産業衛生学雑誌
Online ISSN : 1349-533X
Print ISSN : 1341-0725
ISSN-L : 1341-0725
原著
日本の鉄道会社における包括的ヘルスリテラシーの実態と職場の健康診断・健康相談等に関する行動との関連
木村 宣哉 小原 健太朗秋林 奈緒子宮本 貴子
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2019 年 61 巻 4 号 p. 123-132

詳細
抄録

目的:近年,健康に関する情報を扱う能力であるヘルスリテラシー(以下,HL)が国内外ともに注目されてきているが,日本の企業において包括的なHLを調査した研究は見当たらない.本研究の目的は,鉄道会社A社の包括的HLを調査し,産業分野における包括的HLの実態及び健康診断や健康相談などとの関連を明らかにすることである.対象と方法:対象として,A社の社員をA社全体の分布と同程度の割合になるよう年代,性別,夜勤の有無,役職の有無で20群に層化し,541名を系統的無作為抽出した.調査は2017年に郵送による自記式質問紙調査を実施した.HLの測定は,HLS-EU-Q47日本語版を使用した.この質問紙はヘルスケア,疾病予防,ヘルスプロモーションの3領域で構成され,各領域を合わせたものを総合HLとする.質問は47項目で,回答は「とても簡単」「やや簡単」「やや難しい」「とても難しい」「わからない/あてはまらない」の5択とした.HLのスコアは,0から50点満点に標準化した.HLの困難度は,「やや難しい」と「とても難しい」を合わせた割合とした.HLの比較として,中山らのWEBによる調査とGotoらによる調査を用いた.また,HLと個人属性,健康診断や健康相談等に関する行動との関連をみるため統計解析を行った.本研究はA社内部の倫理委員会の承認を受け実施した.結果:調査票は417名から返却された.A社の総合HLは25.1と低い結果であった.この結果は,中山らの調査と比べると同程度の総合HLで,Gotoらの調査と比べると5点程度低かった.A社の領域別HLは,ヘルスケア24.6,疾病予防27.9,ヘルスプロモーション22.8と全体的に低く,傾向としては疾病予防領域が高く,ヘルスプロモーション領域が低かった.この傾向はGotoらの調査と同様であったが,中山らの調査では逆に疾病予防の領域でHLが低くなっていた.また,A社では個人属性と総合HLに有意差はみられなかった.HLの困難度では「食品パッケージ情報の理解」の項目で最も先行研究と差があり,A社は約20%困難度が高かった.健康診断・健康相談等に関する行動とHLでは,疾病予防とヘルスプロモーションの領域で,健診結果の活用と健診で要精査だった場合の受診行動に有意差がみられた.また,総合HL及び疾病予防のHLと職場巡視で健康相談等を受けた回数とで有意差がみられたが,自分で希望して受けた人を除いた解析では有意差はみられなかった.考察と結論:A社の包括的HLは低かったが,本調査を含め,日本におけるHLS-EU-Q47を用いた3つの調査は一貫した結果を示さなかった.これらの要因として,調査方法の違いやA社の特徴などが考えられる.また,総合HL及び疾病予防のHLが高い人は,自主的に健康相談等を受ける傾向などが明らかとなった.

緒言

近年,健康に関する情報を扱う能力であるヘルスリテラシー(以下,HL)が国内外ともに注目されてきている.最近の日本においては,インターネット上で医師などの専門職による監修を受けないまま誤った健康情報を提供していたケースもあり,情報の信頼性が問われることとなった.このケースは,情報を提供する側のコンプライアンスが根本的な問題ではあるが,その一方で健康情報を収集する側のリテラシーの重要性も示す一例と言える.過去には,肺がんについて日本の検索サイトで検索して表示された最初の50件のうち,標準的治療を推奨したのは半数未満であるという調査も存在する1.インターネットの発達によって健康に関する情報を手軽に得られるようになったが,それと同時にHLもまた重要性を増すこととなった.

HLを主とした研究は,日本では学会発表や特集記事などでは目にすることがあるが,まだあまり論文化までは進んでいないのが現状である.一方,海外に目を向けると,PubMedでは2009年頃より文献数が増加し始め,2017年には年間で1,000件を超える文献が公開された.日本の「健康日本21」が手本としているアメリカの「ヘルシーピープル2020」においても,トピックスの目標の一つに人々のHLの向上が挙げられているほか,ヨーロッパではWHO EuropeがHLについての報告書を発表している2.これまでの研究では,HLのレベルによって入院や救急医療の増加,インフルエンザ予防接種率,高齢者の死亡率,適切な服薬などに差があることが報告されており3,今後の日本においてもHLはより重要な指標となる可能性が考えられる.

HLには様々な定義があるが,最近ではSorensenが既存の定義をシステマティックレビューし,HLを「健康情報を入手し,理解し,評価し,活用するための知識,意欲,能力であり,それによって日常生活におけるヘルスケア,疾病予防,ヘルスプロモーションについて判断したり,意志決定をしたりして,生涯を通じて生活の質を維持・向上させることができるもの」と定義している4.欧州では,この定義を参考にHLS-EU-Q47という包括的なHLを測定する尺度が開発され5,欧州以外にもアジアの国々などでも調査が行われている6

日本におけるHLS-EU-Q47を用いた調査では,中山らがHLS-EU-Q47の日本語版を作成し,一般住民を対象に包括的HLをWEB調査7しているほか,Gotoらがリサーチ会社に登録されている集団を対象に調査を実施している8.日本の産業分野においては,石川が開発した労働者向けのHLの尺度8はあるが,HLS-EU-Q47を用いて企業を対象に包括的HLを調査した研究はまだ見当たらない.

産業の一分野である鉄道会社は,乗客の大量輸送を担うことから,安全な鉄道運営のために運転士を筆頭に社員の健康管理が求められる.また,近年では運転士の居眠り運転の事象をきっかけに,運転士に対する睡眠時無呼吸症候群の検査が実施されるなど,列車の安全な運行のための健康管理がより重要となってきている.加えて,最近では経済産業省による「健康経営」の推進もあり,健康への投資は経営的な側面においても注目を浴びている.HLは前述のSorensenの定義4にあるように,自己の健康管理にとって重要な概念であり,HLの向上は健康経営にも寄与するものである.従って,社員のHLの実態を把握することは,鉄道会社において安全と経営の双方に関わることといえる.

そこで本研究の目的は,鉄道会社A社における社員の包括的HLの実態を把握するとともに先行研究と比較検討すること,そしてHLとA社における健康診断や健康相談・保健指導・特定保健指導等(以下,健康相談等)との関連を確認することとした.本研究は,日本の一企業を対象に初めてHLS-EU-Q47を用いて包括的HLを調査した点で意義あるものである.

方法

1. 対象

対象は,2016年4月–9月に定期健康診断(以下,健診)を受けた鉄道会社A社の社員7,927名である.本研究では一般的な鉄道会社の従業員を対象とすることにし,役員や病院職員,70歳以上の対象者を除外すると7,384名であった.サンプル数の設定に当たっては,検定を最大6群(年代間)で行うことを想定し,効果量0.25,有意水準0.05,検定力0.8としてG*Power version 3.1で算出して216名の結果を得た.次に,216名に郵送調査の返却率を約40%と想定し,最終的に541名(全社員数に対して6.8%)のサンプルを対象とした.抽出においては,A社をできるだけ反映するように,年代,性別,役職の有無,夜勤の有無で計20群に層化し,A社全体における20群と同じ割合になるよう対象者を系統的無作為抽出した.

2. 調査内容

個人属性として年代,性別,夜勤の有無,役職の有無のほか,鉄道業務に関する資格である医学適性検査の取得状況を確認した.医学適性検査とは,鉄道業務における安全性を確保するために労働者に求められる一定の健康水準の資格検査である.検査項目としては視覚,聴覚,血圧・心電図などの循環器機能などがあり,1–4種で区別され,それぞれ基準が異なっている.代表的なものとして,運転士は1種,車掌や車両・線路での業務に携わる者などは2種となっている.

調査は,職場の健診・健康相談等に関する独自の質問紙(表1)とHLを測定するための既存尺度を用いた質問紙の2種類を使用した.A社では,社員の健康管理の一環として産業医による職場巡視の他に,産業保健職による職場巡視を事業所の人数規模によって年2–6回程度実施している.その際に,面談が可能な社員に対して個別に健康相談等を行っている.特に,健診で産業医意見が保留になった者や医学適性検査に不合格になる可能性がある者に対しては,事前に面談の約束を取り付け,健康状態の改善につなげるようフォローするなど密に関わっている.そこで,面談による社員のHLへの影響を確認するため,調査項目として職場巡視で健康相談等を受けた回数を加えた.

表1. 職場の健康診断・健康相談等に関する質問内容
No. 1あなたは普段,健康診断の結果を確認していますか
a.毎回,確認している b.時々,確認している c.確認していない
No. 2あなたは健康診断で異常がみつかった場合,その結果を使用し,生活改善に活かそうと思います
a.生活改善に活かそうと思う b.生活改善に活かそうとは,思わない
No. 3健康診断結果で『要精査』となった場合,あなたは病院を受診しようと思いますか
a.受診しようと思う b.機会があれば受診しようと思う c.受診しようとは,思わない
No. 4あなたは,この1年間で職場巡視に来た保健師による健康相談,保健指導,特定保健指導を受けたことがありますか
a.2回以上受けた b.1回受けた c.受けていない
No. 5上記でa.b.と回答した方は,受けたきっかけを教えてください
a.上司・同僚の薦め b.自分で希望した c.その他

HLの質問紙はHLS-EU-Q47の日本語版7を使用した.HLS-EU-Q47は,前述のSorensenの包括的HLの概念モデル4を用いたもので,3つの領域(ヘルスケア,疾病予防,ヘルスプロモーション)と4つの能力(入手,理解,評価,活用)で構成されている.質問は47項目あり,回答は「とても簡単」「やや簡単」「やや難しい」「とても難しい」「わからない/あてはまらない」の5択である.なお,本研究のHLの定義についても,Sorensenの定義4と同様とする.

調査開始前には,A社の保健管理部門の看護助手及び事務職7名を対象にプレテストを実施し,調査票に不備がないことを確認した.調査は2017年5月,郵送による自記式質問紙調査として実施し,職場の担当者に郵送した後,担当者から調査の対象者に配付するよう依頼した.

3. 分析

HLはHLS-EU-Q475に倣い,それぞれ総合HL,ヘルスケアHL,疾病予防HL,ヘルスプロモーションHLとして0–50点満点に標準化してスコア化した.標準化の式は,「(平均-1)×(50/3)」とし,スコアの判定基準は,スコアが0–25を「不十分」,>25–33を「問題がある」,>33–42を「十分」,>42–50を「優秀」とした.

スコア化にあたり,HLS-EU-Q47の全47項目の回答率が80%を下回る調査票や「わからない/あてはまらない」の回答割合が20%以上の調査票,HLのスコア算出が困難な者,健診結果に不備がある者は無効とした.また,「わからない/あてはまらない」と回答した項目については除外して計算した.二重回答は欠損として扱い,欠損や空欄の項目には全体の平均値の近似値を代入した.

HLスコアの比較には,全国の一般集団を対象とした中山らによる調査7(以下,全国版1)とGotoらによる調査8(以下,全国版2)を用いた.また,HLS-EU-Q47の各47項目の質問に対して,「やや難しい」または「とても難しい」と回答した割合を困難度として用いた.困難度の比較には,困難度の結果が記載されている全国版1を使用した.

統計解析では,厳密にはデータに正規性は認められなかったが,データの分布とサンプル数から頑健性があると判断しパラメトリック検定を行った.総合HLと個人属性との関連及びHLスコアと職場の健診・健康相談等との関連にはt検定及び一元配置分散分析を用いた.3領域(ヘルスケア,疾病予防,ヘルスプロモーション)の各HL間の相関関係の確認には,Pearsonの積率相関係数を使用した.全ての検定の有意水準は5%とした.統計解析ソフトはIBM SPSS version 23.0及びEZR version 1.37を使用した.

4. 倫理的配慮

分析の段階で匿名化し,個人が特定されないよう配慮した.対象者には研究の目的を文書で説明した.また,文書には調査の匿名性や自由参加であること,調査に不参加の場合にも不利益がないこと,途中でいつでも辞退できることを明記し,調査票の回答をもって同意を得られたものとした.なお,調査票は各職場の担当者経由で配付したが,返却は返信用封筒を用いて各自で行うものとしており,担当者と対象者の上下関係による調査参加の強制力はなるべく排除した.本研究はA社内部の倫理委員会の承認(倫理2018.1)を受け実施した.

結果

調査票の送付時点で32名が退職や休職等で在籍していなかったため,509名が対象となった.調査票は417名から返却された(回収率82%).回答者の分布を対象抽出時の20群として確認した結果,A社の実際の分布と比較するといずれの群においても誤差は約2%以内だった.また,年代毎の回収率では,10代(6名中6名)100%,20代(141名中114名)81%,30代(144名中122名)85%,40代(67名中45名)67%,50代(119名中90名)76%,60代(64名中40名)63%であった.40代と60代で回収率が低い傾向がみられた.

1. HLスコア結果

HLのスコア算出に当たって,HLS-EU-Q47の全47項目の回答率が80%を下回った11名,「わからない/あてはまらない」の回答が20%以上だった20名,HLのスコア算出が困難だった2名,健診結果に不備があった3名を無効とし,最終的に381名を有効とした(有効回答率約75%).また,47の各質問項目において,近似値の補充をしたのは計22件であり,平均0.5件,最大では3件であった.

A社のHLスコアと個人属性との関連について表2に,A社の総合HLと3領域ごとのHLを表3に示す.A社の総合HLは25.1と低い結果であったが,全国版1とほぼ同程度であった.一方,全国版2の結果と比べると総合HLが5点程度低くなっており,領域別のHLについてもA社と全国版1は全体的に低い結果であった.3領域のHL間には中程度の有意な正の相関がみられた.各相関係数は,ヘルスケアHLと疾病予防HLで0.640,ヘルスケアHLとヘルスプロモーションHLで0.578,疾病予防HLとヘルスプロモーションHLで0.719であり,いずれもp値は<.001であった.また,個人属性との関連に関しては,A社においては特に有意差はみられなかった.

表2. 総合HLスコアと個人属性との関連
A社(HL: n=381)p値全国版1(HL: n=927)全国版2(HL: n=891)
n(%)総合HL(SD)n(%)総合HL(SD)n(%)総合HL(SD)
381(100%)25.1(7.0)1,054(100%)25.3(8.2)891(100%)29.79(7.41)
性別a)
 男性347(91%)25.2(7.0).196509(48%)24.4(8.3)439(49.3%)29.14(7.71)
 女性34(9%)23.6(6.4)545(52%)26.2(8.1)452(50.7%)30.40(7.06)
年代b)
 18–196(2%)31.0(7.6).115
 20–29110(29%)26.0(7.1)154(15%)22.8(7.8)114(12.8%)28.33(6.71)
 30–39111(29%)24.1(5.8)228(22%)23.7(7.6)147(16.5%)28.94(7.72)
 40–4941(11%)24.5(6.5)211(20%)24.6(7.3)174(19.5%)29.55(6.71)
 50–5983(22%)25.2(8.1)213(20%)26.0(8.4)146(16.4%)30.02(7.55)
 60–6930(8%)24.5(7.5)248(24%)28.2(8.8)174(19.5%)30.69(7.18)
夜勤a)
 あり194(51%)24.8(6.9).545
 なし187(49%)25.3(7.1)
役職a)
 あり58(15%)25.0(7.3).92038(4%)23.5(7.0)
 なし323(85%)25.1(6.9)
医学適性検査b)
 1種50(13%)24.5(6.8).730
 2種255(67%)25.4(6.8)
 3種1(0%)30.5
 4種2(1%)23.4(2.1)
 なし73(19%)24.4(7.7)

HL=mean, SD=standard deviation, a)Two Sample t-test, b)one-way ANOVA

表3. 総合HLと3領域別のHLスコア
A社
(n=381)
全国版17
(n=927)
全国版28
(n=891)
平均SD平均SD平均SD
総合HL25.17.025.38.229.797.41
ヘルスケアHL24.67.625.78.629.237.69
疾病予防HL27.98.022.79.232.528.26
ヘルスプロモーションHL22.88.425.59.227.607.41

SD=標準偏差

2. HLの困難度

HLの困難度(「やや難しい」または「とても難しい」と回答した割合)は,HLS-EU-Q47の全47項目の質問に80%以上回答した406名を有効とした(有効回答率80%).各質問の困難度及び全国版1の結果を表4に示す.困難度の平均は48.3%だった.A社と全国版1の困難度の差の平均は2.6%だった.領域別では,ヘルスケア(困難度49.0%)では全国版1との差が0.3%,疾病予防(困難度41.5%)で1.3%の差,ヘルスプロモーション(困難度53.8%)で6.2%の差があり,いずれもA社の困難度の方が高かった.全国版1と比較して最も困難度が高かったのは「食品パッケージ情報の理解」の項目(困難度59.9%)で,18.1%高かった.一方で,全国版1に比べて最も困難度が低かったのは「インフルエンザの予防接種を受けるべきかどうかを決める」の項目で,9.5%低かった.また,最も差がなかったのは「検診が必要な理由の理解」の項目(19.0%)で,0.2%の差であった.

表4. HLの困難度
n=406
領域能力項目A社全国
ヘルスケア入手気になる病気の症状に関する情報を見つけるのは42.946.1-3.2
気になる病気の治療に関する情報を見つけるのは51.253.3-2.1
急病時の対処方法を知るのは60.660.9-0.3
病気になった時,専門家(医師,薬剤師,心理士など)に相談できるところを見つけるのは62.663.4-0.8
理解医師から言われたことを理解するのは50.544.06.5
薬についている説明書を理解するのは40.140.8-0.7
急病時に対処方法を理解するのは70.963.57.4
処方された薬の服用方法について,医師や薬剤師の指示を理解するのは21.725.6-3.9
評価医師から得た情報がどのように自分に当てはまるかを判断するのは52.546.75.8
治療法が複数ある時,それぞれの長所と短所を判断するのは77.370.66.7
別の医師からセカンド・オピニオン(主治医以外の医師の意見)を得る必要があるかどうかを判断するのは78.673.05.6
メディア(テレビ,インターネット,その他のメディア)から得た病気に関する情報が信頼できるかどうかを判断するのは76.173.22.9
活用自分の病気に関する意思決定をする際に,医師から得た情報を用いるのは44.649.3-4.7
薬の服用に関する指示に従うのは10.316.8-6.5
緊急時に救急車を呼ぶのは37.736.80.9
医師や薬剤師の指示に従うのは7.115.5-8.4
疾病予防入手喫煙,運動不足,お酒の飲み過ぎなど不健康な生活習慣を改善する方法に関する情報を見つけるのは20.228.3-8.1
ストレスや抑うつなどの心の健康問題への対処方法に関する情報を見つけるのは45.852.9-7.1
受けなくてはならない予防接種や検診(乳房検査,血糖検査,血圧)に関する情報を見つけるのは49.040.18.9
太りすぎ,高血圧,高コレステロールなどの予防法や対処法に関する情報を見つけるのは33.734.7-1.0
理解喫煙,運動不足,お酒の飲み過ぎなどの生活習慣が健康に悪いと理解するのは11.615.9-4.3
予防接種が必要な理由を理解するのは17.521.7-4.2
検診(乳房検査,血糖検査,血圧)が必要な理由を理解するのは19.019.2-0.2
評価喫煙,運動不足,お酒の飲み過ぎなどは健康に悪いといわれているが,その信頼性を判断するのは17.525.8-8.3
検査のために,いつ受診すべきかを判断するのは65.553.212.3
どの予防接種が必要かを判断するのは67.557.010.5
必要な検診(乳房検査,血糖検査,血圧)の種類を判断するのは68.052.815.2
メディア(テレビ,インターネット,その他のメディア)から得た健康リスク(危険性)の情報が信頼できるかどうかを判断するのは72.964.28.7
活用インフルエンザの予防接種を受けるべきかどうかを決めるのは26.435.9-9.5
家族や友人のアドバイスをもとに,病気から身を守る方法を決めるのは47.348.5-1.2
メディア(新聞,ちらし,インターネット,その他のメディア)から得た情報をもとに,病気から身を守る方法を決めるのは60.652.18.5
ヘルスプロモーション入手運動,健康食品,栄養などの健康的な活動に関する情報を見つけるのは27.829.9-2.1
心を豊かにする活動(瞑想[座禅・ヨガ],運動,ウォーキング,ピラティスなど)について知るのは25.627.3-1.7
より健康的な近隣環境にする方法(騒音や汚染を減らす,緑地やレジャー施設をつくるなど)に関する情報を見つけるのは51.047.93.1
健康に影響を与える可能性のある政策の変化(法律制定,新しい検診,政権交代,医療改革など)について知るのは74.963.111.8
職場の健康増進のための取り組みについて知るのは43.138.05.1
理解健康に関する家族や友人のアドバイスを理解するのは29.330.5-1.2
食品パッケージに書かれている情報を理解するのは59.941.818.1
健康になるためのメディア(インターネット,新聞,雑誌)情報を理解するのは42.933.69.3
心の健康を維持する方法に関する情報を理解するのは52.549.33.2
評価住んでいる場所(地域,近隣)がどのように健康と充実感に影響を与えているかを判断するのは72.961.811.1
住宅環境が健康維持にどのように役立つかを判断するのは70.258.911.3
どの生活習慣(飲酒,食生活,運動など)が自分の健康に関係しているかを判断するのは46.645.51.1
活用健康改善のための意思決定をするのは53.950.73.2
参加したいときに,スポーツクラブや運動の教室に参加するのは62.356.45.9
健康と充実感に影響を与えている生活環境(飲酒,食生活,運動など)を変えるのは72.263.68.6
健康と充実感を向上させる地域活動に参加するのは76.464.611.8

困難度:回答に「やや難しい」「とても難しい」を選んだ割合

3. HLと職場の健診・健康相談等との関連

HLと職場の健診・健康相談等との関連の結果を表5に示す.総合HLでは「職場巡視で健康相談等を受けたか」の項目で有意差がみられた.ヘルスケアHLではいずれも有意差はみられなかったが,疾病予防HLでは「要精査の場合の受診の有無」と「職場巡視で健康相談等を受けたか」で有意差がみられ,ヘルスプロモーションHLでは「健診結果の活用」と「要精査の場合の受診の有無」で有意差がみられた.しかしながら,職場巡視での健康相談等については,質問No.5「健康相談等を受けたきっかけ」の自分で希望した者を除いて解析すると有意差はみられなかった.

表5. HLと職場の健康診断・健康相談等に関する結果
回答数
(%)
総合
HL
p値ヘルス
ケア
HL
p値疾病
予防
HL
p値ヘルス
プロモーション
HL
p値
No. 1 健診結果の確認b)
 毎回,確認している357(94.2%)25.1.87124.6.63527.9.90722.8.830
 時々,確認している17(4.5%)25.525.027.624.0
 確認していない5(1.3%)23.721.526.423.3
No. 2 健診結果の活用a)
 生活改善に活かそうと思う358(94.7%)25.2.09924.7.67228.0.15723.1.014*
 生活改善に活かそうとは思わない20(5.3%)22.523.925.418.3
No. 3 要精査の場合の受診の有無b)
 受診しようと思う215(56.7%)25.8.0.5224.9.49028.8.018*23.8.041*
 機会があれば,受診しようと思う156(41.2%)24.224.326.821.7
 受診しようとは,思わない8(2.1%)22.022.123.820.0
No. 4 職場巡視で健康相談等を受けたかb)
 2回以上受けた82(21.5%)26.3.034*25.4.19329.7.011*24.0.123
 1回受けた108(28.3%)25.725.328.623.4
 受けていない191(50.1%)24.123.926.722.0
No. 5 健康相談等を受けたきっかけb)
 上司・同僚の薦め66(35.1%)25.5.77224.7.44828.2.51023.7.972
 自分で希望した88(46.8%)26.225.329.623.8
 その他34(18.1%)26.526.929.423.4

*=p値<.05, a)Two Sample t-test, b)one-way ANOVA

考察

1. 個人属性と総合HLとの関連

A社においては,個人属性と総合HLの関連については年代や性別,夜勤や役職の有無などのいずれにおいても有意差はみられなかった.一方で,同じHLS-EU-Q47を使用した全国版1-2では,年代によって有意差が示されている.今回の調査はA社の年齢分布に合わせたため,各年代が同程度になるよう調整した全国版1-2とは異なった可能性がある.加えて,全国版1-2の対象者は,リサーチ会社に登録している人々であるため個々人の背景や環境が様々であると思われるが,A社の対象者は全員が同一の企業に所属しており,周囲の環境が似通っていることから個人属性で大きな差が表れなかったことも考えられる.

また,別の尺度や調査法によるHLの先行研究では,WEBによる調査において個人属性で差がみられるものが多いが10,11,12,今回の調査を含めて,WEBを用いない調査では個人属性での差はあまりみられていない13.インターネット調査においては,国勢調査等のデータを用いて層別化することで基本属性の偏りは回避できるが,未知の変数による偏りについては排除できないとも指摘されている14.HLに関しては,インターネットを利用する層とあまり利用しない層とで,異なる傾向が存在する可能性がある.日本の産業分野におけるHLの研究はまだ多いとは言えず,今回の結果が調査方法によるものなのか一企業における特徴によるものなのか,今後の更なる調査・研究による確認が求められる.

2. HLスコアと全国版との比較

A社は全国版1に比べると,総合HLの差は0.2,HLの困難度の差の平均は2.6%と大きく変わらない値であった.一方で,全国版2と比較すると総合HLが5程度低くなっており,スコアの判断基準からしても,A社のHLは十分とはいえない結果といえる.また,海外における結果では,アジア6か国では総合HLは約30前後であり6,EUでは33.8であることから7,A社は全国版1と同様に海外よりも低い結果を示すこととなった.また,領域別としてみると,A社は疾病予防HLが高く,ヘルスプロモーションHLが低い傾向であり,スコア自体は全国版2より低いものの,傾向としては同様である.一方,全国版1は疾病予防HLが低く,ヘルスケアHLとヘルスプロモーションHLが同程度となっている.本調査を含め,日本におけるHLS-EU-Q47を用いた3つの調査は一貫した結果を示さなかった.この要因の一つとして,前述のように調査方法の違いも考えられる.全国版1と2はいずれもリサーチ会社に登録されたモニターを対象としており,性・年代も同程度になるよう調整されている.しかし,手法においては,全国版1はWEB調査であり全国版2は郵送またはFAX調査という違いがある.一方,A社はリサーチ会社を介さず一企業内における郵送調査であり,性・年代も割合の調整はされていないという特徴があるため,それらの違いが結果に影響を与えた可能性が考えられる.

3. HLの困難度と全国版との比較

1) ヘルスケアのHLの困難度

ヘルスケアの領域では,全国版1と比べて10%を超える差はみられず,大きな違いはないものと考えられる.

2) 疾病予防のHLの困難度

A社は疾病予防のHLスコアが最も高く,全国版1と比べて最も困難度が低かった「インフルエンザの予防接種を受けるべきかどうかを決める」の項目も疾病予防の領域である.インフルエンザワクチンの予防接種には欠勤を減らす効果があるとされており15,国内の職域において重症化や休業を免れる可能性を示唆する報告16もあることから,企業内では社員へのワクチン勧奨などによって一般集団よりもインフルエンザに対する認識が高く,困難度が低くなったと考えられる.A社でも社員のインフルエンザワクチンに補助金を出しており,インフルエンザ時期には管理職から社員に予防接種の勧奨をするほか,保健師からも職場巡視の際にワクチン接種勧奨を行っている.これらの取り組みによって困難度が低くなった可能性がある.

その他,生活習慣の改善や心の健康問題への対処方法に関する情報の入手の項目などの困難度が低かったが,これらはA社の保健管理部門による健診時の問診や広報活動などで社員に周知されている内容のため,HLの困難度が低かったことが考えられる.

3) ヘルスプロモーションのHLの困難度

ヘルスプロモーションの領域では,A社は全国版1に比べて困難度が6.2%高かった.特に「食品パッケージ情報の理解」の項目は最も差が大きく,A社の困難度は59.9%と,全国版に比べて18.1%高くなっている.平成27年の国民健康・栄養調査17では,ふだん食品を購入する際に栄養成分表示を参考にしているのは,男性が26.1%で女性が53.0%であり,男性のほうが栄養成分表示を活用していない現状が伺える.A社は男性が9割近い職場であることから,男女比が半々である全国版1よりも困難度が高くなったと考えられる.この対策として,2015年より消費者向け加工食品には栄養成分の表示が義務化されるようになり,消費者庁はWEB上に栄養表示活用のための資料を公開している18.それを活用することもHL向上における一つの対策といえる.一方で,国内においては科学的根拠となる栄養表示利用行動についての質の高い研究はほとんどないという指摘もある19.A社のように男性の多い企業においては個人の栄養管理の上でも重要な要素であることから,栄養成分表示活用に向けた更なる研究が求められる.

また,全国版1では様々な職種の人が回答していると考えられるが,今回の調査はA社のみであることから,業種の違いによる傾向が現れた可能性もある.加えて,地域活動や環境面の項目でも10%以上の差がみられている.地域への愛着は居住年数が長いほど高まることが報告20されているが,A社では転勤があるため,全国版1に比べてヘルスプロモーション領域における地域面での困難度が高くなったことが考えられる.近年,企業のCSRとして地域社会への貢献が重要となっており,日本経済団体連合会でも企業行動憲章として会員企業に推奨している21.そのような活動を通して地域とのつながりを厚くすることで,社員の地域活動への参加につながる可能性がある.

4. 産業保健活動とHLの関連

職場巡視で健康相談等を受けた回数と総合HL及び疾病予防のHLに有意差がみられたが,自分で希望した者を除いた結果では有意差はみられなかったことから,この関連は健康相談等を希望する者は元々健康意識が高いことによるものであると考えられる.その一方で,尺度化されたHLではないが,労働者において保健指導の機会がある者の方がHLは高いという報告12も存在する.今回は保健指導に健康相談も含めた調査としたため,保健指導に限定した場合はまた違った結果になる可能性がある.また,疾病予防やヘルスプロモーションのHLにおいて,健診結果の活用や要精査の場合の受診行動に関連がみられたことから,社員のHLの向上を図ることで疾病予防や健康増進に繋がることが期待される.HLの向上に関連する具体的な保健活動について,今後の更なる調査が重要となる.

5. 鉄道業務とHLの関連

調査の結果,医学適性検査を有している者は約8割という結果だった.健康管理が不良な者は医学適性検査が不合格となるため,鉄道業務に従事したい者にとっては重要な資格であり,その資格を持つ者は自己健康管理の影響でHLも高くなる可能性が考えられた.しかしながら,今回の結果では医学適性検査とHLに関連はみられなかった.また,鉄道業務関連では夜勤業務をする者がいるが,夜勤の有無においてもHLに関連はみられなかった.この背景として,A社の産業保健職は医学適性検査を有する者にはより注意して関わっており,健康面で何かあった場合でも,産業保健職の指示に従っておけば問題がないといった受け身のスタンスになっている可能性がある.実際,HLの困難度においても,指示に従う類の項目は全国版1と比べて困難度が低いが,判断に関する項目は全国版1と比べて困難度が高くなっている.

前述のように,HLが高い者は自分で希望して職場巡視での健康相談等を受けている傾向が伺える.しかし,運転士や車掌はシフト勤務で現場に出ているため,本人が健康相談等を希望していても時間調整が困難で実施する機会が少ないケースも多く,この点は鉄道会社における課題の一つといえる.別の鉄道会社では,職場箇所の保健指導実施率を毎月発表することで,各現場の意識が変わり,保健指導実施率が上昇したという報告がある22.全国版1と比べて困難度が低かったインフルエンザワクチンの予防接種の項目のように,会社としての体制と現場の管理職及び保健医療職の活動が組み合わさることでHLが向上する可能性もあることから,それを実現できるような環境づくりも重要であると考える.

6. 研究の限界と今後の課題

本研究は,日本の企業における包括的HLを明らかにした初めての研究である.その一方で,今回の結果だけでは,それがA社の特徴を示すものなのか,あるいは鉄道会社または産業分野全般の特徴を示すものかについては明確にはできない.加えて,A社の特徴として,女性の割合が少ないことが挙げられる.そのため,産業における包括的HLとして一般化するには,更なる調査が求められる.また,HLの向上につながる具体的な取り組みについても,今後の研究によってエビデンスを蓄積し,明らかにしていくことが重要である.

結論

本調査の結果,A社の包括的HLは全国の一般集団を対象とした先行研究と比較して同程度または低いことがわかった.領域別のHLではA社は疾病予防領域のHLが高く,逆にヘルスプロモーション領域のHLが低いという傾向がみられた.HLの困難度では「食品パッケージ情報の理解」の項目で最も全国版1と差があり,A社は約20%困難度が高かった.A社では個人属性と総合HLに有意差はみられなかった.健診・健康相談等に関する行動とHLでは,疾病予防とヘルスプロモーションの領域で,健診結果の活用と健診で要精査だった場合の受診行動に有意差がみられた.また,HLが高い人は自ら健康相談を受ける傾向がみられた.

謝辞

業務で多忙の中,本研究に参加協力していただいたA社の社員の皆様,そしてA社保健管理部のスタッフの皆様に深く感謝いたします.

利益相反

利益相反自己申告:申告すべきものなし

文献
 
© 2019 公益社団法人 日本産業衛生学会
feedback
Top