産業衛生学雑誌
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ストレスチェックの高ストレス者判定点数基準を独自で決めてみよう
山下 貴裕
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キーワード: ストレスチェック
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2017 年 59 巻 1 号 p. 29-33

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はじめに

改正労働安全衛生法に基づくストレスチェック制度が,平成27年12月1日より義務化された.本制度の目的は,労働者自身のセルフケアの促進と,ストレスの原因となる職場環境の改善によってメンタルヘルス不調の一次予防を図ることである.その中では,ストレスの高い者を早期に発見し,医師による面接指導につなげることで労働者のメンタルヘルス不調を未然に防止するハイリスクアプローチも重要な柱となっている.

高ストレス者を選定する基準や評価方法は,実施者が専門的な見地から意見を述べ,事業者が決定するものである.「労働安全衛生法に基づくストレスチェック制度実施マニュアル(平成28年4月改訂版)」1)(以下,マニュアル)には,高ストレス者を選定するための基本となる考え方として,次の①及び②に該当する者を高ストレス者と判定することとされている.

①「心身のストレス反応」の評価点数の合計が高い者

②「心身のストレス反応」の評価点数の合計が一定以上の者であって,かつ,「仕事のストレス要因」及び「周囲のサポート」の評価点数の合計が著しく高い者

さらにマニュアルには,職業性ストレス簡易調査票(以下,簡易調査票)を用いる場合の<評価基準の例>として,具体的な数値基準が紹介されている(図1).この基準値は平成24年4月から平成25年3月までに簡易調査票を用いた201,700名の実績データから作成された分布表を基に,①:②の比率を8:2とし,高ストレス者の割合を全体の10%程度とした場合の例である.マニュアルには但し書きとして,①:②の比率や割合は面接指導の対象者の選定方針や事業場全体の高ストレス者の比率を勘案し変更することが可能ともされている.

簡易調査票を用いたストレスチェックを行っている事業者の多くはこのマニュアルの<評価基準の例>に従っているのではないだろうか.この標準集団と比較した高ストレス者の大小で一喜一憂していないだろうか?また,標準集団から得られた基準を,時代背景,個々の事業場を取り巻く状況,企業風土などが異なる対象集団の高ストレス者判定に適応して良いのだろうか?

では事業者独自の高ストレス者判定基準を決定するのにはどうしたら良いのだろうか?

話題提供として,統計学的手法を用いた高ストレス者判定の基準値設定方法の一例を提示する.

図1.

マニュアルでの高ストレス者

<評価基準の例(その1)>(一部改変)

基準値の決め方

「基準値」は健康診断や人間ドックなどで我々にはとても馴染みがあるが,はたしてこれはどうやって決められているのだろうか?通常,検査基準値は医学的に健常と判断された人を集めて,分布の中心の95%の含まれる範囲を基準値・基準範囲としている2).すなわち,健常人の95%がこの範囲に含まれると推定された範囲である.

ちなみに,かつてはこの基準範囲内を「正常値」,範囲外を「異常値」と呼ぶことがあったが,健常人を集めて決めた範囲であるのに「異常値」=「病気である」と解釈されたり,「正常値」=「病気でない」など誤解を招くおそれがあることから,「基準値」と呼ぶことになっている.

基準値を決めるにあたっては,まずヒストグラム等を描いてデータの分布を確かめ,どのような手法を用いるのが適切なのかを判断しなければならない.平均値と標準偏差を用いた基準範囲の設定は,データが正規分布していることを前提としているからである.しかし現実的には,多くの臨床検査の測定値の分布も,そしてストレスチェック結果の分布も正規分布を示さない.非正規分布を示す集団の基準値設定方法としては,ノンパラメトリック手法(以下,NP法),パラメトリック手法(以下,P法)による方法がある.

母集団の分布によらない,すなわち正規分布を前提としない統計手法をNP法という.一般的には,ヒストグラムの上下2.5パーセントを有意水準として基準範囲を求める方法がとられる.「『心身のストレス反応』の合計点数の上位○パーセントが高ストレス者」というのは感覚的にわかりやすい.しかし,この方法は基準値周辺部の分布状態に影響を受けやすく,一般化・普遍化しにくいという問題点がある(図2).

そこで,測定値が正規分布となるように変換し,平均値Xと標準偏差σを用いて基準範囲を設定するP法がとられることが多い.P法はまず正規分布となるように全測定値を変換する.場合によっては外れ値の除去を行い,検出力を高めることもある.そして,正規分布の中央の基準区間を求め,さらに基準区間の上・下限値を逆変換することによって基準範囲とする(図3).

この手法は分布中央部の形状に依存するため,外れ値の影響を受けにくく,一般化しやすいという利点がある3)

図2.

ノンパラメトリック手法による基準値の設定

分布状態によって同じ度数割合でも基準値が大きく変動する.

図3.

パラメトリック手法による基準値の設定

データを正規化してから基準値を設定し,基準値を逆変換する.

有意水準の決定方法

ここで,上位何%を高ストレス者の有意水準とするかという疑問が生じる.そもそも論文などでよく見かける有意水準はどうして0.05なのだろうか?

答えは「理由はない」.

この0.05という数値は統計学の大家Ronald Fisherが提唱した単なる慣習でしかない4).「ある仮説が成立する確率が5%未満だったらその仮説はほとんど起こらない,つまり帰無仮説は棄却できると言ってもいいだろう」,という感覚による基準に過ぎないのである.よって,求める厳密さによって有意水準αをα=0.05,α=0.01,α=0.001としたり,はたまた社会科学研究などではα=0.10を用いる場合などもある.ストレスチェックにおける有意水準も皆が納得できれば任意に設定可能なのである.

基準値設定の実際

今回,エクセルを用いて行うことができる,P法による基準値の設定方法の手順を例示する.

1.全測定値の正規変換と正規性の検証

2.外れ値の切り捨て

3.分布の中央の基準区間の推定と上限値の逆変換

ここで筆者は仮定として,外れ値をα=0.02,有意水準をα=0.10,0.20とすることにした.つまり,上下1%ずつが外れ値,上位5%が高ストレス者の判定方法①の「心身のストレス反応」の評価点数の合計が高い者,②の「仕事のストレス要因」及び「周囲のサポート」の評価点数の合計が著しく高い者とし,上位10%が②の「心身のストレス反応」の評価点数の合計が一定以上の者,という筆者による任意の水準である.この上下1%,5%,10%の基準点は,標準正規分布表を見ると中心位置(平均値)からの距離がそれぞれ±2.33σ,±1.65σ,±1.29σに相当することがわかる.

1. 全測定値の正規変換と正規性の検証

簡易調査票では,各質問項目の回答は「そうだ」を1点,「ちがう」を4点,といったように数値化した,いわゆるリッカート尺度として出力される.この各項目を素点換算表の計算欄に従って計算し,各尺度の得点を算出することになる.

各尺度の得点のヒストグラムを描くと,視覚的にも正規分布していないことがわかるだろう.

非正規分布を示す計測値を正規分布に近似させる手法としては,対数変換,Box-Coxべき乗変換,べき乗変換の後に対数変換などが用いられる5).近年,この正規変換の手法としてはBox-Coxべき乗変換がより一般的になってきている6).この方法は統計ソフトがあれば変換は容易であるが,なければ難しいであろう.ストレスチェックではエクセルで簡単に行える対数変換を用いた正規化でも十分であると考える.

LOG(数値)

高ストレス者の基準値に求められるのは小数点以下の厳密な基準値設定ではないからである.

正規変換後に測定値の平均値,標準偏差を算出する.

平均XAVERAGE(値の範囲)

標準偏差σ=STDEV(値の範囲)

対数正規化の前後で,ヒストグラムを描き正規分布に近似していることを確認する.また,歪度・尖度を計算することでも,正規化の確認を行える.

歪度*=SKEW(値の範囲)

尖度*=KURT(値の範囲)

*エクセルでは歪度・尖度が0に近いほど正規分布であるという目安になる.

2. 外れ値の切り捨て

ストレスチェックにおける外れ値には2種類あると考えられる.1つは極端に高い・低い数値である.もう1つには,回答者が自身のストレス状況を正しく申告しないというストレスチェックならではの外れ値が想定される.

前者の極端な値は分布の歪みを生じさせ,平均値や分散に影響を与える.慣習的にはX±3σやα=0.99で極端な値の切り捨てを行う.これは正規分布であれば上下0.13%ずつ,ないし上下0.5%ずつを切り捨てることに相当する.今回は,前述の任意の有意水準として分布の上下1%ずつを外れ値として切り捨てを行うこととした.

X±2.33σの範囲を求め,外れ値の切り捨てを行う

後者のストレスチェックならではの外れ値のうち,故意に極端な高ストレス・低ストレスと申告する場合には,前者の外れ値として切り捨てができるだろう.他にも,全項目に同じ点数を付けている者なども想定されるので,そのような場合も外れ値とし切り捨てを行いたい.

実際には,極端な値については,ストレスチェックは比較的狭い有限分散であることに加えて対数正規化していることもあり,ある程度のサンプルサイズがあれば外れ値が平均値や分散への影響はわずかであると考えられる.またストレスチェックならではの外れ値も,極端な値となるか分布の中央に寄ることになり,中央部の密度分布に与える影響はわずかであることが推定できる.

実施者にとって,外れ値の存在を意識することはとても重要である.しかしながら,高ストレス者判定基準の設定においてはサンプルサイズが担保できていれば外れ値の影響はわずかであり,切り捨ての有無は好みの問題と言っても過言ではないであろう.

3. 分布の中央の基準区間の推定と上限値の逆変換

まず,基準区間を考える場合に注意すべき点がある.基準区間は「95%信頼区間」と表現されていることがある.本来,信頼区間とはあるパラメーターに対して得られる推定値のことである.エクセルでCONFIDENCE関数を用いる場合は,95%信頼区間は「測定値の95%が収まる区間」ではなく,「平均値が95%の確率で含まれる推定区間」が計算されることになる.ここでは許容区間(tolerance interval),すなわち95%の確率で母集団の○%が収まると主張できるという,母集団割合に対する区間を用いるのが適切である(図4).文献的にも信頼区間の意味を誤用していると思われるものもあるので注意が必要である.

厳密な許容区間の推定は,統計ソフトを用いて行うことになるが,対数正規化しているのでシンプルに平均値Xと標準偏差σによる区間推定でも十分であろう.

X±1.65σ,X±1.29σの区間を算出し

それぞれの上限値を=EXP(数値)で逆変換する

逆変換した値はほとんどの場合,小数点を含む数値として計算されることとなるので小数点以下の切り捨てを行う.わずかな差異ではあるが,メンタルヘルス不調の可能性やリスクがある者として拾い上げるための高ストレス者の基準値を設定するにあたっては,小数点以下は四捨五入よりも切り捨てとしたほうが合理的であろうと考える.

これで得られた数値を高ストレス者判定方法①・②の基準値として用いる.

筆者は今回,任意の有意水準をα=0.10,0.20と仮定した.事業者や実施者によっては,「仕事のストレス要因」及び「周囲のサポート」は職場環境改善のアプローチで取り上げるので高ストレス者として個別指導対象としては重視しない,と考えることもあるだろう.もしくは,NIOSH職業性ストレスモデル7)で「心身のストレス反応」の上流にある「仕事のストレス要因」及び「周囲のサポート」が不足している者に対して,ハイリスクアプローチを強化したいと考えるかもしれない.後者の場合には,②の「仕事のストレス要因」及び「周囲のサポート」の評価点数の合計が著しく高い者の有意水準を引き下げれば良い.

図4.

信頼区間と許容区間

さいごに

労働者のストレスに影響を与える要因としては,NIOSH職業性ストレスモデルにある要因だけではなく時代背景,個々の事業場を取り巻く状況,企業風土,職種,雇用形態,集団の人数など,さまざまな要因が考えられる.各要因はそれぞれ独立して労働者のストレスに影響を与えるのではなく,要因間に複雑な交互作用が内包されている.標準集団はこれらの要因を含むものであるが,事業場単位で基準値設定を行うことによって,これらの交絡する変数を減じ,交互作用を緩衝することにつながる可能性がある.

さらに重要なことは,事業者と実施者がどのような対象者を高ストレス者としてとらえるかという合意形成の過程は,心の健康づくりの推進に重要な役割を果たすかもしれない.また,基準値の設定過程においてストレス状況の分布をとらえたり,外れ値の存在を把握することができる.これは外部委託機関からの報告やプログラム化された方法によるデータ要約からは見えてこない,実施者の対象集団に対するストレス状況の深い洞察へとつながるであろう.

マニュアルでは,評価基準は各事業場で定めることが可能であるとされている.実際にはマニュアルの<評価基準の例>をそのまま用いていたり,外部委託機関が提示した基準を追従するにとどまっている事業場や実施者が多いのではないだろうか.実施者として高ストレス者の選定基準は自らの根拠をもって意見を述べたいのはもちろんのこと,対象集団のストレス状況を的確に把握するためにも,自らが生データを取り扱い,基準値の設定を試みることを奨めたい.

文献
  • 1)  厚生労働省労働基準局安全衛生部 労働衛生課産業保健支援室. 労働安全衛生法に基づくストレスチェック制度実施マニュアル (平成28年4月改訂版). 2016.
  • 2)  日本臨床化学会 標準品情報専門委員会. 標準に関する用語 (Ver. 2.4). 臨床化学 1996; 25: 126-134.
  • 3)   Ichihara  K. Statistical considerations for harmonization of the global multicenter study on reference values. Clin Chim Acta 2014; 432: 108-118.
  • 4)   Fisher  RA. Statistical Methods for Research Workers. Edinburgh UK: Oliver & Boyd, 1925: 43.
  • 5)   Box  GEP,  Tiao  GC. Bayesian Inference in Statistical Analysis. Massachusetts USA: Addison-Wesley, 1973: Chapter 3-4.
  • 6)   山本 慶和,  細萱 茂実,  小沼 利光, ほか. 本邦において広く共有できる基準範囲の設定. 医学検査 2011; 60 (suppl): 31-44.
  • 7)   Hurrell  JJ Jr,  McLaney  MA. Exposure to job stress--a new psychometric instrument. Scand J Work Environ Health 1988; 14 (Suppl 1): 27-28.
 
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