産業衛生学雑誌
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日本産業衛生学会学術集会における女性の筆頭発表数の推移
大久保 茂子山内 武紀山野 優子
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2019 年 61 巻 3 号 p. 108-114

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I.はじめに

わが国の女性労働者をめぐる本格的な立法措置として1986年に男女雇用機会均等法が施行され,その後女性の活躍に関する法律として,1999年に男女共同参画社会基本法,2000年より男女共同参画基本計画,2003年には少子化社会対策基本法,2015年には女性の職業生活における活躍の推進に関する法律(女性活躍推進法)が成立し,政府は職域においてもポジティブ・アクションを推進している1,2.様々な取り組みにより我が国の生産年齢人口における女性の就業率は,男女雇用機会均等法が施行された1986年では53.1%であったが2016年には66.0%と30年の間に約13%上昇している1.また女性研究者の数も14万4,100人と過去最多を更新し,研究者数に占める女性の割合も15.7%と増加傾向にある1,3.第3次男女共同参画基本計画において,2020年までに研究者の採用に占める女性の割合を自然科学系全体で30%にするという数値目標4が掲げられており,2015年では自然科学系全体では28.2%にとどまっているものの,専門分野別にみると保健系では34.7%と比較的高くなっている.しかしながら,諸外国に比べると日本における女性研究者の割合は依然低い状況である1.このように女性の活躍は益々注目される話題であるが,女性研究者の主な活動の一つに学会発表がある.学術研究発表の場である学会は,多様多彩な発表者が性差なく活発により積極的に能力を発揮できる場を創出する役割を担っている.学会発表自体に注目した先行研究としては「日本分子生物学会」と「日本認知科学会」を対象にしたポスター発表数と口頭発表数を比較したもの5があり,演題発表者の性別・年齢・階級といった属性別の先行調査としては,「日本分子生物学会」が年会における基本属性について基礎データとして収集しHP上で結果を公開している6.しかしながら,女性に関連する演題数についての報告は皆無であり,さらに演題区分別での女性演者の推移の報告もなされていない.

よって本稿では,日本産業衛生学会における女性の発表状況および女性をテーマに含んだ演題数を明らかにすることを目的として女性筆頭演者数および女性関連演題数の推移について報告する.

II.調査方法

この調査は全て日本産業衛生学会から情報を得た.会員数は1929年から1942年は70年史7を参考にし,1949年から2017年までは学会事務局に保管されていたデータを示した.なお1943年から1948年はデータがない.男女会員数は学会事務局に保管されていた2011年から2017年までの7年分のデータを示した.専門部会会員の男女割合は,各部会より提供された2017年4月現在のデータを使用した.

演題数の詳細は,学会事務局および著者所属の研究室に保管されていた第32回(1959年)から第90回(2017年)の59年分の学術集会講演集8を情報源とした.一般口演,ポスター発表及びシンポジウム・フォーラム・教育講演(以下シンポジウム等と記載)における女性筆頭演者数を目視によりカウントした.

上記と同期間の講演集に掲載された,産業看護関連や女性特有の職業やイベントに関連するワードを含む演題を女性関連演題として次のように分類し,目視によりカウントした.具体的には,女性一般に関するワード(婦人,婦女子,女子,女性,女子中学生,女子大生,婦人検診,性差,ストッキングなど),職業に関するワード(女性従業員,女子従業員,婦人労働者,女子作業員,女性研究職,保母,キャディ,給食婦,スチュワーデス,海女など),女性特有のイベントに関するワード(月経,受胎,妊娠,出産,分娩,母体,乳がんなど),産業看護に関するワード(看護婦,産業看護,保健婦など),法律・制度に関するワード(男女雇用機会均等法,男女共同参画など)といったワードを含む演題である.スチュワーデスなどの現在では名称が変更になっているワードは演題発表時の名称に従った.また保母,キャディ,給食婦といった男性労働者も含まれる可能性のあるワードについては,研究対象が女性である演題をカウントした.

本調査の始点と終点の年,加えて女性の参画が期待されるイベントのあった年を対象として,1959年(第32回産業衛生学会),1986年(男女雇用機会均等法施行),1992年(産業看護部会発足),1999年(男女共同参画社会基本法施行),2017年(第90回産業衛生学会)の講演集に掲載された一般口演およびポスター発表の演題について,発表区分をさらに便宜的に「メンタルヘルス」「健康管理」「口腔衛生」「疲労・労働衛生」「化学的因子」「物理的因子」「その他」の7つに区分したのち9,各分野の演題数および女性筆頭演者数を目視でカウントし,女性参画が進んでいる分野を探索的に調査した.7つの区分の詳細としては,メンタルヘルス[メンタルヘルス・ストレス・精神保健・精神衛生],健康管理[健康管理・健康診断・健康教育・運動習慣・生活習慣・感染症・高血圧・結核・疾病統計・糖尿病・肥満・喫煙・骨密度・飲酒],口腔衛生[口腔保健],疲労・労働衛生[疲労・腰痛・頸肩腕障害・労働環境・労働条件・労働生理・VDT・作業環境・筋骨格系障害・過重労働・運動器障害],化学的因子[粉塵・珪肺・塵肺・工業中毒・有機溶剤・有機物・発がん性・有害有機物・金属・有害ガス・職業性アレルギー],物理的因子[騒音・振動・放射線・高温・寒冷]である.その他は,6区分以外の演題とした.

III.結果

1) 日本産業衛生学会会員数および女性会員の割合の変遷(図1

本学会は1929年に産業衛生協議会として創立され1932年に日本産業衛生協会に改称,その後1972年に現在の名称である日本産業衛生学会となった7.学会創立時(1929年)の全会員数は87名であったが1959年には1,200名にのぼり,2017年では7,639名まで増加した.女性会員数は2011年からデータを取得することができ3,603名(47.7%)であったのに対し,2017年では3,932名(51.5%)と約半数を占めていた.

図1.

日本産業衛生学会会員数および女性会員の割合の推移

2) 日本産業衛生学会会員数および女性会員の割合の推移(図2

本学会には2017年現在4つの専門部会があり,1992年に産業医部会,産業看護部会,次いで2001年に産業衛生技術部会,2006年に産業歯科保健部会が発足した7.2017年の各部会における会員数と女性会員割合は,産業医部会1,230名(うち女性27.7%),産業看護部会1,583名(うち女性98.6%),産業衛生技術部会400名(うち女性23.5%),産業歯科保健部会211名(うち女性30.8%)であり,圧倒的に産業看護部会が多かった.

図2.

日本産業衛生学会専門部会会員における女性の割合

3) 発表形式別演題数(男女合計)および女性筆頭演者割合の推移(図3

演題数の推移としては,一般口演では1994年をピークに減少し2002年にはポスター発表数と逆転した.ポスター発表およびシンポジウム等発表数は両者とも1995年頃から2017年にかけて増加していた(図3-A).

図3.

発表形式別演題数(男女合計)および女性筆頭演者割合の推移

脚注:シンポジウム・フォーラム・教育講演を含めてシンポジウム等と記載した.なお,ポスター発表は1959年~1962年,1969年~1994年,1996年では実施されなかった.

女性筆頭演者割合に関しては,一般口演では1959年には5名(2.8%)であったが,2017年には46名(38%)まで増加していた(図3-B).ポスター発表でも同様に増え続けており,ポスター発表が始まった1963年で8名(9.6%)であったのが2017年では182名(48%)まで増加していた(図3-C).シンポジウム等においては1959年では1名(2.1%)であったが,1993年頃から増え始め2017年で39名(24%)であった.(図3-D).以上より,一般口演では演題数は減少傾向であるにも関わらず女性筆頭演者割合は増加しており,ポスター発表では演題数の増加に伴い女性筆頭演者割合も増加し続け,シンポジウム等では演題数は増えたものの女性筆頭演者数は1992年以降横ばいであった.

また発表形式別の演題数に関して,1959年ではポスター発表は実施されず,一般口演177演題,シンポジウム等48演題の合計225演題であった(図3-A).1967年では一般口演は実施されず,ポスター発表440演題,シンポジウム等53演題の合計493演題であった.なお,ポスター発表は1959年~1962年,1969年~1994年,1996年では実施されなかった.ポスター発表が再開された1997年では一般口演299演題,ポスター発表158演題,シンポジウム等16演題の合計473演題であった.そして2017年では一般口演120演題,ポスター発表382演題,シンポジウム等161演題の合計663演題であった.

4) 女性関連演題および産業看護関連演題数の推移(図4

女性関連演題数の推移をみると,1959年では1演題(0.4%)であったが2017年では39演題(5.9%)となっていた(図4-1).また産業看護関連演題数は1992年が4演題(27%)であり,2017年には22演題と女性関連演題数の56%を占めていた(図4-2).

図4-1.

全演題に対する女性関連演題割合の推移

脚注:ポスター発表は1959年~1962年,1969年~1994年,1996年では実施されなかった.

図4-2.

女性関連演題数と産業看護関連演題数の推移

5) 一般口演・ポスター発表における演題区分別の演題数および女性演者数の推移(表1

一般口演での演題区分別の演題数の推移は,1986年までは男女ともに「化学的因子」が多く,1986年においては314演題中173演題(55%)と最も多かった.1992年からは「健康管理」も増え,さらに2017年には全演題に対する「健康管理」「メンタルヘルス」の2分野での割合が67演題(56%)にのぼり,この傾向は2010年より続いていた.また,2017年における「化学的因子」での一般口演演題数は20演題と減少し,女性筆頭演者の割合は約半数であった.

表1. 一般演題における演題区分別の演題数および女性演者数の推移
イベント発表形式男女別
筆頭演者数
演題区分別演題数
男性女性メンタルヘルス健康管理口腔衛生疲労・労働衛生化学的因子物理的因子その他
nn(%)合計女性(%)合計女性(%)合計女性(%)合計女性(%)合計女性(%)合計女性(%)合計女性(%)
第32回産業衛生学会1959口演1725(2.8)00(0)231(4.3)00(0)211(4.8)1033(2.9)300(0)00(0)
男女雇用機会均等法施行1986口演26054(17)112(18)368(22)00(0)655(7.7)17337(21)251(4.0)41(25)
産業看護部会発足1992口演30390(23)197(37)15053(35)00(0)636(9.5)13418(13)183(17)93(33)
男女共同参画社会
基本法施行
就労女性健康研究会設立
1999口演192110(36)2614(54)12052(43)00(0)4311(26)6512(18)214(19)2717(63)
ポスター14957(28)249(38)7022(31)72(29)4312(28)5111(22)111(9.1)00(0)
合計341167(33)5023(46)19074(40)72(29)8623(27)11623(20)325(16)2717(63)
第90回産業衛生学会
男女共同参画推進
小委員会発足
2017口演7446(38)3012(40)3713(35)51(20)154(27)209(45)51(20)86(75)
ポスター200182(48)10039(39)15298(64)32(67)193(16)366(17)349(26)3825(66)
合計274228(45)13051(39)189111(59)83(38)347(21)5615(27)3910(26)4631(67)

1959,1986,1992年度はポスター発表なし

1959年から学術集会講演集情報あり

ポスター発表での演題区分の演題数は,1999年では「健康管理」が206演題中70演題(34%)と最も多く,女性筆頭演者の割合は「メンタルヘルス」で演者数は9名と少ないものの38%と高かった.さらに2017年においては,全演題に対する「健康管理」「メンタルヘルス」の2分野で252演題(66%)を占めていた.また,女性筆頭演者の割合は「健康管理」で98名(64%),「口腔衛生」で2名(67%),「メンタルヘルス」で39名(39%)であった.

IV.考察

産業現場および産業衛生の専門学会である日本産業衛生学会を対象として女性会員数・筆頭演者数および女性に関連する演題数の推移を追ったところ,女性会員数は半数を超えさらに女性筆頭演者数が大きく増加していることがわかった.

まず女性会員数については,図1に示されるように2017年の割合は52%であり,我が国の全研究者に占める女性の割合である16%1に比してかなり高値といえた.ただし増加のペースは2011年から2017年の7年間において約3%であり,我が国における女性研究者の増加のペースと同程度であった(3年で1%程度)10.部会別の女性会員数は,図2に示されるように4つの専門部会において産業看護部会で1,561名と最も多く,本学会女性会員3,932名中の約40%が所属していることがわかった.なお,女性会員の約半数が4部会に所属していることもわかった.

女性筆頭演者に関しては図3-B,Cに示されるごとく,一般口演,ポスター発表で増加傾向にあり,2017年の一般口演では46名(38%)であり,ポスター発表は182名(48%)で男女ともほぼ同率であることがわかった.

シンポジウム等では図3-Dに示されるように,1992年から過去10年間は0名だったが1993年には3.0%,1994年には19%に増加しており,これは1992年の産業看護部会の発足からと考えられた.ただし1994年から横ばいで2017年においても女性筆頭演者数はいまだ24%であり,一般口演やポスター発表に比して低い状況にあった.シンポジウム等はまだまだ男性の多い学会企画運営委員会やプログラム委員会等からの他薦により選出される性質上,女性演者の割合は他学会と同様に低い状況にあり,これはアンコンシャスバイアスによる少数派や影響力の弱い人たちが不利を被りやすいことによるものである可能性が示唆された11,12,13

全演題数の推移をみたが,図3-Aに示されるように一般口演は減少傾向,ポスター発表およびシンポジウム等は増加傾向にあった.特に2017年ではポスター発表が全演題の約60%を占めていた.ポスター発表が多い傾向は他の学会でも同様にみられており5,この理由として学会発表を希望する演題数の増加に伴い大会期間内で多くの演題数をこなすためにポスター発表枠が増加したこと,またポスター発表は少人数での議論を可能とし,参加者にとって興味のあるものだけを選んで聞くことができるなど利点も多いことから好まれるといった点が考えられた.なお1967年でのポスター発表数が突出して多いが,この年は第17回日本医学会第40分科会衛生関係第6分科連合会として,日本衛生学会・日本民族衛生学会・日本公衆衛生学会・日本体力医学会・日本農村医学会との共同開催であった14

図4-1に示すように,女性関連演題数の推移に関しては,1959年で発表されたのは1演題のみであり「紡績女子従業員の尿中中性17-ケトステロイド排泄量の検討」15と当時の主要工業に携わる就労女性に関するものであった.その後1992年より微増し続け1996年には24演題となり,この年の特別講演として「女性労働の問題」が初めて取り上げられた7.1998年には当学会内の法制度検討委員会により女性労働と母性の法律化についての報告がなされた7.さらに2017年では女性関連演題は39演題まで増加した.このうち産業看護関連演題についてみると,1992年から同様の増加傾向をみせており,2017年には女性関連演題の56%を占めていた.また女性関連演題数が増え始めた1992年は産業看護部会の発足と同時期であり7,産業看護部会の寄与も女性関連演題増加の一因の1つと推測された.以上より本学会でも女性関連演題は増加傾向にあるが,今後ますます女性の就労形態や性差,物理的・化学的・生物的要因による母性への影響など,職域での女性労働者にフォーカスした女性関連研究の推進が望まれる16

一般演題における演題区分別の推移に関しては表1に示すごとく,口演では「化学的因子」が1986年までは男女ともに多く,2017年では演題数は減ったものの女性筆頭演者の割合は約半数と高かった.次にポスター発表では,2017年において,全382演題に対して「健康管理」「メンタルヘルス」の2分野で252演題(66%)を占めており,女性筆頭演者の割合についても「健康管理」で98名(64%),「メンタルヘルス」で39名(39%)と高い結果となった.以上より口演およびポスター発表ともに健康管理,メンタルヘルス分野に関する演題が増加し,さらに両分野ともに女性筆頭演者の割合も高い傾向を示していた.さらに現在「健康管理」において女性筆頭演者の割合が111名(59%)と半数を超えており,女性参画の進んだ分野であるといえた.これらの結果は健康増進活動とともに職場におけるメンタルヘルス対策が重要視される社会的ニーズを反映していると考えられる.

V.おわりに

日本産業衛生学会は1929年2月10日に第1回産業衛生協議会の創立総会を兼ねて発足し7,2019年には90周年を迎える伝統ある学会である.本学会の女性会員の割合は2015年に半数を超え,その後も微増し続けている.女性筆頭演者数も一般発表形式において口演・ポスター共に1992年頃より増加し続けており,女性が積極的に参加している活発な学会と言えるのではないだろうか.しかしながら女性会員が半数を超えているのにもかかわらず,シンポジウムでは依然として低い状況にあるため,責任ある役割を担うリーダー的存在の女性が活躍できる学会にすることにより若い世代へと続くことが期待される.また,本学会では1999年頃に就労女性健康研究会が,2017年には男女共同参画推進小委員会が発足し,研究者を含め就労女性が心身ともに健康に活躍するための活動を行なっている16,17,18.今後本学会でのさらなる女性の活躍が期待される.

なお本調査の限界として,男女別の筆頭演者数のカウントに関して,名前だけでは性別が判別不能な場合があり,本人を特定できる場合を除き調査対象から除外した点(各年1~5名程度)が挙げられる.本調査の解釈についてもこうした限界に留意する必要がある.

謝辞

本稿執筆にあたり,ご協力を賜りました日本産業衛生学会事務局,産業医部会,産業看護部会,産業衛生技術部会,産業歯科保健部会,またご指導賜りました河合俊夫先生(公益社団法人 関西労働衛生技術センター)に感謝申し上げます.

本稿の一部は2017年9月開催の第67回労働衛生史研究会,2018年5月開催の第91回日本産業衛生学会にて発表したものである.

利益相反

利益相反自己申告:申告すべきものなし

文献
 
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