2024 年 52 巻 3 号 p. 231-236
たこつぼ型心筋症(takotsubo cardiomyopathy:TTC)は原因不明の心機能障害である.くも膜下出血(subarachnoid hemorrhage:SAH)の1.2%に合併し,心機能障害のために急性期治療がしばしば困難となる.近年,遅発性脳血管攣縮に対する新たな薬物療法としてクラゾセンタン(clazosentan:CLZ)が保険承認された.体液貯留,QT間隔の延長が副作用として報告されており,TTCなど心不全を引き起こす疾患の合併例での有用性や安全性は不明である.今回,当院でTTCを合併したSAHに対してCLZを投与し,心機能の悪化なく治療できた症例を経験したので報告する.
症例は79歳,女性.意識障害のため当院に緊急搬送され,右中大脳動脈分岐部動脈瘤破裂に伴うSAHと診断された.来院時よりTTCに伴う心機能障害を認めた.保存的加療により心機能が改善したため,第3病日に開頭クリッピング術を行い,第5病日よりCLZの投与を開始した.水分出納,体重,胸部X線,血液検査に注意しながら利尿剤や補液の調節を行った.その後は症候性の遅発性脳血管攣縮や心機能悪化,QT間隔の延長をきたすことなく経過し,第15病日にCLZの投与を終了した.神経脱落症状は認めないが,廃用による筋力低下のためmRS 2でリハビリテーション目的に転院した.心機能の改善を待ってからの手術とCLZの投与開始,水分摂取量と水分喪失量が同等になる管理が,本症例においてCLZを安全に使用し得た要因と考えられた.