産業衛生学雑誌
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原著
シリカ粒子の炎症誘発性の予測を目的とした赤血球溶血性試験の利用に関する検討
天本 宇紀 豊岡 達士山田 丸柳場 由絵王 瑞生甲田 茂樹
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2023 年 65 巻 3 号 p. 125-133

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抄録

目的:職業性疾病であるけい肺の原因物質とされる結晶質シリカは,粒径や表面特性等の粒子特性が異なる多種多様な製品(粒子)が製造されている.我が国において,これらの製品は,2018年の労働安全衛生法施行令の一部改正につき,表示・通知義務対象物質である結晶質シリカとして一律に管理されるようになったが,粒子特性によってその毒性が変化することが報告されており,事業者は,シリカ粒子ばく露による予期せぬ健康障害を防止するためにも,製品ごとに適切なリスクアセスメントを実施することが望まれる.本研究では,シリカ粒子による炎症反応のきっかけになると考えられているリソソーム膜損傷を赤血球膜損傷に見立て,炎症誘発性を有する可能性があるシリカ粒子のスクリーニングの指標としての赤血球溶血性の利用可能性を検証することを目的とした.方法:粒径,結晶度,表面官能基の異なるシリカ粒子について,健常者ボランティア男性の血液から単離した赤血球を用いて溶血性試験を行った.また,シリカ粒子と他元素粒子間における溶血性の比較や,市販の結晶質シリカ粒子製品27種類において試験的なスクリーニングを試みた.結果:シリカ粒子の溶血性は,非晶質よりも結晶質の方が高く,粒径が小さいほど上昇した.他元素の粒子はほとんど溶血性を示さず,シリカ粒子の表面に金属イオンが吸着すると溶血性が抑制された.産業現場で使用されている結晶質シリカの製品群では,製品間で溶血性が大きく異なった.考察と結論:本研究は,粒径,結晶度,表面官能基といった粒子特性が,シリカ粒子の溶血性に影響を及ぼすことを明らかにした.中でも特に,シリカ粒子特有の表面官能基(シラノール基)が溶血性に強く関与しているであろうと考えられた.また,産業現場の製品群においても,溶血率を基準にしたグレード分けが可能であり,溶血性は,炎症誘発性を有する可能性があるシリカ粒子のスクリーニングにおける評価指標の一つになりうることが示唆された.

Abstract

Objectives: Crystalline silica, which is a causative agent of silicosis (an occupational disease), is manufactured in a variety of products (particles) with different particle characteristics, such as size and surface properties. In Japan, the products are currently uniformly controlled as crystalline silica, which is a substance subject to labeling and notification requirements. However, since the toxicity of silica particles reportedly varies depending on its characteristics, businesses are encouraged to conduct appropriate risk assessments for each product to prevent silicosis. Recently, silica particles have been reported to induce lysosomal membrane damage, leading to the activation of proinflammatory factors. An indirect method to evaluate lysosomal membrane damage known as the erythrocyte hemolysis assay, in which the erythrocyte membrane is assumed to be the lysosomal membrane, was performed. This study aimed to examine the possibility of constructing a screening system for proinflammatory potential prediction of silica particles based on their erythrocyte hemolytic activity. Methods: Hemolysis assays were performed on the silica particles with different sizes, crystallinity, and surface functional groups using the erythrocytes from a healthy volunteer. Additionally, the hemolytic activity of other element particles was compared with that of the silica particles, and 27 types of commercially available crystalline silica particle products underwent screening trials. Results: The hemolytic activity of silica particles was higher in crystalline than that in amorphous and increased with the decreasing size. The hemolytic reaction was particular to silica particles and rarely occurred in particles of other elements. Moreover, the hemolytic activity was significantly suppressed if the silica particles surface was modified with metal ions (Fe3+, Al3+). The hemolytic activities of the crystalline silica products used industrially significantly differed. Conclusions: This study revealed that particle properties, such as size, crystallinity, and surface functional groups, affect the hemolytic activity of silica particles. Particularly, the surface functional groups (silanol groups) that are unique to silica particles were considered to be strongly involved in hemolytic activities. Since grading the commercially available crystalline silica particle products based on the hemolytic rate was possible, hemolytic activity was suggested to be an evaluation index for predicting the proinflammatory potential of silica particles.

1. はじめに

結晶質シリカは,職業性疾病であるけい肺の原因物質である.けい肺の特徴的な所見であるけい肺結節や線維化は,シリカ粒子の吸入によって発生する炎症反応が関与している1.そのため,シリカが誘発する炎症反応のメカニズムは,古くから研究されているが,非常に複雑で,多様な経路が報告されており,未だに議論が続いている2,3,4.その中の有力な経路の一つとして,細胞内に取り込まれたシリカ粒子が,リソソーム膜を損傷することに起因して炎症反応が誘発される経路が知られている.具体的には,リソソーム膜の損傷により,リソソームに局在するプロテアーゼの一種であるカテプシンBが細胞質中へ漏出することで,細胞質内受容体であるNLRP3(Nod Like Receptor Pyrins-3)が活性化し,これにより活性型カスパーゼ1等を含むインフラマソーム(Inflammasome)と呼ばれる複合体が形成される.さらに,インフラマソームが,炎症反応の初期応答に関わる炎症性サイトカインであるインターロイキン(IL)-1βやIL-18の成熟及び分泌を促し,炎症が惹起されると考えられている5,6

このため,炎症を惹起する可能性があるシリカ粒子を,リソソーム膜損傷に着目してin vitroで予測しようとする試みがなされている7,8.リソソーム膜損傷の評価方法は,①アクリジンオレンジ等の試薬で蛍光染色したリソソームを直接観察する蛍光染色法と,②赤血球を用いる溶血性試験が主に知られている7,8,9,10.②の溶血性試験は,国際規格ISO 10993-4に規定される,血液に接触する医薬品や医療機器の生物学的安全性を評価するための血液適合性試験の一つとしても汎用されているものであるが,リソソーム膜損傷の評価においては,赤血球膜がリソソーム膜等の生体膜と同様の脂質二重層で構成されるため,赤血球膜をリソソーム膜に見立てて,試験管内で赤血球とシリカ粒子を混合し,赤血球膜の損傷時に漏出するヘモグロビンを定量することで,シリカ粒子のリソソーム膜損傷性を間接的に評価するというものである.溶血性試験は,間接的評価ではあるが,試験原理が単純であり,結果の解釈が容易であることに加えて,検査手技が非常に簡便であること,多検体の評価が可能であることなど,蛍光染色法にはない利点がある.

他研究グループの先行研究において,酸化ニッケルや酸化セリウム等(13種類),金属酸化物のナノ粒子をラットに気管内投与した際の,肺胞洗浄液中の多形核好中球(PMNs: polymorphonuclear neutrophils)数を指標としたin vivo炎症応答評価と,粒子のフリーラジカル発生能(電子常磁性共鳴法による),酸化能(cell-free DCFH-DA蛍光プローブ法による),細胞障害性(in vitro LDH放出試験による),赤血球溶血性の4つの指標との関係を検討した結果,溶血性の強さがin vivo炎症応答としてのPMNs数増加を最も正確に反映していたことが報告されている7,さらに,最近では,平均粒径はほぼ同等であるが,産地及び製造処理が異なる結晶質シリカ粒子(4種類)の赤血球溶血性の強さと,それら粒子をマウス初代腹腔マクロファージに作用した際のIL-1β放出量に正の相関があることが報告されており8,溶血性試験は,シリカ粒子の炎症誘発性の予測を目的とした評価系としての利用が期待できる.

産業現場では,製品に合わせて様々な物性を有するシリカ粒子が使用されている.例えば,半導体分野におけるシリカ粒子の需要は,結晶質と非晶質の両方ともに高く,特に近年では,高純度化,微小化,表面修飾等を施し,機能変化を持たせたシリカ粒子が使用されるようになってきている.このように,多種多様なシリカ粒子が産業現場で利用されているのが実情であるが,現在の労働安全衛生法で定められる粉じんの管理濃度は,遊離けい酸の含有率を変数とした式から算出されており,粒径分布や表面特性等の物性の違いは反映されていない.一方で,このような物性の違いが炎症誘発性を含めシリカ粒子の毒性に影響を及ぼすことが,近年報告されており11,12,13,14,15,16,安全データシート(SDS)の表記等,法令上同じ取り扱いのシリカ粒子でも,実際には,物性の違いにより,毒性の異なる様々な粒子が混在した状態にあると推察され,例えば,同濃度のばく露であっても,健康障害が大きく異なる可能性がある.そのため,事業者においては,シリカ粒子の物性によってハザードが変化しうることを認識した上で,適切にリスクアセスメントを実施することが望ましいものと考えられる.

前述したシリカ粒子による溶血性は,炎症誘発性を有する可能性があるシリカ粒子を把握するための指標の一つとして期待できるが,シリカ粒子の粒子特性(粒径,形状,表面特性等)と溶血性の関係についての情報は未だ限定的である.そこで,本研究では,溶血性試験を,炎症誘発性を有する可能性があるシリカ粒子のスクリーニングとして応用することを見据えて,溶血性におけるシリカ粒子の特異性(他元素粒子との比較)や,シリカ粒子のどのような物性が溶血性に影響を与えるのかを,物性の異なるシリカ粒子間で比較検証した.

2. 方法

1) 被検粒子

結晶質シリカ粒子:Min-U-Sil 5(MUS5)(一次中央粒径 1.6 μm)は,U.S. Silica Co. から入手した.非晶質シリカ粒子:次項に記す通り,粒径の異なる5種類の粒子を合成した.シリカ以外の粒子:Diamond(< 10 nm),Magnesium oxide(≤50 nm),Silicon dioxide(10-20 nm),Silica(200 nm),Titanium(IV)oxide,anatase(< 25 nm),Titanium(IV)oxide,rutile(< 100 nm),Iron(II, III)oxide(50-100 nm),Copper(II)oxide(< 50 nm),Zinc oxide(< 100 nm),Zirconium(IV)oxide(< 100 nm),Molybdenum(VI)oxide(100 nm),Silver(< 100 nm),Indium(III)oxide(< 100 nm),Tungsten(VI)oxide(< 100 nm)は,Sigma-Aldrich Co. から入手した.Aluminium oxide,alpha type(200 nm)は,関東化学株式会社から入手した.ただし,括弧内は,各粒子の一次粒径を示す.

2) 粒子の調製

バルクのMUS5を遠心分級し,平均粒径の異なる5つの単分散に近い結晶質シリカ粒子を調製した.非晶質シリカ粒子は,Stöber法を用いて,東京化成工業株式会社から購入したオルトケイ酸テトラエチル(TEOS)から合成した.TEOSの添加量を調節することで,粒径の異なる5つの単分散な非晶質シリカ粒子を調製した.各種粒子のストック液は,濃度が 10 mg/mLになるようにリン酸緩衝生理食塩水(PBS)を加えた後,密閉式超音波破砕装置(BIORUPTOR II; CosmoBio)にて,超音波処理(周波数 20 kHz,出力 200 W,450秒)を実施しよく分散させた.調製した各種シリカ粒子については,走査型電子顕微鏡(SEM)(JSM-7900F;日本電子株式会社)による撮影と,粒度分布測定装置(Zetasizer Ultra; Spectris Co., Ltd.)による平均粒径の測定を行った.金属イオン吸着結晶質シリカ粒子は,塩化鉄(III)六水和物または塩化アルミニウム六水和物の水溶液を 4~20 mMの濃度範囲で作製し,結晶質シリカ粒子のストック液と1:1の割合で混和した後,ボルテックスミキサー(VORTEX-GENIE 2; Scientific Industries, Inc.)で撹拌(2,700 rpm,3秒)することで調製した.

3) 溶血性試験

赤血球は,健常者ボランティア男性(1名)の血液から単離したものを使用した.単離した赤血球は,赤血球保存液(MAP液)中で冷蔵保存し,1か月以内に使用した.なお,MAP液は,500 mLのPBSに,D-マンニトール 7.29 g,アデニン 0.07 g,クエン酸ナトリウム水和物 0.75 g,クエン酸水和物 0.10 g,ブドウ糖 3.61 gを加えて調製した(調製に使用した試薬は全て富士フイルム和光純薬から入手した).ストックの赤血球が溶血していないことを確認した後,赤血球が 1×108個/mL程度になるようにPBSで希釈し,赤血球希釈液 500 μLを 1.5 mLマイクロチューブに移した.これに各種粒子を目的濃度(10~300 μg/mL)になるように加えてボルテックスミキサーで撹拌(2,700 rpm,3秒)した後,室温で目的時間(0~3時間)静置した.反応液をボルテックスミキサーで再度撹拌(2,700 rpm,1秒)した後,遠心(500×g,3 分)により赤血球を沈降させ,上澄み 200 μLを96ウェルマイクロプレートに移した.陽性対照物質には0.05%のTritonX-100を使用し,ほぼ全ての赤血球を溶血させた.回収した上澄みの吸光度(波長 540 nm)をプレートリーダー(Spark; Tecan Group Ltd.)で測定し,以下式に従って,陽性対照液の溶血率を100%として,各種粒子を作用した時の溶血率を算出した.全ての試験はn = 3で行い,各グラフのエラーバーは標準偏差を表す.   

溶血率(%) = Ab s S -Ab s B Ab s P -Ab s B × 100
AbsS:試験液吸光度,AbsP:陽性対照液吸光度,AbsB:空試験液吸光度

なお,血液を用いた実験は,労働者健康安全機構本部医学系研究倫理審査委員会(受付番号:2021-024)にて承認されている.

3. 結果

1) 粒子濃度及び作用時間と溶血率の関係

物性の異なるシリカ粒子の溶血性を評価するにあたり,溶血性試験の条件検討を行った.まず,バルクのMUS5(中央粒径 1.6 μm)を 10~300 μg/mLの濃度範囲で1時間作用したところ,図1A写真に示すように,作用濃度依存的に溶血がみられ,遠心分離によってマイクロチューブ底に沈降した赤血球の量も減少していることが目視で確認された.なお,陽性対照物質であるTritonXでは,沈降赤血球が確認できず,ほぼ完全に破壊されていることがわかる.図1Bに,図1Aの溶血を吸光度法により定量測定し,溶血率として算出した結果を示す.溶血率は濃度依存的に上昇したが,100 μg/mL以降に上昇が緩やかになった.次に,作用時間を0~3時間に変更し,粒子濃度が 50 μg/mLの時の溶血率を測定したところ,作用開始時の撹拌(0分)ではほとんど溶血せず,静置時間依存的に溶血率が上昇し,静置時間が1時間を超えると変化が小さくなった(図1C).

図1.

粒子濃度(A,B)及び作用時間(C)と溶血率の関係

2) 粒径及び結晶度と溶血性の関係

粒径の異なる結晶質シリカ粒子間で溶血性を比較するため,バルクのMUS5を遠心分級し,平均粒径が異なる5つのグループに分けた.分級した5つの粒子をSEMで観察したところ,分級前(図2Aa)に比べて粒径の近い粒子が揃っていること,粒径に関わらず不定形の角ばった粒子であることが観察された(図2Ab-f).分級した粒子の水分散における平均二次粒径を動的光散乱法(DLS)により測定したところ,ほぼ単一分散が得られており,小さい方から,150.1 ± 6.3 nm(Ab),266.4 ± 3.4 nm(Ac),433.9 ± 3.2 nm(Ad),681.8 ± 15 nm(Ae),1,496 ± 75 nm(Af)であった.各粒子の粒度分布は図2Cに示した.これら5つの結晶質シリカ粒子について,粒子濃度 50 μg/mL,作用時間1時間で溶血性試験を行ったところ,粒径が小さいほど溶血率が上昇した(図2E黒丸).

図2.

粒径及び結晶度と溶血性の関係

同様の検討を非晶質シリカ粒子でも行った.非晶質シリカ粒子は,TEOS(図2Ba)からStöber法により,分級後の結晶質シリカ粒子に近い粒径のものを5つ用意した.調製した5つの粒子をSEMで観察したところ,粒径に関わらず球状の粒子が観察された(図2Bb-f).水分散は結晶質シリカ粒子と同様にほぼ単一分散であり,その平均二次粒径は,小さい方から,157.6 ± 2.0 nm(Bb),262.6 ± 2.8 nm(Bc),421.1 ± 0.2 nm(Bd),725.4 ± 4.4 nm(Be),1,470 ± 12 nm(Bf)であった.各粒子の粒度分布を図2Dに示した.これら5つの非晶質シリカ粒子を,結晶質シリカ粒子と同条件下で溶血性試験を行ったところ,結晶質シリカ粒子と同様,粒径が小さいほど溶血性は上昇した(図2E白丸).しかし,その溶血率は,同程度の粒径の結晶質シリカ粒子と比較すると半分程度であった.

3) 素材と溶血性の関係

溶血性におけるシリカ粒子の特異性を検証するために,表1に示す一次粒径が 200 nm以下の各種元素粒子を用意し,溶血性を比較した.各種粒子を粒子濃度 50 μg/mL,作用時間1時間で溶血性試験を行った結果を図3に示す.各種粒子の溶血率を比較すると,SiO2-20が突出して高く,次いでC-10やMgO-50,SiO2-200でも確認された.しかし,その他の粒子では,ほとんど溶血性を確認できなかった.

表1. 各種素材の粒子の組成
表示名粒径物質名
C-10< 10 nmDiamond
MgO-50≤50 nmMagnesium oxide
Al2O3-200200 nmAluminium oxide, alpha type
SiO2-2010–20 nmSilicon dioxide, amorphous
SiO2-200200 nmSilicon dioxide, amorphous
TiO2-25< 25 nmTitanium (IV) oxide, anatase
TiO2-100< 100 nmTitanium (IV) oxide, rutile
Fe3O4-10050–100 nmIron (II, III) oxide
CuO-50< 50 nmCopper (II) oxide
ZnO-100< 100 nmZinc oxide
ZrO2-100< 100 nmZirconium (IV) oxide
MoO3-100100 nmMolybdenum (VI) oxide
Ag-100< 100 nmSilver
In2O3-100< 100 nmIndium (III) oxide
WO3-100< 100 nmTungsten (VI) oxide
図3.

素材と溶血性の関係

4) 表面官能基と溶血性の関係

シリカ粒子の表面は,強い負電荷を帯びているため,正電荷の金属イオンが吸着する.この反応を利用し,シリカ粒子の表面官能基が変化した際の溶血性への影響を評価した.まず,分級後の最小の結晶質シリカ粒子(図2Ab)に鉄(III)イオンを吸着させ,溶血性試験を行った.作用時の粒子濃度は 50 μg/mLで一定とし,鉄(III)イオンの濃度を 0~100 μMの範囲で変更したところ,鉄(III)イオンの添加量が増加するにつれて溶血性が低下した(図4黒丸).また,アルミニウムイオンでも同様の検討を行ったところ,鉄(III)イオンよりも少量でシリカ粒子の溶血性が低下した(図4白丸).なお,いずれの金属イオンもそれ自体では溶血せず,金属イオンを赤血球に作用した後に粒子を作用しても溶血率はほとんど変化しなかった(データ示さず).

図4.

表面官能基と溶血性の関係

5) 産業現場試料の溶血性の比較

国内の産業現場で利用されている結晶質シリカ粒子を27種類入手し,市場に流通するシリカ粒子製品について,溶血性試験を実施した.なお,ここでは,入手した粒子の詳細な物性情報や入手先等は伏せるものとするが,全てマイクロサイズの高純度結晶質シリカ粒子であり,各製品間でその粒径と表面特性がそれぞれ異なるものである.溶血性試験の作用条件は,粒子濃度を 50 μg/mL,作用時間を1時間とし,比較対象としてMUS5(バルク)も同時に測定した.図5に,溶血率が低い順に並べた結果を示す.溶血性を全く示さないものから,MUS5より高い溶血性を示すものまで,製品間でその溶血性が大きく異なることが判明した.図6には,溶血率(縦軸)と平均粒径(横軸)との相関図を示す.なお,今回使用した平均粒径は,全て,DLSにより同一条件で測定したものであるが,DLSの測定原理上,粒子の沈降による影響を大きく受ける.そのため,沈降の影響が特に大きいと考えられるものに関しては,マーカーを白四角とし,参考値扱いとする.概して,粒径が小さい粒子に溶血性が高いものが多い傾向にあったが,粒径が 600 nm付近の粒子に絞って比較すると,溶血性が低いものから高いものまで様々であり,粒径が近い場合であっても,異なる溶血性を示す粒子が存在することが判明した.

図5.

産業現場試料の溶血性の比較

図6.

産業現場試料の溶血性と粒径の相関性

4. 考察

本研究では,溶血性試験を,炎症誘発性を有する可能性があるシリカ粒子のスクリーニングとして利用することを見据えて,作用条件の検討や,物性の異なるシリカ粒子間での溶血性の比較を行った.

作用条件の検討では,粒子濃度,及び,作用時間依存性について,溶血率の推移を観察したところ,濃度及び時間に依存的な上昇が見られたが,どちらもある値を境に溶血率の上昇が緩やかになった.本研究では,シリカ粒子の表面に金属イオンが吸着すると溶血性が抑制される結果が得られたが,これは,無機物だけでなく,アルブミン等,有機物の吸着でも起きることが報告されている16,17,18.従って,高濃度または長時間の作用時に溶血率の上昇が緩やかになったのは,シリカ粒子によって壊された赤血球の成分が粒子表面に吸着し,溶血性の低下を引き起こしたことが原因の一つであると考えられる.他方,シリカ粒子と赤血球は共に表面が負電荷を帯びていることから,両者の間には,電気的な斥力が生じると考えられる.このことは,特に微小粒子において,溶血性が低下する要因となりうるが,本実験では,小さな粒子ほど溶血性が高く(図2E),斥力影響を積極的に認めることができなかったことから,本試験系におけるその影響は限定的であったと考えられる.

物性の異なるシリカ粒子間での比較では,粒径が小さいほど溶血性が上昇し,非晶質よりも結晶質の方が高い溶血性を示した.そして,シリカ粒子の溶血性は,粒径の近い別元素粒子に比べて明らかに高いものであったが,粒子表面に金属イオンが吸着すると抑制された.これらの結果から,シリカ粒子が引き起こす溶血反応は,シリカ粒子特有の表面官能基が強く関与しているものと考えられる.例えば,銀やチタン,アルミニウムの粒子でも溶血性を示すことが報告されているが19,20,21,これらの粒子が溶血性を示さない低濃度域においても,シリカ粒子は高い溶血性を示した.この結果は,シリカ粒子が引き起こす溶血反応が,粒子と赤血球の単純な物理的な接触によるものではなく,化学的な反応によるものであることを示唆する結果である.また,粒子の粒径や形状は,比表面積に関係する要素であり,同一重量におけるシリカ粒子の溶血性が,粒径,及び,結晶質か非晶質かの違いで変化することも,表面積に連動して増減する表面官能基が溶血反応に関与することをサポートするものである.本研究では,各粒子の重量を均一にした条件で溶血性を比較したが,表面積を均一にした場合には,粒子間での溶血性の差が小さくなることが予想される.

シリカ粒子表面と赤血球の間でどのような反応が起きているのかは未だ不明な点も多いが,先行研究では,表面に存在するシラノール基の量や構造(配列パターン:シラノール基間の距離)で溶血性が変化することが報告されており22,23,24,粒子表面における,特にシラノール基の状態が溶血反応に重要であると考えられる.そのため,図2Eにおいて,結晶質と非晶質の溶血性を同一の粒径で比較した場合に,どの粒径においても非晶質よりも結晶質の方が高値を示したのは,上述した形状の違いに起因する比表面積の差だけでなく,結晶質と非晶質で表面官能基の性質が異なったことも影響したと考えている.これらのことから,シリカ粒子において溶血性試験を実施した際に得られる結果の特徴は,表面官能基の量(表面積)と質(構造)の掛け算的に決定されるシリカ粒子の表面反応性を強く反映した結果と言うことができる.

天然の珪石には,鉄やアルミニウムなどの金属元素が不純物として含まれていることが多いが,近年は,不純物の少ない珪石の選別や,化学処理による不純物の除去により,より高純度な結晶質シリカ粒子が製造されている.本研究では,図5において,シリカ粒子表面への金属イオン(Al3+, Fe3+)の吸着が溶血性を低下させることを示した.現時点では,金属イオン種による溶血性低下効果の違いについての理由は不明なものの,このような不純物の存在が,粒子表面のシラノール基の状態に影響を与えるとすれば,シリカ粒子の高純度化処理は,少なくとも溶血性に関しては,その効果を増強するものであると考えられる.他方,高純度化したシリカ粒子の産業利用が盛んになったのは比較的最近のことであるため,高純度化が実際のヒト健康障害に影響するのか否かについては,現在のところ情報がない状況であるが,今後,その動向を注視する必要があると考えられる.

溶血性試験は,血液適合性試験の一つとして,血液に接触する医薬品や医療機器の安全性を評価するために行われており,その基準となる方法は,ISO 10993-4に記載されている.我が国では,医薬品医療機器総合機構(PMDA)がISOに準拠する形で,「医療機器の生物学的安全性試験法ガイダンス」を発行しており,表2に示した判定表のように,溶血性の程度を,溶血率を基準にグレード分けをしている(ただし,グレード分けは任意であるため,判定表は例示であることに留意する必要があるが,概して溶血率2%を超えると溶血性有りとされる).MUS5はシリカ粒子毒性研究におけるモデル粒子として,従前から使用されており,動物(特にラット)における吸入ばく露,または,気管内投与により,肺繊維化,肺発がん性を示すことがよく知られているところであるが25,溶血性に関しては,溶血率約22%であり「強い溶血性あり」の分類であった.産業現場試料27種類の結果を判定表に照らし合わせると,全体の3分の2にあたる18種類が溶血性有りに分類され,その中にはMUS5よりも溶血率が高い粒子が4種類存在し,「非常に強い溶血性あり」に分類される粒子も1種類存在した.このことは,実際の産業現場でも取り扱いに注意が必要な粒子が存在する可能性があることを意味するものと考えられる.なお,これら4種類の産業現場試料は,DLSにおける二次粒径測定において,MUS5と大きな違いが認められなかったことから(図6),表面特性の何らかの違いが,溶血率の上昇に寄与したのではないかと推察される.これについては,今後,詳細な評価を進める必要があるが,このように溶血性試験は,リスクアセスメントの一環として,炎症誘発性を有する蓋然性が高い製品シリカ粒子の目星をつけるためのスクリーニングに利用できることが期待される.一方で,シリカ粒子の溶血性の強さと炎症反応の強さに相関があることを示唆する報告はあるものの,溶血性の度合いと,実際の炎症反応の度合いが,定量的にどの程度合致するのかについては,現状,in vitro及びin vivo共に情報が限定的であるため,今後,溶血性と毒性の相関性をより詳細に検証していく必要がある.

表2. 溶血性の判定表
グレード溶血率(%)判定
A溶血率≦2非溶血性
B2 < 溶血率≦10軽度の溶血性あり
C10 < 溶血率≦20中等度の溶血性あり
D20 < 溶血率≦40強い溶血性あり
E40 < 溶血率非常に強い溶血性あり

また,溶血性試験は手法が簡便であり,ハイスループットな検査ができることが期待されるが,被検シリカ粒子が一定量の場合であっても,試験に供する赤血球数や,試験溶液の体積(赤血球の希釈率)によって,溶血率が変動するものと考えられる.また,MUS5を同条件で測定した図1図5において,異なる溶血率となる結果となったが,これは,採血後の日数経過に伴う赤血球の劣化により,赤血球が壊れやすくなっていたことが主原因ではないかと考えている.その他にも,溶血性試験における撹拌方法は,シリカ粒子と赤血球の接触確率に影響を及ぼす手技であることから,撹拌方法によっても溶血率が変動する可能性がある.それゆえに,炎症誘発性を有する可能性があるシリカ粒子のスクリーニングとして,溶血性試験を利用するためには,検査手法の規格化や,赤血球の品質管理等,安定した評価を行うための対策が課題であると考えられる.また,今回は溶血率を基準とした既存の判定表を流用したが,MUS5のように溶血性陽性対照となりうる標準粒子の確立等,シリカ粒子専用の陽性判定の閾値についても検討する必要があると考えられる.

5. まとめ

本研究では,様々なシリカ粒子に対して溶血性試験を行い,粒径,結晶度,表面官能基が溶血性に影響を及ぼすことを明らかにした.中でも,特に,シリカ粒子特有の表面が強く溶血反応に関与しており,粒子表面における,シラノール基の状態が重要であろうことが示唆された.また,実際のシリカ粒子製品について,溶血性試験を実施したところ,すでにその有害性が明らかとなっているMUS5よりも溶血率が高いシリカ粒子が存在することを見出した.今後,シリカ粒子の溶血性と,in vitro及びin vivoにおける炎症応答の関係について検証すると共に,統一的手法の確立等,炎症誘発性を有するシリカ粒子のスクリーニングに向けた検討を進める予定である.

利益相反

利益相反自己申告:申告すべきものなし

文献
 
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