産業衛生学雑誌
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原著
企業全体で産業保健を展開するための統括産業医の機能と位置づけ
─統括産業医に対するインタビュー調査─
森 晃爾永田 智久梶木 繁之日野  義之永田 昌子
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2013 年 55 巻 5 号 p. 145-153

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Abstract

目的:昨今,企業全体で整合性の取れた産業保健活動の展開が必要になってきており,そのためには,活動方針の明確化,活動基準の策定,産業保健スタッフの配置や意思疎通を企業全体で行っていく必要がある.その際,産業保健分野の高度な専門性を有し,統括産業医や総括産業医等(以下,統括産業医)の名称を与えられ,企業全体の産業保健活動をリードする産業医が任命されるようになってきた.しかし,これまで国内において,統括産業医の実態や機能に関する実態調査やそれに基づく検討はまったく行われていない.そこで我々は,統括産業医の機能と企業内での位置づけについての実態を明らかにすることを目的として,実際に大企業において統括産業医として任命されている産業医に対するインタビュー調査を行った.対象と方法:従業員数5,000名以上で,「複数の事業場と複数の産業医が存在する企業において,企業単位での産業保健活動の方針や活動の管理の役割を果たす産業医」を調査対象とし,条件を満たす統括産業医14名にインタビューを行った.インタビューのスクリプトをコード化し,統括産業医として果たしている具体的な機能と企業内での対象者の位置づけについて分析を行った.結果:分析の結果,5つの事項が示唆された.機能としては,1) 統括産業医は産業保健に関する全社的な方針,基準,計画の策定に主体的に貢献していること,2) 産業保健に関する全社方針や基準等は,その実行性を確保するために,事業拠点を統括する本社の事業部門等から出されるとともに,統括産業医が事業拠点の産業医や産業保健スタッフに対して指導や情報提供をしていること,3) 労働安全衛生マネジメントの内部監査や業務監査の一環で実行状況の評価が行われている企業があり,統括産業医が専門的に貢献していること,4) 産業医や産業保健スタッフの会議を主宰するなどの方法で意思疎通を行ったり,基準の技術的事項などについて全社的な研修を行う努力をしていることが示唆された.また,5) 総括産業医が役割を果たすためには,意思決定者である人事担当役員等の職位の経営層に直接または間接的に提案できるような位置づけや関与が重要であることが示唆された.考察:企業全体での整合性が取れた産業保健活動を推進している企業では,企業活動の意思決定や指揮命令等の機能を用いるとともに,統括産業医のもつ産業保健に関する専門的な知識を活用していると考えられた.また統括産業医が,産業保健専門職の確保や意思疎通に大きな役割を果たしていることが考えられた.今後,統括産業医業務の事例収集,統括産業医のコンピテンシーの明確化などを行った上で,研修プログラムの開発と提供が必要と考えらえる.

I.はじめに

日本において,労働安全衛生法に基づく事業者の義務は,事業場ごとに履行することが求められている.助言や勧告等の方法で事業者による義務の履行を専門的に支援する産業医についても,事業場ごとに選任することが求められている.しかし,産業保健活動を法令の遵守という側面ではなく,企業経営上のリスクや損失の管理,社会的責任の履行1, 2)という側面から捉えた場合には,事業場単位ではなく,企業としての方針に基づくとともに,それぞれの事業場の特性に合わせた自律的な活動の展開が必要となってくる.さらに,持株会社の設置や連結会計などの導入を背景に,企業の範囲が不明確になり,企業が担うべき社会的責任の範囲が,資本関係を通じて国内外のグループ企業に及んでおり,産業保健もそれに合わせた体制づくりが必要となってきている3,4,5)

企業または企業グループ全体(以下,企業全体)で産業保健活動を展開しようとした際,活動方針の明確化,活動基準の策定,産業保健スタッフの配置や意思疎通,活動状況の確認や評価を全体で行っていく必要がある.労働安全衛生法で産業医の選任を求めているのは,産業医の選任要件(第13条第2項)にあるように,「労働者の健康管理等を行うのに必要な医学に関する知識」が産業保健活動の遂行に必要であるためである.企業全体での自律的な産業保健活動の展開においても同様と考えられ,法令上の規定はないが,そのような役割を果たす産業医の配置が必要である.厚生労働省が2006年から2007年にかけて産業保健分野の専門家等を参集して開催した検討会(産業医・産業医科大学のあり方に関する検討会)の報告書でも,「事業場単位だけではなく,企業単位での健康確保対策を講ずることも必要になっており,支店や営業所等の複数の事業場を有する大企業については,企業内の事業場の産業保健活動の促進について指導する総括的な産業医の活用について,そのあり方を検討する必要がある」としている6).そして昨今,企業内でそのような役割を果たす産業医として,統括産業医や総括産業医(以下,統括産業医)の名称を与えられている産業医が多くの企業で認められる7, 8)

しかし,これまで国内において,統括産業医の実態や機能について実態調査やそれに基づく検討はまったく行われていない.今後,企業全体での産業保健活動がさらに促進されるためには,統括産業医の機能を明らかにした上で,それらの機能を果たす上で必要な資質の検討と,育成のためのプログラム開発が必要になる.そこで我々は,統括産業医の機能と企業内での位置づけについての実態を明らかにすることを目的として,実際に大企業において統括産業医として任命されている産業医に対するインタビュー調査を行った.

II.対象と方法

本研究における調査方法について,我が国における統括産業医の機能についての先行研究が存在せず,実態に関する具体的な情報をもとに分析する必要があると考えられたため,質的研究手法を用いた.

1.対象

調査の対象とする産業医の条件を,従業員数5,000名以上で,「複数の事業場と複数の産業医が存在する企業において,企業全体での産業保健活動の方針や活動の管理的役割を果たす産業医」とした.統一した産業保健サービスの対象がグループ企業に及ぶ場合には,それらを含めた従業員数が5,000名以上の場合も対象に含めた.これらの産業医は,企業内において,統括産業医や総括産業医,全社産業医など,異なるタイトルが与えられていた.本著においては,以降,”統括産業医”と呼ぶ.

条件を満たす統括産業医について,業種が多様となるように配慮するとともに,学会などで自らの活動を発表するなどにより,名称だけでなく,統括産業医としての何らかの機能を有していることが想定された産業医12名を機縁法によって選定した.12名の属性および所属する企業の業種・規模は,Table 1のとおりである.

Table 1. Characteristics of the companies that the interviewees worked for
Industries* Number of employees** Number of employees (Group)**
A Manufacture of ceramic, stone and clay products 8,300 25,000
B Production, transmission and distribution of electricity 12,800 19,800+
C Manufacture of transportation equipment 69,000 326,000
D Manufacture of iron and steel 7,100+ 23,700+
E Manufacture of business oriented machinery 9,100+ 45,000+
F Manufacture of chemical and allied products 5,200+ 12,700
G Manufacture of electrical machinery, equipment and supplies 28,800+ 117,300
H Manufacture of business oriented machinery 11,600+ 109,200
I Railway transport 53,600+ 74,900+
J Manufacture of chemical and allied products 1,400+ 25,400
K Manufacture of chemical and allied products 2,500+ 6,000+
L Retail trade, general merchandise 3,400+ 6,000+

* Major groups in the Japan standard industrial classification. ** Numbers of employees exhibited on the official website of each company as of September 1, 2012 (Rounded to the nearest hundred). + Based on official booklets or information for investors published in 2012 when the number was not available on the company’s website.

2.調査実施期間

インタビュー調査は,2007年12月から2010年1月の期間に行った.

3.調査方法

インタビュー調査は,それぞれ著者(KM)を含む2名の研究者が,対象者が勤務する事業場を訪問して実施した.まず,本調査における統括産業医の定義を示した上で,半構造化した調査用紙を用いて聴取した.質問の内容は,「統括産業医として,ご自身が現在果たしている機能をお答えください.」および「統括産業医としての社内での位置づけをお答えください.」とした.各産業医へのインタビューは1回として,インタビュー時間は約1時間であった.

4.分析

データの分析は,KMが1名で行った.インタビューのスクリプトをコード化し,内容分析の手法9)を用いて記録単位群を作り,類似した群をカテゴリー化し,カテゴリー名を付けた.その上で,インタビュー対象者全員に分析結果を示して,分類と解釈の妥当性について意見を収集した.

5.倫理的配慮

インタビューを開始する前に,対象者に対して,録音記録はKMが保管し,発言内容は個人が特定できない形で記述するなどの情報管理方法を説明して,インタビューの録音およびデータ利用について口頭で同意を得た.また,各対象者にアルファベットを割り当てて,データの分析を行い,倫理的配慮を行った.

III.結 果

分析の結果,統括産業医の機能としては,6記録単位群,2カテゴリーに分類された.統括産業医の企業内での位置づけについては,2記録単位群,2カテゴリーに分類された.また,分類と解釈に関するまとめを作成してインタビュー対象者に送付し,内容について妥当とするフィードバックが得られた.

インタビューの分析結果の要約を以下に示す.

1. 統括産業医の機能

(1) 産業保健に関する全社方針や基準等の策定への貢献,浸透の方法,実行状況の評価・監査等への貢献

1) 全社方針や基準等の策定への貢献

労働安全衛生法では事業場ごとの労働衛生管理体制の確立を求めているが,労働者の健康に関わる企業としてのリスクが大きくなったため,企業全体での統一的な展開が必要となってきており,統括産業医は産業保健に関する全社的な方針,基準,計画の策定に主体的に貢献していることが示唆された.

「企業における労働者の健康面のリスクが増大したことなどの時代背景から,中央集権的な運営が必要となってきている.さらに,連結子会社など,資本を通じて管理する企業でのリスクを考えると,グループ全体を統括する機能が必要である.産業医は,企業の方針に従って,業務を行う必要があり,それをまとめるのが統括産業医の仕事である.」(G:電気機械器具製造業産業医)

「統括産業医として業務を始めた当初から,社内の産業保健体制の状況に事業所間で大きな格差があった.企業としての産業保健活動の確立のために,企業全体のルールを作ることが必要であった.ルールは人事部門などの担当部門で作られることになるが,統括産業医が専門的に関与することが求められている.」(A:窯業・土石製品製造業産業医)

「企業として基準を作る際,統括産業医として原案を作り,人事担当役員の了解とRC委員会での承認を得る.」(F: 化学工業産業医)

「全社ルールの作成に関与している.最近では,事業継続計画を含む新型インフルエンザ対策の基準を作った.また,全社的な健康管理データーベースの運用ルールづくりを行っている.」(J:化学工業産業医)

「産業保健方針の策定や体制整備,会社としてのルールの作成全般に関与している.最近では,新型インフルエンザの事業継続計画や各店舗を担当する嘱託産業医の活動マニュアルを中心になって作った.」(L:各種商品小売業産業医)

2) 全社方針や基準等の社内への浸透の方法

産業保健に関する全社方針や基準等は,その実行性を確保するために,事業拠点を統括する本社の事業部門や事業拠点の総務部門を統括する本社の人事部門から流されるとともに,統括産業医が事業拠点において専門的な機能を果たす産業医や産業保健スタッフに対して指導や情報提供をしていることが示唆された.

「方針や規則を浸透させる際,総括産業医としては,本社で他部署のマネージャーと相談しラインを通じて行うものと,各事業場の産業医等の産業保健スタッフに直接流すものの二つがあり,この組み合わせをうまく行っていく必要がある.」(A: 窯業・土石製品製造業産業医)

「健康管理に関わる基準等は本社の安全健康部長名で出され,事業拠点の労務部長が対応責任者となっている.事業拠点での産業保健のレベルが異なるため,全社基準は敢えてレベルを落とした基準にする必要がある場合がある.」(D:製鉄業産業医)

「全社的なプログラムを展開するためには,指示が本社の事業拠点を統括する部門から事業拠点トップに出される必要がある.それとともに,実行部隊である産業医や保健師に出される必要がある.事業拠点トップが,『プログラムを事業拠点で行っておかないと自分が悪い評価になる』ということを認識することが大切である.」(E:業務用機械器具製造業産業医)

「企業としての基準は,全社のRC委員会で了解を得て,生産技術部門から各工場に下され,各工場長の責任として実行することになる.」(F: 化学工業産業医)

「全社基準などの公文書は,人事部長名で各事業拠点総務部長に出して実行することになっている.事業拠点産業医に対しては,統括産業医として産業医会議で説明して,スタッフ間の意思疎通を図ることになっている.」(G:電気機械器具製造業)

3) 全社方針や基準等の実行状況の評価・監査等への貢献

産業保健に関する全社方針や基準等の実行状況の確認が,労働安全衛生マネジメントシステムや化学工業のRCの監査,監査部門の監査の一環で行われる企業があり,統括産業医が専門的に貢献していることが示唆された.

「本社の安全健康部として,労働安全衛生マネジメントシステムの内部監査を兼ねた事業拠点監査を行っている.安全および健康に関するチェック項目をそれぞれの事業拠点に担当者に準備させた上で,それらを現地で監査チームが確認する方式である.健康管理に関わる事項の担当として,監査チームに加わっている.」(D:製鉄業産業医)

「RC活動の一環として,監査の仕組みがある.本体の9つの事業拠点については毎年1回,RCの対象となる21の関連会社には3年に1回監査を行う.統括産業医として,労働衛生部分の監査を行うことになっている.」(F:化学工業産業医)

「会社のルールの実行状況は,RC監査の中で行われるが,統括産業医が監査メンバーには入っていない.」(J: 化学工業産業医)

「各事業拠点において労働安全衛生マネジメントシステムの監査を行う際,産業保健活動についてはその実施内容を確認してアドバイスをするといった役割がある.また,本社の監査室の監査機能を専門的にサポートすることもある.」(B:電気業産業医)

監査が行われていない企業でも,基準の実行状況について事業拠点から報告させて取りまとめて,経営層に報告する仕組みがあり,その取りまとめに統括産業医が関与している場合があることが示唆された.

「全社基準の実行管理はあまり明確ではないが,統括産業医として事業拠点を訪問して確認している.ただし,法令遵守に関しては,監査部門が年1回行っているが,統括産業医の参加はない.」(G:電気機械器具製造業)

「基準を設け,それぞれの事業拠点に実行計画を立てさせた上で,達成状況を自己評価させ,本社の健康管理部門で取りまとめて,人事部長に報告している.」(A:窯業・土石製品製造業産業医)

「実行性の担保のための監査はないが,全社の実施状況は中央安全衛生委員会に報告されており,統括産業医としても確認している」(E: 業務用機械器具製造業産業医)

(2) 産業医や産業保健スタッフの採用,意思疎通・研修,業績評価等への貢献

1) 産業医や産業保健スタッフの採用

統括産業医は,産業医の採用については,人材を探したり,採用面接に参加するなど中心的な役割を果たしていたが,保健師等の産業保健スタッフの採用については,事業拠点の産業医等に委ねられる場合もあることが示唆された.

「企業方針に従って産業保健活動を推進する上で必要な産業保健スタッフについて,人事部長などと相談して,採用活動や配置換えにも積極的に関わっている.これまで専属の産業保健スタッフがいなかった東京の拠点で,専属産業医と保健師を探し,新たに採用した.」(A:窯業・土石製品製造業産業医)

「製鉄所ごとで行われていた全社の産業医の採用窓口を統括産業医に一本化した.」(D: 製鉄業産業医)

「体制づくりは統括産業医の役割であり,実際に事業拠点の嘱託産業医の半数を入れ替えて,産業医機能の強化を図った.」(B: 電気業産業医)

「産業保健スタッフのほとんどが大卒であり,採用は本社の仕事となる.統括産業医として面接にも参加することによって,人事部の業務をサポートしている.」(F:化学工業産業医)

「健康推進センターには,それぞれの職種ごとの人員枠がある.その範囲での採用は統括産業医である健康推進センター長の責任で行われる.面接や試験(産業医のスタッフの場合)を行った上で,採用希望を厚生部に出し,人事部で決裁されて正式採用となる.」(I:鉄道業産業医)

「各地区の保健師の採用面接を労政課長とともに行っている.また各地区の嘱託産業医の変更が必要な際に,助言や人材紹介を行っている.」(K: 化学工業産業医)

「産業医の採用は,統括産業医が中心になって行っている.保健師等の産業医以外のスタッフの採用は,事業拠点の産業医が最も仕事をしやすい人ということで,事業拠点に任せている.」(G:電気機械器具製造業)

各事業拠点のスタッフ採用枠等の基準を検討するなど,事業拠点の体制づくりに関与することがあることが示唆された.

「人員の最適化計画を,会社の中期計画の一部として立てている.」(F:化学工業産業医)

「産業保健スタッフの明確な要員数のルールはないが,明らかに多い場合には統括産業医として調整をお願いしている.保健師の場合は,従業員600~800名当たり1人を基本に考えている.」(G:電気機械器具製造業)

2) 産業保健スタッフの意思疎通・研修

統括産業医は,全社方針や基準等が各事業拠点で適切に実行されるように,産業医や産業保健スタッフの会議を主宰するなどの方法で,意思疎通の場を確保していることが示唆された.

「全社の産業保健スタッフの間で,円滑に意思伝達が行われるように,健康統括会議を作り,その議長として役割を果たしている.」(C: 輸送用機械器具製造業産業医)

「産業保健スタッフの意思疎通の場として,8名の専属産業医全員を月1回半日程度のミーティングに参加させ,活動結果を報告させている.ここで,会社全体の問題点の共有をさせている.」(E:業務用機械器具製造業産業医)

「統括産業医である健康推進センター長が中心となって,各健診センター間での調整や課題解決を目的とした産業医の定例連絡会を開催している.」(I: 鉄道業産業医)

「看護職を含む産業保健スタッフを集めた健康管理担当者連絡会議を年1回開催している.そこで,全社ルールなどの指導を行っている.また,全社産業医会議を定期的に開催している.」(J:化学工業産業医)

「各エリアの嘱託産業医を含む産業保健スタッフについて,実際に会って業務説明などを行っている.」(A: 窯業・土石製品製造業産業医)

「各地区の嘱託産業医を集めての会議はないが,各地区を廻る機会にコミュニケーションを取っている.」(L: 各種商品小売業産業医)

産業保健スタッフの研修は,事業拠点ごとで行われることが多いようであるが,全体会議の場などを利用して,全社基準の技術的事項などについて年1回から数回の全社的な研修を行う努力をしていることが示唆された.

「保健師を含めて,採用後の教育研修を企画している.継続教育としては,年1回全社のスタッフを集めて研修を行っている.それ以外は各事業拠点の研修に委ねているが,研修基準までは明確にしていない.」(I:製鉄業産業医)

「年1回,看護職教育を,全体会議の場を利用して行っている.ただ,それ以上の研修は,各工場の産業医に任せている.」(F: 化学工業産業医)

「産業保健スタッフの教育が基本的に事業拠点で行うが,年1回ほとんどのスタッフが参加した教育・研修を1泊2日で実施している.」(G: 電気機械器具製造業産業医)

3) 産業医や産業保健スタッフの業績評価等

産業医や産業保健スタッフの業績評価は実施されていない場合が多いことが示唆された.

「産業医や産業保健スタッフについては,個人の業績評価の仕組みがない.」(D: 製鉄業産業医)

「産業医の業績評価は基本的になく,卒業年次による年功序列になっている.」(E:業務用機械器具製造業産業医)

「産業医の業績評価は行っていない.できるだけ裁量権を認めており,事業規模での役割が異なるため,引き算的な評価は妥当ではない.」(G: 電気機械器具製造業産業医)

業績評価が実施されている場合でも事業拠点ごとに行われており,一部の企業を除き,統括産業医の関与は間接的であることが示唆された.

「スタッフの評価は,各事業拠点で実施される.この評価は,職位を決める上で重要であるとともに,給与やボーナスにも反映される.統括産業医としては,評価について事業拠点長から受けた際や,人事における最終調整場面での相談があった場合に関与する程度である.」(F:化学工業産業医)

「年2回人事考課を行い,ボーナスに反映させる仕組みがある.評価方法は一般社員と同じである.保健師については看護部長が,医師については副所長が一次評価を行い,二次評価を統括産業医である所長が行っている.」(I:鉄道業産業医)

「産業医の業績評価は,各事業拠点で行ったものを健康安全衛生グループリーダー(課長級)が確認して最終評価としている.」(G: 電気機械器具製造業産業医)

「産業医の業績評価は事業拠点ごとで行われており,多くの事業拠点で環境安全部長が評価者になっている.」(J: 化学工業産業医)

2. 統括産業医の企業内での位置づけ

(1) 経営層との関わり

統括産業医が全社的な活動方針や基準の策定とそれらの企業内への浸透に貢献するために,人事関係の施策の意思決定者である人事担当役員等の職位の経営層に,直接または間接的に報告や提案をしていた.

「本社のヘルスケアセンターに所属し,統括産業医として役割を果たしている.ヘルスケアセンターを監督するのは,執行役員人事部長である.統括産業医が機能を果たすためには,人事担当役員やそれ以上のレベルの職位の方に,直接話ができるとよいだろう.」(A:窯業・土石製品製造業産業医)

「上司は専務取締役であり,直接報告している.また,副社長が委員長を務める,全社安全衛生委員会にも参加している.」(C: 輸送用機械器具製造業産業医)

「人事労政部長(執行役員)の下で,毎週開催される各部門長の会議に参加している.」(F: 化学工業産業医)

「全社方針や基準の最終決定者は,人事担当役員(専務取締役)である.人事担当役員には人事推進部長が主に対応しており,統括産業医はそれを支援している.」(H:業務用機械器具製造業産業医)

「統括産業医の職位は,本社環境安全部長の下に位置付けられている.環境安全部長は,RC担当役員に報告しており,産業保健に関する内容については環境安全部長と同席して担当役員に説明することになる.」(J:化学工業産業医)

レスポンシブルケア:化学製品の開発から製造・流通・消費・廃棄の全過程にわたって安全な取り扱いを推進する,化学工業界の自主管理活動.

(2) 職位や権限

職位は,企業によって様々であり,予算作成や社内の他の産業医に優越する社内権限は,統括産業医によって大きく異なっていることが示唆された.

「安全健康部門の部長としての役割がある.」(C: 輸送用機械器具製造業産業医)

「労政部に所属し,統括産業医と本社衛生管理室長の二つを兼ねている.」(F: 化学工業産業医)

「本社人事部労務部安全衛生グループ所属の統括産業医であるが,常勤嘱託の契約であるため人事労務部のラインには入らず,人事労務部長等に助言することになっている.」(B:電気業産業医)

「統括産業医という肩書になっているが,社内での位置づけや職務分掌など正式な位置づけはない.そのため,総括産業医名での社内文書が出せない.現在明確化を行っている.」(H:業務用機械器具製造業産業医)

「部長付きというポジションなので,本社スタッフになりきって対応している.」(D: 製鉄業産業医)

「健康管理センターに位置付けられているが,センター長としては任命されていない.」(K: 化学工業産業医)

「社内にいる専属産業医8名が各事業拠点で行った決定について,それらに誤りがあると判断した場合には,統括産業医として決定を覆すことができる権限を決めている.」(E:業務用機械器具製造業産業医)

「統括産業医の役割は,全社の産業保健スタッフの意見集約と経営層への意見具申とされている.」(G: 電気機械器具製造業産業医)

「各事業拠点の予算のうち投資予算については,本社でその妥当性についてレビューを行うことになっており,労働衛生に関する設備などのレビューに参加している.」(F:化学工業産業医)

IV.考 察

大企業で働く統括産業医を対象として,統括産業医の機能と企業内での位置づけに関するインタビュー調査を行った.その結果,統括産業医は,全社方針や基準等の策定においては主導的な立場で取組んでいた.これらの方針や基準等は,事業拠点を統括する本社の事業部門や事業拠点の総務部門を統括する本社の人事部門から公式文書として出されるとともに,統括産業医が事業拠点において専門的な機能を果たす産業医や産業保健スタッフに対して指導や情報提供を行うという,二つのルートで浸透が図られていた.また,労働安全衛生マネジメントや化学工業のレシポンシブル・ケアの仕組みを使った監査や,経営層に活動状況を報告するために事業拠点からの情報取りまとめに統括産業医が関与して,基準等の実行状況を評価・確認していた.

このような企業全体での整合性が取れた産業保健活動が各事業拠点で効果的に展開されるためには,そこで産業保健活動の推進役となる産業医や保健師等の産業保健スタッフを確保し,全社方針に関する意思疎通が行われ,さらには基準や手順などの効果的に実施できるような専門資源を有していることが望ましい.今回の調査では,どの企業においても共通して,統括産業医が産業医の採用に中心的に関わっていた.また,保健師等の産業保健スタッフの採用については,事業拠点の産業医等に委ねられる場合もあったが,各事業拠点のスタッフ採用枠等の基準を検討するなど,事業拠点の体制づくりに関与していることが示唆された.さらに,統括産業医は,産業医や産業保健スタッフの会議を主宰するなどの方法で,意思疎通を積極的に図るとともに,そのような場を利用して,産業保健スタッフに対して,全社基準の技術的事項などについて全社的な研修を行う努力をしていた.このような専門職人材の確保や意思疎通には,専門分野でのネットワークが必要と考えられる.また労働安全衛生法上の権限は,それぞれの産業医にあるため,活動方針を企業として調整する場合には,産業保健分野における高度な専門性も必要となると考えられる.そのため,そのような業務については,人事部門だけで担うことが困難であり,統括産業医の役割が大きいと考えられる.

また,それらの統括産業医機能を円滑に果たすために,人事関連施策の意思決定者である人事担当役員等に直接または上司等を支援することによって間接的に関わることができる立場に位置付けられていた.このように,企業全体での整合性が取れた産業保健活動を推進している企業では,統括産業医のもつ産業保健に関する高度な専門的な知識を活用するとともに,企業活動の意思決定や指揮命令等の機能を用いてその目標を実現しようとしていると考えられる.

今回は分類の対象とはしなかったが,統括産業医が専門性を発揮することが期待される全社的な立場での活動がある.今回のインタビュー調査の中でも,統括産業医が行っている業務として,「全社的に行う管理職教育の中で,メンタルヘルスに関する講話を行っている.」(K: 化学工業産業医)や,「正社員のメンタルヘルス不調者の復職面談は労務上の対応が必要で嘱託産業医に任すことができないため,各拠点においても,会社の専属である産業医として行っている.」(L:各種商品小売業産業医)があった.それ以外にも,「会社の労災事故統計のクライテリアを作り,事故レベルの最終判断を担当している.」(F: 化学工業産業医),海外赴任者の健康管理10)や爆発火災などの事故が事業拠点で発生した場合の現場産業医への支援など,様々な活動が考えられる.また,産業医選任義務のない小規模の事業拠点での対応や産業医の病欠や育児休暇中の支援など,事業拠点の産業医の欠員に対するカバーを行っている例もある.さらに,より戦略的に「会社の中で変化などが発生し,問題が発生しそうな部門については自ら担当して,問題を早期抽出して,経営層にもフィードバックしている.」(E: 業務用機械器具製造業産業医)といった例も存在する.そして,統括産業医は「業界団体や同業他社への情報提供を行うことがある.」(B: 電気業産業医)や「製造物責任に関する相談に乗ることもある.」(E: 業務用機械器具製造業産業医),「製品である化学物質の感作性の表示の検討に加わっている.」(F: 化学工業産業医)など,事業活動そのものを専門的視点から支援することもあるようである.

統括産業医を任命している企業でも,事業部門の管理職の育成のような統括産業医の育成を行ってきたわけではない.今回のインタビュー対象となった統括産業医の多くは,その企業において設けられた統括産業医のポジションに初めて任命された場合が多かった.これらの中には,事業拠点や本社の産業医の中に,全社方針や基準等の策定や産業保健専門職の確保などの業務を任すことができる産業医がいたという属人的な理由により任命がされたという事例もある.しかし,企業全体で整合性を持った産業保健活動の展開の上で統括産業医が欠かせないのであれば,一定規模以上の企業の多くで統括産業医の機能が必要となるし,現在統括産業医が機能している企業においても,早晩その後継者が必要となる.そのためには,今回の調査で明らかとなったような機能を果たすことができる産業医の育成が不可欠であるが,現在はそのための研修教育の仕組みは存在しない11).今後,統括産業医業務の事例収集や分析,統括産業医のコンピテンシーの明確化12)などを行い,企業内で身に付けるべき能力と専門分野の研修で身に付けるべき能力を明らかにしたうえで,後者について研修プログラムの開発と提供が早急に必要と考えらえる.

本研究には,いくつかの限界が存在し,結果の解釈には注意が必要である.第一に,調査対象の選定については出身大学への配慮を行ったが,著者らが有するネットワークを用いたため,産業医業務に対する理解や価値観,方法論が似通った集団となっている可能性がある.一方,幅広い業種を対象とすることによって,業種に関わらない統括産業医の活動を捉えることができたと考えられる.化学工業が3社含まれているが,それぞれの事業の中心は,1社は有機化学,1社は無機化学,1社は油脂加工および医薬品であり,業態が大きく異なっていた.第二に,分析結果を対象者に確認したものの,インタビューにも参加した1名の研究者で実施したことにより,妥当性に課題が存在する.今後,本研究で見出した企業全体で整合性を持った産業保健活動の展開する際の統括産業医の役割について,事例を増やして,検証を続ける必要があると考えられる.

Acknowledgment

謝辞:インタビュー調査にご協力いただいた統括産業医の先生方に深謝いたします.本研究の一部は,平成19年度および平成20年度の厚生労働省委託研究「産業医の育成のあり方に関する調査研究」,平成21年度の厚生労働省委託研究「産業医の継続的かつ体系的な育成推進事業調査研究」として実施しました.

References
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  • 3)   藤野善久,永田智久,黒木直美,ほか.某グループ企業における安全衛生活動の新方針案に関するHealth Impact Assessment.産衛誌 2009; 51: 60–70.
  • 4)   梶木繁之, 森 晃爾,小林祐一.海外事業場を含めた労働衛生管理体制の構築.労働安全衛生コンサルタント会報 2012; 32: 38–41.
  • 5)   岩崎尚人,森 晃爾.企業経営と産業保健の視点.産業保健担当者のための経営学入門.東京:労働調査会,2011: 5–28.
  • 6)   厚生労働省.これからの産業保健のあり方に関する検討委員会報告書.2007.
  • 7)   河津雄一郎.小規模分散事業場の統括産業医活動~124店舗で働く社員の健康管理.安全と健康 2009; 10: 1125–7.
  • 8)   小林祐一.事業者のニーズに応える社内EAP機能─産業医の役割─.産業ストレス研究 2006; 13: 219–24.
  • 9)   舟島なをみ.質的研究への挑戦 第2版.東京:医学書院, 2007: 40–79.
  • 10)   全 羽,浦野澄郎.海外派遣.企業活動としての産業保健活動.東京:法研,2009: 87–98.
  • 11)   森 晃爾.産業医の体系的な育成のあり方.産業医学レビュー 2010; 23: 171–84.
  • 12)   飯野直子.高度な専門性と実践能力を有する産業医のコンピテンシーに関するインタビュー調査.平成21年度厚生労働省委託 産業医の継続的かつ体系的な育成推進事業調査研究報告書.2010.
 
© 2013 公益社団法人 日本産業衛生学会
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