型アプローチの中では,アクションチェックリストや良好事例集のようなツールが共通して使用されており50),これらのツールの活用により,良好実践に基づく実効性のある改善アクションが容易に選択可能となり,対策指向で低コスト,多領域改善に焦点をあてることが促進されていた.そして,良好実践を基盤とした問題解決指向での取り組みの中で,労働者によるグループ討議を通じた合意形成のプロセスを重ねることで,事業者や労働者の安全や健康への関心や意欲を高め,職場全体の自主性が強化され継続的な改善へとつながると考える.参加型アプローチでは,事業者や労働者の主体的な関与を促進するための工夫がそのプロセスの中に組み込まれており,職場の自主的な取り組みの強化による産業安全保健活動の促進に大きな影響を与えることが示され,安全で健康的な職場の実現と最終的には生産性やQOLの向上に寄与することが示唆された.

概念分析の結果を踏まえ,産業安全保健における参加型アプローチを『産業安全保健活動の促進や自主的な職場環境改善の継続を目指し,事業者と労働者が主体的に関与して,既存のネットワークを活用しながら行う,良好実践を基盤にした対策指向の低コストで多領域改善に焦点をあてた,労働者の合意形成を重視するプロセスである.』と定義する.

2. 参加型アプローチの概念の活用可能性

産業安全保健における参加型アプローチの帰結として示された,事業者と労働者による自主管理の強化や安全で健康な職場の実現,働く人々のQOL向上への貢献は,労働安全衛生法に示された目的と一致しており,参加型アプローチが産業安全保健の推進に重要な視点を提供することが示された.特に,事業者と労働者の主体的な関与を強調する参加型アプローチの概念は,産業安全保健専門職が常在していない小規模事業場において,資源や仕組みの制約を超えるための包括的な視点を提供し,産業安全保健活動を促進するための実効的なアプローチとして位置づけられることが重要であると考える.

また,参加型アプローチの概念を活用するにあたり,この取り組みを職場で継続的に展開するための仕組みづくりに関する介入研究や参加型アプローチの効果評価に関する研究も今後ますます必要となると考える.特に,評価体系に関しては,Community-Based Participatory Research等,地域保健領域で蓄積されている知見51,52,53)を応用しながら,労働者や職場の意欲や認識の変化,職場集団としての自主性の発展,持続可能な活動として職場全体に波及するダイナミックなアウトカムとして,参加型アプローチによる産業安全保健活動の評価体系について検討する必要がある.

もう一点,参加型アプローチにおける概念が明確にされたことで,事業者と労働者の主体的な取り組みを支援する産業保健専門職の役割を検討することも重要であると考える.参加型アプローチにおける産業保健専門職の役割は,現場の自主的な活動を側面から支援するファシリテーター26, 28, 44)であり,事業者・労働者双方をエンパワメントする42)重要な役割を担っていた.産業保健分野では,産業医,産業看護職,衛生管理者,衛生工学専門家等さまざまな専門職がチームとして活動するが,職場の自主的な産業安全保健の取り組みを強化するために,専門職としての立ち位置や,どのような働きかけが有効であるかを考える上で,参加型アプローチの概念は活用可能性が高いと考えられる.

V.本研究の限界

本概念分析の結果から,産業安全保健における参加型アプローチの特徴が明らかとなり,産業安全保健における諸課題を解決するための,包括的で実効的な取り組みのひとつとして有用な示唆を得られた点では意義があると考える.しかし,本研究で抽出された対象文献は,参加型アプローチによりポジティブな成果をもたらした研究のみであり,参加型アプローチを用いることによるネガティブな影響や結果については検討されなかった.今後は,参加型アプローチへの抵抗や困難点も含めて明らかにし,有効な取り組みとしての参加型アプローチの進め方を検討するために,わが国での実践や研究を重ねていく必要がある.

VI.結 論

本研究では,産業安全保健における参加型アプローチの概念を分析し,活用可能性を検討した.産業安全保健における参加型アプローチの定義は,『産業安全保健活動の促進や自主的な職場環境改善の継続を目指し,事業者と労働者が主体的に関与して,既存のネットワークを活用しながら行う,良好実践を基盤にした対策指向の低コストで多領域改善に焦点をあてた,労働者の合意形成を重視するプロセスである』とした.

事業者・労働者の主体的な関与を促し,安全で健康的な職場の実現,働く人々のQOL向上や生産性向上に貢献する参加型アプローチは,産業安全保健活動において重要な位置づけにあるといえる.

今後は,産業安全保健における参加型アプローチを活用した研究を蓄積し,評価体系の構築を行う必要があると同時に,事業者と労働者の主体的な取り組みを支援する産業保健専門職の役割を検討することも重要である.

Acknowledgment

謝辞:参加型アプローチの概念の検討にあたり,助言をいただきました公益財団法人労働科学研究所の小木和孝氏に深く感謝いたします.

 本研究は平成24年度科学研究補助金(課題番号23593197)により実施した研究の一部であり,本論文の要旨は日本地域看護学会第15回学術集会(2012年6月23日,東京)において発表した.

References
 
© 2013 公益社団法人 日本産業衛生学会
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