2020 年 62 巻 6 号 p. 271-278
近年,ストレスチェック制度や健康経営優良法人の認定基準などにおいて,産業看護職の積極的な活用が促されている.しかし,産業看護職の雇用状況を調べた調査では,従業員数50名以上の上場企業において,産業看護職を雇用しているのは半数にも満たない(41.4%)ことが明らかにされている1).産業看護職が企業や社会でより必要とされる存在になるためには,産業看護職が働くそれぞれの場において存在意義を高めるとともに,社会にも示していくという課題を解決する必要がある.
課題を解決するための手法の中に,ギャップアプローチとポジティブアプローチと呼ばれるものがある2).ギャップアプローチの焦点は現状の問題や課題の解決であり,ポジティブアプローチの焦点は自身が有する強みや今後の可能性である.産業看護職は選任義務に関する法律がないものの,雇用の場は企業や健康保険組合,地域産業保健センターなど多様であり3,4),組織体制や企業規模によっても求められる役割が異なる5,6).そのため,産業看護職の存在意義を高めるためには,産業看護職に必要なコンピテンシー(コンピテンシーとは「仕事上の役割や機能をうまくこなすために個人に必要とされる,測定可能な知識,技術,能力,行動及びその他の特性のパターン」7))のうち各自が不足する部分を充足するギャップアプローチだけでは限界がある.ポジティブアプローチの視点で産業看護職の強みを理解し,伸ばしていくことで効果的な産業看護活動の展開につなげ,事業者や他職種から認められる必要がある.しかし,産業看護職の多くは基礎教育で十分な産業看護の教育を受けておらず3),強みが十分備わっていないことが予測される.また,臨床看護師や行政保健師といった他領域から転職してくることが多いことが指摘されており3),産業看護職としての強みを十分に把握できていない可能性がある.さらに,産業看護活動には多職種連携が不可欠なため8),雇用する側の経営者や,業務上での連携が不可欠な産業医,産業看護職の管理者といった多職種から求められる役割や期待も理解しておくことが望まれる.
そこで著者らは第28回日本産業衛生学会全国協議会にて,多職種からの視点を通して産業看護職の強みを理解し,存在意義を高めていく方法について検討することを目的とした企画「多職種で考える!産業看護職の存在意義」を開催した.本報告の目的は,参加者への質問紙調査およびグループワークの記録から,本企画のアウトカム評価およびプロセス評価を行うこととした.
著者らは第28回日本産業衛生学会全国協議会にて,2018年9月16日に公募企画「多職種で考える!産業看護職の存在意義 ~産業看護職の「強み」とは~」を2時間の枠で開催した.最初に著者らから,産業看護職の存在意義を考える意義,多職種で考える理由,強みを扱う理由について,本報告の背景に記述した概要を説明した.その後,前半は「産業看護職の強み」と「産業看護職が伸ばした方が良い点」について,産業保健スタッフを雇う経営者として株式会社リンケージの木村大地氏,産業医として東京中央産業医事務所の佐々木規夫氏,産業看護職として日本電気(株)地域健康管理センターの岩崎美枝氏のそれぞれ異なる立場から,15分ずつのプレゼンテーションを行った.木村氏からは産業看護の役務理解や法的理解につながる情報を発信して組織に根付かせることが大きな役割であることや,事業者を巻き込む力の重要性が説明された.佐々木氏からは産業看護職の4つの強み(産業保健学の知識を持つ専門職,健康と労働の調和を図る専門職,個人と集団の健康増進ができる専門職,組織風土や健康経営に貢献する専門職),企業と産業看護職における産業保健活動に対する3つの認識のずれに関する考えが述べられた.岩崎氏からは産業看護職の存在意義を左右するキーワードや自身の考える強み(従業員の個別性に関与できること,個人と組織の双方に中立な立場で関与できることなど),強みを発揮できる産業看護職になるためのトレーニング方法が紹介された.
後半は座席周辺で5名前後のグループを作ったうえで,グループワークを行った.グループワークの構成はポジティブアプローチ(組織の問題・課題に目を向けるのではなく,自身が有する強み・今後の可能性に焦点を合わせるものであり,「対話を通じて当事者が構成しているリアリティを共有し,当事者が現状や変革について意味づけを行い,変革の方向を合意し,共に変革に取り組むこと」2))を参考に,3つのテーマについて順番にディスカッションすることとした.具体的には,「産業看護職が関わった活動の中で,少しでも良い評価をされた事例」「1つ目の事例から,産業看護職の強みと考えられることは何か」「企業や社会に対して存在意義を高めるために,伸ばした方が良い点は何か」とした.1つ目のテーマに事例を扱った理由は,最初にグループ全体で具体的なイメージを共有した方がディスカッションしやすく,良い評価をされた事例,つまり事業者や他職種から認められた事例に産業看護職の強みが含まれていると判断したからである.グループワークではテーマごとに10分程度のディスカッションを行い,その後,各グループで話し合われた内容を全体で共有した.そして最後に個人ワークとして,グループワークの中で挙げられた「伸ばした方が良い点」から1つ選び,そのためにする必要があることを検討するよう促した.なお,このグループワークはできる限り多職種で話し合えるように,本企画の来場時に参加者の職種を確認し,産業看護職以外の職種は分散して着席するよう促した.
2. 対象者公募企画「多職種で考える!産業看護職の存在意義 ~産業看護職の「強み」とは~」は,職種を特に問わず自由参加とした.分析対象は,参加者のうち自記式質問紙を提出した者,およびグループワークの記録を提出したグループとした.
3. 調査方法参加者には自記式質問紙調査を行った.会場への入室時に,参加者に自記式質問紙を手渡しで配布した.企画の終了時に記載を依頼した.グループワークの際には,グループごとに記録用紙を配布し,グループワーク中のディスカッション内容の記録を促した.自記式質問紙とグループワークの記録用紙は,本企画終了時に指定の場所に裏返して提出することとした.
4. 調査項目保健事業の評価の観点には,事業の目的や目標の達成度,成果の数値目標を評価するアウトカム評価(結果)や,事業の目的や目標の達成に向けた過程(手順),活動状況を評価するプロセス評価(過程)等がある9).本企画は保健事業ではないもののこれらの視点を参考に,本企画の目的や構成に沿ったアウトカム評価とプロセス評価に関する指標を調査項目に含めた.
1) 質問紙調査本企画は産業看護職だけではなく多職種を対象としていたため,参加者の職種について自記式質問紙調査にて回答を求めた.選択肢は産業看護職,産業以外の看護職,産業医,衛生管理者,人事・労務担当者,経営者,学生,その他とし,複数ある場合は主要な職種1つを選ぶこととした.
アウトカム評価の指標は,企画の目的の達成度についての3項目とした.「産業看護職の強みを認識することができましたか」「産業看護職が企業や社会に対して存在意義を高めていく方法を検討することができましたか」「今後,ご自身が実施していこうと思う行動を明確にすることができましたか」という問いに対し,「とてもできた」から「ほとんどできなかった」の5段階評価とした.
プロセス評価の指標は,企画への評価(各プレゼンテーションやグループワークの参考度,総合的な満足度とその理由)とした.各プレゼンテーションやグループワークの参考度については,それぞれ「とても参考になった」から「参考にならなかった」の5段階評価とした.総合的な満足度については,「本公募企画に参加されての総合的な満足度は何点ですか」という問いに対し10点満点での評価とした.なお,アウトカム評価およびプロセス評価の両方に関わる本企画の満足度の理由については,自由記述とした.
2) グループワークの記録(プロセス評価)グループワークの記録用紙に,ディスカッションのテーマ「産業看護職の強みと考えられることは何か」「企業や社会に対して存在意義を高めるために,(産業看護職が)伸ばした方が良い点は何か」について自由記述を求めた.
5. 分析方法自記式質問紙のうち,職種,各プレゼンテーションやグループワークの参考度,企画の目的の達成度,総合的な満足度は記述統計を算出した.総合的な満足度の理由に対しては,自由記述からコードを抽出し,KJ法に基づいた分析を行った.この際,プロセス評価に関する記述は「前半のプレゼンテーション」「グループワーク」「全体」,アウトカム評価は「主要評価(強みの理解や存在意義を高めていく方法の検討)」「副次評価」という枠組みで分類することとした.グループワークの記録用紙からは,「産業看護職の強み」「企業や社会に対して存在意義を高めるために,産業看護職が伸ばした方が良い点」についての自由記述からコードを抽出し,KJ法に基づいた分析を行った.
KJ法に基づいた分析は,いずれも産業保健の現場経験が5年以上および学会発表の経験のある保健師4名,看護学部の大学教員1名,大学院生1名の合計6名で行った.コードの類似性や差異性に着目して比較検討し,類似性の高いコードを集めてカテゴリーを生成した.生成されたカテゴリー間の関係性をみながら抽象度の検討を行った.特定のコードが短い表現であるものの,他のコードの内容を的確に示している場合には,そのコードからサブカテゴリーを選ぶこととした.サブカテゴリーの有無については,サブカテゴリーが1つしかないものはサブカテゴリーをなしとし,カテゴリーのみとした.これは実態把握に迫る方法論であるKJ法に基づき,データが持つ具体性を失わないように抽象化し,統合したためである.
6. 倫理的配慮自記式質問紙調査およびグループワークの記録用紙への協力を依頼した際,個人が特定されないように分析したうえで学会等に発表すること,提出しなくても不利益を被らないこと,そしてこれらの点に同意した場合のみ提出することについて,本企画の最初にスライドを用いた口頭による説明で伝えた.自記式質問紙およびグループワークの記録用紙はいずれも無記名とした.
企画の参加者は産業看護職165名,産業以外の看護職5名,産業医9名,衛生管理者2名,経営者1名,学生4名,その他2名の合計188名であった.そのうち,自記式質問紙調査に回答があったのは139名(回収率73.9%)で,そのうち産業看護職が125名であった.グループワークの記録用紙は全35グループから回収できた.
2. 質問紙調査の回答結果表1には参加者による企画への評価と目的の達成度の結果を示した.各プレゼンテーションやグループワークに対しては,いずれも90%以上が「とても参考になった」「やや参考になった」と回答していた.総合的な満足度は10点満点中8.6±1.1(平均±標準偏差)点であった.満足度の理由には101名から136のコードが抽出された.プロセス評価にあたる「前半のプレゼンテーション」に関しては,【話が参考になった】(3コード;以下,数値のみ記載),【話をもう少し長く聞きたかった】(3),「グループワーク」については【グループワークが良かった】(9),【立場の異なる方と話ができた】(7),【他の方の意見を聞くことができた】(6),【グループワークの時間がもっと欲しかった】(6)など,「全体」に対しては【他の方の意見を聞くことができた】(9),【他職種と話す機会が欲しかった】(5)などが挙げられた.
人数 | % | ||
---|---|---|---|
合計 | 139 | 100.0 | |
経営者のプレゼンテーションの参考度 | とても参考になった | 102 | 73.4 |
やや参考になった | 25 | 18.0 | |
どちらとも言えない | 6 | 4.3 | |
あまり参考にならなかった | 0 | 0.0 | |
参考にならなかった | 0 | 0.0 | |
欠損 | 6 | 4.3 | |
産業医のプレゼンテーションの参考度 | とても参考になった | 112 | 80.6 |
やや参考になった | 24 | 17.3 | |
どちらとも言えない | 0 | 0.0 | |
あまり参考にならなかった | 0 | 0.0 | |
参考にならなかった | 0 | 0.0 | |
欠損 | 3 | 2.2 | |
産業看護職のプレゼンテーションの参考度 | とても参考になった | 98 | 70.5 |
やや参考になった | 34 | 24.5 | |
どちらとも言えない | 5 | 3.6 | |
あまり参考にならなかった | 0 | 0.0 | |
参考にならなかった | 0 | 0.0 | |
欠損 | 2 | 1.4 | |
グループワークの参考度 | とても参考になった | 96 | 69.1 |
やや参考になった | 30 | 21.6 | |
どちらとも言えない | 5 | 3.6 | |
あまり参考にならなかった | 0 | 0.0 | |
参考にならなかった | 1 | 0.7 | |
欠損 | 7 | 5.0 | |
産業看護職の強みの認識 | とてもできた | 64 | 46.0 |
ややできた | 73 | 52.5 | |
どちらとも言えない | 1 | 0.7 | |
あまりできなかった | 0 | 0.0 | |
ほとんどできなかった | 0 | 0.0 | |
欠損 | 1 | 0.7 | |
産業看護職が企業や社会に対して存在意義を高めていく方法の検討 | とてもできた | 52 | 37.4 |
ややできた | 75 | 54.0 | |
どちらとも言えない | 10 | 7.2 | |
あまりできなかった | 0 | 0.0 | |
ほとんどできなかった | 0 | 0.0 | |
欠損 | 2 | 1.4 | |
自身が実施していこうと思う行動を明確にすること | とてもできた | 38 | 27.3 |
ややできた | 84 | 60.4 | |
どちらとも言えない | 12 | 8.6 | |
あまりできなかった | 1 | 0.7 | |
ほとんどできなかった | 0 | 0.0 | |
欠損 | 4 | 2.9 |
満足度の理由のアウトカム評価にあたる「主要評価(強みの理解や存在意義を高めていく方法の検討)」に関しては,【今後していくことを考えることができた】(14),【振り返りができた】(5),【自己理解につながった】(4),【新たな視点を持つことができた】(4),【産業看護職の原点・基礎を考える機会になった】(3),【整理ができた】(3),【他の方からヒントをもらえた】(2)などが抽出された.「副次評価」に関しては,【刺激を受けた】(8),【反省した】(4),【他社の活動を知ることができた】(3),【あとは自分次第】(2)などであった.目的の達成度では,産業看護職の強みの認識は98.6%が「とてもできた」「ややできた」と回答し,産業看護職が企業や社会に対して存在意義を高めていく方法の検討は91.4%,自身が実施していこうと思う行動の明確化は87.8%であった.
3. グループワークの記録の結果表2には,産業看護職の強みに関するカテゴリー,サブカテゴリー,コードの一例を示した.産業看護職の強みに関する記録から163のコードが抽出された.それらのコードをKJ法に基づいた分類をし,抽象度を検討した結果,サブカテゴリーによって構成されるカテゴリーと単独のカテゴリーが抽出された.カテゴリーは9,サブカテゴリーは20となった.カテゴリーには,【社会人としてのスキル】【医療職としての専門性】【社員にとっての身近な存在】【会社と社員との間で中立な立場】【経営層との接点がある】【産業医と関わる立場】【コーディネート】【看護の視点でPDCAサイクルを回す】【個人・組織へのアプローチ】が挙げられた.
カテゴリー | サブカテゴリー | コードの例 |
---|---|---|
社会人としてのスキル(11) | 仕事をするうえで基礎となる力(8) | 行動力 プレゼン力 |
会社を理解する(3) | 会社を理解しようとする意識を持つ | |
医療職としての専門性(11) | 医療職としての専門性(5) | 医療職としての専門性 |
正しい情報提供ができる(6) | 正しい情報提供ができる | |
社員にとっての身近な存在(40) | 社員と近い存在(18) | 会社の中で社員に近い存在である |
社員が本音を言える(11) | 産業医や上司には言えないことを看護職には相談しやすい | |
仕事以外の生活にも関われる(3) | 働く人の働いている時間だけでなく生活にも関われる | |
一次窓口(3) | 人事との連携ができ,一次窓口となる | |
社員に継続的に関われる立場(5) | 1人の社員の健康管理に長く関わることができる | |
会社と社員との間で中立な立場(8) | ― | 事業者・従業員・産業医の間で中立な立場として活動できる |
経営層との接点がある(5) | ― | 従業員のニーズを拾い,経営層につなげられる |
産業医と関わる立場(4) | ― | 産業医との役割分担ができる |
コーディネート(14) | コーディネート(8) | コーディネーター的な役割 |
橋渡し(6) | 人事・産業医の橋渡し | |
看護の視点でPDCAサイクルを回す(26) | 看護の視点でPDCAサイクルを回す(8) | 産業保健の知識と経験をもとにアセスメントし,企業に対する気付きを伝えることができる |
社員や会社のニーズの把握(7) | 衛生委員会等,会社との関わりの中で,協力・連携により会社のニーズがつかみやすい | |
アセスメント(4) | 多角的に情報を得て統合する | |
事業計画の企画・立案(3) | 事業計画を立案できる | |
専門職としてのデータ分析(2) | 専門家としてデータの分析ができる | |
全体を見渡せる(2) | 全体を見渡せる | |
個人・組織へのアプローチ(23) | 個人へのアプローチ(4) | 個人に対する支援ができる |
組織へのアプローチ(11) | 職場全体へのアプローチができる | |
個人・組織両方へのアプローチ(8) | 個人アプローチ,ポピュレーションアプローチの視点を持つことができる |
※括弧内の数字はコード数を示す
表3には,産業看護職の存在意義を高めるために伸ばした方が良い点に関するカテゴリー,サブカテゴリー,コードの一例を示した.産業看護職の存在意義を高めるために伸ばした方が良い点に関する記録から131のコードが抽出された.それらのコードをKJ法に基づいた分類をしたところ,12のカテゴリー,22のサブカテゴリーが抽出された.カテゴリーには,【社会人としてのスキルと専門職としてのスキルの両輪】【コーディネート力】【組織の一員としての認識】【会社と社員との間での中立性】【産業看護職の存在意義のアピール】【産業保健チーム内のチームワーク】【施策に活かすための情報収集】【課題を明確にするためのアセスメント】【企画力】【タイミングを見極める力】【エビデンスを示す力】【プレゼンテーション力】が挙げられた.
カテゴリー | サブカテゴリー | コードの例 |
---|---|---|
社会人としてのスキルと専門職としてのスキルの両輪(31) | 社会人としてのスキル(7) | 医療の視点のみでなく社会人力 |
自己研鑽(7) | 労働衛生の知識の習得 | |
コミュニケーション力(5) | コミュニケーション力 | |
個人と組織へのアプローチ(4) | 個人と集団へのアプローチをうまく使い分けるスキル | |
発信力(3) | 発信力 | |
ロジカルシンキング(3) | ロジカルシンキングからアクションにつなげる | |
組織の理解(2) | 事業所ごとの文化や背景を踏まえた対応 | |
コーディネート力(14) | 巻き込む力(6) | 巻き込む力 |
コーディネート力(3) | コーディネート力 | |
連携(3) | 人事との連携 | |
社内でのネットワークづくり(2) | 社内でのネットワークづくり | |
組織の一員としての認識(2) | ― | 組織の一員であるという認識 |
会社と社員との間での中立性(2) | ― | 中立だからこそ個人と組織の両方に働きかけられること |
産業看護職の存在意義のアピール(7) | ― | 看護職は何ができるのか企業や社会にアピールする |
産業保健チーム内のチームワーク(4) | ― | 産業保健チーム内のチームワーク |
施策に活かすための情報収集(3) | ― | 労働者の声を産業保健施策に活かすための情報収集 |
課題を明確にするためのアセスメント(11) | データ分析(6) | データを分析する力 |
課題を把握する力(3) | 潜在している課題の掘り起こし | |
アセスメント力(2) | アセスメント力 | |
企画力(9) | 企画力(6) | 企画力 |
マネジメント力(3) | マネジメント力 | |
タイミングを見極める力(3) | ― | タイミングを見極める力 |
エビデンスを示す力(9) | エビデンスを示す力(6) | エビデンスを示す力 |
見える化(3) | 仕事の成果を見える化する | |
プレゼンテーション力(26) | プレゼンテーション力(14) | 「法律だから」ではなく「どんな良いことがあるか」を明確にして動機づけをするプレゼン力 |
交渉力(6) | 意思決定者がどのような人か考えて交渉する力 | |
説明力(4) | 要点を押さえた説明力 | |
説得力(2) | 産業保健活動をやりたいなと思うように説得する力 |
※括弧内の数字はコード数を示す
本企画の目的は「多職種からの視点を通して産業看護職の強みを理解し,存在意義を高めていく方法について検討すること」であり,参加者の9割前後が達成できた.プロセス評価では,多職種によるプレゼンテーションやグループワークについて参考になった者はいずれも9割を超え,企画の満足度は10点中8.6点であった.満足度の理由には他の参加者と話し合うことができたという声が多かった.グループワークのテーマを検討する際に参考にしたポジティブアプローチには,対話を通じて当事者が構成しているリアリティを共有し,当事者が現状や変革について意味づけを行い,変革の方向を合意するというプロセスがある2).この視点を含めたグループワークにより,産業看護職が評価された具体例や強みを共有し,伸ばした方が良い点について意味づけを行い,自身が実施していこうと思う行動に納得できたことで,本企画の目的を達成できた者が多かったことが示唆される.また,参加者同士の交流を通して得られたものは相応にあったのであろう.
グループワークでディスカッションした産業看護職の強みについては,9のカテゴリーが抽出された.社会人や医療職としてのスキルをベースに,社員にとっての身近な存在として関わり,課題を解決するために各関係者をコーディネートし,看護の視点でPDCAサイクルを回すことが強みであった.強みとは「人が活躍したり,最善を尽くすことを可能にさせるような特性」と定義されている10).今回抽出された【コーディネート】【看護の視点でPDCAサイクルを回す】といった要因は,産業看護職の強みと近い概念である産業看護職のコンピテンシーに関する先行研究で挙げられている「Coordination competency」や「Strategic planning and duty fulfillment competency」11)と類似していた.【個人・組織へのアプローチ】【コーディネート】【会社と社員との間で中立な立場】といったカテゴリーは,経営者から「産業看護の定義に『個人・集団・組織への健康支援活動』が含まれていること」,産業医から「各関係者と連携し,健康と労働の調和を図る専門職であること」,産業看護職から「個人と組織の双方に中立な立場で関与できること」といったプレゼンテーションの内容が反映されたのであろう.一方,サブカテゴリーに挙げられた「仕事をするうえで基礎となる力」は産業看護職に限らず多くの職種が持つ能力であり,産業看護職の強みとはいえない.このサブカテゴリーのコードには単語のみのものが多く,参加者自身はそのコードが意図する文脈を理解していたかもしれないが,分析の際にその文脈を拾えなかったことからこのような要因が抽出された可能性がある.本企画で挙げられた産業看護職の強みには強みとは言えない要因も含まれていたが,参加者のほとんどが産業看護職の強みを認識することができたと回答しており,概ね妥当な内容であったといえる.
もう1つのテーマ「企業や社会に対して存在意義を高めるために伸ばした方が良い点」については12カテゴリーが抽出された.強みのカテゴリー・サブカテゴリーには挙がらなかった要因には,【タイミングを見極める力】【エビデンスを示す力】【プレゼンテーション力】【産業看護職の存在意義のアピール】があった.企画前半のプレゼンテーションにて,「事業者を巻き込む力の重要性」や「組織風土や健康経営に貢献する専門職であること」が語られたことが影響したのかもしれない.これら4要因に該当する産業看護活動として,所属する事業場の健康問題解決策として自ら起案者となり,職場の仕組みづくりや職場環境の改善などの事業を創出することを指す事業化がある12).事業化の提案に至る過程には,「事業場内の情勢から提案の機会を見計らう」「提案に向けて必要な情報を把握する」「提案に向けて同意を得る方法を考える」など12),前述の要因と深く関わるものが挙げられている.産業看護職による事業化は強みと言えるレベルには至っていないものの,伸ばしていくべき能力としてディスカッションされたことが予測される.一方,参加者から【グループワークの時間がもっと欲しかった】という声もあり,時間の制約からかグループワークの記録には「巻き込む力」「企画力」といった単語での記述が多かった.これらの単語については前後の文脈を把握することができず,どのような意図で挙げられたのか明らかにすることができなかった.また,産業看護職以外の職種の参加が少なく,【他職種と話す機会が欲しかった】といった意見もあり,抽出された要因は産業看護職以外の職種からの視点が弱い可能性がある.
本企画の課題には,前述のようにグループワークの時間が短かったことや,他職種と話す機会が足りなかったことが挙げられる.特にグループワークは1つのテーマにつき10分程度しか時間がなく,十分に話し合うことができなかったのであろう.プレゼンテーションも含め,2時間枠で扱う内容としては多すぎたのかもしれない.また,企画段階では多職種で話し合うことを想定していたが,グループによっては産業看護職しかいないところも存在した.産業看護職以外への事前の広報や勧誘,企画についての抄録の工夫などが必要であった.
本報告の結果を踏まえ,現場への示唆が2点挙げられる.存在意義を高めたいと感じている産業看護職は,ここで挙げられた強みや伸ばした方が良い点を参考にしてみることである.さらに,本企画のグループワークで扱ったテーマについて個人で考えてみることや,周囲の産業保健スタッフや人事・労務等の多職種とディスカッションをしてみるとなお良いであろう.本企画の満足度の理由で挙がったように,振り返りや自己理解につながり,今後していくことを考えるうえで役立つ.産業看護職以外の職種に対しては,産業看護職の強みや伸ばした方が良い点を把握しておくことが望まれる.これらの点を把握しておくことで,産業看護職とのより良い連携に活かせるであろう.
本報告にはいくつかの限界が挙げられる.1つ目は,自記式質問紙調査の回収率が73.9%であり,すべての参加者の声を反映しているわけではないことである.さらに,第28回日本産業衛生学会全国協議会の参加者のうち,本企画に参加した者が対象となっているため,本企画のテーマに関心が高い者による偏った結果を示していることである.2つ目は,産業看護職以外の職種による参加が少なかったことや,グループワークの時間が足りなかったことである.産業看護職の強みや伸ばした方が良い点について,本報告では挙がらなかった要因が他にも存在する可能性がある.3つ目は,本企画の目標設定や,参加者が実施していこうと思う行動の内容について調査ができなかったことである.本企画の評価にはこれらの点が不足していることを考慮したうえで,結果を解釈する必要がある.
第28回日本産業衛生学会全国協議会にて,著者らは公募企画「多職種で考える!産業看護職の存在意義」を開催したところ,いくつか課題はあったが,プレゼンテーション,グループワーク,全体のいずれにおいても参加者にとって満足度の高いものとなった.グループワークで話し合われた産業看護職の強みや伸ばした方が良い点については,一定の妥当性が認められたものの,文脈が不明瞭な要因や他職種の視点の弱さもあった.このようなプロセスを通して,9割程度の参加者が本企画の目的を達成できた.
利益相反自己申告:申告すべきものなし