2014 年 56 巻 2 号 p. 57-60
我が国の金属コバルトの年間消費量は13,000トン(2009年) で,おもに二次電池や特殊鋼,超硬合金,磁性材料,触媒などに用いられている1).コバルト及びその化合物は変異原性及び遺伝子障害性を示す報告が多くあり2,3,4),IARCは2B(ただしコバルトと炭化タングステンとの合金は2A)に区分している5).2013年からは特定化学物質障害予防規則に定める管理第2類物質として,「コバルト及びその無機化合物」が追加指定された.この法改正においてコバルト及びその無機化合物の管理濃度は0.02 mg/m3と設定され,また日本産業衛生学会が勧告する許容濃度は0.05 mg/m3(コバルト及びコバルト化合物),米国ACGIHによるTLVでは0.02 mg/m3(コバルト及び無機化合物)とされている.
一方,ダイヤモンド工具6)は,近年,機械,電気・電子産業,及び建築土木における加工で,高能率,高精度化に対応すべく広範囲で使用されている.ダイヤモンド工具のメタルボンドを使用した工具6)には,砥粒層(ダイヤモンド工具で加工を行う部位で被削材と接触する.合成ダイヤモンド粉末と金属パウダーを撹拌,焼結した部分)を構成する金属パウダーにコバルトを含有するものがある.そのため,このような工具を用いた切断,穿孔,研削加工中に発生する粉じんにコバルトが含まれる可能性が考えられる.
そこでダイヤモンド工具を用いる切断・研磨作業によって発生する粉じんを測定し,粉じんに含まれるコバルト量を分析することにより,このような工具を用いる作業のコバルトに関わる危険性について検討した.
今回の測定試験に用いた工具と作業内容をTable 1に示す.市販されている8種のダイヤモンド工具を用いてコンクリートまたは金属シリコンを加工する模擬作業を行った.作業中に発生した粉じんを,発じん源付近の測定点および,労働者の後方と側方にそれぞれ2 m離れた測定点において,オープンフェイスサンプラー(ろ紙直径25 mmまたは55 mm)を用いて捕集した.また同時に,労働者の肩に装着したデジタル粉じん計LD-6N型(分粒装置無し,柴田科学製)を用いて,労働者の呼吸域付近の粉じんを捕集した.ただし平面研削盤で発生した粉じんについては,装置内部の2ヶ所の測定点のみにおいてオープンフェイスサンプラー(ろ紙直径25 mm)を用い,装置の扉を閉めた状態で捕集した.測定時間は原則として10分間以上としたが,発じんが大量であった場合には測定を途中で打ち切り,また平面研削盤による作業では今回用いた金属シリコン試料1つの研削にかかる6分間の測定とした.
Tools | Operation | |||||
No. | Manu- facturer |
Cobalt contents (weight %) |
dry/wet | indoor/outdoor | ||
Engine cutter | 1 | A | 5 | Concrete cutting | dry | outdoor |
2 | B | 34 | ||||
Road cutter | 3 | A | 60 | wet | outdoor | |
4 | B | 68 | ||||
Core drill | 5 | A | 90 | Concrete drilling | wet | indoor |
6 | B | 42 | ||||
Surface grinder | 7 | C | 65 | Silicon grinding | dry | indoor |
8 | B | 58 | wet | |||
dry |
各測定点でろ過捕集されたそれぞれの粉じんについて,電子天秤を用いた重量分析により捕集量を求めた.その後,王水を用いてフィルターから粉じん粒子を回収し,50 mlに定容してから誘導結合プラズマ発光分光分析装置(IRIS-Intrepid,サーモサイエンティフィック製)(以下,ICPと称す)を用いて粉じん中のコバルト量を分析した.また道路カッターによるコンクリート切断作業において,冷却水とともに排出される汚泥を採取し,ICPを用いて上記と同様に汚泥中のコバルト量を分析した.ICPによる分析条件はRFパワー:1.15 kW,プラズマガス:15 l/min,ネブライザーガス:28 psi,補助ガス:0.5 l/min,試料吸い上げ:2.4 ml/min,測定モード:アキシャル,積分時間:10 sec (Short, Long)であり,コバルトの測定波長228.6 nmにおける値を用いた.なお今回の検出下限は3×10–5 mg,定量下限は1×10–4 mgであった.
測定結果をまとめてTable 2に示す.ただし平面研削盤による作業についてはTable 3に示す.
Tool No. | dry/wet | Sampling point #1 | Sampling point #2 | ||||
Dust conc. [mg/m3] |
Cobalt conc. [mg/m3] |
Cobalt content [%] |
Dust conc. [mg/m3] |
Cobalt conc. [mg/m3] |
Cobalt content [%] |
||
7 | dry | 237 | - | - | 300 | 0.0039 | 0.0013 |
8 | wet | 19 | - | - | 16.7 | - | - |
dry | 283 | 0.010 | 0.0036 | ※ | 0.0165 | ※ |
conc.: concentration, - : Not detected, ※: Lost of data.
エンジンカッターによるコンクリート片の切断作業は乾式で行われ,Table 2より切断部の発じん源付近では短時間に多量の粉じんが発散し,粉じん濃度は極めて高濃度(3,030 mg/m3)となり,コバルトとしても管理濃度を超える値が測定された.一方個人曝露や環境についても粉じん濃度は比較的高濃度であったが,コバルトに関しては管理濃度を大きく下回るか,検出下限以下であった.
次に道路カッターによる道路コンクリート切断作業は湿式で行われ,Table 2より発じん源付近および環境,個人曝露の濃度測定において,粉じん濃度については0.23–2.62 mg/m3であったが,コバルトについてはいずれも検出下限以下であった.一方,湿式切断による排出汚泥中には平均で0.019–0.025%のコバルトが含まれていた.
コアドリルによるコンクリート穿孔作業は湿式で行われ,Table 2より発じん源付近の粉じん濃度は6.77–14.3 mg/m3と比較的高い値であったが,労働者の個人曝露は検出下限以下であった.またコバルトはすべての測定点において検出下限以下であった.
平面研削盤を用いた金属シリコン面の研磨作業は乾式または湿式で行われ,Table 3より粉じん濃度は特に乾式研削において高濃度であったが,コバルトについては乾式研磨では管理濃度よりは低いかまたは検出下限以下で,また湿式研磨でも検出下限以下であった.また研削中に扉付近および換気装置排気口において,相対濃度粉じん計を用いて装置周辺へ漏れた粉じんを測定したところ,ほとんど検出されなかった.なおNo. 8の工具の乾式研削において測定点2の粉じん濃度については,フィルターの秤量に失敗したためデータを得られなかった.
エンジンカッター作業における発じん源付近での測定と平面研削盤による作業での測定を除いて,今回の各測定におけるICPを用いたコバルト分析の定量下限は管理濃度0.02 mg/m3の1/10程度かそれ未満であったことから,測定値が検出下限以下であればコバルトによる健康被害の可能性は極めて低いと考えられる.また気中粉じんでコバルトが検出された2作業のうち,エンジンカッターによる切断作業では発じん源付近のみで管理濃度を超えたが,その他の測定点ではこれを下回っていた.平面研削盤における研削作業で検出されたコバルトはいずれも管理濃度以下であり,さらに作業中に扉付近および換気装置排気口へ漏れた粉じんは検出されなかったことから,労働者の曝露や周辺環境への汚染はほとんどなかったと考えられる.なお通常これらの作業を一日8時間継続することは現実的でないことから,実際の労働時間全体の労働者曝露はさらに低い値になると考えられる.従って今回測定した作業において労働者のコバルトによる健康被害の可能性は極めて低かったと考えられる.
一般に切断・研磨作業は湿式より乾式の場合に粉じんの飛散が多くなると考えられる.今回の測定でも乾式作業の場合に粉じん濃度が高い傾向にあったことから,これらの作業をできる限り湿式で行うことにより発じんを抑制することが望ましいと考えられる.ただし湿式切断における排水汚泥には0.02%前後のコバルトが含まれており,環境汚染を防止する観点からも取り扱いに留意する必要があると考えられる.乾式作業により粉じん濃度が高くなる場合には呼吸用保護具などによる通常の粉じん対策を進めることにより,粉じん曝露による疾病のリスクは十分に低減できると考えられる.