産業衛生学雑誌
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調査報告
運動強度の高い職務訓練参加者に発生したSARS-CoV-2集団感染の実態調査~感染拡大要因の分析と再発防止策に関する検討~
津下 圭太郎 小林 翔子宇野 沙央里浦野 友子池戸 まゆみ
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2022 年 64 巻 2 号 p. 107-113

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抄録

目的:多くの事業体や企業にとって社会・経済活動の継続とSARS-CoV-2感染防止の両立は切実な課題である.我々は緊急事態宣言発令直前に,強度の身体的負荷を伴う特別訓練参加者のSARS-CoV-2集団感染を経験した.感染リスクの高い行為や状況を同定することにより,感染防止対策の改善,適正化を促進する目的で,この事例における感染拡散の詳細な過程を把握するための調査・分析を行った.方法:特別訓練参加者を対象に健康状態や症状の推移と,訓練方法および私生活での行動履歴についての報告記録調査と構造化面接による聞き取り調査を行った.訓練環境を把握するために訓練場の巡視を行い,さらに不顕性感染者を把握することにより,感染の拡散状況をより正確に把握する目的で,接触者の抗体検査を実施した.結果:最初の患者が発症してから10日の間に,継続的な訓練参加者19人中15人が発症し,PCR検査の対象とされた14人は全員陽性であった.発症しなかった4人もPCR検査を実施され,2人が陽性,2人が陰性であった.陰性の2人は,後日実施した抗体検査で陽性であり,不顕性感染であったことが示唆された.加えて初発例の発症日から4日目に1日だけ訓練に参加した5人が,全員発症しかつPCR陽性であった.接触者として抗体検査を実施した64人は,私生活上の接触者であった1人を除いて全員が抗体検査陰性であった.考察と結論:COVID-19の発症は実践形式の訓練開始後に連鎖的に発生しており,実践訓練が感染の主要な要因と考えられた.実践形式の訓練中は換気量増大のためマスク着用が困難であったこと,至近距離での大声の発声が繰り返されたこと,訓練のペアを固定しなかったことが,急速かつ広範な感染の拡散の主要な要因であったと推測される.一方で発声の少ない訓練やデスクワークでは感染伝播は発生しておらず,SARS-CoV-2の感染は,飛沫感染のリスクが高い特定の状況を避けることで,リスクを大きく低減できる可能性があることが示唆された.職場におけるCOVID-19の患者発生時には発症者と接触者の同定や行動履歴の調査を迅速に行い,緊急対策を行うことに加えて,PCR検査,抗原検査,抗体検査等を組み合わせて感染拡散の全容を把握することは,感染防御対策の評価と改善を行ううえで有用な手段である.

Abstract

Objectives: Immediately before the state of emergency was declared, there was an outbreak of the severe acute respiratory syndrome coronavirus 2 (SARS-CoV-2) among special training participants with severe physical stress. For promoting the optimization of infection prevention measures by identifying acts and situations with high risk of infection, we conducted a survey and analysis to understand the detailed process of infection spread in these cases. Methods: A structured interview was conducted for the special training participants on their health status, changes in symptoms, training methods, and behavior history in their private lives. Additionally, a patrol of the training facility was carried out to understand the training environment, and antibody tests were conducted on the close contacts for more accurately grasping the spread of infection, by identifying subclinical infected persons. Results: Within 10 days of COVID-19 onset in the first patient, 15 of the 19 original training participants developed symptoms, and 14 patients tested positive for RT-PCR. PCR tests were also performed on four patients who did not develop the disease — two were positive and negative, each. The two negatives turned positive on a later antibody test, suggesting that there was an asymptomatic infection. In addition, all five patients who participated in the training for only a day developed symptoms and tested positive for PCR in a few days. Of the 64 people who underwent testing for antibodies as close contacts, all but one who was living together with a patient were negative on antibody testing. Conclusions: The onset of COVID-19 occurred after the start of practice-based training continuously; therefore, the practice-based training was thought to be the main cause of the transmission. We speculate that the main factors behind the rapid spread of infection are as follows: during practice-based training, increased ventilation made it difficult to wear a mask; repeated loud vocalizations at close range; and the training pair was not fixed. Physical training without shouting and desk work, however, did not possess the risk of COVID-19, and avoiding certain situations at high risk of respiratory infections may have significantly reduced SARS-CoV-2 transmission. If personnel become infected with SARS-CoV-2, emergency measures should be devised by identifying patients and close contacts and facilitating the investigation of their behavioral history. Furthermore, evaluating and improving the effectiveness of infection control measures is necessary by ascertaining potentially infected persons by performing PCR tests, antigen tests, antibody tests, etc. in combination.

はじめに

SARS-CoV-2感染流行の収束が見通せない現状において,多くの事業体や企業にとって社会・経済活動の継続とSARS-CoV-2感染防止の両立は切実な課題である.COVID-19の様な新興感染症の勃興時には,その感染力や感染経路1,臨床症状や経過・重篤度等2の感染防止対策の確立に必要な情報や知識が不足するため,合理的で必要十分な対策を構築することには困難が伴う.

ある種の事業体において行われる救助や制圧などの業務は,身体的負荷が強くまた技術的熟練や高度のチームワークを要する活動であるため,業務の安全で確実な遂行のために,身体的鍛錬を含む様々な訓練の継続が必要不可欠である.しかし,我が国における積極的疫学調査において,スポーツジム等でCOVID-19クラスターが多数確認されたことから,集団での運動はハイリスクであることが明らかとなり3,また,強い身体活動時におけるSARS-CoV-2の感染リスクや感染防止対策に関する詳細な情報が少ないことも加わり4,このような訓練は自粛を余儀なくされている.

A事業体では緊急事態宣言の発令直前に,強度の身体鍛錬を伴う特別訓練に参加した職員のSARS-CoV-2集団感染を経験した.この事例では訓練参加者の間では感染が急速に拡散したが,他の職場への感染の伝播は防止できた.この事例における感染リスクの高い行為や状況を同定することにより,感染防止対策の改善,適正化を促進する目的で,感染拡散の詳細な過程を把握するための調査・分析を行った.SARS-CoV-2の感染では,不顕性感染も一定程度発生するため5,今回の調査では感染者をより正確に把握する目的で,職場における接触者を対象に抗体検査も実施した.

今回の調査により明らかになった事例の概要を紹介するとともに,感染拡散の経過および感染防止対策の有効性と改善策について分析・検討する.

方法

調査の戦略

この事例の感染拡散の過程を解明し,感染が伝播した可能性の高い行為や状況を同定するとともに,訓練施設以外の職場における感染防止対策の有効性を評価する目的で,事例に関連して報告された業務記録の分析に加えて,特別訓練参加者を対象として健康状態や期間中の行動履歴の詳細についての面接調査を行うとともに,訓練場の巡視を行った.さらに不顕性感染者を把握することにより接触者である職員の感染状況をより正確に把握する目的で抗体検査を実施した.

倫理的配慮

分析の段階で匿名化し,個人が特定できないように配慮した.個別面接調査および抗体検査を実施するにあたって,研究の目的および自由意思による参加であり不参加の場合にも不利益がないこと,いつでも同意を撤回できることを説明のうえ文書による同意を得た.本研究はA社の社内規定に基づき健康管理委員会にて倫理審査を受け実施した.

特別訓練参加者の構成

事例の発生した特別訓練には24人が参加した.参加者の内訳は期間を通して参加した訓練生が16人,指導者が3人,1日だけ参加した臨時参加者が5人であった.男性22人,女性2人で,年齢分布は20代が15人,30代が6人,40代以上が3人,中央値27.5歳であった.

面接調査

24人のうち文書による同意を取得できた22人を対象に,産業保健職が個室を用いて1対1で構造化面接調査を行った.面接調査は全員が復職できた集団感染発生8週後より約2週間かけて行った.初発例発症の2週間前から復帰までの期間を対象に,以下の内容を聴取した.1)健康状態・症状の推移と検査や治療の状況(体温,様々な症状,初発症状,PCR検査の実施時期と結果,肺炎やその他の合併症の有無).2)訓練の日課や参加者同士の接触状況.3)訓練施設以外の職場における他の職員との業務上の接触.4)私生活における感染リスクの高いと考えられる行動について.

訓練施設等の巡視

訓練施設の巡視は,産業医と聞き取り調査を担当した保健師2人が担当し,同行したチームの責任者から,当時の施設の使用状況についてのヒアリングも行った.接触者の勤務した職場等についても巡視を行い,事例発生当時の環境面からの感染防止対策を確認した.

抗体検査

感染発生3か月後に,接触者として自宅待機を命じられた者のうち,より接触が濃厚であったと推定された以下の①から⑤に該当する者を対象に文書による同意を得たうえで,近隣の医療機関に委託し,ロシュ社の試薬を用いて抗体定量検査を実施した.①特別訓練参加者のうち無症状でPCR陰性であった者2人.②当該競技施設の食堂や喫煙室を時差で使用した別の特別訓練チームのメンバー21人.③執務室でのマスクなしでの接触者および勤務時間の大半が同室であった者31人.④別施設での基本動作訓練の参加者5人.⑤職場外で濃厚接触6のあった職員5人.合計64人に加えて,陽性コントロールとして,PCR陽性であった特別訓練参加者で発症した8人と無症状であった2人の10人を対象とした.

結果

聞き取り調査により明らかになった事例の概要

特別訓練参加者のCOVID-19発症の経過と訓練出席状況を図1に示す.

図1.

発症経過

緊急事態宣言発出以前の2020年X月初旬,特別訓練のため,指導者・訓練生合わせて19人が招集された.訓練生は感染拡散防止のため,原則として所属における業務を免除され,訓練会場となった施設へ直行・直帰が許可されていた.毎朝出勤前に体温測定を行い,37.5°C以上の発熱があれば出勤禁止を命じられた.X月Y日以前に特別訓練参加者の同居家族等の近親者にCOVID-19患者や濃厚接触者に指定されたものは無かった.

特別訓練のメニューは第1週が個別の体力トレーニング,第2週はこれに加えて2人組で行う基本動作訓練,第3週からはランダムに組み合わせを変えながら2人組で行う実践訓練が主体であった.基本動作訓練,実践訓練はともに1クール30分で,午前と午後に2クールずつ実施した.両訓練とも運動強度は強く(推定 10 METs以上),体力トレーニングと基本動作訓練では参加者の極短時間の接近はあったものの,ほぼ 1.5 m以上の距離を確保できていた.実践訓練は防具を纏って激しい動きを繰り返すため身体負荷がより強く,著しい換気量の増大を伴い,接近・接触した状態で,互いに大きな声を発する状況も多かった.いずれの訓練でも訓練中を通して,換気量増大時のマスクによる呼吸のしにくさを回避するために,マスクは着用していなかった.

訓練第3週初日のX月Y日,最初の発症者である症例1が帰宅後に発症した.続いてY+2日に症例2,3,4の3人が,Y+3日に症例5,第Y+4日には症例6,7,8,9の4人が発症した.帰宅後に発症に気付いたか,初発症状が倦怠感や筋肉痛と軽い咳程度であり,朝の検温で出社禁止基準の37.5°Cを超えていなかったことから,訓練の疲れによる症状と判断したため,この9名中8名は発症日に,3名は発症翌日も訓練に参加した.さらに練習休日であったY+5日,Y+6日に症例10から14の5人が発症した.Y+7日の訓練開始時に体調不良による欠席者が9人に上ったことから,異変に気付いた責任者が訓練を中止し,全員を自宅待機とした.さらにY+10日に症例15が発症し,最終的には継続的な訓練参加者19人中15人が発症した.15人中14人がPCR検査の対象とされ,全員が検査陽性であった.無症状の4人も濃厚接触者としてPCR検査を実施され,2人が陽性,2人が陰性であった.

また,この19人の他にY+3日に1日だけ2から4クールの訓練に参加した5人(症例20から24)全員がY+6日からY+9日の間に発症した.この5人も全員がPCR陽性であった.一方Y+6,7日に潜伏期の感染者2人が参加した基本動作訓練1クールだけを行う別グループの訓練のメンバーにCOVID-19は発生しなかった.

人工呼吸器を必要とする重症者は無かった.肺炎を合併した7人中2人は経過が遷延したが,X+2月中旬までに全員が職場に復帰できた.

訓練管理部門は,Y+7日に異常事態に気づいた現場責任者より報告をうけ,接触者の同定を行った.その結果170名の職員が,職場や寮生活等の同一空間における職務の執行もしくは食事や洗面などの生活行為を通して,指導者・訓練生または臨時参加者から飛沫感染または接触感染した可能性が否定できないと判断され,2週間の自宅待機による健康観察とされた.この中には,同一施設の別フロアーで訓練中であった他の特別訓練参加者も含まれた.両訓練参加者の直接の接触はなかったが,食堂および喫煙室は時差で共用していた.これらの接触者に健康観察期間中の発症者は認めなかった.

訓練施設等の巡視の所見

訓練施設の練習場の面積は約 30 m2/人と参加人数に対して十分に広く,機械換気(日本産業衛生学会産業衛生技術部会の換気シミュレーターによる評価は「良い」)に加えて,3面に外気の導入が可能な窓がある換気に配慮された構造であった.更衣室は日常的に休憩室としても使用されており,飲食も行われていたが,訓練生全員が同時に使用するには手狭(2.1 m2/人)で,開窓による換気が良好な構造では無かった.利用者に室内での会話を控えることは求めていたが,マスクの着用は徹底されていなかった.シャワー室の脱衣場も同様に手狭(2.3 m2/人)であった.訓練期間中は練習場,更衣室,シャワー室を占有して使用していた.

食堂および喫煙室は共用施設であったが,他の施設利用者とは時間差で利用していた.食堂では着座位置の間隔を十分に取り,食事中の会話は控えていた.喫煙室は屋外で 200 m2 以上の広さであったが,密集を避ける使用法はしていなかった.

2人の感染者が発症前に参加した別グループの基本動作訓練に使用した訓練場も面積は 32 m2/人と参加人数に対して十分に広く,機械換気(同評価「良い」)に加えて2方向の窓が常時開かれていた.一部の感染者が訓練時間外や訓練休日に勤務した執務室は,約 6 m2/人と十分な広さがあり,機械換気(同評価「やや良い」)に加え,定期的に窓を開けて換気を行っていた.

抗体検査の結果

抗体検査を実施した74人の結果を表1に示す.

表1. 抗体検査の結果
検査数抗体陽性陽性率
当該訓練チーム
 PCR+のメンバー1010100.0%
 PCR-のメンバー22100.0%
当該訓練施設での接触者
 別の訓練チームのメンバー2100.0%
訓練施設以外の接触者
 執務室での接触者3100.0%
 別施設での訓練の接触者500.0%
 職場以外の接触者5120.0%

陽性コントロールとして検査した10人(PCR陽性で発症した8人と無症状の2人)は全員陽性が確認された.訓練参加者のうち無症状かつPCR陰性であった2人は,共に抗体検査陽性であり,不顕性感染であったことが示唆された.

執務室での接触者31人及び,発症者2人が発症直前に参加した他の訓練での接触者5人は全員が抗体検査陰性であった.集団感染発生時に同じ訓練施設の別フロアーで活動していた他の特別訓練チームのメンバー21人も全員陰性であった.寮の同居者等で私生活における接触者であった職員5人のうち1人が陽性であった.

考察

1. 感染者の同定

今回報告したSARS-CoV-2の集団感染では,訓練参加者24人のうち23人がPCR検査または抗体定量検査の少なくとも一方が陽性であり,SARS-CoV-2の感染が確認された.PCRおよび抗体検査未実施の1人(症例14)も同時期に上気道症状を発症したこと,および連鎖して発症した家族がPCR陽性であったことから,臨床的に発症者と判断した.以上から,この事例では24人全員が感染し,10日間に20人が発症したと考えられた.激しい身体活動を集団で行う場合には,集団内にSARS-CoV-2が持ち込まれると,感染及び発症が高率かつ急速に,連鎖的に拡散するリスクがあることが示唆された.

2. ハイリスクな状況の同定

今回の集団感染が発生した特別訓練参加者の同居家族等の近親者に本事例に先行するSARS-CoV-2感染者や濃厚接触者はなく,これらの職員間で勤務時間外の会食等の接触は殆ど無かったことから,勤務時間中の感染である可能性が高い.訓練中における感染経路を解明するにあたって,X月Y+3日に1日だけ訓練に臨時参加した5人(症例20~24)が,全員感染・発症した事実に注目した.彼らは実践訓練を除いた時間は,訓練施設内においても他の訓練参加者とはそれぞれ別行動を取っていたため,実践訓練中に感染した可能性が極めて高い.また2人の感染者が発症前日に別グループの基本動作訓練に参加したが,この訓練参加者に発症者および抗体陽性者は発生しなかった.特別訓練の練習場および別グループの訓練会場は,ともに参加者の人数に比して十分な広さがあり,訓練の特性上避けがたい訓練相手との接近を除いて,訓練中の密集を回避していた.それぞれの訓練会場は,機械換気に加えて,訓練中を通して開窓による換気も行なわれており,換気は良好であった.以上より,実践訓練という訓練方法が特に危険であったと推測された.

3. 実践訓練中の感染経路

基本動作訓練においては相手と接近するのは極短時間であり,その状況での発声は少なかったが,実践訓練は至近距離で相手と正対する時間が長く,その状態で互いに大声を発する機会も多かったことに加え,より激しい運動であった.全ての身体訓練で,高い運動強度による換気量の増大に対応する目的でマスクを着用していなかったため,実践訓練では訓練相手との間で飛沫の放出・暴露が繰り返され,大量の飛沫の吸入や粘膜への付着による飛沫感染が発生したと推測される.

また別グループの基本動作訓練は1日に1クールのみであったのに対して,特別訓練での感染者は最低1日に2クール,多くの者は4クールの実践訓練に参加しており,訓練時間が長かったことも急速な感染の拡散に影響したと推測される.さらに,最も感染拡散リスクの高いとされる発症日前後1に訓練に参加した罹患者が多かったことおよび,実技相手の組み合わせを次々にランダムに変える訓練形式であったことも,短期間に連鎖的に感染が広がった重要な要因と考えられた.

4. 訓練実施施設の感染リスクの評価

訓練場の更衣室は手狭で換気も良好とはいえない環境であったが,多数の訓練生が休憩室として使用し,飲食も行っていた.加えて,マスクの着用を義務付けていなかったことから,飛沫やマイクロ飛沫による呼吸器感染7が発生するリスクが高かったと考えられた.また,初発の症例1を含む7名が喫煙者であり,集団行動のため密集して喫煙室を利用していたことから,喫煙室も感染の場となり得たと考えられた.

今回の事例では症例1から症例2,3,4に伝染したと仮定すると潜伏期間が2日と既存の報告の平均値よりかなり短いため8,これらの症例が実践訓練を開始したX月Y日以前に,更衣室や喫煙所等で感染していた可能性も否定できない.

5. 集団での高負荷な身体訓練における感染防止対策

この事例では,運動強度の高い身体活動時の,近距離での発声による飛沫感染の防止が最も重要な対策課題と考えられた.フィットネス運動中のCOVID-19集団発症事例において,感染伝播の起こりやすさは,運動強度と参加者間の距離に関係したとする調査報告が韓国から発表されている4.また,米国での合唱団の練習参加者に発生した大規模な集団感染に関する調査・分析では,飛沫感染予防対策として物理的距離を確保することとマスク着用が特に重要であると報告されている9.従って,訓練メニューを工夫することで,少しでも運動強度の高い活動の継続時間を短縮すること,それにより換気量を低減するとともに,マスクを着用可能にすることが極めて重要であると考えられる.さらに,できるだけ接近を避けることおよび,接近状態での発声を無くす工夫も重要であり,実技のペアを固定することも必要な対策であると考えられた.

また,訓練集団内への感染の流入機会を極力少なくするために,私生活における感染予防に細心の注意を払うとともに,僅かな体調不良でも訓練への参加を禁止することも重要である.

休憩時間のマスクの着用とこまめな手洗いの徹底のほか,更衣室や,シャワー室・喫煙室等の使用人数や飲食の制限など,訓練施設の使用法についても,きめ細かな対策が望まれる.同一施設を使用した別の訓練集団では感染が発生しなかったことから,食堂等の共通利用施設の時間差による利用は有効な対策であったと考えられた.

6. 訓練施設以外の職場における感染防止対策の有効性

事例が発生した時期が緊急事態宣言発出前で,感染防止対策に関する知識や衛生器材が不足した時期であったため,感染に対する職員の警戒感は高かったにも関わらず,事務業務の執務室でのマスクの着用は不十分な状況であった.職場での感染対策として換気や手洗いの促進に加えて,体調不良者の出勤禁止とCOVID-19の患者や疑いのある人との接触者の自宅待機を基本に,可能な範囲でソーシャルディスタンスの確保と密集の回避を掲げ,その徹底を図っていた.

本事例の認知時の緊急対策として,発症者と発症前日に同一室内で勤務した職員全員を接触者として自宅待機とした.

今回実施した聞き取り調査により,一部の感染者が発症前日まで勤務した執務室では,彼らとのマスクなしでのデスクを挟んだ5分程度の会話や,事務机を並べてまたは挟んでの会話のない15分以上の事務作業は,繰り返し行われていたにも関わらず,抗体検査の結果から感染が発生しなかったことが明らかになった.執務室は人数に比して十分な広さがあり,現在の濃厚接触の基準であるマスクなしでの 1 m以内かつ15分以上の接触6に該当する接触が無かったこと,換気を適切に行っていたこと,静かな環境であったため大きな声での会話が少なかったことが,この執務室での感染の拡散を防止できた一因であったと推測された.

7. 調査の限界と有用性

今回の調査は事後の聞き取りであるため,行動履歴は必しも詳細・正確とはいいがたく,感染拡散の要因や過程,安全な行動を厳密に同定することには限界があるが,SARS-CoV-2の感染は,飛沫感染のリスクが高い特定の状況や行動を避けることで,感染リスクを大きく低減できる可能性があることが示唆された.

結語

運動強度の高い身体訓練参加者に,訓練中の換気量増大と近距離での発声による飛沫感染が原因と考えられる集団感染が発生し,短期間のうちに連鎖的に参加者全員に拡散した.

職場におけるCOVID-19患者発生時には,発症者の行動履歴調査,接触者の同定,自宅待機による健康観察などの緊急対策を迅速に行う必要がある.加えて,PCR検査,抗原検査,抗体検査等を組み合わせて感染拡散状況の全容を把握することは,感染防御対策の評価と改善を行ううえで大変有効な手段となる.業務の遂行を過剰に阻害することなく,職場特有の感染リスクに十分対応できる必要十分な感染防止対策を確立するためには,このような感染防止対策のマネジメント活動を継続するとともに,事例から得られた知見を多くの組織間で相互に共有・活用することが望まれる.

謝辞

快く調査に協力していただいた訓練参加者の皆様並びに,業務で多忙の中,本研究に協力していただいたA事業所の人事企画担当部門,職員教育担当部門,健康管理部門のスタッフの皆様に深く感謝いたします.

利益相反

利益相反自己申告:申告すべきものなし

文献
 
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