産業衛生学雑誌
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話題(東日本大震災特集)
口を開けると心も開く~小さな支援活動を通じて~
宮城県南三陸町口腔保健支援プログラム「お口のチェック」
山本 良子
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2013 年 55 巻 3 号 p. 111-114

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I.背景 支援活動取組みへの動機─被災地,歯科医師の思い─

震災から4ヶ月が経った2011年7月,南三陸町の歯科医師に話を伺ったことが発端であった.震災直後から避難所を回り,診療車から簡易仮設診療所,現在は仮設歯科診療所において,自身の診療業務の傍ら,検死や各地からの支援者の仲介をこなし多忙を極めた日々を過ごしていた.支援が収束した後この地で口腔保健を守っていくために,訪問診療・口腔ケアの予備調査をして欲しいとの要望があった.「震災後半年が過ぎた秋頃には,住民の気分が沈んでいくのではないか」「仕事を失った若い世代が流出していき支援も少しずつ終息に向かっている」「復旧復興もままならぬまま,取り残されて寂しい気持ちに包まれるであろう」「問題を抱えたまま孤立した人がいないか巡回し耳を傾ける必要があるが,地元の医療者だけでは到底手が回らない状況になっていくであろう」との考えが背景にあった.緊急歯科治療はすでにいったん終息し,仮設歯科診療所の開設により十分とは言えないまでも歯科診療が行われている.今後は口腔保健が重要だが歯科衛生士が不足していた.被災者でありながら,震災後休む間もなく町のために走り続けてきた地元歯科医師の手足になれないだろうかとの思いを強くした.

一方,様々な幅広い支援を展開していた宮城県歯科医師会では,震災対策を担当する常務理事より「壊滅的であった南三陸町では支援が行き届かないこともある」と伺い,宮城県歯科医師会の指導の下,地元の歯科医師の先生,南三陸町役場と協議調整の上,支援を行った. 本稿では口腔保健支援プログラム「お口のチェック」について報告する.

II.目 的

主たる目的は,長期化する避難生活により,被災高齢者における誤嚥性肺炎が増大することを防ぐための,命を守る口腔ケアである.次に生活環境の変化により生じるお口の困りごとの調査と相談,歯科医療ニーズやQOLの把握.3点目は,家族で守るこどもの歯であった.食事や歯磨き習慣もいったん大きく崩れたため子どものむし歯が増大することが危惧された.そして南三陸町は元々むし歯が大変多く,3歳児のむし歯の平均本数は全国の2.8倍も多いことが分かっている(H20年の比較).そのため家族みんなで子どもの歯・自分の歯・高齢者の命を守るための,全年齢に対応する口腔保健に関する啓発に努めた.

III.方 法

「お口のチェック」は,歯科衛生士が一人ずつ各家庭を訪問し,口の困りごとなどを伺い,一緒に解決の糸口を探し,健康情報を提供した(Fig. 1).歯科衛生士から被災の状況や感情を聞き出さないよう心がけ,本人が自ら語ることには傾聴する姿勢で接した.ほとんどの人が,対話の中で被災された今の思いや状況を話した.経過と共に問題も変化したり負担が過重になったりしているように感じた.

Fig. 1.

南三陸町「お口のチェック」実施フロー.

2011年7月から支援のための調整を行い,2011年11月から2012年7月までの間に月に1週間ずつの訪問を行った.移動と事前事後の打合せがあるため,実質巡回ができるのは3日間だった.短期間の支援者が交代で入ってくると,交代の度に被災現地の関係者がオリエンテーションを行ったり,同じ質問を受けざるを得ず疲弊することが分かった.そこで支援スタッフを少人数で交代し,毎回,前回と同じスタッフが必ず1名は含まれるようにした.

「お口のチェック」では,以下の聴き取りを行った.

現病歴/口腔の自覚症状/歯科医院について─受診予定・受診が出来ない理由・通院方法・かかりつけ医の有無/口腔保健行動/口腔保健についての希望

歯科衛生士が口腔内観察を行い,口腔衛生状況/受診勧奨の要否-口腔ケア・治療について判定を行った.

IV.結 果

戸別訪問での被面接者は292戸427人で,その内訳は男性155人 (36%)(14歳以下13人(8%) 15–64歳52人(34%) 65歳以上84人(54%) 不明6人(4%)).女性272人(64%)(14歳以下12人(4%) 15–64歳130人(48%) 65歳以上121人(44%) 不明9人(3%))であった.

3割の人が口の中に不具合を感じている(Fig. 2).口腔内の不具合がある割合は,職域での平均は6割前後であり,通常職域で最も多く8割の人が自覚する症状⑤歯の間にはさまるや②歯肉出血などが少ないことがわかった.これは初期の自覚症状が少なく,それ以上に口腔状況が悪いことが考えられる.最も回答の多い⑨その他の内訳は,治療中/治療中断/歯が抜けたまま/入れ歯が流された/口内炎/舌痛症 であった.(Fig. 2

Fig. 2.

お口の中で調子の悪いところがある-気になる症状 ※複数回答.

この不具合を感じている人の内53%は歯科を受診する予定はないと答え,その理由の1位は,⑥我慢できる. 2位は ⑧その他でその内訳は,面倒や苦手意識,歯科医院の混雑などの歯科を敬遠する答えであった(Fig. 3).歯科のかかりつけ医を持っている人の割合は平均と変わらず7割弱であった.かかりつけ医への思いは強く,かかりつけ医の安否や移転により一喜一憂する様子が多く見られ受療行動にも影響があった(写真1).

Fig. 3.

口の中に不具合があるが歯科受診の予定がない-その理由 ※複数回答.

写真1

  高齢者の多くは我慢強い.

3割の方に歯科衛生士が歯科受診勧奨を行った.この受診勧奨は口腔ケアと歯科治療について行ったが,被災者であるというバイアスがかかり,判定が甘くなったことは否めない. 調査票は毎日データ確認と調査に関するすり合わせを行ったが,本支援に関わった4名の歯科衛生士が,最終的に同レベルで判定が行えたとは言い難いことが反省点である.

通院方法は,自家用車を多く保有する地域であり高齢でも運転する人が多いため,自力で通院可能な人は65%,家族により通院が可能な人は30%あり,緊急を要す巡回診療が必要な方はいなかった.便数が少ないバスを利用する住民にとっては,労力と時間を費やす歯科通院が難しい.罹災証明書がある人は,保険診療の自己負担免除が期限つきで実施されていたため歯科医院は混雑している.自己負担がある人には,待ち時間や費用の負担が受診を留まらせていた.

震災後,仮設歯科診療所・仮設公立診療所の新住所や連絡先を知らない方が40%あり,町からの情報提供ということで連絡先をお知らせした.情報提供は町の広報等で幅広く行われているものの情報をキャッチできていない人がいる.

誤嚥性肺炎の予防のために,口腔ケアの必要性を説いたが,その中でも舌磨きは概ね認知され実行されていた.入れ歯の使い方は,就寝時に外すことを知らない人や,普段や飲食時に入れ歯を外し出かける際のみ使用している人がいた.入れ歯の手入れについても十分な知識は無かった.

子どもの保育は祖父母(曽祖父母)が行うケースが多いため,お菓子や飲料が無秩序に与えられていることに問題があった.南三陸町の子どもにむし歯が特別に多いこと,口移しによるむし歯の細菌感染や,フッ素によるむし歯予防については,おおむね認知されていたが,行動が伴っていないようであった.子どものむし歯予防に関して,祖父母(曽祖父母)にお話しする機会があったのは有意義であった.家族全員が使える判り易いリーフレットを使い95%の人に口腔保健指導を行った(写真2).

写真2

子育ては祖父母が担当 古き良き家族形態.

V.考 察

1.行政との調整

南三陸町役場では,当初,様々な調査が入っているため重複すると問題があるかもしれないと,支援の申出に難色が示されていた.しかし協議を重ねるうちに,支援が入りにくく役場でも未把握の地区があることが判明し,そこを巡回して欲しいとの声から,仮設ではなく在宅者を巡回することになった.支援といっても,行政に事前調整等をお願いすることになり,関係者には少なからず負荷がかかることになる.多くの支援を受入れられ大変な労力や気苦労をされていた.また支援が多く入っても必要な情報は残らないケースが多いそうで,支援の受入れに慎重な対応が求められていたことには納得した.

弊会は町との情報共有を十分に行いつつ,極力役場のリソースを使わないこと,役場が必要とする情報を収集し判り易く報告することを念頭にシステムづくりを行った.

在宅者は家が有りそこに住んでいる者ということになるが,家が全壊・半壊になり修理して住んでいる人もいれば,避難所から早く出たくて(家族の認知症や障害などにより他人に迷惑をかけるため)自分で仮設を建てた人や仮設から戻ってきた人もいた(写真3).家族を探すために避難所に行かなかった人,家族構成や仕事が劇的に変化している人など様々な人が居住している.主な公的支援は仮設や施設を中心に予算化されているため,在宅者は支援から取り残されている現状があった.

写真3

 自分自身で建てた仮設住宅は瓦礫の真前.

震災直後は,歯磨きができないばかりか食事や水がない状態のため,舌が真っ黒になった経験をされた住民も多かったようだ.強いストレスのために味覚障害(何を食べても苦味しか感じない)を患った人は,「心が被害にあった」と声をつまらせた.

震災から時間が経ち支援格差や復興への閉塞感,ままならない日常のストレスにより,隣人同士の感情にも様々な形で心の澱が溜まっているように感じた.その点,遠くから来た者(私共)に対しては返って話しやすい人もいたようだ.たくさん話をしたい欲求を持っている住民は多く「お話できてよかった」「仮設住宅は支援や情報提供が多いが在宅者には支援がなく忘れられている.今回のように話すことができてうれしい」などの声を聞き,“お口をひらくことは,心をひらくこと”と以前から感じていたことを改めて認識した.

巡回に際しては,事前に南三陸町保健福祉課の広報を,地区の区長・班長や民生委員を通じて通達されスムーズに巡回することができた.またメンタルや認知症が疑われたり孤立している方は,町の担当保健師へ報告しフォローできる体制につないだ.支援活動を下支えしてくれた関係者の復興への強い想いと,小さな支援でも喜ばれたり,少しでも役に立てたと実感できたことが,弊会の支援活動の原動力となった(写真4).

写真4

  保健福祉課の皆様と.

VI.まとめ

・随時変化するニーズを調査しそれに柔軟に対応する

・関係各所と十分に協議を行い承認を得る

・支援受入れ先に負荷がかからないようにする

・支援の規模や期間を明確にする

・支援受入れ先に必要な情報を整理して残す(個人情報や報告する範囲を決めておく)

今回支援活動を実施するにあたり,震災直後からの医療関係のメーリングリストやホームページ・学会誌などで支援に関する情報を収集することができたことは有用であった.中でも『保健・医療従事者が被災者と自分たちを守るためのポイント集』(和田耕治/岩室紳也 編著 中外医学社)は,支援のあり方を考える上で大変参考になった.

VII.おわりに

小さな活動ではあったが,傍観せずに一歩踏み出したことを誇りに思う.本活動が波及して弊会の互助会では,南三陸町へのボランティア旅行が計画された.どのような形であれ,自分たちの出来ることをしようとする意志が職員間に表れた.この思いを忘れることなく,いつでもどのような形でも真に役立つことを考え行動し,対象となる人々のwell-beingとは何かを考えていきたい(写真5).

写真5

  被災された方のwell-being 尊厳ある生を祈念して.

写真の掲載は対象住民と役場に許諾を得ている.

 
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