産業衛生学雑誌
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事例
メンタルヘルス不調の背景にACTH単独欠損症による続発性副腎皮質機能低下症が存在した1例
石村 大史
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2019 年 61 巻 4 号 p. 133-137

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はじめに

職域におけるメンタルヘルス不調は産業保健に携わる者にとって対応することの多い問題の一つである.そのほとんどは気分障害や不安障害等の純粋な精神疾患と思われるが,まれに他の身体疾患の一症状として精神症状を呈していることがあり鑑別を要することがある.

メンタルヘルス不調を来たしうる疾患の一つに副腎皮質機能低下症が挙げられる.これは副腎皮質ホルモン,特にコルチゾールの分泌低下により,抑うつや意欲の低下などの精神症状,食欲不振,悪心,嘔吐や下痢などの消化器症状,さらには全身倦怠感,易疲労,脱力など非特異的かつ多彩な症状を呈するものである.この場合,通常のメンタルヘルス不調として適切な治療を受け,併せてストレス要因軽減のために何らかの業務上の配慮を行ったとしても,コルチゾールの低下した状態が続く限り症状の改善につながらないことは容易に想像される.

今回,自律神経失調症の診断で療養を要し,業務量の削減や配置換え等の業務上の配慮を行うも奏功しなかった労働者に判明したACTH(adrenocorticotropic hormone:副腎皮質刺激ホルモン)単独欠損症に起因する続発性副腎皮質機能低下症の1例を経験したので報告する.

なお,本誌発表については本人の同意を得ており,その内容についてはプライバシー保護に配慮した.

事例

30代前半(精神科受診時),女性

精密機械器具製造業

主訴:抑うつ

既往歴:高血圧(ニフェジピン 40 mg/日内服中)

家族歴:両親,兄が高血圧,母親が2型糖尿病

現病歴:

中途入社から3年程,製造ラインの業務に従事していたが,業務に関係する特定のストレス要因を背景に,抑うつを主として意欲の低下,睡眠障害,ふらつき,さらには全身倦怠感など様々な心身の不調を自覚するようになった.精神科専門医受診の結果,自律神経失調症の診断となり,エスシタロプラム,ブロマゼパム2剤の内服開始と自宅療養の必要性を指摘された.

3ヶ月の休職,自宅療養の後に産業医面談が実施され,抑うつや睡眠障害の改善は認められるものの,全身倦怠感や易疲労の残存が確認された.なお,この段階でのSDSスコア(Self-rating Depression Scale:自己評価式抑うつ性尺度)は38点であり,面談結果とも併せて抑うつ状態からは回復傾向にあると推察された.これらに加えて本人の職場復帰への意欲と,主治医による職場復帰可能の判断が確認されたことから,職場復帰支援プログラムを作成の上,段階的な復帰が予定された.また,所属部署への復帰は精神的な不安定を招くとの判断から,変則的な対応ではあったが他部署への異動もこの段階で行われた.しかしながら,ソフトランディング当初の4時間勤務の段階から帰宅後には強い疲労感を自覚し,8時間勤務に至っては帰宅後夕食を摂ってそのまま就寝してしまうような極めて疲労感の強い状態が続いた.

入社後,定期健康診断の度に高血圧を指摘されていたが,精神科を受診する2ヶ月前に他の医療機関での内服加療が開始されており,職場復帰から2ヶ月経過した頃,この医療機関で高血圧スクリーニングとして内分泌検査が施行されACTH 2.1 pg/ml,コルチゾール 5.17 μg/dlと低ACTH低コルチゾールの状態にあることが判明,倦怠感・易疲労の強い状態が続いていたことからも続発性副腎皮質機能低下症を疑われ,他院内分泌代謝科専門医を紹介となった.

紹介先での精査ではCRH(corticotropin-releasing hormone:副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン)負荷試験でACTH,コルチゾールともに基礎値はやはり低く,反応も低めであった(頂値:ACTH 26.6 pg/ml,コルチゾール 12.2 μg/dl).インスリン低血糖刺激試験で反応が認められたことから視床下部に問題のないことが確認され,さらにACTH以外の下垂体前葉ホルモンの分泌刺激試験でいずれも異常を認めず,下垂体前葉でACTHの分泌のみが障害された状態,つまりACTH単独欠損症と確定した.ただし,尿中遊離コルチゾール排泄量は 23.3 μg/日で排泄量の低下は認められるものの,コルチゾールの自律分泌はある程度維持されているものと思われ,最終的には不全型ACTH単独欠損症とそれに起因する続発性副腎皮質機能低下症の診断に至った.なお,MRIでは下垂体に明らかな腫瘍性病変を認めず,前葉の軽度腫大が認められたことから,下垂体炎後の可能性があるものと推察された.これらの精査の前後でヒドロコルチゾン(コートリル®)10 mg/日の内服が開始され,不全型との結果を受け 5 mg/日を維持量とし継続することで状態は改善に向かった.

復帰後6ヶ月の時点では通常勤務が継続できており,産業医との面談でも精神状態に悪化なく,全身倦怠感や易疲労についても改善していることが確認された.また,精神科には引き続き通院を要しているが,内服薬は減量され,今後,漸減中止の方針とのことである.

考察

ACTH単独欠損症は下垂体前葉ホルモンのうちACTHの分泌のみが障害される疾患であり,ACTHの分泌低下は副腎皮質機能低下症を引き起こす.成人発症例の場合,好発年齢は50歳代で男性にやや多いとされ,病因に関しては未だ不明な点が多いもののリンパ球性下垂体炎などの炎症性疾患や自己免疫性の機序によるACTH産生細胞の障害が考えられている1.1954年のSteinbergらの報告2にはじまり,本邦では熊原ら3による1969年の報告が最初であるが,その後,血中ACTHの測定や種々のホルモン負荷試験が可能になるなど検査環境が整うにつれ報告数も増加し,今日では決してまれな疾患ではなくなっている.

副腎皮質からは3種のホルモン,ミネラルコルチコイドのアルドステロン,グルココルチコイドのコルチゾール,副腎アンドロゲンのデヒドロエピアンドロステロンが合成・分泌される.副腎皮質機能低下症は副腎自体に原因のある原発性と,視床下部・下垂体系に原因のある続発性とに分類されるが,原発性の場合,3種のホルモンいずれの低下もありえるため,アルドステロン低下に伴う低血圧や低Na血症,副腎アンドロゲン低下による脱毛,さらには下垂体からのACTH分泌増加による色素沈着など比較的特徴的な症状が認められることがあり診断が容易な場合も多い.他方,続発性の場合,レニン・アンジオテンシン系の影響を受けるアルドステロンの分泌は維持され,ACTHの調節を受けるグルココルチコイドの欠乏症状が主であるため全身倦怠感,易疲労,脱力,精神症状,消化器症状などの非特異的な症状のみのことが多く,出現する自覚症状の内容によっては副腎皮質機能低下症の診断に至らず精神疾患や消化器疾患として加療されることも多いと思われる.このような症状の多様性のみならず,進行度や重篤度に関して個人差が大きいことも特徴と言える.酒井ら4は易疲労・食欲不振から当初うつ病が疑われ,ACTH単独欠損症の診断に至るまでに急激な血圧低下や低血糖の遷延などから呼吸・循環不全に陥り人工呼吸管理を要した1例を報告している.町田ら5もうつ病が疑われ心療内科に紹介された下垂体性副腎皮質機能低下症の3例を報告しているが,このうちの1例は嘔気,嘔吐,経口摂取不良のため6か月間で 18 kgもの体重減少を来していた.これらの報告例のように時に副腎皮質機能低下に伴う症状が急激に出現し重篤な状態に至るケースがある一方で,自験例のようにメンタルヘルス不調と前後して副腎皮質機能低下の症状が比較的緩徐に出現し遷延するようなケースも存在する.このような症状の個人差は多分に残存するコルチゾール分泌能やストレス負荷の程度によるところが大きいと推察されるが,コルチゾールの分泌が若干保たれていた自験例では,Table 1 に示すように定期健康診断で肥満傾向が改善せず例年保健指導の対象となっていたことや,高血圧で治療を要する状態にあったことからも一般的な副腎皮質機能低下のイメージと,実際の本人の状態とにかけ離れた点が多く,遷延する疲労感に疑問を抱きつつも,副腎皮質機能低下症を想定することは難しかった.診断に至ったのも高血圧スクリーニングとして実際にはアルドステロンや副腎髄質からのカテコールアミンの分泌に異常がないかに主眼をおいて施行された検査で,たまたま血中ACTHとコルチゾールの低値が判明したことがきっかけであった.

Table 1. 定期健康診断結果
X–3年
(雇入時)
X–2年X–1年X年
(休職後)
BMI(kg/m227.529.929.832.8
収縮期血圧(mmHg)154148140160
拡張期血圧(mmHg)108107108114
血糖(mg/dl)7310590105
HbA1c(NGSP)(%)5.25.25.2
AST(IU/L)14211967
ALT(IU/L)152019113
γ-GTP(IU/L)13151638
中性脂肪(mg/dl)97193109177
HDLコレステロール(mg/dl)57524951
LDLコレステロール(mg/dl)100112119152
クレアチニン(mg/dl)0.550.520.590.55
赤血球(×10,000/mm3500502501481
白血球(/mm37,9007,6007,7008,100

精神科受診した年をX年とする

不全型ACTH単独欠損症による副腎皮質機能低下症では,その一症状として精神症状が出現しうるが,当初,臨床症状に乏しい場合でも何らかのストレスが加わることによってはじめて症状が顕在化することもあり注意を要するとされる1.どちらの経緯から症状が出現したかを明確に判別することは自験例も含めて決して容易ではないが,視床下部-下垂体-副腎皮質系(HPA系)の機能破綻と精神疾患との関連については既に明らかになっており6,メンタルヘルス不調に陥るような強いストレスや,メンタルヘルス不調そのものを強い刺激として,かろうじて維持されていたHPA系にさらなる負荷がかかり,症状が顕在化するという病態は十分にあり得ると思われる.このことを逆接的に考えれば,不全型ACTH単独欠損症では何らかのストレスが加わらなければ副腎皮質機能低下症に起因する症状は顕在化せず,それゆえ診断まで至らない潜在的な患者は多数存在するものと想像される.

副腎皮質機能低下症に限らず精神症状を伴う身体疾患は多岐にわたる.生坂7は総合診療科医の立場から精神疾患と間違えられやすい身体疾患の特徴として,愁訴数が多い場合,抑うつ・不安などの精神症状が主訴の場合,精神疾患の既往がある場合などを挙げているが,これらの条件はいずれも医療者の思い込みを引き起こす要素に他ならない.職域においても,一旦精神症状に対して治療が開始されると,状態が好転しなくてもそれは精神疾患が治療抵抗性あるいは遷延しているという意識に囚われることが多いかと思われる.産業保健スタッフとしては,職域における当該従業員の治療後の変化,改善度合いに注意を払い,特に身体症状が進行性あるいは遷延する場合には,通院先の主治医へ情報提供するなどして連携を図りつつも,除外診断や他科受診の必要性も選択肢として従業員に(時に主治医にも)働きかけていくことが肝要と思われる.

ACTH単独欠損症の診断には,下垂体性のACTH分泌低下症であることに加え,ACTH以外の下垂体前葉ホルモンの分泌に問題がないという条件が必要となる.ACTH分泌低下症の確定診断(Table 2)には,臨床症状として全身倦怠感,易疲労性,食欲不振,意識障害(低血糖や低ナトリウム血症による),低血圧の一つ以上を満たすことが必要とされるが,このことは自験例のように低血糖や低血圧を認めず倦怠感や易疲労のみの場合でも,その可能性は否定できないことを意味する.また,検査所見からは血中コルチゾールの低値,尿中遊離コルチゾール排泄量の低下,血中ACTHが高値でないことの3項目を含めたいくつかの条件を満たすことが必要とされる.コルチゾールは早朝空腹時の測定で 4 µg/dl未満であれば副腎皮質機能低下症が強く疑われ,逆に 17 µg/dl以上あれば否定的とされるが8,日内変動やストレスによる上昇があるため,通常の外来診察でスクリーニングとして採血を行う際には,早朝安静時の採血ではないことを加味して結果を解釈する必要がある.血中ACTHが低値ならば続発性副腎皮質機能低下症を考えるが,その場合,ACTH分泌刺激試験であるCRH負荷試験,あるいは迅速ACTH負荷試験が施行される.CRH負荷試験では頂値が前値の1.5倍以上,ACTHの頂値が 30 pg/ml以上,コルチゾールの頂値が 15 µg/dl以上を反応ありとし9,下垂体に原因があってACTHの分泌が低下している場合には当然,低反応あるいは無反応となる.自験例ではこのCRH負荷試験が低反応であったことからACTH分泌低下症の診断基準における確実例に該当し,加えて,インスリン低血糖刺激試験で視床下部に原因のないこと,他の下垂体前葉ホルモンの分泌刺激試験で問題のないことが確認されACTH単独欠損症の確定に至った.

Table 2. ACTH分泌低下症の診断基準
1.主要項目
(1)主症候
①全身倦怠感
②易疲労感
③食欲不振
④意識消失(低血糖や低ナトリウム血症による)
⑤低血圧
(2)検査所見
①血中コルチゾールの低値
②尿中遊離コルチゾール排泄量の低下
③血中ACTHは高値ではない
④ACTH分泌刺激試験(CRH,インスリン負荷など)に対して,血中ACTHおよびコルチゾールは低反応ないし無反応を示す.
⑤迅速ACTH(コートロシン)負荷に対して血中コルチゾールは低反応を示す.但し,ACTH-Z(コートロシンZ)連続負荷に対しては増加反応がある.
2.除外規定ACTH分泌を低下させる薬剤投与を除く.
3.診断基準確実例:(1)の1項目以上と(2)の①~③を満たし,④あるいは④および⑤を満たす.

厚生労働科学研究費補助金難治性疾患等政策研究事業

脳下垂体機能障害に関する調査研究班 作成

副腎皮質機能低下症の治療は,コルチゾールの補充が一般的であり,15 mg/日程度の投与が標準とされるが1,自験例ではコルチゾールの基礎分泌能が比較的保たれていたことから,10 mg/日の投与から開始し,現在は 5 mg/日で比較的安定した状態を保てている.このコルチゾールの内服はあくまでも不足分を補充するものであり,発熱性炎症性疾患や強めの肉体的負荷では相対的コルチゾール不足となり必要量が増すことや,突然の中断では副腎クリーゼに陥る危険性があることなど疾患と治療薬の特性については本人のみならず産業保健スタッフも知っておくべき事項と考え情報の共有を図っている.さらに自験例の場合,もともとの肥満傾向ゆえに補充目的の内服とはいえ中長期的には糖尿病や脂質異常症の発症・悪化のリスクも念頭に置く必要があると考えている.事実,休職後に施行された定期健康診断では前年度よりもBMIや肝機能,脂質など軒並み悪化しており,保健指導のみならず,主治医による医療面の介入も必要な状況と判断された.

自験例は不全型ACTH単独欠損症による副腎皮質機能低下症が体調不良の主たる原因であったと考えられるが,メンタルヘルス不調がその症状顕在化の契機になったとすれば,ACTH単独欠損症,副腎皮質機能低下症の治療中であることへのフォローのみならず,再度メンタルヘルス不調に陥らないような再発予防の対策こそ不可欠であると考えている.

結語

メンタルヘルス不調で対応を要し,後に不全型ATCH単独欠損症による続発性副腎皮質機能低下症が判明した1例を経験した.高血圧,肥満があり,面談時の印象からは副腎皮質機能低下症を想定できなかったが,振り返ってみれば,全身倦怠感,易疲労の極めて強い状態が続き,メンタルヘルス不調以外の存在も疑うべきであった.

不全型ACTH単独欠損症による続発性副腎皮質機能低下症では,それ自体の症状として精神症状が起こりうるだけでなく,症状が出現していない場合でもメンタルヘルス不調に陥るような強いストレスやメンタルヘルス不調そのものを刺激として副腎皮質機能低下症が悪化し,症状の顕在化を来たす可能性があるものと考えられた.

謝辞

本症例について御加療いただき,また,今回の報告にあたってご助言いただいた主治医の先生方に御礼申し上げます.

利益相反

利益相反自己申告:申告すべきものなし

文献
 
© 2019 公益社団法人 日本産業衛生学会
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