本研究は、中国の大都市の上海市に在住する小学生をもつ親へのインタビュー調査のデータを用いて、親の社会関係資本と教育戦略をテーマとするものである。その際、先行研究で主に取り上げられてきた社会階層だけではなく、居住地も重要な要因の一つとして検討されてきた。 社会関係資本は、子どもの教育に極めて重要な役割を果たしており、これまで、親の社会関係資本の階層差の存在については多くの研究がなされてきた。そこで本稿では、親の社会・経済的地位を加えて、居住地にも注目していく。分析結果としては、都心部においては、富裕層は、同質的な社会関係資本を維持しつつ、「結束型社会関係資本」を子どもの教育に最大限に活用しようとする姿勢がみられ、貧困層は、居住地の便益を活かし、「橋渡し型社会関係資本」の構築に努めていることがわかった。一方、近郊部においては、富裕層は、時間的余裕がないことから、近所に住む親族・親戚が積極的に関与する「結束型社会関係資本」の活用が見られ、貧困層は、社会階層と居住地の両方の面で不利な立場であるため、社会関係資本を子どもの教育に十分に活かすことができない現状が明らかになった。本稿は、それぞれの社会階層に属する親は、居住地の影響を受けながら各自の社会関係資本を構築しつつ、最終的にそれらの社会関係資本が子どもの教育に作用するというプロセスを検討した。その結果、社会関係資本の形成および活用には社会経済的地位のみならず、居住地の影響も見落とせないことを明らかにした。
摘要
本稿は、中国上海市における異なる社会階層に属する親は、子どもに影響を及ぼす社会関係資本をどのように醸成しているのかを、居住地の違いにも着目しつつ、実証的に解明することを目的とする。
中国社会では、「関係」が重要な役割を果たしている。この「関係」は、社会関係資本(Social Capital)という概念に基づき、経済学、政治学、社会学などの領域で広く議論されている。その中でも、教育社会学の分野においては、BourdieuとColemanによる定義がその後の研究に大きな影響を及ぼしている。具体的にいうと、Bourdieu(1986, p248)は、文化的再生産の枠組みに基づき、社会関係資本が経済資本および文化資本へと転換可能であることを指摘した。一方で、Coleman(1900,p300)は、社会関係資本が、家族と家族以外のコミュニティに埋め込まれていることを明らかにした。
このように、こうした二つの理論的視座を用いて、社会関係資本は子どもの教育への影響に関する研究が年々増えている。例えば、松岡(2015)は、実証的分析に基づき、家庭の社会経済的地位に注目し、それぞれの社会関係資本の差異が子どもの教育に影響を及ぼし、さらに不平等の再生産につながるという傾向を確認した。一方、杉原(2014)は、地域社会がコミュニティとして有する社会関係資本には、質と量に差異があることを明らかにした。言い換えると、社会関係資本が豊富な地域に暮らす人々ほど、その地域内のネットワークやつながりを活用し、それを子どもの教育に結びつける傾向がある。したがって、教育学と社会関係資本との関係については、社会階層という一般的な視点からの考察に加えて、都市社会学の視点からも検討することが可能ではないだろうか、と筆者は考える。
加えて、近年都市社会学の領域では、社会関係資本を獲得する際に、近隣効果(neighborhood effects)に関する研究がどんどん進展している。つまり、先述した従来の社会階層という要因に加え、貧困層の集住地においての不利な近隣関係からの影響にも受けて、こうした貧困層にとってはより不利な立場に立たせるということを指摘している(Van Ham et al.,2012)たとえば、アメリカの大規模な量的データを用いたMTO(Moving to Opportunity)実験を行ったChetty, Rら(2016)の研究によると、貧困層の親は高貧困層率の地区から低貧困率のところに移住した場合、子どもの大学進学率および将来の所得に有益な影響を与えており、こうしたより良い居住地による子どもの教育および長期的な発達に大きく影響していることが明らかにされた。日本の場合でも、近隣関係と高校生の大学進学の意欲(藤原、2019)、および親の教育意識(松岡、2019)に影響を与えるという研究がなされている。
以上のように、親の社会階層だけでなく、近隣関係が子どもの教育およびその後のライフコースに大きく影響することがわかった。言い換えると、教育不平等の再生産の要因として、単なる家族の社会経済的地位に焦点を当てるのではなく、居住地による近隣関係と周りの環境も子どもの教育達成に対する非常に不可欠な要素で見逃さないと思われる。加えて、地域の中で親の社会関係資本の構築については、主に居住地を中心に形成・展開していく場合が多い。例えば、Zhou&Kim(2006)は、実証研究を行い、アメリカの都市部では居住地で形成されたコミュニティを通じて親の社会関係資本が形成され、それが子どもの学業成績の向上につながると指摘した。またDorsey & Forehand (2003)は、子どもの社会性の発達も居住地の近隣からの影響を受けていることを指摘した。
しかしながら、以上の研究では、居住地による子どもの教育に確実な影響を及ぼすことにとどまり、居住地という要因がいかなる親の社会関係資本と教育戦略の策定に作用するのかというミクロな角度については解明されないままである。
さらに、親の社会関係資本を構築する際に、居住地か社会階層か、という二者択一的な視点をとるのは適切ではない。社会階層による居住地の分化を背景として、居住地と親の社会階層との関連が見られる一方で、異なる社会階層に属する親が同一の居住地に混住している場合、それぞれがどのような社会関係資本を構築し、それが子どもの教育にいかなる差異を生み出すのかについては、まだ十分に検討されていない。
そこで、本稿は、上海市の異なる社会階層に属する親がどのように社会関係資本を醸成し、それが子どもの教育にどのように影響を及ぼすかを、居住地の違いに着目して実証的に明らかにすることを目的とする。
佐藤(2001)は、多くの文献によって定義されている「社会関係資本」という概念を、一般的には「ネットワーク」、「信頼」、「規範」といった要素を資本とみなした上で、それらが社会で形成・蓄積された資源のことであると理解した。すなわち、社会関係資本の形成においては、周囲の人間関係、または集団とのつながりが重要となる。また鈴木(2019)は、社会関係資本の形成要因には、「社会経済的属性」と「相互作用の機会」の二つの類型があることを指摘し、「社会経済的属性」は、収入、学歴、職業などの違いにより、「相互作用の機会」は、居住地、居住年数、日常的に接触する人々の違いにより、社会関係資本の保有量が異なってくるとも指摘した。このように、近年における教育社会学の領域では、「社会経済的属性」を社会階層とみなし、「相互作用の機会」を居住地とする視点から、それらと社会関係資本との関係における研究が蓄積されている。
「社会経済的属性」という視点から、Lareau(1987)は文化資本の再生産論を基に、親の社会階層ごとに学校関与の頻度が異なることを明らかにした。具体的には、中産階級の親は、保護者同士や先生との社会関係資本を積極的に子どもの勉強や成績向上に活用し、情報を共有する傾向があるのに対して、労働者階級の親は、他の保護者との交流がほとんどなく、すべてを先生に任せるという傾向がある。また、Devine(2004)はインタビュー調査により、社会階層の高い親が持つ社会関係資本が、子どもの学業や将来の職業達成に結びつき、教育的アドバンテージを先に獲得できることを指摘している。日本では、松岡(2015)が、階層的基盤を有する親の学校関与の増加を通じて、子どもの対人関係を含む学校適応を促すことができることを明らかにした。一方、中国では、李(2006)が、中国総合社会調査(CGSS 2003)のデータを用いた実証的分析の結果として、1966年から2003年にかけて富裕層の子どもが優れた教育資源の多くを占有していることを明らかにした。その背景の一つとしては、親が社会関係資本を活用し、教育上の優位性を維持している点が挙げられる。この教育機会は、主に親が醸成した同質的な社会関係資本の内部から得られ、それがさらに社会階層を強化することが指摘されている。
「相互作用の機会」については、経済資本や文化資本に恵まれない親であっても、居住地を通じて社会関係資本を獲得することにより地位上のハンディキャップを乗り越えることが可能であると考えられる。例えば、Mario L. Small(2009)は、ニューヨークの保育施設を事例として、経済的に困難を抱える母親が、周りの保育施設の利用を通じて意図せずに社会関係資本を生み出し、それがこれらの親に教育支援や生活支援などの様々な利点をもたらすと指摘した。日本では、志水・高田編(2012)が、社会関係資本の豊かさは経済的に恵まれない子どもたちの学力の形成に効果をもたらし、親と学校、地域住民などの子育てネットワークづくりを通して学力格差の縮小に結びつく可能性が高いと指摘した。中国の研究においても、居住地を通じた社会関係資本の獲得は、貧困層の収入の影響(Qiu、2023)だけでなく、子どもの教育にも影響を与えることが示唆されており、関連研究が蓄積されている(譚・王、2025)。
上記の研究では、「社会階層」と「居住地」をそれぞれ独立した変数として考察したが、実際には、異なる居住地に同一の社会階層集団が存在する場合や、同一の居住地に異なる社会階層集団が混在する場合もある。例えば、上杉ら(2025)は日本の大都市圏の調査から、居住地によって社会的つながりの違いが存在することを指摘した。
以上の検討を踏まえて、アメリカの社会学者Putnam(2000)が提唱した「結束型社会関係資本」と「橋渡し型社会関係資本」の二つの分析概念を用いて、社会関係資本を解釈することは有効であると考える。なぜなら、「結束型社会関係資本」に基づくネットワークは、共通の社会階層や類似した属性を持つ人々の間で形成されることが多く、強力なサポートを提供しつつ、閉鎖的な特徴を持つため、社会関係資本の格差を拡大させる要因となる可能性を有するからである。それに対して、「橋渡し型社会関係資本」では、異なる社会的背景に属する人々が居住地、地域コミュニティなどで交流する機会を提供しつつ、多様な社会関係資本を醸成する可能性がある。このようなネットワークを通じて、多様な情報や資源にアクセスすることができ、教育の不平等を乗り越える可能性が高いのではないかと考える。
したがって、本稿では、居住地に焦点を当てて、それぞれの社会階層に属する親がどのように社会関係資本を醸成し、それが子どもの教育にどのように結びついているのかを検討していく。
まず、調査地域に選定された上海市は、中国の東部沿岸部の中心に位置する人口2487.45万人(上海市統計局 2024)の大都市であり、教育・経済・文化資源が中国の他の地域と比較すると豊かである。しかも、20世紀80年代末から中国政府の政策により、上海市は急成長を遂げて、長江デルタにおいてもっともグローバルな大都市となってきている(Wei & Leung、2005)。加えて、国際企業の進出による上海市は国際市場が中国に参入する主要な入口となり、同時に中国国内の多様な産業基盤を育成する拠点として多くの役割を果たしている(Derudder et al., 2018)。つまり、上海市は、中国のグローバル化が進展するなかで代表的な都市でありつつ、国内のローカルな都市性格も持っている大都市である。よって、このような特徴的な大都市を対象地域に選定して、他の大都市においての教育不平等の研究へ重要な示唆があるのではないか。
筆者は2020年9月から11月にかけて、小学生の子どもをもつ親(30名)に対して、半構造化インタビューを実施した。対象者はスノーボールサンプリング法により選定し、一人あたり40分~1時間をかけ、使用言語は中国語とした。2021年5月には、追加調査を行った。インタビュー調査の第一段階では、中国語で本調査の趣旨と研究目的を説明し、機縁法を用い、知人を通じて対象者を募集した。第二段階では、前段階の調査協力者に条件を満たす同僚や友人の紹介を依頼し、調査対象を拡大した。それぞれ30名の調査対象およびその基本情報は表1に示すとおりである。本稿で引用する内容は、筆者が日本語に翻訳したものである。
また、本稿の社会階層の分類は、主に対象者の経済資本(家族の世帯平均年収)に着目した。なぜならば、中国の場合では、都市化と工業化が進展しつつある中、産業・職業構造も転換されている同時に、所得分配には地域間、職業間、企業・組織間の格差が大きく存在していることである。このような複雑な社会環境においては、中国全国の社会階層を区分することがむずかしいである。したがって、本研究は、李(2013)の「中間層」の定義に踏まえ、分類手法の一つとしてシンプルな家族の世帯年収を主な要因として社会階層を区分するということである。具体的には、上海市統計局の公表データも参照しつつ、「富裕層」は年収25万元(約450万円)以上の層を指し、「貧困層」は、年収10万元(約180万円)未満の層を指している(余2022)。文化資本の考察は、制度化された形の学歴を指標として考察し、大卒以上を高文化資本層、それ以下を低文化資本層とした。また、居住地の分類は、余(2022)の研究に基づき、上海市を都心部1)と近郊部との二つに分けた。
調査期間中、新型コロナウイルス感染症の拡大を受け、対象者に適したSNSツールを使用してオンラインでインタビュー調査を実施した。ここで強調したい点は、調査期間がコロナ禍という特殊な時期であったにもかかわらず、社会関係資本を子どもの教育に活用するという親の教育戦略は、中国社会において持続的な特徴を持つものであり(李、2007)、インタビュー項目を平常時の社会関係資本の獲得を前提に設計したことである。また、インタビューの実施にあたっては、対象者に調査目的を事前に説明し、録音レコーダーによる録音の許可を得た。その後、録音内容を文字起こしし、分析のためにコード化を行い、複数の対象者のコードから共通のカテゴリーを設定しながら整理した。
表―1 対象者の基本情報
| No. | 学歴 | 居住地 | 社会階層 | 性別 | 世帯年収(円) | 職業 | 子の性別 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 大卒 | 都心 | 富裕層 | 女性 | 1000万 | 個人経営者 | 男 |
| 2 | 大卒 | 都心 | 富裕層 | 男性 | 650万 | 公務員 | 女 |
| 3 | 院卒 | 都心 | 富裕層 | 女性 | 650万 | 副校長 | 男 |
| 4 | 小卒 | 都心 | 富裕層 | 女性 | 1000万 | 個人経営者 | 女 |
| 5 | 大卒 | 都心 | 富裕層 | 女性 | 1000万 | 会社員 | 男 |
| 6 | 院卒 | 都心 | 富裕層 | 男性 | 650万 | 教師 | 男 |
| 7 | 専門卒 | 都心 | 富裕層 | 女性 | 1000万 | 個人経営者 | 男 |
| 8 | 高卒 | 都心 | 貧困層 | 女性 | 160万 | 運転手 | 男 |
| 9 | 高卒 | 都心 | 貧困層 | 男性 | 200万 | 臨時職 | 女 |
| 10 | 小卒 | 都心 | 貧困層 | 女性 | 120万 | 臨時職 | 男 |
| 11 | 小卒 | 都心 | 貧困層 | 男性 | 160万 | 臨時職 | 女 |
| 12 | 小卒 | 都心 | 貧困層 | 女性 | 150万 | 会社員 | 男 |
| 13 | 無学歴 | 都心 | 貧困層 | 女性 | 100万 | 臨時職 | 女 |
| 14 | 小卒 | 都心 | 貧困層 | 女性 | 100万 | 臨時職 | 男 |
| 15 | 大卒 | 都心 | 貧困層 | 男性 | 160万 | 会社員 | 男 |
| 16 | 無学歴 | 都心 | 貧困層 | 女性 | 160万 | 無職 | 女 |
| 17 | 大卒 | 近郊 | 富裕層 | 女性 | 800万 | 銀行職員 | 男 |
| 18 | 大卒 | 近郊 | 富裕層 | 女性 | 650万 | 会社員 | 女 |
| 19 | 高卒 | 近郊 | 富裕層 | 男性 | 650万 | 個人経営者 | 男 |
| 20 | 大卒 | 近郊 | 富裕層 | 女性 | 1000万 | 大学教員 | 男 |
| 21 | 大卒 | 近郊 | 富裕層 | 男性 | 1000万 | 会社員 | 男 |
| 22 | 小卒 | 近郊 | 富裕層 | 女性 | 800万 | 不動産 | 男 |
| 23 | 院卒 | 近郊 | 富裕層 | 女性 | 1000万 | 大学教員 | 男 |
| 24 | 無学歴 | 近郊 | 貧困層 | 女性 | 200万 | 工場従業 | 女 |
| 25 | 高卒 | 近郊 | 貧困層 | 女性 | 100万 | 臨時職 | 女 |
| 26 | 大卒 | 近郊 | 貧困層 | 女性 | 170万 | 会社員 | 女 |
| 27 | 無学歴 | 近郊 | 貧困層 | 女性 | 100万 | 臨時職 | 男 |
| 28 | 無学歴 | 近郊 | 貧困層 | 女性 | 100万 | 臨時職 | 男 |
| 29 | 大卒 | 近郊 | 貧困層 | 男性 | 170万 | 会社員 | 女 |
| 30 | 小卒 | 近郊 | 貧困層 | 女性 | 100万 | 無職 | 女 |
学校との関与に関しては、都心部富裕層の親は教育熱心であり、常に積極的に学校の先生と連絡を取り、子どもの学習状況を詳しく把握している。例えば、PTAの参加について、個人経営者であるNo.1の母親は「子どもの学校内の状況を知りたいので、PTAはぜひ参加する。(中略)特に、この機会(PTA)を通じて、成績が良い子の親と話しながら、子どもの勉強について交流した。また先生とも勉強について話し合った」と語った。また、担当の先生との交流の頻度について、No.6の父親は「息子の先生たちについてはよく知っている。基本的に定期な連絡を保持する」と語り、その理由は「息子の学校での様子を把握したい。もし何かあったら、すぐ連絡することができる」からであると語った。彼らの話からは、子どもの学校活動への親の積極的な関与が示され、「先生たち」、「学級の成績が良い子の親」のような表現からは、同質性がある親と先生が求められ、異質な親と交流しない態度が示されており、都心部富裕層の親の社会関係資本は、閉鎖的な特徴を有しているといえよう。また、「話し合う」、「交流」といった言葉から、子どもの教育について先生と対等な立場で話し合う傾向があることが読み取れる。
しかし、ここで留意すべき点は、文化資本が低い親が学歴面の制限を自認しながら学校と関わり、自己の教育戦略を改善しようとする姿勢を示していることである。例えば、会社を経営するNo.4の母親は、「よく先生と連絡して、うちの学歴が低いから、先生の話がよく聞いたよ」と語った。また、「具体的には、何を話したか」という質問に対しては、「基本的に我が子の勉強について話した。それ以外は、将来の進路についてもたくさん相談した。(担当の先生は)海外留学の経験もあるため、我が子の将来の留学についてもたくさん参考意見をもらえる」と語った。このようにNo.4の母親の回答からは、親の学歴に起因する初期の不利な状況は、学校とのつながりを通じて、ある程度補うことができることが明らかとなった。
次に、都心部富裕層の親は自身の子育てを助けてくれ、学歴のある親族を中心に、多様な育児支援を受けている傾向があることがわかった。例えば、「両親も近くに住んでいるため、色々と助けてもらった。子どもが小さい頃は、私の母親がずっと助けてくれ、大学の教授である夫の父親は、育児にも大変協力的だった。ことわざや簡単な算数などを教えてくれたので、小学校の時には、国語の勉強は他の子どもよりもずっと進んでいた」(No.1)、「家族には、先生や公務員などの(務めている)人が多くいる。彼らからたまに育児の経験や知識を得て、子どもの勉強だけでなく、将来社会に出たときの助言も受けた」(No.2)などの回答からも、同じ社会階層に属する親戚が育児に積極的に関わっていることが読み取れる。
最後に、都心部富裕層の親には、都心の豊富な育児資源と多様な人脈作りに適した環境があるため、居住地を中心として積極的に交友関係を広げていく教育行動がみられた。例えば、ある親は「放課後にはアウトドア活動が必要だ。子どものそれぞれの側面を鍛えさせたい。(中略)もちろん、この辺に住んでいるから、周りの住民の質も(いい)、社会階層も(高い)。一緒に交流することが有益だ」(No.1)と語った。「どの点が有益だと思うか」に対する回答として、No.1の母親の発言を代表例として挙げると、「もちろん、皆(親たち)はほぼ同じ。子どもへの教育に熱心だし、質も高いし、(中略)Wechatグループで、近所に住んでいるママ友から育児交流会に誘われ、教育情報を共有しながら、人脈も広げている。ある1人のママ友は重点中学校の教頭だから、そこに進学したら、学級が選べる」と語った。「周りの住民の質」、「社会階層」という表現から、都心部に住むからこそ、豊富な社会関係資本を容易に手に入れられるということが示されている。
以上のように、都心部富裕層の親は、子どもの教育のために1)積極的に学校に関与しながら、2)子育てを助けてくれ、学歴のある親族祖父母をはじめとする親戚からの支援を受け、さらに3)都心の高階層の住民との交流を通じて、より緊密的かつ閉鎖的なネットワークを醸成している。その結果、強い絆で結ばれた結束型社会関係資本に属するといえる。
4.2 都心部貧困層―橋渡し型社会関係資本を積極的に求める教育戦略学校との関与に関しては、都心部貧困層の親は、意識的に先生と良好な関係を構築することに努めている。加えて、彼らのほとんどに育児を後押しする存在がいないことから、学校に頼らざるを得ず、先生の反感を買わないように細心の注意を払っている。例えば、運転手のNo.8の母親は、「先生以外に(相談できる)人がいない。たまに(子どもの)学校の様子とか、授業の集中力とか、いろいろなことを先生に聞いていた。先生たちも優しく教えてくれ(中略)子どもの成績を上げるために、いろんな助言をもらった」と語った。また「学校社会関係資本の以外には、誰と相談できるか」と問われた際、No.8の母親は「私のような家庭では、周りの人たちも普通だと思うが、皆はほぼ同じ状況だね」と語った。また、臨時職のNo.10の母親は「先生の意見は権威だから、すべて受け止めた。(中略)むしろ、学校以外の人たちが信頼できないかも」と語っている。また、会社員のNo.12の母親は、「現在友達が少ない。助言をもらった人も少ない。(中略)息子に『学校でちゃんといい子になろう、ちゃんと先生の話を聞こう』って、先生に嫌われたくない」(No.12)と語った。このように「先生以外の人がいない」、「先生の話が権威」、「先生に嫌われたくない」といった事情を親は語っており、豊富な社会関係資本を持たないことから、先生の意見を権威とみなし子どもの教育に取り入れる従属的な態度が示されている。
また、都心部貧困層の親は、親族のネットワークも限られているため、主に近隣を中心に交友範囲を広げていく。例えば、「私の両親は育児について全然わからない。一人っ子だから、たまに甘やかしすぎてしまう。(中略)しかし、近所には大きな児童遊園があって、いつも利用した。あの場所では、他の親たちと育児などいろいろなことについて交流できる」(No.10)、「上海の大学に進学後、実家が遠いため、普段はあまり会えない。(中略)実家の教育と上海の教育が全然違う。(上海の教育について)両親もわからないから、話さない」(No.15)、「周りの(親戚の)状況は大体同じ。(中略)子どもを迎え行く時に、他の親と話した」(No.14)などの意見がみられた。これらから、都心部貧困層の親は、周りの親族とのつながりが乏しい状況であっても、家族以外の社会関係資本を積極的に求める様子が伺える。これには都心部ではより多様な人々と接する機会が多く、質の高い社会関係資本にアクセスできる可能性が高いといった背景があり、こうした社会関係資本が、子どもの教育において重要な支援となっているのである。
最後に、No.15の父親は「(住所の)周りのお金持ちの生活が羨ましい。けれども、勉強は子どもが成功するための唯一の手段だ」という考えから、「職場の友人や近隣の人々と教育について話した。かなり勉強した」と語った。つまり、都心部貧困層の親は、都心の社会環境からも影響を受けて、子どもの学業を念頭に置きながら、社会関係資本を構築しているということである。
以上のように、都心部貧困層の親は、子どもの学業を重視する前提として、1)学校に対する従属的な態度を示しながら、都心部ならではの影響を受け、2)居住地を通した限定的な社会関係資本を積極的に活用しているといえる。このような異質的な親同士、有益な情報が得られるため、都心の近隣との交流を通じて橋渡し型社会関係資本を生み出しているといえる。
4.3 近郊部富裕層―親族を中心とする結束型社会関係資本を利用する教育戦略学校との関与に関しては、近郊部富裕層の親は、普段の仕事の状況を判断した上で、学校よりも、自分たちの両親に協力を求める傾向がある。例えば、自営業者のNo.19の父親が「ちょうど会社の拡大の時期で、(私の)時間がほぼない。常に(私の)両親にお願いする。たまに私の代わりにPTAに参加できる」と語ったように、一人っ子政策により、子育てにおいては核家族のみの努力だけではなく、祖父母からの支援も重要な役割を果たしていることが伺える。また、「仕事は忙しいか、育児に対するどの支援を受けているか」という質問に対して、大学教員のNo.20とNo.23の母親たちは「大学教員だが、まだ若手研究者でもあるため、色々評価があり、研究と授業の両立は難しい。(私の代わりに)両親に頼んで、我が子の面倒を見てもらっている」(No.23)、「研究は忙しい。今も他のキャンパスに勤めており、子どもの世話をする人がいないときは、大学に連れていく」(No.20)と語った。このように、「会社の拡大の時期」、「両立するのは難しい」という客観的な理由に基づく育児へのジレンマを抱える親の事例も見られ、このような状況においては最も信頼できる人が親族であることが示されている。
ここで、近郊部富裕層の親が家族社会関係資本を利用する理由として、三つの点が挙げられる。第一は、地理的な優位性である。例えば、「同一の団地に住んでいるので、すごく便利。(中略)いつも感謝している」(No.17)との回答があったように、子どもの祖父母も近郊部に住んでいるため、手厚い支援を受けることができる。しかし一方で、育児に関する知識不足や、子どもの溺愛といった問題も同時に浮上する。第二は、学歴が高い親族の助言を受けられるためである。例えば、「(子どもの)祖父母の学歴が高いので、育児に関するいい意見をたくさんもらえる。(中略)夫の家族にはいい大学を卒業した者もおり、彼の子どもも小学生なので、食事会のとき育児について話した。(中略)この前、大学の専攻選びについていろいろ話した」(No.23)と語られたように、学歴の高い親族からの具体的なアドバイスは、子どもの教育や進路に重要な影響を与えている。第三は、「他人より安心」だからである。例えば、「現在両親は定年退職しており、いつも「退屈だ」と言っているため、子どもの面倒を見ることは、彼らの暇つぶしになる。(中略)両親だから、他人より安心だ」(No.22)という意見もあった。このことから、親は、家族への信頼から子どもを任せる傾向が強いといえる。
以上のように、近郊部富裕層の親は、仕事を判断した上で、1)地理的優位性、2)高学歴な親族からの助言、および3)家族である安心感・信頼感ということを踏まえて、家族を中心とする結束型社会関係資本を醸成しているといえる。
4.4 近郊部貧困層―社会関係資本の不足学校との関与に関しては、近郊部貧困層の親は、上海市の近郊部とはいえ、近郊部富裕層が住む「ゲーテッドコミュニティ」とは明確に隔離されており、富裕層と接触する機会はほとんどない。また、近郊部貧困層の親は主に臨時職に従事しているため、収入が不安定であり、経済資本に基づく社会関係資本の構築が極めて限られている。例えば、「周りに子どもに影響を与える人がいない。(中略)近隣の人たちの状況も大体一緒だ」(No.25)、「親戚と友達の状況は同じだから、話し合いの必要がないと思う」(No.24)、「臨時職なので、職場関係も不安定、教育に関する情報は少ない。これはしょうがないね。友達や近隣の状況は同じで、だから、子育ての情報はほとんどない」(No.28)という回答がみられた。これらの「近隣の状況は一緒」、「話し合いの必要がない」、「子育ての情報がない」などの表現から、近郊部貧困層では、経済資本の制約によってさらに周縁化が進行している可能性があるといえる。加えて、近郊部貧困層の人々のほとんどが出稼ぎをしている人達が集まる集住地域や雑居ビルなどに住んでいるため、他の社会集団との接触機会が制限されており、異質的な社会関係資本の構築も困難である。
また、文化資本を有しているにも関わらず、生まれも育ちも上海ではないため、依然として「外地人」(日本語で「よそ者」を意味する)のように扱われる。No.26の母親が「新上海人だから、人間関係はまだ実家にいる。土著(上海生まれ育ちの人)たちと育児いついてほとんど話さない。(中略)価値観が違うように感じる」と語ったのはこの典型例である。このように地元出身者との価値観や文化の違いが彼らの社会的つながりをさらに制約しているといえる。
近郊部貧困層の親は、アクセスできる社会関係資本が乏しく、経済的・文化的制約によって他集団との橋渡し型社会関係資本の構築が困難な状況にあるため、相対的にアクセスしやすい学校や先生に強く依存する傾向がみられる。例えば「(子どものことを)先生たちにお願いしたいが、息子の成績が芳しくない。少し恥ずかしい。また、うちの子はずっと教室の後列に座っており、周りの子は勉強できない子ばかりなため、息子に悪影響を与えるかもしれない懸念がある」(No.25)、「裕福ではないため、子どもの面倒を見てくれる人もいない。たまに「何が分からないことがあれば先生に聞いてね」と娘に伝えている」(No.28)、「私たちの時代は、先生は権威だ。うちの(裕福ではない)家庭にとっては先生は信頼できる人だね」(No.26)という回答からも、裕福ではないという意識が、無意識のうちに親たちの教育行動や教育意識に影響を与えており、消極的な子育て像を描きだしている。
以上のように、近郊部貧困層は、1)富裕層が住むゲーテッドコミュニティから隔離されており、2)上海生まれ育ちの人々との価値観の違いにより橋渡し型ネットワークの構築が困難であり、さらに3)相談できる人がいないことから学校や先生への依存が強く、結果として結束型社会関係資本の構築が難しくなり、橋渡し型社会関係資本の醸成も限定的であるといえる。
先行研究では、社会階層が社会関係資本の獲得や子どもの教育達成に大きな影響を及ぼすことが明らかにされてきた。しかし本稿が示したのは、親の社会関係資本の獲得およびこうした社会関係資本を子どもの教育への活用することがそれぞれの社会階層だけでなく、居住地によっても大きく異なっていることである。
具体的には、都心部富裕層の親は、閉鎖性が高い社会関係資本を形成し、親族や同質な関係に基づく結束型社会関係資本を維持しながら、それを質の高い教育戦略に活用している(4.1節)。同じ都心部でも貧困層に属する親は、身近な社会関係資本が乏しいため、都心での多様な橋渡し型社会関係資本を構築する努力をしている(4.2節)。一方、近郊部富裕層の親は、十分に子育てに関与する余裕がなく、比較的身近にいる祖父母などの親族の支援を活用し、家族・親族の助力を中心にした結束型社会関係資本による子育てをしている(4.3節)。また、近郊部でも貧困層に属する親は、社会関係資本が不足する中で、教育的情報に乏しい同質的な親族や近隣を当てにすることもできない。それゆえ、限られた橋渡し型社会関係資本を中心とする形となり、学校や教師への依存は強いものの、それを十分に活用できるほどの深い関係を構築できていない状況にある(4.4節)。
では、以上の本研究の知見を先行研究と対比させながら考察していく。従来の社会関係資本の獲得に関する研究は、主に経済資本・文化資本といった社会階層要因を重視してきた。すなわち、平塚(2006)が指摘するように、「社会関係資本が経済資本・文化資本の従属変数化しつつある状況」であり、親の経済資本の蓄積を原点とする社会関係資本の獲得が一般的にみられる。それは本稿で論述した富裕層の親は、結束型社会関係資本を形成・活用するにあたり、豊富な経済資本を有していることが前提となっている。結果として、同質性が高い社会関係資本の構築・維持を可能にしており、より排他的な集団の中で質が高い教育戦略を実施している。本稿で検討した都心部・近郊部の富裕層の親は、このように、経済資本を土台として社会関係資本を醸成しており、それが社会的不平等の再生産・強化のメカニズムの一端となることが示唆されている。
加えて、本稿の知見から、もう一つの補足がある。それは、フランスの学区制を研究した荒井(2011)によると、フランスの富裕層は、子どもを質のいい私立校に通わせるために居住地の選択がたくさんの配慮が関与することを指摘している。つまり、居住地周辺に親たちにとって望ましい豊富な教育供給がありつつ、その居住地において同レベルの住民による「仲間うち社会(entre-soi)」が形成していることである。この指摘は中国の大都市の上海市において、こうした富裕層親の中では同様に当てはまる。すなわち、教育不平等の再生産を考察する際に、単なる社会階層を中心に考察することではなく、居住地は見えない資本の一つとして親の教育選択および教育戦略にどんどん大きな影響を与えるようになる。特に、中国の「就近入学」政策2)のもと、こうした富裕層の親は優れた教育資源を有する居住地に集まって、さらに同質の社会関係資本の形成および子どもに役立つ諸教育資源の占有につながり、より一層社会的不平等の再生産が生まれることが明らかにされた。
一方、本稿では、貧困層の親の教育戦略や子育てに対する居住地の影響が、社会関係資本形成の重要な要因となることを示している。すなわち、橋渡し型社会関係資本を形成するためには、異質な他者と接触可能な広範かつ多様なネットワークが必要であり、こうしたネットワークへのアクセスの可能性は、居住地によって規定される。とりわけ、都心部貧困層の親は、限定的な経済資本のもとでも、積極的に居住地を中心とする社会関係資本を広げるといった一連の教育行動を示している。一方、近郊部貧困層は、類似した近隣関係や限られた諸資源に囲まれているため、結束型社会関係資本の醸成が困難であり、橋渡し型社会関係資本の拡大も難しい状況にある。言い換えれば、近郊部貧困層の親にとっては、弱い紐帯に基づく社会関係資本の獲得を、居住地を通じて補っていくことは困難なことなのである。さらに、こうした近郊貧困層の親は、社会階層の不利に加えて、居住地からの排除による彼らの現実もより一層厳しくなっているのではないか。その不利は単なる子どもの学校選択にとどまらず(馬、2013)、親の教育戦略に位置付けられる社会関係資本の醸成とも結び付き、さらに子どもの教育に多大な影響を与えていることがわかる。結果としては、居住地による「学区房」をめぐる問題がもっと厳しくなり、富裕層と貧困層の間の根本的な格差の解消には依然として距離がある。
以上のように、都心部と近郊部とに分けた貧困層の親は社会関係資本へのアクセスが異なるという知見から、Granovetter (1973)が指摘する「弱い紐帯の強さ」の概念が有用ではないか。つまり、地縁の弱い紐帯は、血縁などの強い紐帯よりも有益かつ新規性の高い情報をもたらす可能性があると考えられる。この視点から考えると、弱い紐帯に基づく橋渡し型社会関係資本の構築は、親が居住する地域に大きく左右される。このような状況において、上海市の近郊部に住む貧困層に属する親は、社会関係資本の獲得において不利な立場に置かれている。この背景のもと、居住地を介した社会関係資本の格差がさらに拡大している問題が大都市の中で浮き上がってきているということがある。
さらにこうした現状をふまえてインプリケーションを考えると、貧困層の親への経済的な支援だけでなく、長期的視野に立って居住地を起点とした多様な社会関係資本へのアクセス機会を拡充する施策も必要であることがわかる。例えば、日本の「開かれた学校」のように、「学校・家庭・地域社会の連携」を施策で扱うことが中国社会において喫緊の課題となると考えられている。そして、こうした居住地による社会関係資本の獲得は子どもの学業をはじめ、それぞれの支援を行って、大都市における教育不平等の改善に役立つのではないかと思われる。
最後に、本稿の限界と課題について述べる。本稿では、それぞれの居住地の影響で親たちがどのように社会関係資本を構築してきたかを明らかにしたが、こうした醸成された社会関係資本が、今後の子どもの教育達成にどのように影響を及ぼすのかについては十分に検討されていない。今後は、追跡調査を実施し、縦断的な視点から研究を行うことが求められるだろう。
1) 都心とは、文字通り都市の中心に位置する地域である。都心はオフィスや官公庁、大きな繫華街が集中する地区であり、中心業務地区とも呼ばれる(菊池・江上編,2013)
2) 就近入学という政策は、居住地ごとに指定された近くの学校に入ることである。