産業衛生学雑誌
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調査報告
社会保険労務士が事業場のメンタルヘルスに関わる際に期待されるコンピテンシーの検討
森本 英樹 柴田 喜幸森田 康太郎茅嶋 康太郎森 晃爾
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2020 年 62 巻 1 号 p. 13-24

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抄録

目的:社会保険労務士(以下,社労士)は事業場のメンタルヘルス課題に関わるものの,社労士が事業場のメンタルヘルス課題に関わる際に期待されるコンピテンシーが明確ではない.よって本研究では,メンタルヘルスにおける社労士に期待されるコンピテンシーを同定することを目的とした.対象と方法:デルファイ法を用いた調査を行った.第1ステップとして対象となる社労士に半構造化面接を行い,面接結果と過去の予備調査をもとにコンピテンシー(案)を作成した.第2ステップとして,メンタルヘルスが関連すると考えられる事例の相談件数が10件以上の社労士にアンケート調査への協力呼びかけを行い,重要度(メンタルヘルス関連業務を行う際にどの程度重要と思うか)と達成度(自らがどの程度達成しているか)を問うた.また提示したコンピテンシー以外に必要と考えられるものを問い,コンピテンシー(案)の追加項目として加えた.第3ステップとして,第2ステップで有効回答をした者に対しステップ2の結果を提示した上で同意率(コンピテンシーに含めることを同意するか)を3件法で問い,同意率80%以上の項目をコンピテンシーとして設定した.また第2ステップで作成した追加項目について重要度と達成度を問い,この中で重要度が中央値以上にもかかわらず達成度が中央値を下回る項目を抽出した.結果:ステップ1では8名の社労士から協力を得,20領域68項目のコンピテンシー(案)を作成した.ステップ2では,57名の社労士が参加し45名の協力を得た(回答率78.9%).新たに追加すべきコンピテンシー(案)として7項目を追加した.ステップ3では,34名から協力を得た(応答率75.6%).同意率80%未満の2項目を除外し,その結果20領域73項目がコンピテンシーとして同定された.同意率が100%の項目として「立案は労使双方のメリットとデメリット(リスク)を踏まえた内容になっている」などがあげられた.結論:本研究により事業場のメンタルヘルスに社労士が関わる際に期待されるコンピテンシーを提示できた.本結果は,今後社労士を対象とした体系的な研修カリキュラムの開発の参考になることが示唆された.

I.緒言

平成28年に厚生労働省が行った調査では,過去1年間にメンタルヘルス不調により連続1か月以上休業した労働者の割合は0.4%,退職した労働者の割合は0.2%であり1,職域における精神疾患による不調者への対応は重要な課題となっている.

日本の産業保健サービスの提供において,産業医の法的な選任義務は50人以上の事業場である.産業保健総合支援センターなどによる支援はあるものの,50人未満の事業場では50人以上の事業場と比較して健康管理に産業保健職の関わりが薄い.50人未満の事業場に対する産業保健職の関与の推進はメンタルヘルス対策としても重要だと考えられるが,平成26年7月現在,日本には約592万7,000件を超える事業場が存在する中で2,産業保健職の人的資源の確保に苦慮する可能性が高い.

精神疾患の発症,もしくは発症を疑う従業員からはしばしば労務問題が発生する.社会保険労務士(以下,社労士)は厚生労働省管轄の国家資格であり,労働法と社会保険法に関する法律の専門家として平成30年11月末現在日本に約42,000人いる3.社労士は事業の健全な発達と労働者等の福祉の向上に資することを目的とした専門職であり公正な立場で業務を行うこととされており4,会社内(勤務社労士),会社外(開業社労士,もしくは開業社労士に雇用される社労士)それぞれの立場で労務管理の観点から企業に関わっている5.社労士を認知している企業は96.7%,社労士を活用している企業は56.4%であるとの結果が企業を対象とした無作為抽出の調査で示されており6,また社労士はすでに小規模事業場を中心にメンタルヘルスに関する事案やストレスチェックについて人事担当者から,もしくは人事担当者として相談を受けていることが過去の調査で示されている5,7,8.そして実際にメンタルヘルスの個別対応に関する相談を受けたことのある社労士の割合について,開業社労士は54.0%であり勤務社労士は34.4%であることが過去の調査で示されており,社労士はメンタルヘルス対応において一定の役割を担っている9

2008年に開催されたWHO健康の社会的決定要因委員会では,所得や雇用などの社会的要因が健康および健康の格差に大きく関与しており,これらの健康の社会的決定要因の改善が必要であるとしている10.そして人の健康には経営や人事労務部門といった,生活習慣や医療などの保健以外の領域(ノンヘルスセクター)も関与していることから,人の健康を守るためにはノンヘルスセクター要因やノンヘルスセクターの意思決定者へのアプローチの重要性がうたわれ,WHOおよびSouth Australia政府によるAdelaide 2010 Health in All Policies国際会議において「すべての政策の中に健康を」宣言として採択されている11.つまり,労働者の健康を守り向上するための方法として,産業保健職がノンヘルスセクターと連携することが注目されている12.その中で,我々は企業の経営者や人事労務部門と日常的に連携をとっている社労士に注目した.具体的には,産業保健職が社労士に対し研修や連携の促進を行うことで,社労士の健康に対する理解の向上を促し,特に産業医選任義務のない50人未満の事業場において企業のメンタルヘルス不調に関する対応の質向上に資することができるのではないかと考えた.

とはいえ,社労士においてはその資格要件に精神疾患に関する知識は含まれていない.また我々は社労士が企業のメンタルヘルスに関する対応の質向上に資するにはメンタルヘルス不調に関する知識を持つことに加え,コンピテンシーの概念が有用と考えた.コンピテンシーは1970年代にMcClellandによって提唱された概念であり13,LuciaとLepsingerは「その職務について有効な,または優れた業績をもたらす人の基本的特徴」「訓練や教育を通じて育成が可能である知識・スキル・姿勢の集合体」とした14.本論文におけるコンピテンシーの定義はLuciaとLepsingerの定義と同一とする.

コンピテンシーはすでに多様な分野で活用されており,産業医や産業看護職,臨床心理士におけるコンピテンシーが定められている15,16,17,18,19.例えば,森らはすべての産業医に求められる実務能力として15分野45項目をあげた17.河野らは産業看護職に必要なコンピテンシーとして7個のコア・コンピテンシー,14個のサブコンピテンシー,40個の下位サブコンピテンシーをあげた18.また,坂井らは産業領域で働く臨床心理士に求められるコンピテンシーとして25項目をあげた19.これらで提示した研究はいずれもコンピテンシーを定めるだけでなく,活用法として教育や育成を念頭に置いたものとして示されている.

一方で,社労士が事業場に関わる際に期待されるメンタルヘルスに関するコンピテンシーについての調査は,我々が過去に実施した研究班内のブレインストーミング法によるものしかなく検討が十分であるとはいえない20.このため我々は事業場に関わる社労士がメンタルヘルス対応を行う上で期待されるコンピテンシーを同定するための調査を行うことを本研究の目的とした.

II.研究方法

社労士を対象にデルファイ法を用いた調査を行った(図1).デルファイ法は,特定の内容について専門家の意見を集約するために効果的かつ適切な手法とされており,コンピテンシー調査にて広く使われている手法の1つである15,16,17,21

図1.

本研究におけるデルファイ法の活用

1. インタビュー調査と社労士が持つべきコンピテンシー(案)の作成(ステップ1)

調査の対象者は本研究班の班員である社労士と,独立行政法人労働者健康安全機構の職員の紹介による産業保健推進センターの支援員である社労士とした.

インタビュー調査は,2016年6月から12月の期間に,著者と調査実施責任者の2名の研究者が実施した.対象者に対し本研究の意義を示した上で,半構造化面接にて聴取した.質問の内容は,研究協力者の属性に加え,「成功だと考えられる事例とその理由,活用した知識」「メンタルヘルス対応能力のある社労士とはどのような能力を持つ人か」とした.各社労士へのインタビューは1回として,インタビュー時間は約1時間であった.

インタビュー調査と過去に研究班内で実施した調査20をもとに著者がKJ法に準じた形で分析を行った22,23.具体的にはインタビュー調査で表出された内容について,ブルームの学習課題3分類を念頭に,類似した内容毎にグループ化を行った24.次に,調査実施責任者を含む4名の研究者が同意する形でグループ化を修正する作業を行い,最終的に4名が同意する形になるまで作業を繰り返し,コンピテンシー(案)として作成した.

2. デルファイ法を用いた第1回質問紙調査(ステップ2)

ステップ1で作成されたコンピテンシー(案)について,全国社会保険労務士会連合会(以下,全社連)の協力を得てインターネット上で質問紙調査を行った.調査への呼びかけは,全社連の会誌およびメールマガジンにて行った.なお,全社連は厚生労働大臣の認可を受けて設立された法定団体であり,社労士は全社連に備えられた名簿に登録されることによって社労士となることができる.つまり,調査参加の呼びかけは全ての社労士に対して行われた.

調査の対象者は,精神疾患を疑う従業員の個別対応の相談を受けた経験が10件以上である社労士の中で,本研究の参加に同意したものとした.相談の定義として個別の従業員の労務管理上の相談を受けた場合を対象とし,傷病手当金や退職の手続き業務の代行のみを行っている場合は件数に含めないこととした.また件数の定義づけとして,同一事由の相談は複数回にわたった場合でも1件と判断するとした.調査期間は2017年10月から11月とした.

調査項目として氏名,メールアドレス,年齢,性別,社労士歴,精神疾患を疑う従業員の個別相談を受けた経験年数と経験事例数,コンピテンシー(案)の重要度(メンタルヘルス関連業務を行う際にどの程度重要と思うか)と達成度(自らがどの程度達成しているか),コンピテンシー(案)以外に必要と思うコンピテンシーを問うた.重要度は,「1:重要でない」,「2:あまり重要でない」,「3:やや重要である」,「4:重要である」の4段階のリッカート尺度を用いて,達成度は,「1:助言を得ても行うことができない」,「2:助言を得て行うことができる」,「3:自分一人で行うことができる」,「4:人に指導することができる」の4段階のリッカート尺度を用いて問い,重要度と達成度について項目毎に平均値を求めた.

コンピテンシー(案)以外に必要と思うコンピテンシーは,ステップ1でまとめた方法と同じく4名の研究班員が同意する形でグループ化を行い,追加のコンピテンシー(案)としてとりまとめた.

3. デルファイ法を用いた第2回質問紙調査(ステップ3)

第2回調査は,第1回調査の有効回答をした者に対し第1回調査結果を提示した上でコンピテンシー(案)に同意するかを,「コンピテンシーに含めることを同意する」「おおむね同意」「同意しない」の3段階のリッカート尺度を用いて問うた.また,ステップ2でとりまとめた追加のコンピテンシーについては重要度と達成度を第1回調査と同様の項目で問い,コンピテンシーに同意するかについても3段階で問うた.調査期間は2018年8月から9月とした.

調査期間終了後,第2回調査に対する同意率(有効回答者の中で「コンピテンシー(案)に含めることを同意する」,もしくは「おおむね同意」を回答した者の割合)を算出し,同意率80%以上をコンピテンシーとして採用する水準として設定した.

倫理的配慮として,ステップ1は産業医科大学倫理委員会の審査,承認を受け実施した(承認日:2016年9月27日,受付番号H28-118号).研究参加者には事前に研究内容を説明し,書面による同意を得た.またインタビューを開始する前に対象者に対し,録音記録は研究実施責任者が保管し,発言内容は個人が特定できない形で記述するなどの情報管理方法を説明し,インタビューの録音およびデータ利用について書面と口頭で同意を得た.ステップ2,3は産業医科大学倫理委員会の審査,承認を受け実施した(承認日:2017年9月26日,受付番号H29-175号,承認日:2018年3月28日,受付番号H29年-287号).研究参加者には調査内容についてインターネット上で研究内容を説明し,調査参加への自由な選択と同意撤回の保障,対象者を特定できる個人情報の非開示,研究以外の目的での個人情報の不使用,個人情報の施錠管理,研究終了後5年間の保管とその後の廃棄を示した上で,参加の同意を質問紙調査の冒頭で同意ボタンの押下にて電磁的に取得した.

III.結果

1. インタビュー調査と社労士が持つべきコンピテンシー(案)の作成(ステップ1)

8名の社労士から協力を得た(表1).参加同意者の属性は,男性3名(37.5%)であった.年代は40歳代と50歳代が各3名(37.5%)と最も多く,60歳代が2名(25.0%)と続いた.社労士歴は6–10年が2名(25.0%),11–15年が4名(50.0%),16–20年が2名(25.0%)であった.メンタルヘルス疾患と考えられる事例の経験歴は,6–10年が2名(25.0%),11–15年が5名(62.5%),16–20年が1名(12.5%)であった.

表1. 参加者の基本属性
項目ステップ1ステップ2ステップ3
n=8n=45n=34
人数(%)人数(%)人数(%)
性別
男性337.52964.42470.6
女性562.51635.61029.4
回答なし00.000.000.0
年代
29歳以下00.012.212.9
30歳代00.0613.3514.7
40歳代337.51226.7720.6
50歳代337.51942.21647.1
60歳代225.0613.3411.8
回答なし00.012.212.9
登録形態
開業3680.02779.4
勤務等817.8617.6
その他12.212.9
社会保険労務士歴
5年以下00.0613.6411.8
6–10年225.01431.8926.5
11–15年450.0818.2720.6
16–20年225.0613.6411.8
21–25年00.0613.6514.7
26–30年00.024.525.9
31年以上00.024.525.9
回答なし00.012.212.9
メンタルヘルス疾患と考えられる事例の経験年数
5年以下00.0715.6617.6
6–10年225.01431.11235.3
11–15年562.51328.9823.5
16–20年112.5817.8514.7
21年以上00.012.212.9
回答なし00.024.425.9
メンタルヘルス疾患と考えられる事例の経験事例数
10–20件2248.91852.9
21–30件613.3411.8
31–40件12.200.0
41–50件24.425.9
51–100件24.425.9
100件以上24.425.9
回答なし1022.2617.6

インタビューでは,社労士がメンタルヘルス疾患と考えられる事例の休復職や退職の際に一定の役割を担っていること,それは単に顧問先の意向をくむ存在としてではなく,社労士の持つ法律の専門家としての専門性に立脚しつつそれぞれの事例における課題を明確にし,問題解決に取り組んでいること,主治医や産業医といった医療職との連携が重要であること等が複数の社労士から言及された.インタビュー内容を分析した結果,20領域68項目のコンピテンシー(案)に統廃合された.

2. デルファイ法を用いた第1回質問紙調査(ステップ2)

57名の社労士から参加の同意を得た.そのうち,アンケート中断者7名とメンタルヘルスの相談件数が10件未満の5名の計12名を除外し,45名を解析対象とした(回答率 78.9%)(表1).参加同意者の属性は,男性29名(64.4%)であった.年代は50歳代が19名(42.2%)と最も多く,次いで40歳代が12名(26.7%),30歳代と60歳代がそれぞれ6名(13.3%)であった.

社労士の登録形態は開業等が80.0%と最も多かった.社労士歴は6–10年が14名(31.8%)と最も多く,次に11–15年の8名(18.2%)が続いた.メンタルヘルス疾患と考えられる事例の経験年数は,6–10年が14名(31.1%)と最も多く,11–15年が13名(28.9%)と続いた.メンタルヘルス疾患と考えられる事例の経験事例数は,10–20件が22名(48.9%)と最も多く,21–30件が6名(13.3%)と続いた.

新たに追加すべきコンピテンシー(案)として,7項目のコンピテンシーを抽出した.

3. デルファイ法を用いた第2回質問紙調査(ステップ3)

ステップ2で有効回答を行った45名の社労士のうち,34名が第2回調査に協力し,応答率は75.6%であった(表1).中断者はいなかった.同意率が80%未満であるためコンピテンシーから除外する項目として,ステップ1で作成した68項目のうち1項目と,新たに追加すべきコンピテンシーの7項目のうち1項目が該当し,「社労士が事業場に関わる際に期待されるメンタルヘルスに関するコンピテンシー」として20領域73項目が同定された(表23).

表2. 社会保険労務士が事業場に関わる際に期待されるメンタルヘルスに関するコンピテンシー
構成要素分類重要度達成度同意率
平均SD平均SD
1.法令・通達・指針・マニュアル 対応の根拠となる法令や,行政から発行される通達・指針・マニュアル,判例を理解する
1-1労働基準法・労働安全衛生法を理解するK3.840.423.600.68100.0
1-2行政通達・指針を理解する(労働者の心の健康の保持増進のための指針,心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き,心理的負荷による精神障害の認定基準について など)K3.800.453.380.7497.1
1-3休復職に関係する判例を理解するK3.670.563.200.81100.0
2.情報収集 メンタルヘルスの個別対応を行うために必要な各種情報を集めることができる
2-1情報を得るために必要な担当者と情報収集の場を用意できるA3.760.523.360.67100.0
2-2関係者(人事・社長・上司等)から情報を適切に収集し,対応策の意向を把握できるK3.870.343.290.72100.0
2-3当該従業員の意向について,関係者を通じて適切に把握することができるK3.760.433.160.7497.1
2-4当該従業員の意向について,直接本人に会って把握することができるK3.271.043.050.8288.2
2-5休業中の賃金,傷病手当金の支給状況,休業可能期間を検討できるK3.690.553.440.68100.0
2-6休業に至った要因を業務上要因(ハラスメント・過重労働など)を含め分析できるK3.780.553.310.8491.2
2-7休業者の家族など会社外の状況において,メンタルヘルス対応に必要な情報を把握できるK3.400.903.050.8594.1
2-8療養を阻害する要因を把握できるK3.310.912.820.7885.3
3.個別対応(全般) メンタルヘルスの個別対応を適切に行うことができる
3-1立案は労使双方のメリットとデメリット(リスク)を踏まえた内容になっているK3.670.673.200.83100.0
3-2休業に至った要因を踏まえ,私病・労災の可能性を踏まえた対応の立案ができるK3.690.663.160.89100.0
3-3立案は法律,就業規則,過去の事例などを踏まえた公正なものであるK3.710.573.470.6596.9
3-4立案は休業者と担当者のみならず,その他の関係者(上司・同僚,家族等)への影響を検討しているK3.580.773.160.8297.1
3-5立案した内容を担当者(人事・社長等)に適切に伝達し,対応の実施に必要な関係者を実施に巻き込むことができるA3.640.643.200.75100.0
3-6担当者を孤立させず,ともに事態解決に力を注ぐことができるA3.650.593.350.7290.6
3-7紛争の発生が予測された時,社内法務や弁護士に相談することを担当者に勧奨できるK3.670.563.310.75100.0
3-8休業者の診断や治療に疑問が発生した場合には,主治医と連携をとることを担当者に助言することができるK3.690.723.270.8094.1
3-9休業者の対応について,適宜産業医と連携をとることを担当者に助言することができるK3.670.603.360.7694.1
3-10生命・財産の保護が必要な場合が発生した時の対応(家族への連絡,緊急での医療機関受診など)を担当者に助言することができるK3.620.613.050.8591.2
4.個別対応(復職) メンタルヘルスの個別対応のうち,休業者の職場復帰時の対応を適切に行うことができる
4-1職場復帰の判断に必要な情報が不足する場合に,担当者が適切な対応をとれるように助言できる(診断書,産業医意見,復帰の意向確認等)K3.870.343.360.79100.0
4-2職場復帰プランの作成を支援することができる(復帰場所・就業内容・就業配慮内容等)K3.670.523.130.9391.2
5.個別対応(就労継続) メンタルヘルスの治療・治療後の従業員の就労継続への対応を適切に行うことができる
5-1就労中,合理的配慮の下で安定的に就労ができているかを把握することができる(勤怠,パフォーマンス,コミュニケーション等)K3.560.722.980.8797.1
5-2現状の就業制限・配慮に嫌疑がある場合に,関係者と適切に協議することができるK3.580.653.000.8397.1
6.個別対応(退職) メンタルヘルスの個別対応のうち,休業者の退職時の対応を適切に行うことができる
6-1退職後の生計維持の視座を持ち,退職時・退職後の給付を確認することができる(退職金,傷病手当金,求職者給付等)K3.600.683.430.72100.0
6-2休業者の退職による社内の影響(上司,同僚への影響等)を勘案できるK3.380.743.160.8294.1
7.個別対応(採用) 障害者雇用等,現病・既往歴に精神疾患を持つ従業員を雇用する際に適切な対応ができる
7-1採用面接時に聞くべきこと,聞くべきではないことを担当者に助言できるK3.530.583.310.7597.1
7-2個々の採用者の特性を踏まえた対応をとることができるK3.380.743.000.8885.3
8.手続き メンタルヘルスの個別対応に必要な手続きや制度を活用することができる
8-1労働時間,平均賃金の計算方法を担当者に助言,もしくは手続き代行ができるK3.490.693.490.78100.0
8-2傷病手当金の支給申請方法を担当者に助言,もしくは手続き代行ができるK3.440.783.470.83100.0
8-3医療費が高額になる/なった場合の高額療養費支給申請書,限度額適用認定申請書の記載方法について担当者に助言,もしくは手続き代行ができるK3.330.843.420.8397.1
8-4雇用保険・健康保険に関する手続き(離職票の交付,休職者給付,健康保険の切替えなど)の方法を担当者に助言,もしくは手続き代行ができるK3.400.833.440.83100.0
8-5自立支援法の制度を理解し,必要な場合に適切な担当先につなぐことができるK3.090.942.641.0085.3
8-6障害者手帳の制度を理解し,必要な場合に適切な担当先につなぐことができるK3.040.892.700.9287.9
8-7障害年金の制度を理解し,必要な場合に適切な担当先につなぐことができるK3.200.882.840.9590.9
9.社外組織への理解 必要時に,適宜活用できる行政や民間の相談機関を理解し,活用・連携することができる
9-1労働局・労働基準監督署の役割を理解し,活用・連携することができるK3.200.913.310.7897.1
9-2産業保健総合支援センターの役割を理解し,活用・連携することができるK3.130.983.130.81100.0
9-3障害者職業センター(公的リワーク支援,ジョブコーチ)の役割を理解し,活用・連携することができるK3.090.982.840.8791.2
9-4行政窓口(保健所,市役所,精神保健福祉センター等)の役割を理解し,活用・連携することができるK3.091.032.890.9088.2
9-5医療機関やリワーク組織を理解し,活用・連携することができるK3.180.952.820.9085.3
9-6その他(社会福祉協議会,いのちの電話相談,夜間休日の精神科医療等)の役割を理解し,活用・連携することができるK2.981.092.690.8985.3
10.就業規則 メンタルヘルス対応に必要な就業規則の整備等を行うことができる
10-1顧問先の就業規則制度(特に休暇,欠勤,休職関連)を理解することができるK3.870.343.670.63100.0
10-2制度の課題を指摘することができるK3.820.383.560.68100.0
10-3制度の改定要望に応じることができるK3.780.473.510.72100.0
11.会社理解 メンタルヘルス対応を行う際の背景となる顧問先の理解を行うことができる
11-1顧問先の経営方針・人事方針を理解できるK3.510.723.240.70100.0
11-2職場を理解するために必要なものを収集できる(職制表・職務記述書等)K3.380.773.090.78100.0
11-3安全衛生委員会,労働時間管理委員会等,メンタルヘルス対応に必要な組織を把握し,活用することができるK3.620.573.330.76100.0
11-4衛生管理者等,メンタルヘルス対応に必要な役職を把握し,連携することができるK3.560.653.360.74100.0
12.再発防止 休業者の発生を踏まえ,可能な範囲で再発防止に取り組むことができる
12-1休業の原因分析結果から職場改善策を担当者と共に検討することができる(特に長時間労働やハラスメントが関与していた事例)K3.690.663.230.79100.0
12-2実施した職場改善策の進捗を確認することができるK3.560.683.160.77100.0
13.記録と保管 休業者対応の対応記録を作成し,適切に保管することができる
13-1休業者対応の対応記録を作成できるK3.470.863.090.8994.1
13-2記録を適切に保管することができるK3.440.913.160.8797.1
14.守秘,個人情報保護 休業者対応に関する秘密保持を行うことができる
14-1守秘義務,個人情報保護を遵守することができるK3.890.313.530.65100.0
15.倫理 倫理を踏まえた対応をとることができる
15-1社労士の倫理指針を踏まえた対応をとることができるA3.780.513.400.74100.0
15-2法遵守違反など必要な場合には,顧問先に対しても明確に指導・助言・意見を伝え,改善の一助となることができるK3.780.473.510.65100.0
15-3中立の立場に立ち利益相反に身をおかないA3.473.2490.6
16.研鑽 常に最良・最新の知識を身につけ,専門家としての対応をすることができる
16-1常に新しい知見を取り入れ,自らが活用できるように取り組むことができるA3.820.443.290.69100.0
16-2メンタルヘルスに関する基礎的な知識を身につけている(メンタルヘルスマネジメント検定など)K3.710.623.350.7693.8
17.その他 その他,専門家としての適切な対応をとるために必要なことを実行できる
17-1自らでは対応困難(知識,経験等)なものを同定し,必要な場合には顧問先や他の専門家につなぐことができるA3.820.383.240.7497.1
17-2自身のストレスマネジメント能力を持つA3.440.743.180.7190.3
17-3業務委託契約の内容を踏まえ(勤務社労士の場合,職責を踏まえ)対応の関与度を見定めることができるK3.380.943.290.7990.6
18.より良い職場への助言・指導 職場をより良くするために必要な助言・指導を行うことができる
18-1業務によって得られた情報(顧問先の従業員の話,会議,労働時間管理等)を踏まえ,顧問先をよくする方法について,担当者と検討することができるK3.780.513.400.68100.0
18-2事業者とメンタルヘルスに関する方針(心の健康づくり計画)を作成することができるK3.620.643.110.8291.2
18-3実施した職場改善策の進捗を確認することができるK3.640.603.160.73100.0
18-4職場環境改善に関する助成金の活用を担当者と共に検討することができるK3.240.852.910.8491.2
19.ストレスチェック ストレスチェック制度の運営に必要な助言・指導を行うことができる
19-1ストレスチェック制度を理解し,制度の説明を担当者に説明することができるK3.760.523.490.6997.1
19-2ストレスチェック制度の運用上の留意点(従業員が偽りなく記入できる配慮等)を踏まえ運用方法を担当者に説明することができるK3.670.563.440.6897.1
19-3実運用方法(委託先,衛生委員会審議等)を担当者と共に検討することができるK3.600.653.360.7497.1
19-4ストレスチェックの規定を作成,もしくは作成助言することができるK3.560.683.330.76100.0
19-5ストレスチェックの集団分析結果を踏まえ,関係者(人事,産業保健スタッフ)と連携して職場環境改善方法を検討,助言することができるK3.510.753.110.8794.1
19-6ストレスチェック結果の労基署報告書類の記入の必要性と記入方法を担当者に助言できるK3.490.753.290.8197.1
20.教育・研修 顧問先の状況を踏まえ教育・研修が必要な場合は,実施を推奨できる
(セルフケア,ラインケア,ハラスメント研修,キャリア研修,新入社員研修等)
20-1顧問先に適切な教育・研修の実施を推奨し,教育・研修内容の相談に応じることができるK3.710.543.400.74100.0

分類 K;認知領域(Knowledge) S;精神運動技能領域(Skill) A;情意領域(Attitude)

表3 . コンピテンシーから除外された項目
構成要素重要度達成度同意率
平均SD平均SD
休業者の退職による社外の影響(取引先,採用,風評等)を勘案できる3.070.582.870.7576.5
キャリアカウンセリング能力を持つ3.031.012.710.8671.9

73項目の重要度について中央値は3.60(第1四分位3.40,第3四分位3.71,最小値2.98,最大値3.89)であり,達成度について中央値は3.27(第1四分位3.11,第3四分位3.38,最小値2.64,最大値3.67)であった.また,同意率が100%の項目が32項目と全項目の4割以上を占め,「労働基準法・労働安全衛生法を理解する」「立案は労使双方のメリットとデメリット(リスク)を踏まえた内容になっている」「法遵守違反など必要な場合には,顧問先に対しても明確に指導・助言・意見を伝え,改善の一助となることができる」「顧問先に適切な教育・研修の実施を推奨し,教育・研修内容の相談に応じることができる」といった多様な項目があげられた.重要度が中央値以上の項目は38項目あり,これを特に重要なコンピテンシーと定めた.特に重要度なコンピテンシーとして,「守秘義務,個人情報保護を遵守することができる」「関係者(人事・社長・上司等)から情報を適切に収集し,対応策の意向を把握できる」「職場復帰の判断に必要な情報が不足する場合に,担当者が適切な対応をとれるように助言できる(診断書,産業医意見,復帰の意向確認等)」「顧問先の就業規則制度(特に休暇,欠勤,休職関連)を理解することができる」などがあげられた.一方で重要度が低い項目は,「その他(社会福祉協議会,いのちの電話相談,夜間休日の精神科医療等)の役割を理解し,活用・連携することができる」などであった.

達成度が高い項目では,「顧問先の就業規則制度(特に休暇,欠勤,休職関連)を理解することができる」「労働基準法・労働安全衛生法を理解する」「(就業規則の)制度の課題を指摘することができる」であった.一方で達成度が低い項目は,「自立支援法の制度を理解し,必要な場合に適切な担当先につなぐことができる」「その他(社会福祉協議会,いのちの電話相談,夜間休日の精神科医療等)の役割を理解し,活用・連携することができる」であった.

特に重要であるものの達成度が低い項目(重要度が中央値以上で達成度が中央値未満である項目)として,「生命・財産の保護が必要な場合が発生した時の対応(家族への連絡,緊急での医療機関受診など)を担当者に助言することができる」「当該従業員の意向について,関係者を通じて適切に把握することができる」「休業に至った要因を踏まえ,私病・労災の可能性を踏まえた対応の立案ができる」「休業者の診断や治療に疑問が発生した場合には,主治医と連携をとることを担当者に助言することができる」「事業者とメンタルヘルスに関する方針(心の健康づくり計画)を作成することができる」など12項目があげられた.

IV.考察

本研究では,社労士が事業場に関わる際に期待されるメンタルヘルスに関するコンピテンシーを作成した.また,合意形成を図るためにデルファイ法を用い,インターネット上でアンケート調査を行った.これにより20領域73項目のコンピテンシーが同定され,併せて社労士が各項目に対してどの程度重要だと考えているか,どの程度自身で対応できるかをえた.

本研究の成果として,以下の3点があげられる.まず1点目として,従来明確ではなかった社労士が事業場のメンタルヘルスに関わる際に期待されるコンピテンシーを提示した点である.今回提示した社労士に求められるコンピテンシーは,個別の発生しているミクロの問題だけでなく,会社組織全体への対処といったマクロの問題といった,ミクロとマクロの両面の視点の必要性を提示している.また,本研究を通じて社労士が事業場のメンタルヘルスに関わる際に期待されるコンピテンシーは,守秘や倫理・自己研鑽を根底にしつつ,メンタルヘルス不調と考えられる当該従業員に関わる際に企業の意思決定者や担当者と連携すること,法律と人事労務管理に精通している立場から必要な情報を収集するよう助言すること,労使双方のメリットとデメリットを踏まえた対応がとれるよう助言すること,主治医や産業医などの社外の関係機関と連携するよう促すこと,復職・雇用継続支援・再発防止に関わること,退職となる場合でも当該従業員を含めた影響を勘案すること,就業規則や会社の経営方針を理解すること,ストレスチェック制度や教育を含めたより良い職場づくりの支援を行うことなど広範囲のコンピテンシーが必要であることが示された.過去,我々が実施したコンピテンシー調査と今回の研究とを比較すると,新たに治療中の就業者への対応や記録の作成と保管,倫理,自己研鑽,教育研修といった領域が追加された20.本調査で提示したコンピテンシーを過去の産業医や産業看護職,産業領域で働く臨床心理士の研究と比較した際の共通点は,個別対応を行うために必要な情報を収集することや会社を理解し連携することがあげられた17,18,19.また,産業医・臨床心理士との共通項目として,記録を適切に作成することや事業場に必要と考えられる研修の実施を推奨するといった項目があげられた.再発防止のための職場改善策の検討や守秘義務の遵守については,産業医との共通項目であった.自己研鑽の項目は産業看護職との共通項目であった.社会資源の活用の項目は,臨床心理士との共通項目であった.一方で,就業規則の整備や雇用・退職時の対応点は社労士独自の項目であった.これは人事労務管理の専門家である社労士の特性が理由となったことが推察される.また,社労士に期待されるコンピテンシーの項目の1つに自身のストレスマネジメントの必要性があげられた.本項目は従前の他の専門職のコンピテンシーには存在しない項目であるが,一方で産業医・産業看護職・臨床心理士いずれの専門職であっても必要なコンピテンシーであると推察される.これは社労士が非医療職であり,資格を習得する前の教育や資格取得要件にストレスマネジメントの項目が含まれていないことが一因となった可能性がある.ストレスチェック制度に関連するコンピテンシーは過去の研究では産業医の調査でのみ言及されて,産業看護職や臨床心理士のコンピテンシーに含まれていない.この理由として,産業看護職や臨床心理士の研究が,スレスチェック制度が法として開始された2015年以前の研究であることが一因となった可能性がある.

2点目に,本研究で提示したコンピテンシーは理解しておくべき知識のリストアップにとどまらず,ブルームの学習課題3分類を踏まえ24,理解した知識を元に実際に行動に移すことができるか(認知領域),その際の態度や適応力が適切か(情意領域)の分類にまで踏み込んだ点である.例えば,「休業者対応の対応記録を作成することができる」は認知領域に,「常に新しい知見を取り入れ,自らが活用できるように取り組みことができる」といった項目は情意領域に該当する.過去の知見では,森らの産業医に関する研究では認知領域を主体に言及し,河野らの産業看護職に関する研究では情意領域を主体に言及し,坂井らの臨床心理士に関する研究では認知領域と情意領域の両者を含めて言及しており,産業保健分野のコンピテンシー調査でも多様な形をとっている.これは研究者によってコンピテンシーの定義に差異があることが一因であろう.本研究では,LuciaとLepsingerの定義にのっとりブルームの学習課題3分類を踏まえることで認知領域と情意領域の両面に言及した.これにより学ぶべき要素を明確にすることができたと考えられる.なお,ブルームの学習課題の残り1つである精神運動技能領域は筋肉を使って行う領域であり,今回のコンピテンシーには含まれていない.

3点目に,今回提示したコンピテンシーは今後の社労士への教育に活用しやすいものとした点である.本研究では一定の同意率を超えた項目を条件としてコンピテンシーと定めた.コンピテンシーの設定は体系的な研修の開発と評価に必要不可欠である.コンピテンシーを設定することで,産業保健職などが社労士に対して研修を提供する際や,社労士自らがコンピテンシーの修得に努める際の参考になると考えられる.また,本研究では重要度や達成度を併せて作成した.重要度はコンピテンシーを修得する際の優先順位と関係し,達成度は現在の社労士の修得状況をしめす.本研究で提示したコンピテンシーに沿った形で研修を行うことで,過不足なく網羅的な研修を設計できる可能性が示唆された.また今回提示したコンピテンシーの項目のうち特に重要であるものの達成度が低いコンピテンシーに力を入れることで効果的な研修を提供できる可能性があると考えられる.

本研究はデルファイ法を用いたコンセンサス調査である.デルファイ法では,応答率や参加人数,同意率が重要である.応答率について,先行研究では70%以上が必要とされている25.本研究の応答率は75.6%と基準を上回っている.参加人数について,先行研究ではデルファイ法は参加数がより多いことで信頼性が高められると記述されているものの,その参加数に対する基準は示していない26.また別の研究では参加者の人数として普遍的に推奨されるガイドラインは存在していないことを前提としつつも約15名程度と示しているものや27,参加者が50名以上になることの利点はほとんどないとされているものがあり28,現時点では調査内容に応じて研究者の判断にゆだねられている.過去の調査ではメンタルヘルス疾患を疑う従業員の個別対応の相談を受けた経験を持つ社労士は社労士全体の46.7%であり,経験数の中央値は0件(四分位範囲:0–3件)である9.本研究ではコンセンサス調査の特性上,メンタルヘルス事例について一定の相談経験を積んだ社労士に研究に参加してもらう必要があり,その相談事例数が10件以上と参加条件を厳しくした.この点が調査参加人数に影響したと考えられる.なお本研究の協力依頼は,全社連の会誌やメールマガジンを通じて調査協力依頼を行っているため全社労士に届いている点は優位点である.一方で,協力依頼は公募の形をとっているため,母集団である社労士の代表性をどの程度担保できているかは明確ではない.このバイアスを回避するためには無作為抽出を行う必要がある.同意率について,今回コンピテンシーとして採用する基準を80%以上に設定した.先行研究における同意の基準は50%から90%までと幅があり統一した見解はない21,25.本研究では,同意率を比較的高く設定し,確実に同意を得た項目をコンピテンシーとして提示することを優先した.

本研究の限界として,以下の3点があげられる.1点目としてアンケートに回答した社労士がアンケートに回答していない社労士よりも積極的にメンタルヘルスに関与している可能性があり,それが回答結果に影響を及ぼした可能性がある.2点目として,本研究の参加者における開業社労士の割合が約80%である一方で,現在の社労士全体における開業社労士の割合は63.0%であることから3,勤務等を属性とする社労士の意見を十分に抽出していない可能性が否定できない.3点目として自己評価による査定の限界がある.本研究では各項目について自身の達成度(自らがどの程度達成しているか)を問うている.自己評価の信頼性・妥当性には限界があり客観評価と比較して差異が発生する場合がある29

今後の課題として,5点あげられる.1点目は,主治医や産業保健職との連携である.本研究では,「休業者の診断や治療に疑問が発生した場合には,主治医と連携をとることを担当者に助言することができる」「休業者の対応について,適宜産業医と連携をとることを担当者に助言することができる」として要素を作成した.その結果,産業医との連携については重要度・達成度いずれも中央値以上ではあったが達成度は第3四分位を下回っており,主治医との連携について重要度は中央値以上であるものの達成度は中央値を下回っている.全社連の報告書によると,「仕事のやり取りをすることが多い他士業や他の専門職」として医師を挙げた開業社労士が8.4%,勤務社労士で24.7%いることが示されている30.これはメンタルヘルスの相談を受けたことのある社労士の割合が開業社労士で54.0%,勤務社労士で34.4%という現状を踏まえると9,連携が十分にされている可能性は低い.この点からも社労士と主治医や産業保健職との連携促進が課題であると推察される.2点目は,今回の調査において重要度は中央値以上であるものの達成度が中央値を下回る項目として,「生命・財産の保護が必要な場合の対応」「休業に至った要因を踏まえた立案」といった個別の事例への対応力が不足することも課題としてあげられた.生命・財産の保護が必要な場合の対応は,行政はゲートキーパー養成などの形で非医療従事者が一定の役割を担うことを自殺総合対策大綱の重点施策の1つとして推進している31.休業に至った要因を踏まえての立案は,労災認定や企業責任と関係する重要項目である.よって,これらの点を補強する研修の設定などが必要と考えられる.3点目は,コンピテンシーとして提示した20領域73項目を研修で修得するには相当時間が必要と想定され,受講する立場・指導する立場の両者ともに負担が大きい点である.本研究で提示したコンピテンシーは過去の研究と同様に,保持することが期待されるものであり,職務を遂行するために必要最低事項として提示したわけではない.社労士が自身の現状を把握し,特に重要なコンピテンシーとして本研究で提示したものや十分に達成できていないと自覚するコンピテンシーから順に研修を受講し,自身のメンタルヘルス対応の質の向上に資することを1つの方法として推奨できる.実際の研修の設計と研修に要する時間の推定は研修の実現可能性につながる重要な課題であり,今後の研究課題としたい.4点目は,今後は研修の実施だけでなく到達度評価や研修効果をより詳細に測定するために20領域73項目のコンピテンシーに対応した客観的な評価基準の設定が必要であると考えられる.さらに,コンピテンシーを満たす社労士が企業内外で活躍することが,どのように健康の社会的決定要因に結びつくかという研究が必要である.5点目は今回のコンピテンシーはメンタルヘルス領域にのみ限局している.今後は,メンタルヘルス領域以外の産業保健分野である治療と職業生活の両立支援や健康経営といった近接分野に本知見が適用できるかを検討する必要がある.

V.結論

社会保険労務士が事業場のメンタルヘルスに関わる際に期待されるコンピテンシーを作成することを目的に,インタビュー調査によりコンピテンシー(案)を作成し,そのコンピテンシー(案)を確定させるためにデルファイ法を用いた質問紙調査を行った.その結果,20領域73項目のコンピテンシーを提示できた.これにより今後,社労士に対して体系的な研修カリキュラムの開発の参考になることが示唆された.

謝辞

本研究にご協力いただいた社労士の皆様に心より感謝いたします.また,研究班員である大井川友洋氏,大山祐史氏,小笠原隆将氏,寺澤知世氏,豊田裕之氏,永尾保氏,錦戸典子氏,洞澤研氏,松村美佳氏,丸田和賀子氏,本山恭子氏,若林忠旨氏,研究支援をしていただいた一般財団法人あんしん財団の関係者,研究協力をしていただいた近畿大学法学部法律学科 三柴丈典教授,独立行政法人 労働者健康安全機構の関係者,全国社会保険労務士会連合会の関係者に感謝いたします.

利益相反

利益相反自己申告:申告すべきものなし

資金提供:本研究は一般財団法人あんしん財団から助成を受けた.

文献
 
© 2020 公益社団法人 日本産業衛生学会
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