2025 年 2025 巻 p. 27-39
本研究は、生活史特性と精神障害症状の一般因子および特定症状との関連について検討し、中国の大学生サンプル(N=2522)を対象に、主観的幼少期予測不能性尺度、Mini-K尺度、およびSCL-90尺度を用いて調査を行った。分析の結果としては、ファスト・ライフヒストリー特性が、精神病理学の一般因子(P因子)を有意に正に予測した一方、スロー・ライフヒストリー特性が、身体化、抑うつ、敵意、精神病性といった特定の症状を負に予測することが示された。ただし、一部の状況においては、身体化および抑うつに正の予測効果も認められた。本研究は、中国サンプルを用いて生活史モデルに基づく精神障害分類枠組みを初めて検証したものであり、個人の精神障害リスクにおける異なる生命史特性が差異的影響を明らかにし、精神病理学的症状学に新たな理解の視点を提供するものである。
摘要
従来の研究では、否定的な幼少期経験が心理的困難や精神障害リスクを高めることが指摘されてきたが、生活史の視点は、これを理解するために新たな枠組みを提示するものである。この視点は、環境的ストレスに直面する際に、個人の適応的選択や資源配分に着目し、異なる生活史戦略を通じて精神障害の発症機序を説明する。具体的には、生活史理論は個人の行動や生理的特性が遺伝的要因だけではなく、環境的ストレスの影響を強く受けると仮定している(Del Giudice & Ellis, 2016)。この理論枠組みにおいて、環境的ストレスは発達経路と精神的健康に影響を与える重要な要因であり、特に心理的発達や社会的適応の感受性の高い時期においてその影響は顕著である。青年期は急速な発達が進む同時に感受性の高い時期であり、心理的・行動的パターンは社会及び学業における多様なストレスの影響を受けやすい。そのため、青少年グループは精神健康問題の高いリスク集団とされている。したがって、生活史の視点を青年期の精神的問題の特定及び理解に応用することは、学校における心理的介入に新たな理論的基盤を与えると考えられる。
生活史理論では、個人の認知及び人格特性の約50%は遺伝に由来し、残りは環境に影響を受けるとされる(Giudice,2018)。この理論によれば、環境的ストレスに直面した際、個人は生存と繁殖の機会を高めるために身体的努力と生殖的努力の間で資源配分を行う(Ellis & Del Giudice,2019)。これらの選択が生活史戦略を形成し、ファスト戦略かスロー戦略かが決定される(Ellis et al., 2009)。
ファスト戦略は早期の繁殖と低い資源蓄積を特徴とし、スロー戦略は繁殖を遅らせ、資源蓄積や身体発達に焦点を当て、次世代の生存可能性を高めることを目標とする(Belsky,2010)。この2つの両戦略は環境条件によって利点が異なり、絶対的な優劣の基準は存在しない(Braendle et al.,2011)。さらに、生活史戦略は個人の繁殖及び生存の優先順位に影響を与えるだけではなく、資源配分先の行動や目標を規定し、愛着スタイル、認知スタイル、人格特性などの個人差を形成する(Heyland et al.,2011)。
近年、生活史の視点は、精神病理学における従来の病理学とは異なる新たな解釈枠組みを提供している。この視点により、「不適応的」とされる行動特性も、進化的には適応的機能を有した可能性があると指摘されている。例えば、攻撃的行動は、現代社会では不適切とされるものの、その進化過程では個人の親族保護や生存機会の増大に寄与した可能性がある(Kavanagh & Kahl,2017)。つまり、生活史の視点は、精神障害は必ずしも個人の適応失敗の結果ではなく、環境的ストレに対する機能的な反応である可能性がある(Ellis & Del Giudice,2019)。
この理論に基づき、ファスト―スロー生活史戦略のスペクトラムにおける個人差は、精神障害リスクの理解に寄与すると考えられる。Del Giudiceが提唱したFSDモデル(fast-slow-defense model)は、この解釈を具体化したものである。このモデルは、精神障害をファストスペクトラム障害、スロースペクトラム障害及び防御活性型障害という三類型に分類する。ファストスペクトラム障害は、行動障害や反抗挑戦性障害のように、高衝動性及び反社会性を特徴とする。スロースペクトラム障害は、高機能自閉スペクトラム症や一部のサブタイプ双極性障害のように高度責任感や資源蓄積を特性とする。防御活性化型障害は、過敏な防御メカニズムに主に関連する(Del Giudice & Haltigan,2021)。また、FSDモデルは、生活史関連の特性や防御システムとの関連がまだ明確にされていない「O型障害」も提唱されている。
FSDモデルは理論的探求の段階にあるが、既存研究ではファスト・ライフヒストリー特性が精神病理学の高次構造であるP因子と強く関連することが示されている(Oltmanns et al.,2018)。P因子は精神障害リスクの統合構造であり、個人の精神障害罹患リスク特性を総括的に説明し、ファスト・ライフヒストリー特性の複数側面に関連するとことが明らかに示されている(Manson,2015)。特に、個人の精神病理学症状負担を解釈する際に、ファスト・ライフヒストリーは強い関連性を示す(Hurst &Kavanagh,2017)。しかし、生活史特性とP因子の関係性は多く検証されているものの、特定の精神疾患に焦点を当てた研究は依然として不足している。加えて、FSDモデルを支持する実証研究の多くは欧米諸国に由来し、中国を含む非西洋文化圏における適用性の検証は不十分である。
以上のことより、本研究では、中国サンプルを用いて生活史特性とP因子の関連を検証し、両者の共有分散を統制した上で生活史特性が特定の精神障害症状を予測するかを明らかにする。これにより、中国文化的背景におけるFSDモデルの妥当性を検討し、グローバル範囲内で生活史と精神病理学の関連に関する文化的検証を拡張することを目指す。同時に、教育現場においては、異なる生活史戦略スペクトラムを有する学生群を識別し、学校においてより精確的な心理的評価と介入の提案を可能にすることで、メンタルヘルス教育における「普遍的予防」を推進しつつ、「精密な支援」の質を高めることが期待される。
本研究は上海の某大学を対象とし、2024年10月24日から31日にかけてオンラインランダム抽出法により参加者を募集した。参加者はデジタル説明同意書を確認した後、QRコードまたはリンクを通じてアンケートに回答した。調査は随時中止が可能であった。総配布数は2774件であり、25%以上の欠損を含む無効なアンケート252件を除外した結果、最終的な有効サンプルは2522件となり、有効回答率は90.09%であった。サンプル構成は男性883名(35.01%)、女性1639名(64.99%)であり、年齢範囲は15歳から29歳、平均年齢は18.17±0.58歳であった1。
2.2 研究ツール社会人口学的指標:自作アンケートを用いて、年齢、性別、人種、出身地、両親の教育水準、両親の婚姻状況、家庭収入などの社会人口学的変数として調査を行った。
幼少期予測不能性尺度:羅一君らが改訂した「生活早期環境予測不能性質問紙」の幼少期予測不能性次元を採用した(Luo et al., 2020)。3項目より構成され、例えば、「家庭の物事は混乱していた」などの設問について、参加者が幼少期の経験に基づいて回答する。尺度は1(まったく当てはまらない)~5(非常に当てはまる)といった5件法を採用し、得点が高いほど個人の幼少期環境の予測不能性が高いことを示す。本研究におけるこの尺度のクロンバックのαは0.88であった。
生活史戦略尺度:賽雪莹らが改訂した生活史戦略尺度を用いて参加者の生活史特性を測定した(賽ら、2022)。この尺度は合計19の項目があり、1=「非常に不同意」から7=「非常に同意」といった7件法で回答する。得点が高いほど、よりスローな生活史戦略を意味する。本研究におけるこの尺度のクロンバックのαは0.912であった。
症状自己評価尺度(SCL-90):精神健康症状自己評定尺度(SCL-90)を使用し測定する(汪向東ら、1999)。SCL-90は1973年にDerogatisにより作成され、翻訳された後に中国国内で導入され、精神衛生および心理健康分野で広く用いられている。本尺度は、9つの下位尺度(身体化、強迫症状、対人過敏、抑うつ、不安、敵意、恐怖性不安、妄想性観念、精神病性)と、一つの全般的重症度指数から構成される。SCL-90の下位尺度得点は、関連項目の合計で算出され、全般的重症度指数は、全項目の合計得点であり、精神病理学の一般因子(P因子)の測定指標として用いられ、得点が高いほど症状の頻度と強度がより高いことを示す。本研究におけるSCL-90尺度の9つの因子のクロンバックのα係数はそれぞれ0.87、0.88、0.95、0.86、0.80、0.82、0.86、0.89、0.85であった。
本研究ではSPSS 22.0を用いてデータ処理および分析を行った。まず、欠損値処理、正規性の検証及び変数間の相関分析を実施した。主要分析には多変量線形回帰を用い、生活史特性がP因子および特定の精神症状に及ぼす予測効果を検討した。回帰分析の前に、すべての連続独立変数をz得点に変換し、効果量の直接比較を可能とした。
P因子の分析を行う際に、年齢と性別を統制変数として投入した。事前検討により年齢が一部の従属変数と関連し、また性別が生活史特性及び心理症状に有意な差があることが判明したため、すべてのモデルにおいて両者を共変量として投入した。特定の症状を分析する際には、生活史特性の独自の効果を検討するため、P因子との共有分散を統制し、間接経路の影響を除去することで、より特定症状との直接的関連を精密に検証した。
また、本研究はすべての独立変数について分散膨張係数(VIF)の検証を行った結果、すべてのVIF値は2未満であり、多重共線性の問題は認められなかった。さらに、第一種の過誤率を抑制するため、主要な回帰分析の結果にはBenjamini-Hochberg 法による補正を行い、補正後のP値が0.05未満の場合に有意と判定された。
3.2 生活史特性、幼少期予測不能性、性別とSCL-90の多変量線形回帰P因子:生活史特性、幼少期予測不能性、性別をP因子の予測変数とした場合、モデル全体は有意であり、分散の82%を説明した。F(3,2518)=75.17,P<0.001である。性別および生活史特性はP因子を有意に負に予測したが、幼少期予測不能性はP因子に有意な正の予測効果を示した。
1)身体化 生活史特性、P因子、性別を身体化の予測変数とした場合、モデル全体は有意であり、分散の58%を説明した。F(3,2518)=1145.86,P<0.001である。性別は身体化に有意な予測効果ではなかったが、生活史特性は身体化を有意に負に予測し、P因子は身体化を有意に正に予測した。すなわち、スローな生活史特性は身体化症状の軽減と関連していることを示唆した。
2)強迫症状 生活史特性、P因子及び性別を強迫症状の予測変数とした場合、モデルは有意であり、分散の69%を説明した。F(3,2518)=1878.67,P<0.001である。性別は強迫症状に有意な予測効果ではなかったが、P因子および生活史特性は強迫症状を有意に正に予測した。
3)対人過敏 生活史特性、P因子、性別を対人関係の敏感さの予測変数とした場合、モデルは有意であり、分散の76%を説明した。F(3,2518)=2681.78,P<0.001である。性別および生活史特性は対人過敏に有意な予測効果ではなかったが、P因子および生活史特性はいずれも対人過敏を有意に正に予測した。
4)抑うつ 生活史特性、P因子、性別を抑うつの予測変数とした場合、モデルは有意であり、分散の81%を説明した。F(3,2518)=3540.91,P<0.001である。性別は抑うつに有意な予測効果ではなかったが、生活史特性は抑うつを有意に負に予測し、P因子は有意に正に予測した。
5)不安 生活史特性、P因子、性別を不安の予測変数とした場合、モデルは有意であり、分散の81%を説明した。F(3,2518)=364.69,P<0.001である。性別は不安に有意な予測結果ではなかったが、生活史特性とP因子はいずれも不安を有意に正に予測した。
6)敵意 生活史特性、P因子、性別を敵意の予測変数とした場合、モデルは有意であり、分散の58%を説明した。F(3,2518)=1165.34,P<0.001である。性別は敵意に有意な予測ではなかったが、生活史特性は敵意を有意に負に予測し、P因子は有意に正に予測した。
7)恐怖性不安 生活史特性、P因子、性別を恐怖性不安の予測変数とした場合、モデルは有意であり、分散の61%を説明した。F(3,2518)=1297.62,P<0.001である。性別および生活史特性は恐怖性不安に有意な予測効果ではなかったが、P因子は恐怖性不安を有意に正に予測した。
8)偏執観念 生活史特性、P因子、性別を偏執観念の予測変数とした場合、モデルは有意であり、分散の65%を説明した。F(3,2518)=1529.85,P<0.001である。性別および生活史特性は偏執観念に有意な予測効果ではなかったが、P因子は偏執観念を有意に正に予測した。
9)精神病性 生活史特性、P因子、性別を精神病性の予測変数とした場合、モデルは有意であり、分散の77%を説明した。F(3,2518)=2763.71, P<0.001である。性別は精神病性に有意な予測効果ではなかったが、生活史特性は精神病性を有意に負に予測し、P因子は有意に正に予測した。
表1 生活史特性、P因子及び精神症状における各変量間の回帰分析結果
| 従属変数 | 独立変数 | 偏回帰係数 | 標準誤差 (SE) | t値 | P値 | 標準化回帰係数 (β) |
| P因子 | 生活史特性 | -0.606 | 0.044 | -13.91 | <0.001 | -0.266 |
| 幼少期予測不能性 | 0.340 | 1.118 | 0.30 | 0.747 | 0.006 | |
| 性別 | -7.768 | 1.449 | -5.36 | <0.001 | -0.102 | |
| 身体化 | 生活史特性 | -0.001 | 0.000 | -1.93 | 0.053 | -0.026 |
| P因子 | 0.009 | 0.000 | 55.53 | <0.001 | 0.750 | |
| 性別 | -0.016 | 0.010 | -1.54 | 0.124 | -0.020 | |
| 強迫症状 | 生活史特性 | 0.001 | 0.000 | 3.28 | 0.001 | 0.038 |
| P因子 | 0.016 | 0.000 | 72.64 | <0.001 | 0.841 | |
| 性別 | 0.004 | 0.013 | 0.32 | 0.747 | 0.004 | |
| 対人過敏 | 生活史特性 | 0.001 | 0.000 | 1.67 | 0.096 | 0.017 |
| P因子 | 0.015 | 0.000 | 86.30 | <0.001 | 0.877 | |
| 性別 | -0.002 | 0.011 | -0.14 | 0.886 | -0.001 | |
| 抑うつ | 生活史特性 | -0.002 | 0.000 | -5.52 | <0.001 | -0.050 |
| P因子 | 0.015 | 0.000 | 97.34 | <0.001 | 0.884 | |
| 性別 | -0.004 | 0.009 | -0.48 | 0.634 | -0.004 | |
| 不安 | 生活史特性 | 0.001 | 0.000 | -1.97 | 0.040 | 0.018 |
| P因子 | 0.012 | 0.000 | 100.59 | <0.001 | 0.905 | |
| 性別 | -0.008 | 0.008 | -1.05 | 0.293 | -0.009 | |
| 敵意 | 生活史特性 | -0.002 | 0.000 | -4.34 | <0.001 | -0.058 |
| P因子 | 0.010 | 0.000 | 55.27 | <0.001 | 0.743 | |
| 性別 | -0.016 | 0.012 | -1.34 | 0.180 | -0.017 | |
| 恐怖性不安 | 生活史特性 | 0.000 | 0.000 | 0.54 | 0.588 | 0.007 |
| P因子 | 0.009 | 0.000 | 60.03 | <0.001 | 0.783 | |
| 性別 | 0.016 | 0.011 | 1.46 | 0.146 | 0.018 | |
| 偏執観念 | 生活史特性 | 0.000 | 0.000 | -0.65 | 0.514 | -0.008 |
| P因子 | 0.010 | 0.000 | 64.72 | <0.001 | 0.801 | |
| 性別 | -0.001 | 0.011 | -0.11 | 0.918 | -0.001 | |
| 精神病性 | 生活史特性 | -0.001 | 0.000 | -3.09 | <0.002 | -0.031 |
| P因子 | 0.011 | 0.000 | 86.43 | <0.001 | 0.877 | |
| 性別 | -0.001 | 0.009 | -0.09 | 0.927 | -0.001 |
注: P 因子 R²= 0.82,R²adj = 0.81;身体化 R²= 0.58,R²adj = 0.58;強迫症状 R²= 0.69,R²adj = 0.69;対人過敏 R²= 0.76,R²adj = 0.76;抑うつ R²= 0.81,R²adj = 0.81;不安 R²= 0.81,R²adj = 0.81;敵意 R²= 0.58,R²adj = 0.58;恐怖 R²= 0.61,R²adj = 0.61;偏執観念 R²= 0.65,R²adj = 0.65;精神病性 R²= 0.77,R²adj = 0.77。
本研究では、先行研究と整合することを示し、生活史理論の中核的主張、すなわち個人の生活史戦略と精神的健康との密接な関連性があることを支持する。結果として、ファスト・ライフヒストリー特性および性別が精神病理学の一般因子(P因子)を有意に負に予測し、両者が精神障害リスクの形成において重要な役割を果たしていることが明らかとなった(Kahl et al., 2022)。
一方で、幼少期予測不能性がP因子の関連は有意ではなかった。この結果は、測定尺度の制約による起因する可能性がある。本研究で用いた幼少期予測不能性尺度は3項目のみで構成され、経済的変動や養育者の変更といった重要な要因を含んでいないため、その測定妥当性が限定されたと考えられる。また、幼少期予測不能性は精神病理に直接作用することではなく、複数の媒介機序を通じて間接的に作用する可能性がある。先行研究では、早期生活における不確実性が個人の社会的支援感(Null,Duda,&Pizzagalli,2024)、成熟した対処方式の欠如(Ye,Ye,&Zhang,2024)、情動調整能力(Szepsenwol et al.,2022)を低下し、これらを介して心理的健康に影響することが示されている。今後の研究では、これらの潜在的媒介経路をさらに探究し、生活史特性と精神症状との関係メカニズムをより明確に解明する必要がある。
具体的な症状面では、生活史特性が多様な精神症状と有意に関連し、特にスロー・ライフヒストリー特性が身体化、抑うつ、敵意、および精神病性症状に対して負の予測効果が示された。この結論はFSDモデルを支持する経験的証拠であり、スロー戦略が心理的健康において一定の保護的役割を果たすことを示唆する。一方で、一部のSCL-90(例えば偏執症状、恐怖性不安)は、いずれの生活史戦略とも有意な関連を示さなかった。その一因として、生活史戦略が主に資源配分、リスク選好、健康維持といった広義な心理的構造に関わる症状を予測する一方、偏執症状や恐怖性不安は認知特性や局所的防御メカニズムに強く依存するため、ファスト・スロー生活史戦略の全体的な枠組みに体系的に組み込まれておらず、統計的に有意な関連性を示しにくい可能性が考えられる。また、測定的観点から、SCL-90の偏執および恐怖性不安といった側面は中国文化圏において信頼性と妥当性がやや低く、その内在的特性を捉えきれなかった可能性があると考えられる。
本研究は、一部の西洋の先行研究とは異なる知見も示された。例えば、Kahlらの研究ではスロー・ライフヒストリー特性が身体化および抑うつと正に関連することが示されているが(Kahl et al.,2022)、本研究の中国サンプルでは、より複雑な関連性が浮かび上がってきた。この文化的な差異は、生活史戦略と環境ストレスとの相互作用に起因する可能性がある。西洋文化では、スロー戦略をもつ個体がハイベースで高ストレス環境に直面した際、身体化によってストレスを緩和する可能性があり、例えば、食欲低下などの症状は適応的反応と見なされ、また、断続的断食は抑うつや不安の緩和に有効であると指摘されている(Berthelot et al.,2021)。一方、中国文化は集団主義や家族的支援を重視する価値体系を有し、スロー戦略をもつ個体に対してより強い社会的連結と情動調整資源を提供することで、心理的ストレスを緩和し、身体化水準を低減させる可能性がある(Su et al., 2017)。今後の研究では、異な文化的背景における生活史戦略が社会的支援と対処メカニズムを介して精神的健康に影響を与える経路をより深く検討し、生活史理論の異文化間における説明力を高める必要がある。なお、本研究における生活史特性の精神的健康に対する予測効果は統計的に有意であったものの、標準化回帰係数(β)は概して小さく、中程度の効果量にとどまった。これは、精神的健康が多様な要因の複雑な相互作用によって規定されることを反映し、今後の研究では環境変数をさらに統合することで、生活史戦略と心理的適応の関係メカニズムをより包括的に理解する必要がある。
本研究は中国の教育的文脈における精神的健康介入に理論的基盤を提供するものである。研究結果は、心理教育やカウンセリングにおける実践的応用に資する可能性がある。例えば、ファスト戦略を有する個人に対しては、その衝動性や情動調節の問題に特に注意を払い、スロー戦略を有する個人に対しては、高圧的環境の下で防御的反応を示しやすい傾向があるため、その適応能力およびストレス管理能力を強化することが求められる。
本研究は上海健康医学院倫理審査委員会の承認を得て実施され、承認番号:2024-TG2-01-640102197110170019である。
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