目的:職場における職業性末梢神経障害OPDに関する研究について,著者の経験に基づき概観し,今後のOPDの見通しを示す.方法:4種の化学物質による慢性中毒によるOPDの症例,レーヨン製造工場における二硫化炭素CS2に曝露労働者の末梢神経への影響を末梢神経伝導速度NCVによって調べた断面疫学調査,振動障害VSと非特異的頸肩腕障害CBDの患者の末梢神経障害を末梢神経伝導速度NCVによる調査について述べる.結果:無機鉛,タリウム,n-ヘキサン,臭化メチルによる4症例について,症状所見,曝露を示してその関係を述べた.断面疫学調査により,約 5 ppmのCS2曝露労働者において上肢の神経伝導速度NCV低下がない一方,下肢のNCV低下が示され,より高濃度の曝露労働者では上肢のNCV低下が示された.VS患者においては,手の3神経のうち複数神経への影響 = 多巣性神経障害が観察された.CBD患者では,示指の橈骨神経の知覚神経伝導速度SCVの低下が示された.結論:症例,患者調査,疫学調査によって職業性末梢神経障害の諸相が示された.しかし,化学物質による健康障害の漸減から最近の職場ではOPDは減少していると推定される.他の要因を含むOPDの課題は,毒性が不明な化学物質の導入などにより,鑑別診断を含めて将来も残るであろう.
目的:職業性疾病であるけい肺の原因物質とされる結晶質シリカは,粒径や表面特性等の粒子特性が異なる多種多様な製品(粒子)が製造されている.我が国において,これらの製品は,2018年の労働安全衛生法施行令の一部改正につき,表示・通知義務対象物質である結晶質シリカとして一律に管理されるようになったが,粒子特性によってその毒性が変化することが報告されており,事業者は,シリカ粒子ばく露による予期せぬ健康障害を防止するためにも,製品ごとに適切なリスクアセスメントを実施することが望まれる.本研究では,シリカ粒子による炎症反応のきっかけになると考えられているリソソーム膜損傷を赤血球膜損傷に見立て,炎症誘発性を有する可能性があるシリカ粒子のスクリーニングの指標としての赤血球溶血性の利用可能性を検証することを目的とした.方法:粒径,結晶度,表面官能基の異なるシリカ粒子について,健常者ボランティア男性の血液から単離した赤血球を用いて溶血性試験を行った.また,シリカ粒子と他元素粒子間における溶血性の比較や,市販の結晶質シリカ粒子製品27種類において試験的なスクリーニングを試みた.結果:シリカ粒子の溶血性は,非晶質よりも結晶質の方が高く,粒径が小さいほど上昇した.他元素の粒子はほとんど溶血性を示さず,シリカ粒子の表面に金属イオンが吸着すると溶血性が抑制された.産業現場で使用されている結晶質シリカの製品群では,製品間で溶血性が大きく異なった.考察と結論:本研究は,粒径,結晶度,表面官能基といった粒子特性が,シリカ粒子の溶血性に影響を及ぼすことを明らかにした.中でも特に,シリカ粒子特有の表面官能基(シラノール基)が溶血性に強く関与しているであろうと考えられた.また,産業現場の製品群においても,溶血率を基準にしたグレード分けが可能であり,溶血性は,炎症誘発性を有する可能性があるシリカ粒子のスクリーニングにおける評価指標の一つになりうることが示唆された.
目的:医療や介護領域においては,抗がん薬の汚染が問題となっている.特に,抗がん薬投与を受けた患者の尿中には抗がん薬が含まれる.抗がん薬を含む尿の排泄時に,尿とともに便器周囲に飛散した抗がん薬は,スリッパ裏に付着して拡散する.そこで,抗がん薬を含む尿を活性炭にて吸着し,抗がん薬の汚染拡大を防止する吸着シートを開発したので,その性能評価を行った.
対象と方法:方法として,人工尿で希釈したシクロホスファミド(CPA; 2,000 μg/mL),メトトレキサート(MTX; 6,000 μg/mL)およびパクリタキセル(PTX; 200 μg/mL)について 5 μL×20滴を市販の2種の医療用シート(ピタパシートⓇ;対照製品1,アブソケアシーツ;対照製品2)と開発シート(HDセーフシートⓇ-Neo:試験製品)上に滴下した.次にシート上から,塩化ビニル製スリッパで加重し,スリッパ裏の抗がん薬付着量を定量した.
結果:いずれのシートも使用しない場合,滴下した各抗がん薬(CPA,MTXおよびPTX)のそれぞれ平均31.5%,38.7%および50.5%がスリッパ裏に付着した.対照製品2に比べ,活性炭を含む試験製品では,CPAおよびMTX平均付着量は,有意に減少した(224 vs 2 μg,p < .050および2,235 vs 19 μg,p < .050).一方,PTX平均付着量には有意な差がなかった(35 vs 13 μg).
結論:活性炭は尿中に含まれる抗がん薬を吸着し,活性炭を含む吸着シートは,スリッパ裏への抗がん薬付着量を大きく低減したことから,尿中抗がん薬飛散に起因する汚染の拡大を防止できる可能性が示唆された.
目的:社会保険労務士(以下,社労士)は治療と仕事の両立支援の分野に種々の立場で関わるものの,その資格要件には両立支援に関する知識は含まれず,社労士がいかに両立支援の分野に関わることが期待されるかについての検討が十分であるとはいえない.本研究では,治療と仕事の両立支援を行う際に社会保険労務士に期待されるコンピテンシーを同定することを目的とした.対象と方法:第1ステップとして対象となる社労士に半構造化面接を行った.第2ステップとして面接結果をもとにコンピテンシーリスト(案)を作成した.第3ステップとしてデルファイ法を用い,両立支援の相談件数が10件以上の社労士にアンケート調査への協力呼びかけを行い,重要度(両立支援の関連業務を行う際にどの程度重要と思うか)と達成度(自らがどの程度達成しているか)を問うた.また提示したコンピテンシーリスト(案)以外に必要と考えられるコンピテンシーを問い,能力案の追加項目として加えた.第4ステップとして,ステップ3で有効回答をした者に対しステップ3の結果を提示した上で同意率(項目をコンピテンシーとして採用することに同意するか)を問い,同意率80%以上の項目をコンピテンシー項目として採用した.また,第3ステップで作成した追加項目について重要度と達成度を問うた.結果:ステップ1では24名の社労士から協力を得,ステップ2で6の大項目,18の中項目,71の小項目のコンピテンシーリスト(案)を作成した.ステップ3では,49名の社労士が参加し41名の協力を得た(回答率83.6%).新たに追加すべきコンピテンシーリスト(案)として5項目を追加した.ステップ4では,30名から協力を得た(応答率73.1%).同意率80%未満の項目はなく,同意率100%の項目が全項目の4割以上を占めた.結果,6の大項目,18の中項目,76の小項目がコンピテンシーリストとして同定された.結論:本研究により治療と仕事の両立支援の分野において社労士に期待されるコンピテンシーを提示した.本結果は,今後社労士を対象とした体系的な研修カリキュラムの開発の参考になることが示唆された.