産業衛生学雑誌
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調査報告
企業68社における職場のハラスメント防止対策の実施状況や組織風土とハラスメントの実態,対策実施後の従業員や職場の変化
津野 香奈美 早原 聡子木村 節子岡田 康子
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2022 年 64 巻 6 号 p. 367-379

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抄録

目的:ハラスメントの雇用管理上の措置が企業に義務付けられているが,企業に義務付けられている対策が実際にハラスメント防止に効果があるのかは検証されていない.そこで本研究では,ハラスメント指針の中でトップのメッセージ発信や研修実施等に着目し,従業員の対策認識度と企業ごとのハラスメント発生割合を比較した.対象と方法:日本国内の某グループ会社計68社(従業員数計約20,000名)を対象とした.ハラスメント対策は7項目,パワーハラスメント(パワハラ)は厚生労働省の6類型を参考に作成した11項目,セクシュアルハラスメント(セクハラ)は7項目,マタニティハラスメント・パタニティハラスメントは2項目,ケアハラスメントとジェンダーハラスメントは各1項目で測定した.組織風土はシビリティ(礼節),心理的安全性,役割の明確さ等の下位概念から成る10項目で測定し,ハラスメント防止対策実施後の従業員や職場の変化は7項目で測定した.ハラスメント防止対策の従業員認知割合並びに組織風土を高群・中群・低群の3群に分け,企業ごとのハラスメントの発生割合や職場の変化認識割合をKruskal-Wallis検定あるいはANOVAで比較した.結果:自社でハラスメント対策として実態把握等のアンケート調査,ポスター掲示や研修の実施,グループ全体の統括相談窓口の設置,コンプライアンス相談窓口の設置を実施していると7割以上の従業員が認識している企業では,認知度が低い企業と比べてパワハラ・セクハラの発生割合が低かった.一方,トップのメッセージ発信,就業規則などによるルール化,自社または中核会社の相談窓口の設置に関しては,従業員認知度によるパワハラ発生割合の差は確認できなかった.組織風土に関しては,シビリティが高い,心理的安全性がある,役割が明確であると8割以上の従業員が認識している企業では,パワハラ・セクハラの発生割合が低かった.また,従業員がハラスメント防止対策の実施状況を認知している割合が高い企業ほど,従業員が自身や周囲・職場の変化を実感している割合が高かった.考察と結論:各ハラスメント防止対策を実施していると多くの従業員が認識している企業では,ハラスメント発生割合も低い傾向にあった.心理的に安全である・役割が明確であると多くの従業員が回答した企業ではハラスメント発生割合が低かったことから,ハラスメント防止には組織風土に着目した対策も有効である可能性が示唆された.

Abstract

Objectives: Although companies are required to implement countermeasures against workplace harassment, their effectiveness has not been verified. Therefore, in this study, we compared employees’ awareness of the primary preventive measures or organizational climate and the prevalence of harassment in each company. Methods: A total of 68 companies in Japan (with a total of approximately 20,000 employees) were targeted. Harassment countermeasures were measured using seven items. Power (11 items), sexual (7 items), maternity (2 items), paternity (2 items), care (1 item), and gender harassment (1 item) were measured. Organizational climate was measured using 10 items comprising subcategories, such as civility, psychological safety, and role clarity. The percentage of employee recognition of anti-harassment measures and organizational climate was divided into three groups (high, medium, and low), and the prevalence of each type of harassment and employees’ recognition of changes in the workplace were compared using the Kruskal-Wallis test or ANOVA. Results: In companies where more than 70% of the employees were aware that their company had implemented questionnaire surveys to ascertain the working environment, by displaying posters or providing training along with the establishment of a group-wide general and a compliance consultation service, the prevalence of power and sexual harassment was lower than in companies with lower awareness. However, no difference in the prevalence of power harassment by the employee recognition level could be confirmed with the dissemination of messages by top management, establishment of rules through employment regulations, and the establishment of a consultation service in the company. Regarding organizational climate, the incidence of power and sexual harassment was lower in companies where more than 80% of employees perceived high levels of civility, psychological safety, and role clarity. In addition, the higher the percentage of employees who were aware of the harassment prevention measures implemented by the company, the higher the percentage of employees who felt favorable changes in themselves, their surroundings, and their workplace. Discussion and Conclusion: The harassment rate tended to be lower in companies where more employees were aware of the implementation of anti-harassment measures. The fact that the rate of harassment was lower in companies where there was role clarity and many employees felt psychologically safe suggests that measures focusing on the organizational climate may also be effective in preventing harassment.

I. はじめに

2020年6月,大企業にパワーハラスメント(以下,パワハラ)の雇用管理上の措置,いわゆるパワハラ防止対策を義務付ける法律(労働施策総合推進法)が改正施行された.また,既に雇用管理上の措置が義務付けられていたセクシュアルハラスメント(セクハラ),マタニティハラスメント(マタハラ)・パタニティハラスメント(パタハラ)・ケアハラスメント(ケアハラスメント)に関しても,改正男女雇用機会均等法並びに改正育児介護休業法が同時に施行され,より厳しい雇用管理上の措置が企業に義務付けられることとなった1,2,3,4.この法改正に伴い,2020年1月にパワハラ防止指針が初めて公示され,その他の指針に関しても同時に改正告示された.

パワハラは労働施策総合推進法第30条において“①優越的な関係を背景とした言動であって,②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより,③労働者の就業環境が害されるものであり,①から③までの3つの要素を全て満たすもの”と定義されている1.優越的な関係とは,パワハラ行為を受ける労働者が,行為者に対して抵抗や拒絶することができない蓋然性が高い関係を背景として行われるものを指す5.厚生労働省は代表的なパワハラ言動を(1)身体的な攻撃(暴行・傷害),(2)精神的な攻撃(脅迫・名誉棄損・侮辱・ひどい暴言),(3)人間関係からの切り離し(隔離・仲間外し・無視),(4)過大な要求(業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制・仕事の妨害),(5)過小な要求(業務上の合理性なく能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと),(6)個の侵害(私的なことに過度に立ち入ること)の6類型に分けており,関係資料においてパワハラに該当すると考えられる例・しない例を解説している5

最新(2020年)の厚生労働省ハラスメント実態調査によると,過去3年間にパワハラを一度以上受けた労働者は31.4%であり,約3人に1人の労働者がパワハラを受けていることが分かっている6.パワハラは被害者や組織に深刻なダメージをもたらすことが明らかになっていることからも7,パワハラ防止対策を進めることが重要である.しかしパワハラ防止対策は2020年6月の労働施策総合推進法改正施行によって大企業に初めて義務付けられたところであり,これによるパワハラ防止効果はまだ検証されていない.2022年4月には中小企業にもパワハラ防止対策が義務付けられ,パワハラ対策を進めることが急務となる中,より効果的なパワハラ対策が求められていると言える.

セクハラは男女雇用機会均等法第11条によって,“職場において行われる,労働者の意に反する性的な言動に対する労働者の対応によりその労働者が労働条件について不利益を受けたり,性的な言動により就業環境が害されること”と定義されている2.前者は対価型セクハラ,後者は環境型セクハラと呼ばれ,言動の例としては「出張中の車中において上司が部下の腰や胸に触ったが抵抗されたため,その部下に対し不利益な配置転換をする」(対価型セクハラ),「事務所内において上司が部下の腰や胸に触ったため,その部下が苦痛に感じ就業意欲が低下した」(環境型セクハラ)があげられている5.セクハラに関して企業に雇用管理上の措置が義務付けられたのは2007年であるが,さらに2020年6月の男女雇用機会均等法改正により,セクハラに関する相談を理由とした不利益取り扱い禁止,及び他社の労働者にセクハラした場合の協力対応が追加された2.なお2020年の厚生労働省ハラスメント実態調査によると,過去3年間にセクハラを一度以上受けた労働者は10.2%であり,男女で見ると女性の方が受けている割合(12.8%)が多いものの,男性も少なくない数(7.9%)が受けていることがわかっている6

マタハラ・パタハラ・ケアハラはまとめて「職場における妊娠・出産・育児休業・介護休業等に関するハラスメント」と呼ばれることもあるが,厚生労働省の指針においてはマタハラとパタハラ・ケアハラとは分けられている3,4.マタハラは“職場において行われる,女性労働者が妊娠したこと・出産したことに対する上司・同僚からの言動により,その労働者の就業環境が害されること”(状態への嫌がらせ型),“職場において行われる,女性労働者が妊娠・出産関連の制度や育児休業等を利用することに対する上司・同僚からの言動により,その労働者の就業環境が害されること”(制度等の利用への嫌がらせ型)の2種類に分けられる3.一方,パタハラは男性労働者が育児休業等の利用に関して受ける嫌がらせ,ケアハラは男女労働者が介護休業等の利用に関して受ける嫌がらせのことを指し,いずれも制度等の利用への嫌がらせ型に該当する.妊娠や育休取得に伴い解雇やパートへの契約変更等の不利益な取り扱いをすることは男女雇用機会均等法及び育児・介護休業法によって禁止されており,2017年1月からは事業主に防止措置が義務付けられている.2020年6月の男女雇用機会均等法第11条・育児介護休業法第25条改正ではさらに,妊娠や出産に関する相談や育児・介護休業取得に関する相談を理由とした不利益取り扱い禁止が追加された.

2020年に厚生労働省が初めて実施したマタハラ・パタハラに関する大規模調査では,過去5年間に就業中に妊娠・出産した女性労働者の中で,妊娠・出産・育児休業等ハラスメントを受けたと回答した者の割合は26.3%,過去5年間に勤務先で育児に関わる制度を利用しようとした男性労働者の中で,パタハラを受けたと回答した者は26.2%と報告されている6.女性労働者は①妊娠に関して・②出産に関して・③制度利用(育児休業取得等)に関して,と計3種類以上のマタハラを受ける可能性があるのに対し,男性労働者は受けるパタハラは基本的には③制度利用の1種類のみである.それにも関わらずマタハラ・パタハラを受けた割合が男女でほぼ同等だったということは,女性労働者が就労中に妊娠・出産したり育児休業を取得したりすることには理解が示されつつあるのに対し,男性労働者が育児休業等の制度利用を取得する際にはまだかなりの障壁があることを示唆していると言える.

ジェンダー・ハラスメント(ジェンハラ)は,法律上の定義はないものの,個人の能力や特性,希望を無視して,社会的な性差で一律に判断して行われる差別的な言動や嫌がらせのことを指す.男性だからという理由で長時間労働させたり,女性だからという理由でお茶出し等の雑務を押し付けたりすることが例としてあげられるが,このうち,女性労働者のみにお茶くみや掃除当番等をさせることは,男女雇用機会均等法上,配置に係る女性差別(第6条)にあたるとされ禁止されている.ジェンハラは企業に防止が義務付けられているわけではないものの,様々なハラスメントが発生する背景要因になると考えられることから,企業において実態を把握しておくことは重要である.

ハラスメントと関連する組織風土として,様々なものが報告されている.例えば,役割葛藤や役割の曖昧さ8,従業員間のコミュニケーションにおける礼節(シビリティ)の欠如9,心理社会的に安全でない職場風土10等が代表的なものとしてあげられる.逆に言えば,役割が明確であったり,シビリティ度が高かったり,心理社会的に安全な風土であったりする職場では,パワハラの発生が少ない可能性がある.しかしながら,こういった組織風土とハラスメント発生との関連は,ほとんどの場合個人が回答する組織風土と個人が回答するハラスメント被害経験によって評価されているため,ハラスメント被害を受けた人は自分の職場のことをネガティブに回答しやすいという,いわゆるネガティブハロー効果が発生しやすいと指摘されている11.こういったコモンメソッドバイアスを除去するためには,その組織に所属する従業員複数が評価した集団レベルの組織風土因子を解析に用いることが必要とされている12

2020年1月に告示された各ハラスメント指針で求められている防止対策(雇用管理上講ずべき措置内容)1,2,3,4は,(1)事業主の方針等の明確化及びその周知・啓発:①ハラスメント内容とハラスメントを行ってはならない旨の方針の明確及び周知啓発,②行為者に厳正に対処する旨の方針・対処の内容を就業規則等に規定し周知啓発,(2)相談体制の整備:相談窓口の開設,相談対応者の教育等,(3)ハラスメント発生後の対応:①事実関係の迅速な確認,②被害者に対する配慮措置,③行為者に対する措置,④再発防止措置,そして(4)(1)~(3)に併せて講ずべき措置:①プライバシーへの配慮,②相談したことによって不利益取扱いされない旨の周知・啓発等,の主に4つ,計10施策(パワハラとセクハラの場合)である.ここに示されている通り,現在企業に求められている対策はほとんどが発生後の対応(三次予防)に偏っており,発生の未然防止対策(一次予防)や早期介入策(二次予防)として行われているのは(1)事業主の方針等の明確化及びその周知・啓発,並びに(2)相談体制の整備,のみに留まる.また,これらの対策も,全てのハラスメントの中で最も古く制定されたセクハラの雇用管理上の措置の内容が反映されただけであり,実際にこれらの防止対策がパワハラやセクハラの防止に繋がっているのかについては,科学的に検証されていない.

そこで本研究は,各ハラスメント防止指針1,2,3,4に示された,事業主がハラスメント防止に対し講ずべき雇用管理上の措置内容の中で,一次予防と二次予防に該当する部分(方針の明確化及びその周知・啓発と相談体制の整備)に着目し,対策実施状況によって実際のハラスメント発生割合や対策実施後の従業員が認識する変化に差があるのかを明らかにすること,また組織風土によってハラスメント発生割合に差があるのかを明らかにすることを目的とした.グループ企業68社(従業員数計約20,000名)で実施したアンケート調査データを用い,各ハラスメント対策内容の実施状況を従業員による認知度で測定した集団レベルの変数と,集団レベルの組織風土得点を基に,生態学的研究の手法を用い,各社のハラスメント発生割合の比較を行った.

II. 対象と方法

1. 対象

本研究は個人のデータを使用しない生態学的研究であり,対象は日本国内で事業を展開するA社のグループ会社計68社である.調査はハラスメント実態調査としてグループ企業に所属する全従業員(計約20,000名)に対し2020年8月に匿名で実施され,企業ごとの集計データを回収した.なおグループの統括担当者に,研究利用として社名が特定できない状態で解析することについて事前に了承を得た.

2. 調査票

本研究で使用した調査項目は,ハラスメント専門家である著者ら(SH, SK, YO)が独自に作成したものである.ハラスメント関連項目に関しては厚生労働省の各種指針1,2,3,4を参照し,また組織風土等の項目に関しては既存の研究で報告されている概念8,9,10を参照に内容的妥当性や表面的妥当性を検討しながら作成した.

1) パワハラ

厚生労働省が示すパワハラ6類型を参考に作成した計11項目に関し,「1年以内に,あなたが受けた行為すべてを回答してください」(複数回答)と聞いた.項目例は「頭を叩く,足で蹴る,物を投げつけるなどの暴力を受ける」(身体的な攻撃),「“こんなことも出来ないのか”等の能力を否定する言動や侮辱的な言動を受ける」(精神的な攻撃),「対応できないレベル・期限の仕事や私的な雑用を押し付けられる」(過大な要求),「能力や立場に見合わない低いレベルの業務を継続的に命じられる」(過小な要求),「職務上必要な情報等を意図的に教えてもらえない」(人間関係からの切り離し),「個人の趣味,家族,信仰する宗教などのプライベートをしつこく聞く」(個の侵害)であり,一つでも「受けた」に○がついた回答があれば過去1年以内にパワハラ被害ありと判定し,該当者の割合を事業所ごとに数値化した.

2) セクハラ

主に環境型セクハラについて「1年以内に,あなたが受けた行為すべてを回答してください」(複数回答)と7項目を用いて聞いた(項目例:「不必要に体を触られる」,「性的な経験や性生活についての質問を受ける」,「食事やデートへの執拗な誘い,電話や手紙,メールなどをしつこく送り付ける」).パワハラ同様,一つでも「受けた」に○がついた回答があれば過去1年以内にセクハラ被害ありと判定し,該当者の割合を事業所ごとに数値化した.

3) マタハラ・パタハラ・ケアハラ

過去1年間の経験について,マタハラ・パタハラは「妊娠中や産休・育休明けなどに“残業できない社員はいらない”“あなたが休んだ分,私たちの仕事が増えて迷惑だ”などの心無い言葉かけや嫌がらせを受けた」(状態への嫌がらせ型,※マタハラのみ),「産休・育休・短時間勤務・子の看護休暇などの制度の利用に対し,“迷惑”“辞めたら?”など,制度を利用しづらくなるような言動を受けた」(制度利用への嫌がらせ型)の2項目で測定した.ケアハラは過去1年間の経験について,1項目(「介護のための休業制度等の利用に対して“迷惑”“辞めたら?”など,利用しづらくする言動を受けた」)で測定した.マタハラ・パタハラ,そしてケアハラ共に,1項目以上に○をつけた従業員を過去1年以内にパワハラ被害ありと判定し,該当者の割合を事業所ごとに数値化した.

4) ジェンハラ

ジェンハラは「“男のくせに…”“女のくせに…”など性別を理由にした不快な言動」,「男性・女性であるという理由による力仕事やお茶汲みなどの強要」の2項目で,過去1年間に受けたかどうかを聞いた.1項目以上に○をつけた従業員を過去1年以内にジェンハラ被害ありと判定し,該当者の割合を事業所ごとに数値化した.

5) 組織風土

回答者が感じる組織風土について,過去1年以内の状況を10項目で測定した.項目例は「自分の能力や経験を他の人たちが尊重してくれている」(シビリティ),「反対意見や違う意見などを言いやすい」(心理的安全性),「明確な役割や計画を持っている」(役割の明確さ),「仕事を通して自分の成長やスキルアップを感じている」(成長の実感),「法令,社内ルールを守って仕事をする意識が浸透している」(コンプライアンス意識)等で,それぞれの項目に4件法(そうだ,まあそうだ,ややちがう,ちがう)で回答を得た.このうち,「そうだ」「まあそうだ」と回答した者の人数を各社の回答人数で除した数値を組織風土認知度として算出した.成長の実感とコンプライアンス意識については先行研究でハラスメントとの関連が報告されているわけではないが,ハラスメント専門家である著者ら(SH, SK, YO)の議論を基に,関連しうる因子として追加して測定した.

6) 企業のハラスメント対策認知度

各ハラスメント防止指針1,2,3,4に示された事業主がハラスメント防止に対し講ずべき雇用管理上の措置内容の中で,発生予防に関する部分(方針の明確化及びその周知・啓発と相談体制の整備)に関して項目を作成した.「自社又はグループで実施している下記の取組みのうち,あなたが知っていたものを全て回答して下さい」(複数回答)と聞き,「ハラスメントは許さない」というトップメッセージの発信,就業規則などによるルール化,実態把握などのアンケート調査,ハラスメント防止・相談窓口のポスター掲示や研修の実施等の7項目について,それぞれ「知っていた」に○をつけた従業員数を各社の回答従業員数で除した数値を,各ハラスメント対策の従業員認知度として算出した.

7) ハラスメント防止対策実施後の従業員や職場の変化

「会社がハラスメントの予防・解決の取り組みを進めたことで,あなた自身や職場の変化を感じていますか」と質問し,7項目(「あなた自身のハラスメントへの理解が高まった」,「上司のハラスメントへの理解が高まった」,「同僚・部下のハラスメントへの理解が高まった」,「ハラスメントにあったときや見たときに,上司や窓口等に相談しやすくなった」,「ハラスメントが疑われる言動をする人が少なくなった/なくなった」,「ハラスメントが疑われる言動をした人を注意しやすくなった」「ハラスメントを許さないという会社の姿勢を感じるようになった」)に対し,3件法(感じる,どちらとも言えない,感じない)で回答を得た.このうち,「感じる」と回答した者の人数を各社の回答人数で除した数値を,各社の変化認識割合として算出した.

8) 企業の特性

業種,企業規模(従業員数),女性従業員数,非正規雇用者人数(契約社員及びパート・アルバイトの数)について,各社から直接得た人数のデータに基づき,会社ごとに割合を算出した.なお業種は総務省の日本標準産業分類の大分類を使用して分類した.

3. 解析方法

各ハラスメントにおいて,過去1年間に1つ以上のハラスメントを受けた従業員の数を回答人数で除した数値を,会社ごとのハラスメント発生割合とした.ハラスメント防止対策の従業員認知割合を3分位点に分け分布を確認したところ,低群は項目によって43%以下~61%以下・中群は44%以上77%未満・高群は61%以上~78%以上に分かれたため,50%未満を低群・50%以上70%未満を中群・70%以上を高群とした.組織風土の認識割合についても3分位点を確認したところ項目によって低群は59%以下~78%以下・中群は60%以上88%未満・高群は70%以上~89%以上に分布したため,70%未満を低群・70%以上80%未満を中群・80%以上を高群とした.その上で,各ハラスメントの発生割合が正規分布でないことを鑑み,Kruskal-Wallis検定で平均順位を比較した.一方,職場の変化認識割合はほとんどの項目が正規分布に近似していたため,一元配置分散分析(One-way analysis of variance: one-way ANOVA)で平均値を比較した.多重比較はいずれもBonferroniを用い,有意だった群同士にa, b, c等の記号で関連を示した.なおノンパラメトリック検定においても,平均順位に加え参考値として各群の平均値を算出した.統計解析にはSPSS27.0を用い,両側5%を有意水準とした.

III. 結果

1. 企業の特性と各ハラスメント発生割合(表1

まず,調査参加企業68社の特性を表1に示す.企業規模(従業員数)は最小で5名・最大で3,699名であり,平均値は308.8名であった.従業員の女性割合は最小が0%・最大が75.2%で平均値は24.3%,従業員の非正規雇用者割合は最小が0%・最大が91.7%で平均値は17.8%であった.業種は運輸業,郵便業が最も多く,続いて生活関連サービス業,娯楽業が多かった.

会社ごとのハラスメント発生割合の平均(最小値~最大値)は,パワハラが9.4%(0%~33.3%),セクハラが2.9%(0%~12.5%),マタハラが0.4%(0%~4.2%),ケアハラが0.3%(0%~11.1%),ジェンハラが1.6%(0%~14.3%)であった.各社の企業規模,女性割合,非正規雇用者割合の高・中・低群別に各ハラスメントの実態を比較したところ,企業規模においてはセクハラで,女性割合についてはケアハラとジェンハラで有意な群間差が見られた.企業規模では50名以下の企業と比べて51名以上の企業では過去1年以内にセクハラを受けた従業員の割合が高く,女性割合が10%未満の企業では10%以上50%未満の企業と比べてケアハラを受けた従業員の割合が高かった.ジェンハラについては,多重比較での有意な群間差は認められなかった.業種に関しては,セクハラでのみ差が見られた.具体的には,金融業,保険業と比較して宿泊業,飲食サービス業でセクハラの発生割合が高かった.その他のハラスメントについては,業種による有意な差は見られなかった.

表1. 企業の特性とハラスメント発生割合(Kruskal-Wallis検定)
パワハラセクハラマタハラ・パタハラケアハラジェンハラ
n平均平均
順位
p平均平均
順位
p平均平均
順位
p平均平均
順位
p平均平均
順位
p
企業規模0.767< 0.0010.090.2020.265
 50名以下199.5231.711.3218.03*a*b0.4428.130.5829.632.3028.50
 51~299名369.4435.713.7842.19*a0.4735.670.2636.361.4437.39
 300名以上138.8935.232.6637.27*b0.2440.580.0936.461.0435.27
女性割合0.5260.5460.5800.0040.047
 低群(10%未満)209.7034.282.8134.300.5737.430.8742.95*a0.9731.38
 中群(10%以上50%未満)389.6536.253.2136.170.2632.750.0430.07*a2.2339.12
 高群(50%以上)107.5528.301.7328.550.7035.300.2434.450.4823.20
非正規雇用者割合0.5000.6300.4980.8730.086
 低群(10%未満)319.8936.502.3932.870.4135.520.4934.161.3432.69
 中群(10%以上30%未満)259.4634.843.5037.480.4735.680.2135.562.3040.64
 高群(30%以上)127.7728.632.8432.500.3129.420.1133.170.8326.38
業種0.3100.0190.5790.3760.267
 運輸業,郵便業1810.137.973.1536.810.5940.080.2238.531.3437.28
 卸売業,小売業410.123.131.1825.500.0023.502.7837.630.1917.13
 学術研究,専門・技術サービス業99.4136.112.6836.670.2231.170.1535.060.6329.22
 金融業,保険業56.523.900.0010.50*a0.8332.300.0027.500.5621.40
 不動産業,物品賃貸業64.8320.581.1823.420.2233.670.0027.503.2837.25
 宿泊業,飲食サービス業612.944.926.4951.58*a0.0528.080.0027.502.0635.25
 生活関連サービス業,娯楽業129.2836.173.5041.130.3134.380.1833.001.9042.42
 その他89.7837.312.7531.940.7938.190.3940.382.6236.56

ハラスメント発生割合:過去1年間に1つ以上の各ハラスメントを受けた従業員の割合(%)

*a, b, c:  Bonferroniによる多重比較でp < 0.05.

2. 従業員が認知している企業のハラスメント対策状況とハラスメント発生割合(表2

パワハラの発生割合の低さと関連していた企業のハラスメント対策状況は,「実態把握などのアンケート調査」,「ポスター掲示や研修の実施」,「グループ全体の統括相談窓口の設置」,「コンプライアンス相談窓口の設置」であった.従業員が自社で対策を実施していると認識している割合が高い組織では,低い組織と比べてパワハラ発生割合が低かった.セクハラに関しては全てのハラスメント対策に関する認知度と関連があり,「ハラスメントは許さない」というトップからのメッセージ発信,就業規則などによるルール化,実態把握などのアンケート調査,ハラスメント防止・相談窓口のポスター掲示や研修の実施,自社または中核会社の相談窓口の設置,グループ全体の相談窓口の設置,コンプライアンス相談窓口の設置がされていると多くの従業員に認知されている企業ほど,認知度が低い企業と比較して,セクハラ発生割合も低かった.一方,ジェンハラは自社または中核会社の相談窓口の設置以外有意な差が見られず,またマタハラ・パタハラ・ケアハラに関しては,従業員の多くが自社のハラスメント対策を認知していても,発生割合については有意な差は見られなかった.

表2. 社員のハラスメント対策認知率別に見たハラスメント発生率(ANOVA)
パワハラセクハラマタハラ・パタハラケアハラジェンハラ
n平均平均
順位
p平均平均
順位
p平均平均
順位
p平均平均
順位
p平均平均
順位
p
1トップのメッセージ発信0.3080.0020.1100.0800.209
 認知度低群(50%未満)2410.3236.963.6838.94*a0.2430.330.5435.502.6137.50*a
 認知度中群(50%以上70%未満)299.6736.023.2739.00*b0.4539.310.3037.291.1436.00
 認知度高群(70%以上)157.2127.630.8518.70*a*b0.6331.870.0027.500.8926.80*a
2就業規則などによるルール化0.2870.0190.1880.2780.330
 認知度低群(50%未満)2011.5339.503.3835.48*a0.1229.600.7037.632.7437.18
 認知度中群(50%以上70%未満)428.5933.313.0237.07*b0.5237.360.1834.011.2034.75
 認知度高群(70%以上)67.4626.170.1713.25*a*b0.7030.830.0027.500.6323.83
3実態把握などのアンケート調査0.0020.0420.4600.0500.645
 認知度低群(50%未満)1813.3945.75*a4.0339.690.4436.360.7938.972.1636.94
 認知度中群(50%以上70%未満)349.0334.403.0236.690.4435.600.2135.431.2334.93
 認知度高群(70%以上)165.5222.06*a1.2724.000.3430.060.0027.501.7730.84
4ポスター掲示や研修の実施0.0380.0330.5131.0000.102
 認知度低群(50%未満)148.6732.213.6638.750.1330.040.1334.432.1632.86
 認知度中群(50%以上70%未満)2411.6642.65*a3.9140.67*a0.5335.210.1334.482.2141.13
 認知度高群(70%以上)307.8329.05*a1.6927.58*a0.4636.020.5534.550.8529.97
5自社または中核会社の相談窓口の設置0.1540.0010.6540.1510.038
 認知度低群(50%未満)1510.6839.174.0341.87*a0.2231.970.25738.372.3440.63
 認知度中群(50%以上70%未満)2810.5437.383.6840.55*b0.4236.550.53936.161.9638.16
 認知度高群(70%以上)257.2328.481.2823.30*a*b0.5333.720.10530.320.7626.72
6グループ全体の統括相談窓口の設置0.0130.0070.2940.1360.117
 認知度低群(50%未満)76.8025.074.5842.640.0727.710.0431.571.3326.57
 認知度中群(50%以上70%未満)2712.2743.07*a3.8941.83*a0.4237.780.5838.671.6640.20
 認知度高群(70%以上)347.5729.63*a1.7227.00*a0.4933.290.1631.791.6231.60
7コンプライアンス相談窓口の設置< 0.0010.0170.9170.3420.794
 認知度低群(50%未満)2713.3345.80*a*b4.1141.04*a0.4733.960.5737.561.8836.33
 認知度中群(50%以上70%未満)257.8431.50*a2.6634.540.2435.580.0732.561.1833.88
 認知度高群(70%以上)165.0220.13*b1.1323.41*a0.6033.720.2632.381.7932.38

ハラスメント発生割合:過去1年間に1つ以上の各ハラスメントを受けた従業員の割合(%)

*a, b, c:  Bonferroniによる多重比較でp < 0.05.

3. 組織風土と企業ごとのハラスメント発生割合(表3

「法令,社内ルールを守って仕事をする意識が浸透している」と回答した従業員の割合が多い企業では,パワハラ・セクハラ・マタハラ・パタハラ・ケアハラ・ジェンハラ全てにおいて発生割合も低い傾向にあった.加えて,「反対意見や違う意見などを言いやすい」,「何かしようとするとき,それをメンバーが受け入れてくれる」,「明確な役割や計画を持っている」,「チーム内で情報は共有されている」組織風土であると多くの従業員が認識している企業では,パワハラ・セクハラの発生割合が低かった.さらに,「自分の能力や経験を他の人たちが尊重してくれている」,「仕事以外のことで気を使うなど,心を煩わされることはない」,「お互いの向かうべき方向を共有している」組織風土であると多くの従業員が認識している企業では,そうでない企業と比べパワハラの発生割合が低かった.ジェンハラについては,「自分の能力や経験を他の人たちが尊重してくれている」,「チーム内で情報は共有されている」,「仕事を通して自分の成長やスキルアップを感じている」組織風土であると多くの従業員が認識している企業で,ケアハラは「お互いの向かうべき方向を共有している」,「チーム内で情報は共有されている」と多くの従業員が認識している企業で発生割合が低かったが,マタハラ・パタハラについてはコンプライアンス意識以外の項目で有意な群間差は見られなかった.

表3. 組織風土別に見たハラスメント発生率(Kruskal-Wallis検定)
パワハラセクハラマタハラ・パタハラケアハラジェンハラ
n平均平均
順位
p平均平均
順位
p平均平均
順位
p平均平均
順位
p平均平均
順位
p
シビリティ
1自分の能力や経験を他の人たちが尊重してくれている0.0040.3750.3040.0160.350
 低群(70%未満)911.4441.224.0842.330.5642.330.3946.28*a2.8743.00
 中群(70%以上80%未満)2312.5943.70*a3.3935.020.4632.870.5834.911.8034.17
 高群(80%以上)366.7726.94*a2.2532.210.3633.580.1331.29*a1.1632.58
2自分の存在を他の人たちが認めてくれている0.1080.0720.5510.0900.217
 低群(70%未満)613.7744.924.6245.250.4940.750.3744.421.9845.58
 中群(70%以上80%未満)1710.7040.124.2940.740.4535.560.1637.092.2937.21
 高群(80%以上)458.2630.992.1130.710.3933.270.3732.201.2932.00
心理的安全性
3仕事以外のことで気を使うなど,心を煩わされることはない0.0010.6340.2960.1720.205
 低群(70%未満)4411.3340.89*a*b3.2735.940.5636.590.4436.821.6436.36
 中群(70%以上80%未満)226.2624.55*a2.2332.430.1631.320.1030.501.6832.77
 高群(80%以上)20.003.50*b1.4325.500.0023.500.0027.500.0012.50
4反対意見や違う意見などを言いやすい0.0020.0090.1350.1680.073
 低群(70%未満)4411.2940.73*a3.6639.27*a0.4736.690.4336.721.7638.13
 中群(70%以上80%未満)175.5122.06*a1.8229.290.4533.350.1531.651.6530.18
 高群(80%以上)76.5625.570.5517.14*a0.0023.500.0027.500.5422.21
5何かしようとするとき,それをメンバーが受け入れてくれる0.0240.0220.6190.1450.148
 低群(70%未満)1713.7844.82*a3.7038.910.3637.000.8639.821.8037.12
 中群(70%以上80%未満)188.7235.254.4942.42*a0.3431.610.1234.722.7740.39
 高群(80%以上)337.4228.77*a1.5727.91*a0.4934.790.1431.640.8729.94
役割の明確さ
6お互いの向かうべき方向を共有している0.0120.0790.3630.0370.489
 低群(70%未満)2811.7340.68*a3.6238.050.4537.020.6039.632.0536.57
 中群(70%以上80%未満)238.9535.673.1636.980.4134.870.1231.761.5235.52
 高群(80%以上)176.0022.74*a1.2725.290.3729.850.1229.760.9829.71
7明確な役割や計画を持っている0.0110.0270.1500.0560.392
 低群(70%未満)2512.0041.36*a4.3642.20*a0.4235.840.6439.702.0738.10
 中群(70%以上80%未満)209.5237.252.5233.330.5538.780.1632.701.2934.65
 高群(80%以上)236.3424.65*a1.5727.15*a0.2929.330.1030.411.3730.46
8チーム内で情報は共有されている0.0020.0280.1460.0260.014
 低群(70%未満)2712.6045.13*a*b4.2142.15*a0.5038.800.6240.072.6442.93*a
 中群(70%以上80%未満)157.1827.10*a2.5431.530.3328.670.0329.570.9128.47
 高群(80%以上)267.2427.73*b1.6928.27*a0.3833.400.1731.560.9329.23*a
成長の実感
9仕事を通して自分の成長やスキルアップを感じている< 0.0010.3240.0720.1220.029
 低群(70%未満)3212.8044.84*a*b3.6237.720.6739.030.5338.111.7937.11
 中群(70%以上80%未満)217.3029.21*a2.5733.790.2232.360.1232.122.0838.86*a
 高群(80%以上)154.9019.83*b1.7228.630.1627.830.1530.130.5422.83*a
コンプライアンス意識
13法令,社内ルールを守って仕事をする意識が浸透している< 0.0010.0040.0310.0250.036
 低群(70%未満)512.7746.406.4553.20*a0.1534.700.3046.502.2441.30
 中群(70%以上80%未満)1415.0952.07*a4.6044.18*b1.0044.68*a0.2539.612.6145.11*a
 高群(80%以上)497.3728.27*a2.0229.83*a*b0.2831.57*a0.3431.821.2530.78*a

ハラスメント発生割合:過去1年間に1つ以上の各ハラスメントを受けた従業員の割合(%)

*a, b:  Bonferroniによる多重比較でp < 0.05.

4. 従業員が認知している企業のハラスメント対策状況と従業員が認知している従業員や組織の変化(表4

企業が実施しているハラスメント防止対策を従業員が認知している割合が高い企業ほど,従業員が「自分自身のハラスメントへの理解が深まった」,「上司のハラスメントへの理解が深まった」,「同僚・部下のハラスメントへの理解が深まった」,「ハラスメントにあったときや見たときに,上司や窓口等に相談しやすくなった」,「ハラスメントが疑われる言動をする人が少なくなった/なくなった」,「ハラスメントが疑われる言動をした人を注意しやすくなった」,「ハラスメントを許さないという会社の姿勢を感じるようになった」等の自分自身や職場環境の変化を感じていた.相談のしやすさに関しては,トップのメッセージ発信,ポスター掲示や研修の実施,グループ全体の統括相談窓口の設置以外の対策に関して全て有意な群間差が認められた.

表4. 社員のハラスメント対策認知度と対策がもたらした従業員や職場の変化認識割合
ハラスメント
への理解
上司の
ハラスメント理解
同僚・部下の
ハラスメント理解
相談しやすさハラスメント
言動の減少
注意のしやすさハラスメントを
許さない姿勢
平均SDp平均SDp平均SDp平均SDp平均SDp平均SDp平均SDp
1トップのメッセージ発信0.001< 0.001.001.0570.1380.0370.001
 認知度低群(50%未満)53.4012.46*a34.329.53*a35.5411.64*a25.567.9830.5810.8823.268.1344.4813.67*a
 認知度中群(50%以上70%未満)60.1011.80*b40.4610.35*b42.8211.5828.497.8734.0810.7528.277.9750.6311.94*b
 認知度高群(70%以上)69.5911.17*a*b50.7917.55*a*b52.2115.09*a32.9412.7338.4515.1130.3811.6361.0714.59*a*b
2就業規則などによるルール化< 0.001< 0.001< 0.001< 0.001.014.002< 0.001
 認知度低群(50%未満)47.9012.40*ab32.039.26*ab32.189.90*ab22.127.56*ab27.8711.67*a21.789.24*a*b40.9014.89*a*b
 認知度中群(50%以上70%未満)63.158.91*ac42.2510.11*ac44.8512.03*ac29.917.61*ac35.519.7628.287.19*a53.3410.33*a
 認知度高群(70%以上)76.3410.14*bc57.2823.79*bc58.4013.92*bc39.2413.56*bc41.7120.17*a35.0714.12*b65.6118.31*b
3実態把握などのアンケート調査< 0.001< 0.001< 0.001.0040.002< 0.001< 0.001
 認知度低群(50%未満)50.0112.76*ab32.649.80*a32.5311.80*ab23.676.81*a28.4711.02*a21.908.12*a41.7713.59*a
 認知度中群(50%以上70%未満)59.269.48*ac38.268.16*b40.908.62*ac28.318.4932.668.10*b26.186.25*b48.1910.95*b
 認知度高群(70%以上)72.0810.82*bc54.4215.68*a*b56.3613.85*bc34.0711.22*a42.2615.92*a*b34.3411.49*a*b66.358.73*a*b
4ポスター掲示や研修の実施< 0.001< 0.001< 0.001.058< 0.001< 0.001< 0.001
 認知度低群(50%未満)46.068.60*ab30.266.77*a29.188.86*ab24.006.8523.677.41*a19.815.64*a40.9912.17*a
 認知度中群(50%以上70%未満)56.7911.56*ac38.5315.62*b40.3613.05*ac27.708.7532.0510.32*b25.608.52*b46.6314.18*b
 認知度高群(70%以上)68.689.04*bc47.029.94*a*b50.0210.85*bc31.1010.3439.9511.63*a*b31.408.93*a*b58.6311.22*a*b
5自社または中核会社の相談窓口の設置< 0.001< 0.001< 0.001.0210.001< 0.001< 0.001
 認知度低群(50%未満)46.128.70*ab30.235.32*a30.576.98*ab23.176.33*a25.675.91*a19.885.16*a*b39.1511.50*a
 認知度中群(50%以上70%未満)59.1010.04*ac38.469.11*b40.2610.76*ac28.446.9832.749.2626.456.66*a48.259.66*b
 認知度高群(70%以上)68.8711.15*bc49.1415.41*a*b51.6713.63*bc31.6011.95*a39.8914.40*a31.8010.86*b60.5414.21*a*b
6グループ全体の統括相談窓口の設置< 0.001< 0.001< 0.001.1530.0020.001< 0.001
 認知度低群(50%未満)45.819.75*a29.839.33*a27.9111.70*a23.836.9024.068.73*a19.446.68*a36.8513.05*a
 認知度中群(50%以上70%未満)55.359.93*b35.927.04*b37.207.91*b27.096.2330.407.71*b24.085.68*b46.159.64*b
 認知度高群(70%以上)66.2712.52*a*b46.4715.09*a*b49.3513.88*a*b30.4511.4738.5213.48*a*b30.8110.32*a*b57.2914.56*a*b
7コンプライアンス相談窓口の設置< 0.001< 0.001< 0.001.004.001< 0.001< 0.001
 認知度低群(50%未満)50.9511.29*ab32.458.39*ab33.8010.63*ab24.096.79*a27.559.03*a*b22.076.72*a*b41.2912.40*ab
 認知度中群(50%以上70%未満)62.299.21*ac41.898.07*ac44.388.70*ac30.098.5136.407.97*a28.357.69*a51.7310.41*ac
 認知度高群(70%以上)70.9711.61*bc52.2217.34*bc53.4715.99*bc33.2011.82*a40.3316.68*b33.0711.13*b65.239.71*bc

従業員や職場の変化認識割合:各変化を「感じる」と回答した従業員の人数を各社の回答人数で除した割合(%)

一元配置分散分析(One-way analysis of variance: one-way ANOVA).

*a, b, c:  Bonferroniによる多重比較でp < 0.05; SD: Standard Deviation(標準偏差).

IV. 考察

本研究は,ハラスメント防止対策実施状況によってハラスメント発生割合や対策実施後の従業員が認識する変化に差があるのかを明らかにすること,また組織風土によってハラスメント発生割合に差があるのかを明らかにすることを目的としたものである.実際に,会社ごとのパワハラ発生割合が低いことと関連していたハラスメント対策は,実態把握などのアンケート調査,ポスター掲示や研修の実施,統括相談窓口の設置,コンプライアンス相談窓口の設置であった.逆に,トップのメッセージ発信,就業規則などによるルール化に関しては,パワハラ発生割合に有意な差は見られなかった.ただ,自社でハラスメント対策が実行されていると認識している従業員の割合が高い組織ほど,より多くのハラスメント対策の効果(従業員や職場の変化)を実感していた.これらのことから,各ハラスメント防止指針1,2,3,4の発生予防や早期対応に関する部分(研修の実施や相談体制の整備)を7割以上の従業員が認識できるレベルで推進することは,ハラスメント防止に一定程度効果がある可能性があると言える.一方で,シビリティ,心理的安全性,役割の明確さ,成長の実感,コンプライアンス意識が高い組織で,パワハラ・セクハラ共に発生割合が低い傾向にあった.このことは,今後効果的なハラスメント防止対策を進めるためには,組織風土を変革することに着目した取り組みも必要となる可能性を示唆していると言える.

ハラスメント対策は,メンタルヘルス対策と同様,一次予防,二次予防,三次予防に分類できる13.一次予防は発生の未然防止であり,二次予防は早期発見・早期介入,そして三次予防は再発防止である.2020年1月に告示された各ハラスメント指針で求められている防止対策(雇用管理上講ずべき措置内容)1,2,3,4にもこれらが入れ込まれているが,一次予防に該当する部分はトップのメッセージ発信,就業規則等によるルール化,研修実施等のみであり,他は全て発生後の対応(二次予防・三次予防)に偏っている.一次予防は主に,ハラスメントの原因となる要素の除去,ハラスメント防止指針の明確化,そして研修の実施から構成される.このうち防止指針に関しては,例えば効果的なセクハラ防止対策指針として,McDonald, et al.13は次の6つの構成要素をまとめている.①職場で行ってはいけない言動はどのようなものか明確にする・処分を明記する,②この組織ではハラスメントは許されないことを明言する,③(ハラスメントまで至らないレベルの)不平・不満への対処機能を構築する,④管理監督者の評価にハラスメント対応についての項目を入れる,⑤懲戒処分を実施する,⑥ジェンダー・ギャップを是正する.このうち,一次予防として実施する項目は①②③④⑥の5つであり,全体のほとんどの部分を占めている.本研究においても,自社のトップがメッセージを発信している,就業規則等のルール化がされていると7割以上の従業員が認識している割合が高い組織では,セクハラの発生割合が著しく低かった.このことは,ハラスメントを許さないという明確な姿勢を打ち出すことやハラスメント対策の方針の明確化が,ハラスメント発生防止に寄与する可能性を示していると言える.

本研究においては,ポスター掲示や研修を実施していると7割以上の従業員が認識している組織ではパワハラ・セクハラの発生割合が低かったものの,マタハラ・パタハラ・ケアハラ・ジェンハラの発生割合には有意な差は見られなかった.これは,本研究では相談窓口に関するポスター掲示と研修の実施をまとめて聞いてしまったこと,そして実施している研修の内容までは検討していないことが影響している可能性がある.また,現状実施されている研修だけではパワハラ発生予防効果が不十分である可能性も考えられる.というのも,ポスター掲示や研修を実施していると7割以上の従業員が認知している企業でさえ,「上司のハラスメントへの理解が深まった」「同僚・部下のハラスメントへの理解が深まった」と回答した従業員は半数程度,「ハラスメントが疑われる言動をする人が少なくなった/なくなった」は4割,「ハラスメントが疑われる言動をした人を注意しやすくなった」は3割に留まっていたからである.一方で,「自分自身のハラスメントへの理解が深まった」「ハラスメントを許さないという会社の姿勢を感じるようになった」に関しては7割以上の従業員が実感していた.このことから,現状行われているポスター掲示や研修実施はハラスメントに対する全般的な理解を進めるには有効だが,ハラスメントを自分事として捉えたり個別対応力を高めたりするには不十分である可能性がある.

ハラスメントの一次予防として研修の実施は必要不可欠であり,セクハラ防止に効果的な研修に必要な要素として次の4つがあると報告されている13.①組織内のアセスメントデータ(実態調査結果,管理職への女性登用率等)をベースに内容を組み立てる,②ハラスメントに関する誤った認識を是正するためにロールプレイを導入する,③管理監督者研修にコンフリクトマネジメントを取り入れる,④性役割に関する固定概念を是正する.本研究では研修の内容にまでは踏み込んでいないものの,日本のほとんどの企業では「ハラスメントとは何か」等の知識を提供する研修が多いと思われ,ロールプレイやコンフリクトマネジメントを入れ込んだ研修を実施している企業はまだ少ないと考えられる.今後のハラスメント研修としては,単なる知識の提供ではなく,上述した4つの研修に必要な要素のように,自社の情報を使用した,実際の行動変容に結び付けられるような研修を実施していく必要がある.また,実際の研修内容によってハラスメント防止効果が異なるかについても検証する必要があるだろう.

ジェンハラに関しては自社または中核会社の相談窓口の設置においてのみ,従業員認知度が高い組織の方が低い組織よりもジェンハラの発生割合が低かったが,マタハラ・パタハラ,ケアハラの発生割合に関してはいずれのハラスメント対策認知度によっても差は見られなかった.これは,パワハラやセクハラと比べてマタハラ・パタハラ,ケアハラ,ジェンハラは測定した項目数が少なく,また発生割合も非常に低かったことから,統計的に差が出にくかった可能性がある.これは,組織風土との関連の検討においても同様である.

ハラスメントと関連する組織風土として,役割葛藤や役割の曖昧さ8,従業員間のコミュニケーションにおける礼節(シビリティ)の欠如9,心理社会的に安全でない職場風土10等が報告されている.本研究においても,シビリティが高い,心理的安全性がある,役割が明確であると回答した従業員の割合が高い組織ほど,パワハラ・セクハラの発生割合が低かった.逆に言えば,職場のシビリティを高めること,心理的安全性を高めること,そして従業員個々の役割を明確にすることが,ハラスメント発生の防止に繋がる可能性がある.本研究ではこれに加え,自身の成長を感じている従業員が多い組織,コンプライアンス意識が浸透していると感じる従業員が多い組織において,低い組織と比べ,ハラスメントの発生割合が低いという結果が得られた.このことは,従業員が安心していきいきと働ける組織ではハラスメント発生も少ないことを示唆している.既存研究においても,従業員が不安を感じやすい職場ではパワハラが起きやすいこと,またハラスメントの発生は被害者以外の周りの人にもメンタルヘルス不調にしやすいことが明らかになっている10,12.このことから,ハラスメント発生を防止するためには従業員が働きやすい職場づくりを進めることが必要であり,組織風土や仕事の進め方にも着目したハラスメント対策が発生予防に有効である可能性があると言える.

本研究では,自社でハラスメント対策を実施していると従業員が認識している割合が高い組織ほど,低い組織と比べて,従業員が自身や周囲,職場の変化を実感していた割合が高かった.その一方で,ハラスメントを受けた・見聞きした際に相談しやすいと回答した従業員の割合が高かったのは,「就業規則等のルール化」,「実態把握などのアンケート調査」,「自社又は中核会社の相談窓口の設置」,「コンプライアンス窓口の設置」をハラスメント対策として実施していると従業員が認識している割合が高い組織でのみであった.厚生労働省の調査においても,ハラスメントを受けた後の行動として「社内の相談窓口に相談した」のはパワハラ被害者の5.4%,セクハラ被害者の5.8%,マタハラ被害者の5.3%,パタハラ被害者の16.8%に留まり,被害者にとって相談窓口に相談することへのハードルが高いことがわかっている6.相談しやすい相談窓口となるためには,窓口を設置するだけでは不十分であり,相談後にハラスメントが認定された場合は行為者に懲戒処分が下されることが事前に明確化されていたり,相談対応者が研修等で前に出て顔を覚えてもらったり,相談が入った後のフローを明確にしたりする等の工夫が必要である可能性がある.

会社ごとの各ハラスメント発生割合を女性の割合で比較したところ,ケアハラ・ジェンハラ以外のハラスメント発生割合に差は見られなかった.2020年の厚生労働省の調査でも,職場の特徴として従業員が女性ばかりであると回答した者の割合をパワハラ経験の有無で比較すると,パワハラ経験ありが8.4%,パワハラ経験なしが8.5%と,ほとんど差がなかったことが明らかになっている6.これはセクハラに関しても同様の傾向で,従業員が女性ばかりだと回答したセクハラ経験者は7.0%であるのに対し,セクハラ非経験者は8.8%とほぼ同等であり,本研究結果と一致する内容であった.ハラスメントの被害者は一般的に男性よりも女性の方が多く,行為者は女性よりも男性の方が多いと報告されている14.そしてこのことは,ハラスメントの行為者は職位が上であること,つまり管理職に男性が多いことが影響していると言われている15.このことから,ハラスメントの発生には,企業内における男女の割合よりも,管理職における男女の割合の方が影響している可能性がある.実際セクハラに関しては,管理職における女性割合が低いこととセクハラ発生との関連がメタアナリシスで報告されている16.今後の研究では,職場全体の男女の割合だけでなく,管理職における女性の割合等の要素を検討する必要がある.

ハラスメントは,職位の低い者,雇用が不安定な者が受けやすいことがわかっている17.そのため,非正規雇用者が多い職場ほどハラスメント発生割合も高い可能性が考えられたが,本研究ではそれを裏付ける結果は得られなかった.可能性のある理由としては,非正規雇用者が一定数以上いる職場では非正規雇用者がマイノリティでなくなるので,ハラスメントを受けるリスクが低減することが考えられる.どの職場においても,マイノリティはハラスメントに遭うリスクが高い.例えば,男性が多い職場にいる女性,白人が多い職場で働くアジア系・アフリカ系・中東系等のマイノリティ,シスジェンダー(生まれ持った性別と性自認が一致している人)で異性愛者が多い職場で働く同性愛者やトランスジェンダー等のセクシュアルマイノリティは,ハラスメントに遭うリスクが高いことが報告されている18,19.また,他に考えられる理由として,非正規雇用の中にも様々な雇用形態が存在することがあげられる.既存研究では,非正規雇用の中でも特に派遣社員でハラスメントを受けるリスクが高いことが報告されているため17,非正規雇用者を一つにまとめた本研究では差が見えづらくなった可能性がある.

業種では,宿泊業・飲食サービス業で金融業・保険業と比べてセクハラが多かった.セクハラは,ホスピタリティが求められる業種において発生率が高いことが報告されており,その中でもホテル業界は他の業種と比べてセクハラ発生が多いことが指摘されている20,21.本研究では企業ごとによる検討を行ったため,各従業員が誰からハラスメントを受けたかについては検討していないが,一般的にホテル業を代表とするサービス業では,職場内で起こる従業員同士のハラスメントに加えて利用客から受けるハラスメントが存在するため,従業員がハラスメントを受けるリスクは他の職種よりも高い22.本研究においても,宿泊業・飲食サービス業に該当する企業のほとんどがホテルであったため,ホテル業で働く従業員のセクハラを受けるリスクの高さが示唆されたと言える.

日本におけるハラスメント対策は,厚生労働省が主導するものであり,多くが裁判例を基に作成されたものである.そのため,実際にその対策がハラスメントの発生防止に効果があるのか,科学的には検証されていなかった.本研究は,企業の実態調査データを二次活用することにより,生態学的研究手法を持ってハラスメント対策とハラスメント発生割合との関係を検討したものである.パワハラに関しても法律で雇用管理上の措置が義務化された今,やみくもに対策を進めるのではなく,より効率的に対策を進める努力が必要とされる.今後,ハラスメント対策の効果評価についての報告が続くことを期待したい.

本研究の限界

第一に,本研究は生態学的研究であるため,同一人物の同一質問票の中から個人レベルの独立変数と個人レベルの従属変数を用いることによって生じるコモンメソッドバイアスは発生しにくいと考えられるものの,あくまでも集団レベルの変数同士の相関を見ているため,因果関係の推定はできない.本研究によりハラスメント対策の実施状況とハラスメント発生割合とが関連している可能性が示唆されたため,組織の対策状況を曝露指標,個人のハラスメント被害を結果指標にした場合にも結果が変わらないかどうかを,組織ごとに従業員をネストした階層データを使用したマルチレベル分析等で検証する必要がある.また,因果関係の検討を行うためには,横断データではなく縦断データでの解析が必要である.第二に,本研究の対象企業は運輸業を中心とした単一のグループ会社であるため,製造業や医療福祉等の他業種にも同じ結果が当てはまるかどうかはわからない.今後,様々な業種の企業を対象とした研究を行う必要がある.第三に,本研究で使用した調査項目は,学術的に信頼性・妥当性が検証されたものではない.企業の実態調査データを二次活用したものであるため,調査会社や調査対象企業のニーズ等の関係から項目の変更が困難であったことが限界点としてあげられる.最後に,ハラスメント対策の浸透度・認知度には時間的要素も関わる可能性があるが,本研究ではいつの時点からこれらのハラスメント対策を開始したのかの情報は得ていない.今後の研究では,時間的要素も入れた解析が行われることを期待したい.

V. 結論

従業員が認識できるレベルで各ハラスメント防止指針1,2,3,4の一次予防・二次予防に該当するハラスメント対策を進めることは,実際のハラスメント発生防止にも有効である可能性が示唆された.今後より効果的なハラスメント防止対策を進めるためには,心理的安全性や仕事上の役割の明確さにも着目した取り組みを推進していく必要があると言える.

謝辞

本研究の分析に使用したデータをご提供頂いた企業の担当者の皆様,また回答にご協力下さった従業員の皆様にこの場をお借りして感謝申し上げます.

利益相反

利益相反自己申告:著者KTは(株)クオレ・シー・キューブの顧問である.

文献
 
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